第6話お客様。情報の後出しは困ります

「いやぁ、じつに実りのある会話だった」

「そう……だな……」


 家をでると、ずらっとならぶ野郎の面々に圧迫感を感じる。

 リリアンを見てみると、夏に清涼の波に身をゆだねてたかのようにすがすがしい顔であった。


 なんだろう尊厳を傷つけられ、ウソ泣きに騙され、俺は搾取されるだけの奴隷だった気がするのだが…だが何も言わない。

 藪をつついて蛇を出すものでしかない。

 禄でもない事と今は亡き妻カレンに死ぬほど教育を受けた、この誓いは永遠に守られるだろう。


「それで、先生どういう話になったの?」

 二コリと微笑みながら、銀の髪が揺らしつつ件の女の子がリリアンに興味深そうに話しかけていた。


「あぁ私の完全勝利だ。自分から自発的に参加してくれたよ。昔の一件でゆするとなると……さすがの私も良心が痛くて痛くて」とわざとらしく胸を押さえると「心を鬼にしてもできるかどうか心配だったものだがね。素晴らしい仲間に恵まれてよかったよ」

 すがすがしい笑顔を浮かべていた。


 やっぱり無理かもしれない。人には堪忍袋の緒というものがあるんだよ? セーフとアウトのラインを考えてほしいものだった。

 よくもまぁこんないけしゃあしゃあといえたもんだ。

 そう思っているとあの厳つい隊長がこちら側に向かってやってきた。


「現、警備隊長として一度お手合わせを願ってもよろしいかな?」

 ──その時、俺に電流走る。


 いい感じに袋叩きにされるようにして負けたらどうなるだろう。やっぱりこいつ使えないな、こんなやつなんて採用できないといった感じに逃げれるのではないのだろうか? と。


