‪夕碧‬センチメンタル番外:〝明日〟がずっと続きますように

プロローグ

0.夜明け前

――……?

 私は誰だ。それが初めて思った事だった。

 その次に、冷たい。息苦しい。寒い。重い。暗い。沢山の情報が襲いかかってくる。

 私は何だ。微かに、『匂い』がした。焦げ臭い、生臭い、どこか懐かしささえ覚える匂い。

 私は。音。劈くような爆発音に、幾度となく聞いた誰かの悲鳴。プロペラ音。そして、喜んでくれた誰かの声。


 嗚呼、そうだ。私は、誇り高き金剛型三番艦の、榛名。様々な人たちの思いを乗せて、祖国の為に海を駆け、戦ってきた『戦艦』と呼ばれていた〝モノ〟。

 なのに何故、私は何かを〝想って〟いる? 例え燃えても、被弾しても、痛みすら感じなかったはずなのに、どうして感覚がある? どうしてこうして考えている?

 私はあの時、何も出来ずに江田島で終戦を迎えた。それで私の役目は終わったはずだし、記憶だってそこまでだ。なのに、何故……?


 朧げに声が聞こえる。呼びかけられている気がする。

 まさか、私の役目は終わっていなかったのだろうか? 次第に声がはっきりしてきた。私は、どうして――。


+++


「おい姉ちゃん!! しゃーなかえ? しっかりするんじゃ!!」

「おぉ、目が覚めたぞ!! おい! 救急車を呼べ!! 早く!!」

「……んぅ」

 突然のあまりの眩しさに驚く。朧げに人の顔がいくつか見える。あの時小さく感じたのに、ひどく大きい。

「姉ちゃん、もう少しの辛抱だからな!! 無理するんじゃないぞ!」

――何を、言って……?

 段々光にも慣れて、周りの風景が見えてくる。どこかの部屋。近くには、いつか誰かが言っていた暖房器具が置いてある。……あったかい。

「おい、姉ちゃん大丈夫か? 名前分かるか?」

「……、まえ……?」

 自分の体の中から音がして驚く。汽笛ほどの大きさじゃないけれど、なんだか違和感がある。名前……。

「、たし、の、なまえは……るな……」

 声を出したいけど、どう出せばいいか分からなくて掠れる。

「おい、じいちゃん、無理させんなって。この様子じゃずっと海にいたみたいだし」

……海?

「それもそうか。ゆっくりあったまってけれ」

 お礼を言いたいのだけど、それすらも叶わない。諦めて起き上がって、視線を下に移す。

 人間の足。人間の、手。ぼろぼろな袴を着て、本当に自分が〝人間〟になっていることを突きつけられた。

――どういう、こと……?

 聞きたいことはたくさんある。けれど、できない。もどかしい。そんな感覚も初めてで戸惑う。戸惑う、ということすら変な感じがする。

 ふと壁に暦が掛かっているのが見えた。そしてそこに書いてあることに目を疑った。

 西暦、二〇七◯年の七月。最後に記憶があるのは、確か……一九四五年。

 遠くでけたたましい音が聞こえてきた。「お、来たか」と周りの人間たちが外に出ていった。

「何があったかは分からんが、無理はするんじゃないぞ姉ちゃん。気を強く持ってな」

……何を言っているんだろう?

 程なくして、音は近くなり、そのうち数人の男たちが部屋に入ってきて、色々と私に聞いてきた。けれど、それに応える術も、何を聞かれているのかも分からない。

 ただ言われるがまま、何かの乗り物に乗って、それが走り出したのを、ぼんやりと、自分のことじゃないように見ていた。これからどうなるかも、ただ、分からずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

‪夕碧‬センチメンタル番外:〝明日〟がずっと続きますように @seikagezora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