第5話軽めのジャブ

「私はキミが必要なんだ。それともこういった方がいいかな? なぁブラッディ・クラウン」


 走馬灯のように今朝までの記憶が流れていった。リリアンはあーっとわざとらしく頭を抱えるようなポーズをとると


「いや…ええっっと確か? 深淵より堕天せし禁忌の落とし子ブラッディ・クラウンが正式名称だったかな?」天使のようににっこりと笑うと両手をパチンと叩き「あー私の思い違いだったな、漆黒よりも昏き冥闇の主ブラッディ・クラウンだったな」

 心臓が止まるかと思った。


 過去の言動が胸にしみるような羞恥心に苛まれていく。

 思い返せば、あの時の自分がどれほど痛々しいものであったかを強制的に認識させられる。もう忘れてしまおうと封印という形で心の奥にしまっていたというのに、あの悪魔は遠慮なく掘り返してきやがった。


「やめろ! やめてくれ!!」

 あぁぁぁぁぁ、俺の精神は崩壊寸前だった。


 昔、自分が作った二つ名をこれ見よがしに言いふらすな。

 今でも深夜になると、ふと思い返してと死にたくなるというのに本人を目の前にしていうのはやめてほしい。

 厨二病だったころの思い出を掘り返すのは条約違反だろ。精神的ブラクラはやめろ。


「やめろ?」

「やめてくださいおねがいします。死んでしまいます」


 俺はもうなりふり構わない。全力の土下座スタイルで対応する。

 だってここには俺と悪鬼の二人しかいないんだから。恥しか知っていない相手に恥をさらしてもノーダメだよ、ノーダメ。


 恥の二度漬け、三度漬けは厳禁じゃないんですよ。いくらでも漬けていいんです。

 そんなことよりも心の平穏を取り戻すのが最優先だった。


「もう一回聞くけど? 私のいうこと聞いてくれるかな? それとも漆黒よりも昏き冥闇の主とか月に向かって陶酔するように言ってた頃の話や、真夜中に覇王紅蓮剣・滅・關魔獄真斬とかいった後アーハハハハハと高笑いした話、パンにバターを塗りながら魔法陣を描いて俺のオリジナル魔法だとかいった話、ここの村人と護衛の人達と一緒にお話するかい?」


 目がらんらんと輝いていた。ネズミをいたぶる猫の目だ…

 比較的軽度のを選んでくれてるけど、そんなの言ったら俺の村人と護衛の人からどんな目で見られると思ってるの?


 ちょっと想像してみよう。

 よっ、冥闇の旦那と語りかけてくるお隣さん。彼の表情はどうなっているのだろう想像もしたくない。

 ねーおじちゃんあれやってよ、覇王紅蓮剣・滅・關魔獄真斬、と無邪気に心に重傷を負わせてくる子供たち。

 ふざけるのはおよしとガチトーンで子供を叱りつける母親たちの姿。


 酒の席でこいつ昔は自称冥闇の主とか言っていたという話や、見してくださいよオリジナル魔法とか言われて玩具にされるパンたち。娯楽の少ない村人にとってこのネタは極上の酒の肴になって周囲の村々に周知されていくだろう。その恐怖よ。


 想像しただけで吐き気がしそうだった。

 背中にべっとりと冷や汗がへばりついてくる。

 俺が何年もかけ、ずっと頑張って築きあげてきた信頼という名の株に襲い掛かる狂気のブラックマンデー。


 ねぇお願い。この悪魔を止めて。神様お願いします。

 こいつと会うたびに神は死んだといいたくなる人の気持ち考えたことあるの?


「いうこと聞きますとも、喜んで!!!!!!」

「よろしい」


 悪魔・悪鬼・魔王呼びしているのはこれが原因だった。

 いや自業自得なんだけどさ。これをネタに延々とイジルのやめてもらえませんか?