「あぁいいですよ。ただ久しぶりなので腕が鈍っているかもしれませんが」

 謙虚な笑みを浮かべながら応じる。この場で戦うことは間違いなく最善手。あの悪魔から逃げられる最後の渡し綱。

 これを逃すということはこの先の地獄へと突き進むということを表していた。


「任務中なのもあり木剣が無いのでな。失礼だが真剣で頼む。もちろん寸止めだ。おい、お前。カイラス殿に剣を渡すんだ」

 命を受けた部下の男がガシャガシャと鎧の音を鳴らしながらこちらに駆けより剣を差し出してくる。


「お前の負け姿楽しみにしてるぜ」

 渡すとき小声で蔑む様に言ってきたが、聞かなかったことにしよう。


 オードソックスな両刃剣、重心も悪くはない。かなり手入れが行き届いている。

 口こそ悪いが、この剣は所有者に愛されているなということが手に取るようにわかった。

 軽く二度三度振り回す。もう少し軽い方がよかったが、まぁ仕方ない。もとより負ける試合なのだからどちらでもいいか。


「カイラス。負けたら許さないからな。私の顔に泥を塗るということだぞ。それを十分にわかった上でどう行動をとるのか慎重に考えることをお勧めするぞ」

 悪魔がクククと言わんばかりに恐喝してくる。

 負けたら封印されし闇の書の一ページを嬉々とした声で高らかに詠唱する未来。その予感に身が震えた。


 こいつはやる。

 やると決めたらぜったいにやる女だ。


 ごめんない。やっぱり負けるのは許されないようです。

 しゃぁねぇな、いっぱつガツンと決めてやるか。


 それによくよく考えてみれば正面切って戦うなんて久しぶりだし、転生定番をことごとく外して生きてきた身だ。

 見知らぬ強敵を圧倒し、少しくらい良いところでもみせてもいいかもしれない。


「負けちまえ」

「命知らずが! のうのうとしていやがる」

「本当にやるのかよ、あのおっさん死んでしまうって」


 外野がうるさくわめいていているが、ブーイングは大歓迎だ。

 罵声に飲まれ、相手も俺を見下してれれば甘い一撃がやってくることは大いにあり得る。

 ミスが一瞬でも生まれたらもう後戻りはできない。そうしたら楽に勝てる試合に成り下がってくれる。


「お前ら黙れ。礼も知らんのか? 黙らないやつは後で直々に相手をしてやる」

 隊長の怒声で一瞬で場が縮み上がったのか、先ほどのブーイングはどこぞかへと消え去ってしまった。

 あまりよろしくない流れだ。


「教育の足らない部下ばかりで失礼を。後でしっかりと言い聞かせておきますので無作法のほどは許してもらえないだろうか?」

 そういうと彼は膝をおり手を正面で揃えると真摯に謝罪した。

 なんでそんな丁寧なの? と思うが上にいる騎士はこういうものだ。礼節欠けた奴は上にあがれん、よほど実力がない限り。


「……あっ、はい。問題ないです」

「では純粋な剣技だけで戦わせてもらおう。問題はないなカイラス殿?」

「もちろんです。隊長殿の胸をお借りします」


 元よりまともな魔術なんて使えない身だ。剣技だけのほうがありがたい。

 さて、どうやって勝つか──どれくらいで勝つかが問題だな。

 俺は心地よい重みのある剣を手にし、ゆっくりと隊長に向かい歩きだす。


 期待と蔑みの交じった視線を感じる。彼の部下たちの注目が集まる中、剣を構えたまま対峙を始めた。

 互いに言葉を交わすことなく、静かながらも圧倒的な雰囲気が広がる。闇討ちではなく、十数年ぶりのまともな対人戦だ。


 広場には静寂が広がり、部下たちの興奮の息遣いだけが聞こえる。警備隊長と向かい合う瞬間、彼の視線と俺の視線が交わる。

 油断もなく強敵と向き合うような視線だ。俺たち二人は微動だにしないまま互いの気配を窺い合う。

 広場の空気が引き締まる。

 

 隊長の剣が光を帯び、俺の視線はその切れ味を読み取る。相手の姿勢、呼吸、微細な動き。これら全てが戦場で培った独自の感覚で把握され、俺たちはお互いの技量を見極めようとしていた。


 まるで時間が止まったかのような緊迫感が漂っている。対峙の中で、お互いが何を考え、どんな技を繰り出すかが読み合いのように交錯していく。


 警備隊長はこちらに向けて一歩踏み出し、剣を高く掲げるようにして構え直した。中段の構え。身長差と圧倒的な威圧感が場支配する。彼の眼光は鋭く、歴戦の勇士もすくんでしまうような空気をだした。

 俺はまだ冷静に相手を見つめかえし、同じく中段に剣を構えたまま立ち尽くす。


 エルダリア流か。エルダリア王国の名前が使われている流派名だけあってこの国にいる者ならほぼ全員が使っている。

 たまに分派のやつや近隣の流派のやつを使っているのもいるがほとんどはこれだ。


 想像していたよりも断然に強いな。本気の動きを出したら余裕で勝てる、勝てるがそのあとが問題になる。

 あんな動きができるのは指を数えるくらいしかいない。そうなると正体が知られてしまうのが面倒だった。


 本気を出さずにこの体で普通に戦うとするなら一撃で仕留めるしかない。そうなるとカウンター主体でいくしかないな。

 剣を何合も打ち合うとなるとヘタなボロが出かねないし、肉体的にしんどいだろう。


 ジリジリと間合いが狭まっていく。警備隊長の表情は引き締まり、心臓は激しく鼓動する。無駄な一瞬の動きもなく、ただただ互いの力を感じ取りながら、戦いの瞬間を待ち続けていた。


 相手の足元の微細な変化、視線の動き、そして剣を構えた際の筋肉の緊張。足の筋肉に力がたまっていく様子。

 これらを瞬時に捉えた。どのように攻撃してくるかを心の中で予測する。


 ……おそらくは首狙いだな。自分の方が圧倒的に早く、相手にするまでもないと思っているらしい。


 隊長との対格差を考慮すれば、下手をすれば奇麗に受けても両刃のため、そのまま肩まで刃が食い込んでしまうことまであり得るだろう。

 俺が嫌いなのは無駄な怪我を負うことだ。相手が寸止めで終わらせると言ってもそれは最後の段階だ。途中で傷つく可能性は高い。


 ならば一度背後に避け、振り落とした後、カウンターでしとめてみせるか。

 わざと前傾姿勢にし、一閃で胴を打ち抜くようなフェイントを挟む。


 そう読んだ瞬間、微細であるが彼の表情が変わった。

 右腕の下側の筋肉と特に右足の筋肉の緊張が変わる。切りかかると思わせて、右腕を引き、強引にそのまま突きに変えるのか? 右足は突きの踏み込み用の軸になる。目標は胴だろうか? 背後に回避するのは読まれたか……


