第1章 会田愛菜 閑話
「1月21日未明、ベランダに倒れている子供がいると、通報があり警察が駆け付けると、ベランダに女児が、
意識不明の状態で発見されました。」
全国放送のテレビであるニュースが流れた。
「女児には複数の打撲痕や火傷の跡があり、肋骨など数か所に骨折の痕跡があることから、一緒に住む母親と、交際相手の男を保護責任者遺棄と傷害の罪がなかったかなど任意で取り調べを行っています。」
発見されたのは本当に偶然の出来事だった。
雪が降っている様子を見ようと、隣家の住人が窓を開け、上を見上げた時、隣のマンションのベランダに倒れている子供を見つけ、110番したことで発見された。
見つかった時には呼吸をしておらず、その後の救急隊の処置で何とか心拍は戻ったものの、意識は戻っていない。
体力が低下している状態で気温の低い場所に放置されたことにより、肺炎をおこしており、危険な状態が続いていた。
病院へ搬送され、医師の診断と母親達の証言から、大体のことがわかってきた。
女児の名前は、会田愛菜、6歳。
6歳女児の平均体重が20.9kgに対して愛菜ちゃんの体重は12.4㎏、身長は97㎝と平均を大きく下回り、衣服も汚れた状態で、風呂にもほとんど入っていなかったようだ。
また、背中、腹部、足や腕に至るまで痣が付いており、そのうちの何か所かは最近つけられたものであることもわかっている。肋骨は3本折れており、いわゆる根性焼きの跡も数十か所確認ができた。
警察が訪ねた時、二人は事の最中で、子供には見せられないため、ベランダに出したことは認めている。
痣については母親が、元々いうことを聞かず、約束を破ってばかりで手にあまり、躾の一環として叩いたということだった。
男は暴行容疑を否認。母親が躾たことだと供述している。
近年横行している幼児虐待の件数は、毎年増える一方で、その方法もさまざまである。
身体的虐待、精神的虐待、性的虐待、ネグレクトと様々あるが、どれ一つとっても、親としての範疇を超えた時に起こるものであり、その行為は人道的にあり得ないからこそ、世間では非難を浴びる。
身体的虐待については、躾との境が曖昧だ。
愛情があっても殴ってしまうこともあるだろう。本当に子供のことを思って叱ることもあるだろう。
しかし、虐待との違いは、それが日常化してしまうことだ。
当たり前のように殴り、感情にまかせて必要以上の苦痛を与える。
これはただの暴力で、躾などというにはおこがましい。
では、今回の件はどうだろうか。
体中に痣が付き、根性焼きをされ、真冬の雪の中、外に出すことが本当に躾といえるのだろうか。
小さな体で、こんなにも多くの傷を抱えて、どれほど痛かったか、苦しかったか想像するだけでも恐ろしい。
担当した刑事はその様子を写真で見た時、一瞬、目をそらした。
刑事という職業柄、暴行された傷跡などを見る機会は一般人に比べてはるかに多いし耐性もあるが、子供の被害者となると話は別だ。
何枚も撮られた被害者の写真・・・
肋骨や鎖骨はくっきりと浮き出て見える。背骨さえその数を数えられるほどだ。そこに生々しい赤紫や青の痣、さらには過去の火傷と最近ついたであろう化膿した傷があちらこちらについている。
日常的に暴力を振るわれていたことは、誰が見ても明らかだ。
だが、母親たちは当初、肋骨の骨折は被害者が階段から落ちたせいだと嘯いた。
痩せているのはもともと食が細い子だからと。
しかしそんな嘘は通用しない。現代の医学は、どこでどのようについた傷かくらい判断できる。
肺炎を起こしている状態で、真冬のベランダに放り出したことだけでも十分に虐待として扱える事件だ。
言い訳するにしても、嘘をつくにしてもあまりにも杜撰すぎる。
近所の住人の話では、子供がいたことも知らなかった、時々、叫び声を聞いたが子供の姿は見たことがないという証言がほとんどで、両隣が空室だったことも災いし、誰一人として被害者を長い間認識していなかった。
