第16話

<キラズside>


自身の唇に觸れる。柔らかい。

唇を舐めてみるが、甘くない。


キスは甘いって聞いていたけれど、本當だったらしい。キュリズ様としてみると、自身の唇よりも柔らかく、甘かった。

高級菓子であるチョコレートのようだった。チョコレートを食べたのは子供の頃だから、記憶はあやふやで、味も朧気だけど。


見送りの後、部屋へと戻り、ベッドに倒れ込む。

はしたないけれど、キュリズ様の匂いを堪能する。匂いのせいで頭がクラッとして、思考に靄をかけてくる。

そのまま微睡の中に入っていきそうになるが、ぎゅっと目をつむり、パッと見開き、頭を切り替える。

ベッドの誘惑に耐えながら、名殘惜しく、執務用の機に向かう。

嫌々ながらもベルを鳴らす。壁に仕込まれているベルを。正確には、ベルの紐を。

この部屋にはベルが2つある。一つは、使用人を呼ぶためのベル。機の上にあり、高い音色を出す。私はこの音が嫌いじゃない。

そしてもう一つ。壁に仕込まれているベルは、執事兼秘書を呼び出すためのものだ。低い音色で、これから起こる未來が見えるため、この音は好きになれない。


「お呼びでしょうか、お嬢様」

「呼んだ理由は分かっているでしょう? ナンガ」

「畏まりました。こちら、先月の資料でございます」

「………もう少し、キュリズ様と居る時間を長くすることは………」

「殘念ながらそれは認められておりませんので、諦めてください」


苦々しい表情でナンガを睨むが、気にした様子もなく、スッと資料を渡される。

鬱屈としながらも、それを受け取り、作業を開始する。


私の両親は貴族だ。それも公爵。貴族なら持っているもの………そう、領地。王から與えられた領地を運営していき、民草の生活を守って行くのも貴族としての勤め……

だからこそ、両親は私に教育を課す。これはまぁ、他の貴族の子供もしていたりする。していない所もあるが、それはどうでもいい。

大切なのは、これのせいでキュリズ様との貴重な時間が削られることだ。それがただただ腹立たしい。


「お父様とお母様は………」

「変わらず、領地にいらっしゃいます」

「そう……」


ここは王都。當然、王族が運営・支配している土地だ。いや、貴族の領地は全て王族のものではあるけれど。

そして、私がいるここは別荘のようなもの。領地の運営に忙しいから、お父様とお母様は滅多にここに來ない。

本來、私も領地にいるべきなのだが、私がキュリズ様の婚約者であるからここにいられるだけなのだ。

キュリズ様の近くに居られるのは嬉しいが、偶にはお父様達の顔も見てみたい。貴族たるもの、そんな甘えは捨てるべきなのだけれど。


「こちらは、先月領地に訪れた商人の記録となります。どのような品物を取り扱っているのかは、こちらの資料を」

「なるほど。やはり、內陸の我が國では手に入れ難い魚類が多いわね……それに、値段も。それ相応に高くされているわね」


内陸国で、おまけに、海辺に沿っている国ーーースランズビア王国のことだーーーとの関係もあまり良好ではないため、必然的に、魚類というものは手に入れ難くなる。川などもあるので、全く手に入らないというわけでもないが、当然少ない。需要と供給が追いついていない状況だ。

…………できれば、庶民の手にも簡単に渡るよう、どうにかしたいものだが………


「難しいか」

「どうしてもと言うのであれば、占領してしまえば良いのでは?」


私の言葉の意図を察し、冗談めかしてナンガが言う。


「分かって言っているだろう……我が国には武力がほとんどない。貿易国同士のつながりはあるが、その程度だ。あちら側が一方的に攻めてきたならともかく、こちらから手を出しても、貿易国は手を貸さないだろうし、負けるのは確実だ」

「よくお分かりで。学んだ成果が出ていますよ」

「この程度……貴族となる者なら知っていることだ」


ナンガが褒めてくるが、これは当たり前のこと。そもそも、戦争なんぞすれば民が疲弊するのだから、論外だ。


「しかし、本当によく学んでいらっしゃいます。これなら、時期王妃として役目を果たせるでしょう。キュリズ第一王子があれですから、王妃となる貴女様が特に必要とされるでしょう」


確か、キュリズ様は学ぶことからよく逃げているらしい。一部の教師の目は誤魔化せていても、他の所で露呈していたらしい。

まぁ……キュリズ様の役に立てるのなら私はいくらでも頑張りますけど………


「もしかしたら、キュリズ様に必要とされるかもしれない………!」

「………お嬢様。どうして、キュリズ第一王子を好いておられるのですか? 傍目から見ても、あまり魅力はないと言いますか……」


まるでキュリズ様が貶されているように感じ、苛立ちを覚えるが、心の奥底に押しやり、蓋をする。


わたくしとキュリズ様との馴れ初めのことね。良いわ。話してあげる」

「え、あ、長くなりますかね? これ」

「そうね……最初会ったのはわたくしが4、5歳の頃だったはずだわ」

「あ、長くなりますね、これ…………」

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