 やはり大貴族の警護隊長は並みの腕ではないようだ。こちらの動きも手に取るように把握されている。

 なら、突きを紙一重で避け左から袈裟切りをしてみせよう。そう読むと──右手を叩き切られるような感覚に襲われた。

 なるほど。全てがフェイントで本命はこちらか。


 超大雑把になるが、縦方向の攻撃は一番使われ、そして一番フェイントの種類が豊富なのものの一つでもある。

 仮に読み切っていたとしてもそのまま小手切りや、袈裟切りに柔軟に変更可能だから読み合いが出来ても手がすぐに変わる。相手が斬りかかると同時に振り上げた手首を斬るという手もある。

 慎重な対応が必要だな。


 とりあえず、なかなか簡単には勝たせてくれそうにはない。

 隊長を見るとニヤリとしていた。意趣返しということかやってくれるじゃないか。


 円を描くようにゆっくりとお互い距離を取りつつ隙を待つ。今か今かとその時がくるのを。


「先生。なんで二人は切りあわないの?」

「達人の間合いというものだ。私は剣は扱わないが魔術でも同じようなことがする。見えない間に無数の攻防戦を繰り広げてるのだよ。決まるのは一瞬だ」


「つまり……あの隊長と同じくらい強いって……こと?」

「あのなまり切ったボディでこれだからね……本来の彼はもっと強いさ」

「すごいだね、あの人」

 悠長な声が聞こえたがこちらはそれどころではない。


 対峙して数十秒にもみたない、その間に見えない攻防戦が続き、十数回彼は攻撃手段を変えて見せた。

 いろいろと手を変え品を変え、一撃でしとめないと、と考えているが、そうやすやすとチャンスを渡そうとしてくれない。


 体がなまったからかわからないが、今まで戦った中で上位に入りそうなほど強さだ。

 技を変えるたびに瞬時カウンター技の応酬となっている。


 お互い完全に動きを読み切っていると、認識するには十分だった。

 なにか一瞬でも隙が生まれた瞬間、勝敗が決するだろう。息を吞んでその隙を待つ。

 隊長は構えを変え、大きく振りかぶった。──上段の構え。


 場の空気が隊長によって支配されていく。一撃必殺。

 上段の構えは元の世界と同じく、防御を投げ捨て、一撃にすべてを叩きこむ。

 下手な小細工で場を誤魔化しながらやっていては埒が明かないとそう判断したのだろう。


 相手よりも素早く疾風のような一閃で振り抜くか、それともこの一撃を何とか回避して華麗にカウンターを決めるか。

 もっとも今までの具合を見る限り。カウンターを入れても即座に対応していくだろう。

 ならば──俺も相手をするしかない。


 右足に張りを加え、丹田に力を込めて集中する。


 負けるのがこの場面における正解なのだがリリアンに脅されている。これが一番の問題だった。

 ほどよくやるか。


 動きやすいようにできるだけ、八相の構えで相手をすることにした。

 後は流れに任せるしかない。


 しばし睨み合う。

 息をするのも最小限にし、瞬きの回数も減らす。隙という隙は作りたくはない。


 風が凪ぐ。

 はらりと舞った葉が俺の視界を一瞬遮った。


 瞬時に動き出す。俺の方が若干早く反応出来た。少しだけアドバンテージが生まれたな。

 対する隊長も動き出す。後は振り落とすだけだ。何も考えず、間合いに入った瞬間すべてを注ぎ込む。

 示現流が一番近い。よく示現流は初撃躱したら雑魚と勘違いしてるやつはいるが、二の太刀はあるし普通に連撃されて死ぬ。


 一息で詰まった距離。振り落とされる隊長の刃。

 俺は相手にしなかった。こんなのまともに相手にするだけ時間の無駄遣いだ。

 俺がするのは一瞬だけ相手の刃を弾くだけ。それだけを考えている。左手に持った柄で剣を刃先を叩き、軌道を逸らす。そのまま左手を捻じって刃先を真反対に向けさせた。


 隊長の上段の一撃なんて、まともに受け止めたら刃先がめり込んで死ぬコースに決まっているだろ。誰が受けるか。半歩横に動きながら隊長の左肩を掴むと、体半分ほどをよじるようにしながら飛び越えるようにして背後に周りこむ。