 会うたびにライフが……今なら毛根もか……が削れていっている感じがすごい。


「鬼・悪魔・永遠のロリ」

「あんっ? いい根性してるじゃないか」


 小声で罵倒したが、ドスの効いた低い声で返された。キミ実家だとこれくらいの声低い人でしょ。おじさん知ってるんだからね。

 満面の笑みが向かってきているが、選択肢を間違えると精神が即死コースだ。SAN値直葬。

 まだまだ山のようにある膨大な禁忌の書のタイトルを一冊ずつ朗読していき、身もだえしながら死すら生ぬるい生き地獄を味わうことになるだろう。


「なにをおっしゃる聞き間違えですよ。神・天使・美少女ですよ。いやーこんな美人で素敵な女性とお知り合いになれるなんて幸せだなぁ」

「まったくしょうがないなぁキミは。今日の私は寛大だ、ゆるしてやろう」


 俺のヨイショに満足したのか、もう最初の目標を達成できて満足したからかハハハハと悪鬼が高笑いをする。

 泣きたくなってくる。

 調子にのっていたあの頃の俺は何をしていたんだ……


「しかしキミが私の元に戻るとなるとオリハルコン級冒険者パーティの復活だな。せっかくだ。カレンはいないがシューティングスターでも再結成するか?」

「もう年なんで冒険とかはもう勘弁してください」

「それは残念だ」


 ぜんぜん残念そうには聞こえないが、確かにそう呟いていた。

 リリアンはしばらく黙って考え込んだ後、深いため息をついた。立ち上がると俺に背を向ける。すると、どこかぎこちない口調で言い始めた。

 

「なぁ……正直なところを頼む。この仕事は迷惑じゃないか?」

「そりゃ、迷惑か迷惑じゃないかでいったら大迷惑だ」


 いきなり警護任せられてここから連れ出されるんだ。いつまで拘束されるのだの、畑にある毒草だってどうやって処分するかなど考えたらきりがない。待遇とかも教えてもらってないし。


「……すまない。こんな不甲斐ない私を許してくれ」

「お前がそんなしおらしい態度をとるな。調子が狂う。この仕事ヤバいのか?」


 振り返ったリリアンは言葉を詰まらせ、その後に溢れるように涙がこぼれていた。彼女の瞳から零れ落ちる涙は、朝日の光に照らされ、小さな部屋の影を映していた。そのしずくは床に打ち付ける音を立て、部屋の静寂を打ち破っていく。


「危ない仕事なんだ。だから一番信頼してるキミに頼んでるんだ。もしもキミに断られたら……私は……私は……」

 言葉が嗚咽に変わり、小さな部屋にリリアンの悲しみが広がる。彼女の姿勢が崩れ、手で顔を覆いながら涙にくれている。


 あのリリアンがこんなにもおびえている状態なのか。

 俺はしばらく沈黙していた。その問いは重く、心に揺れ動く感情を呼び起こしていたからだ。

 自然と手を伸びていた。リリアンの肩をそっと抱き寄せる。


「俺たちは最強パーティ、シューティングスターだぜ。仲間のピンチは俺のピンチだ。任せろ」


 できるだけ明るく、昔の馬鹿をしていた時のように笑い飛ばすかのように言い放つ。しかし確かに心からのものであることを伝えようとした。そして、静かに彼女の肩に手を置いた。リリアンはその手に頬を寄せ、抱きしめるようにして泣き始める。


「キミってやつは」

 そういうと、リリアンは俺の胸に顔をうずめ、嗚咽が聞こえる。その涙が服にしみ込んでいく。彼女の悲しみを感じながら、俺はそっと彼女の髪を撫でる。その時、ぼろ家の中には、二人だけの時間が静かに流れていた。


「あの約束がなくてもこの仕事を引き受けてくれるのか」 

「もちろんだ」

「本当だな?」

「本当だ。そういうことをいうと逆に相手に失礼だぞ」

「いやー言質もとれたし、まだまだ強請るチャンスはのこったな助かる」


 ん? と視線を下げるとそこには、ぱっと満面の笑みを浮かべて彼女がいた。

 泣いていると思われていたその瞳には涙なんていっさいなかった。

 こいつ…まさか魔術で水を作って泣いているように演出していやがったのか!? あっけにとられている俺に彼女はスキップするかのように離れる。


「お、お前…騙したのか」

「私は多少オーバーに話しただけだぞ? それに知ってるか? 美少女ならいくらでも可愛い嘘をついても許されるんだぞ。美少女の特権というものだな」


 悪びれることなくウインクしてくるリリアンがいた。彼女はそのまま笑みを浮かべたまま、何事もなかったように振る舞っている。


 一方で、俺は再びため息をついてあきれた笑みを浮かべるしかなかった。まーたかよ、と。

 けど、結構本気で心配したから、ちょっと殺意が湧きました。

 これだけは言っておかないといけないだろう。


「そういうことすると友人マジでいなくなるよ!」

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