今回助かったのも、雪が降り隣人が窓を開けたからで、さらに段ボールに被害者が入っていなかったことが
重なったからだ。
ベランダに子供を入れるための段ボールがあること自体、胸糞悪い。
何度も取り調べを行ううちに、母親の方が実状を話始めた。
それは聞くに堪えないものだった。
日常的に行われる暴力、食事もまともに食べさせておらず、教育すら受けさせていない。
また、人に見られることや子供がいることが周りに知られないように、玩具一つ買い与えておらず、外出もさせることもなかった。電気類の使用を禁止し、夏は締め切った熱い、冬は寒い部屋に放置されていた。
よく生きていたなとさえ思う。
警察官とはいえど、人間で父親でもある。
だからこそ、今回の事件は許されるべきではないと思った。
刑事の裏付けや家宅捜索による証拠の検証で全ての嘘は白日の下にさらされた。
そして母親の自白をもとに、会田愛穂と坂本達樹には逮捕状が発効された。
警察の調べで、虐待の実情が明らかになり、二人が逮捕されると世間はこぞってそのニュースを流した。
世間では近年増え続ける幼児虐待について専門家の話や心理学の話まで多様に報道された。
過去の虐待事件を再報道し、加害者達の過去や生活が暴かれ報道は激化していく。
しかし、次に大きな事件が起こると、その報道は下火になり、やがて何事もなかったかのようにこの事件は忘れ去られていった。
二人は起訴されることが決定し、一年後、仮判決が下った。
母親、会田愛穂 32歳 罪状 保護責任者遺棄、傷害罪により 紫苑刑 3日
その後、懲役刑の決定を行うものとする。
男、 坂本達樹 35歳 罪状 幼児虐待法違反、殺人未遂により 紫苑刑 3日
その後、懲役刑の決定を行うものとする。
愛菜ちゃんは、意識を取り戻した当初パニックを起こしていた。
見たことのないものがそこら中にあふれ、見たことのない人に囲まれているのだ。
しきりに
「お母さんは?」
と繰り返していた。
幸い、母親の両親は健在で、事件後警察から電話が来るまで、愛菜ちゃんの存在を知らなかった。
10年以上、愛穂とは連絡が取れなくなっており、絶縁状態だった。
事情を聴いた両親は、すぐさま病院に駆けつけ、ベッドに横たわる痛々しい姿の孫と対面した。
祖父母は孫の状態にまず、戸惑った。急に6歳の孫が出来、さらにはその子が見るも無惨な状態なのだ。
受け入れるのには、時間がかかった。
警察からこれまでの事情や愛菜ちゃんの今後についての話をされた時もまだ、他人事の様に見えた。
しかし、愛菜ちゃんが目覚め、しきりに母親を探す姿に思うところがあったのだろう。
祖母は涙を流し、愛菜ちゃんに謝り続け、祖父も頭をなでたり手をさすったりし始めた。
愛菜ちゃんも最初こそ祖父母を恐れ、口を開かなかったが、日を重ね、祖父母が根気よく話し続けた甲斐もあって少しずつ話をするようになった。
今では祖父母が持ってきたパンダのぬいぐるみを抱えて眠っている。
愛菜ちゃんにとっては多くのことが初めてだった。
一日三回のご飯も食べていいのかわからず、何度も祖父母に促され、ようやく手を付ける。
祖父母が持ってきたクレヨンも何かわからず、食べようとしたり、風呂に入ることを怖がったりもした。
まともに教育も受けていないため字は書くことも読むことも出来ず、祖父母が戸惑いを見せるとすぐに
「ごめんなさい」
と謝った。それはまるで口癖のように当たり前に出てくる言葉。
いかにその言葉を言わされてきたのか、人の顔色をうかがってきたのかが分かる。
愛菜ちゃんがこれまで見ていた現実から本当の現実へ戻るには、時間がかかるだろう。
しかし、これまでの苦痛の分以上の幸せが愛菜ちゃんに訪れることを願い、祖父母が母親の分まで愛情を分け与えてくれると信じたい。
そしていつか心から笑える日が来ることを・・・・・。
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