 二の太刀はさせない。今まで経験のない変わった動きで初見殺しさせる。

 着地しながら剣を一時的に外してから、捻じった手を戻してから再度つかみ取って、首元に剣を突き立てる。

 背後を取った状態になったので、隊長は諦めたようだ。 


「負けのようだな」


 体長は剣から手を離した。

 俺もいつまでもへばりつく予定はない。さっさと手を離して距離を取った。


「なんだありゃ」

「あんな動き出来ねぇよ」

「人間かあれ?」


 外野が色々と喚ているようだ。

 リリアンは勝って当たり前と言わんばかりの顔だ。つまりはどや顔。

 彼は落とした剣を掴むとこちらに振り返った。一瞬だけ警戒。

 ブチ切れるパターンはあるからな。


「おみそれしましたカイラス殿。貴殿を勘違いしていたのは私のようだ。どうかお許しを」


 彼は流れるように剣を鞘にしまうと主君に忠誠を誓う騎士であるかのように、膝を尽き謝罪をしてみせた。

 大人すぎる対応に言葉を一瞬失ってしまった。

 やっぱりいいとこの騎士さんは性格がいいなぁ、口汚くののしられるかと思ったよ。


「いえ隊長もお見事でした。ここは私も負けということでどうでしょうか?」


 相手を持ち上げるのは俺の基本ポリシーだ。変な恨みというのは買われてたら困る身分だからな。

 俺は基本的に目立ちたくない。ずっと隠れていたい。


「ご謙遜を。あの読み合いの最中何度切られたとお思いか? あれだけ負けて、あの技量。完敗ではありませんか」

「いえいえ、それを言えば私も何度も切られました。それに部下を前にして負けを認められるとは隊長には頭が下がる思いです。ここは体長の顔を立て私が先に負けを認めるべきでした」


「リリアン殿からカイラス殿は変わった体質が故に傷つけるなと聞いていたもので、寸止めをして勝つつもりだったのでしたが、あまりの劣勢。上段の構えまでだしてしまった自分を恥じるばかりです。今度は真剣を使わず、木剣で安全に勝敗を決しましょう。よろしいか?」

「では、それでよろしくおねがいします」


 読み合いの勝敗は俺の十一勝三敗二相打ちだった。

 このうちの二敗と二相打ちはわざとだ。最初に少し負けたのでちょっと本気を出してしまった、勝ち過ぎは相手によくない。

 実力はごまかすためにあるからな。


 それはさておき、大勢の部下の前で敗北宣言をし、謝罪をするということは非常に難しい。

 一対一のオーディエンスなしならいくらでもやれるが、こんな大量のオーディエンスの前でまともな一合も交えずにやるとなるとさすがにやれない。

 そして一合もすらないと、ファンの中には負けを認められない人物が現れるようだ。


「はぁ? 隊長何してるんですか、あんな奇術なんてもう対応できるでしょ、やっちまってくださいよ」

「そうですよ。王都武闘会でトップになった隊長が負けるわけないじゃないですか」

「剣鬼ドラン様が負けるわけないじゃないですか」


 部下からの豪雨のように一斉のブーイングが飛び交う。

 剣鬼ドラン田舎ですらその名前に聞き覚えがあった。


 曰く、一人で百人切り殺した猛者だとか。

 曰く、次期剣聖だとか。

 曰く、王が直々に部下になるよう出向いたことがあるとか。

 曰く、剣を振るうだけで周囲に突風が巻き起こるとかいうオーバーな面白いうわさまで飛び交う御仁だ。


 そういうことは早く言ってほしい。

 こっちだって相手によって手加減して負けるとかいろいろ必要なんだよ?


 具体的に言うと、三敗くらい増やすつもりだったんだよ。

 どえらい人とやりあってしまったものだ。


「リリアン殿が推挙なさった理由がわかった。カイラス殿の実力は私が認める! カイラス殿を侮辱することはオレを侮辱することと心得よ」

 隊長の怒声に一瞬でシンッと静まり返った。

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