第4話ポーション使用
村の中では治療の噂はどんどん広がり、近隣の村からも患者たちが訪れるようになった。
決定打となったのはあの一件だろう。
ある日、近隣の村からはるばるとやってきた男たちの一団が自宅に訪れたことがある。
二十代であろう病床に横たわる患者は表情に苦痛と不安が交錯していた。右腕は鮮血に染まり薄汚れてしまった包帯で覆われ、その下から時折吹き出す鮮血が、深刻な状態を物語っている。周囲には患者の苦しみを物語るようなため息が漂っていた。
「お願いします。痛みを和らげるだけでもいいんです! 彼を助けてください!」
一団のトップなのだろう五十代ほどのダンディな男性が必死の表情で頼んできた。その熱い視線に、俺は彼らの苦しみを理解した。できる限りの助けを提供しようと心に決めるほどに。
患者の横にしゃがみ込み、注意深く慎重に右腕の包帯を外していく。動脈を欠損したのだろう、包帯を外した瞬間、鮮血が顔に吹きかかった。独特の匂いと熱を顔に感じたのを今でも覚えている。痛みと出血からか患者の表情が青白く変わっていったな。
一刻も争うのが手に取るように分かった。
いつもなら違和感を持たれないように数日かけて治すがこれは一刻を争う事態だ。輸血なんて知識のない時代、治癒師がいない限り大量出血するということは死を意味している。
あまり目立ちたくはないのだが……
のんびりとしていたら命がなくなってしまう。ポーションを手に取り、傷口に少量ずつかけていく。
淡い光が傷口を照らしていき、傷が瞬時に治療されていった。
男の表情が和らいでいく。辛さが薄れ、ダンディな男性もその変化に気づいて安心の表情を見せた。
「あなたのおかげで安心しました。本当にありがとうございます」
翌日、連れてこられた男性とその一団は各々が感謝の意を口にしていた。俺はその姿を見送りながら俺は一人の薬師としての役割を果たせたことに喜びを感じていた。
この一件以降、目に見えるように近隣の村からの患者たちが訪れ、俺の治療法によって健康を取り戻す姿が続いた。異なる地域の人々が集まり、俺の村を取り巻く雰囲気を変えていく。
治療しに村にやってきたいろいろな人とその付き添いの方々。主に付き添いだが、わざわざ治療しに遠方に来たついでだからと、行商を始めるのだ。枯れたような村に活気が湧いてくる。
遠路はるばる来た人も増えたため宿が増えた。彼らのための食事処が増えていき。
なんなら移住してくるという人さえも増えてきた。
新しい道路や橋が造られ、村は周辺地域との交流が盛んになる。
違う村の村長たちもやってきたり、親睦会や合同で祭りでもしようかという会議などが増えていく。
俺は薬師としての使命を全うしながら、ポーションから得た恵みを分かち合うことで、新しい地域との結びつきを築いていった。それはまさに、一薬師が小さな村を越えて広がる新たなる絆の始まりだった。
この平穏な村で、俺はかつての闇の中での生活を乗り越え、新たな生き方を見つけ出していた。
今日のあの瞬間までは。
俺はというと井戸から水を回収して戻る途中だった。
水場は少し遠い。俺の家から徒歩十五分といったところだ。当時は余所者だったこともあり与えられた民家は一番井戸から遠く不便なものであった。
普段は物静かな村もその日は騒然としていた。
褒美があるだの、死刑だの、と物騒な言葉も聞こえているのを考えると皆が好き勝手に騒いでいるようだった。
「今日は騒がしいな。なんかイベントでもあるのか?」
そう独り言をつぶやいてしまう。家に引きこもりがちだが、一応周囲の家とは交流もある。無自覚の内に村八分にでもされてない限り、なにかがありますよくらいは教えてもらえるはずなんだが? そう考えていると、隣家の飲み友のおじさんがすごい勢いで駆け寄ってきて息を切らしながら話しかけてくる。
「カイラスさん。あなたすごいですよ。なんと貴族様が遠路はるばるあなたに会いにきたらしいですよ」
「はっ?」
ド田舎の薬師に会いに来るなんてぜんぜん検討がつかない。病気は治癒師にかかればいいし、いったいなにをしに来たことやら。
「あなたの家の前に止まってもう家の中ですよ。なんでも貴族のご令嬢だの? 高名な魔術師様が来ているだの? いやぁカイラス様の噂がそこまでいくとは誇らしいですな」
そういいながら俺の水を汲んだ桶をもってくれる。
「ほーん?」
「護衛なんて五十人ですよ五十人!! こんな小さな村にですよ。考えられます!?」
そんな話をしているとようやく馬車が見えてくる。心の中で疑問符を抱えながらも、なぜこんなに急に訪ねてきたのかといろいろと考え込んでしまう。馬車がやってきた理由は何だろう? ポーションの加減を間違えて治療に失敗して誰かが告発でもしたのか? かつての過去がばれてしまったのではないか? という心配が頭をよぎる。
おっさんのいう通り護衛と思われる者たちが見えてきた。
見知らぬ護衛たちは俺に向かって、敵意むき出しで見ている。俺は不安が入り混じった気持ちを抱えていた。かつての過去がばれた場合、どんな事態になるのか。もうここにはいられない。
もしも治療に失敗していて何らかの失態があったならば、薬に毒草を使っていたことがばれてしまう。そうなると、きっと村人たちの信頼を失うことだろう。そうなるとここにはいられない。
馬車にはそれを阻む何かしらの手がかりがあるのではないかと少しでも情報を集めようと注視してしまう。
馬車の側面には紋章が刻み込まれている。しかしこの領主のものではない。
が、俺には見覚えがあった。一つ隣にあるノワール辺境伯の馬車であった。これは……ヤッたな。
これは過去の因縁かもしれない。
「貴殿がカイラス殿か」
いかつい三十代ほどの隊長らしき人物が声をかけてくる。
獅子のような鋭い眼光、二mはあろう巨大な体躯と巌のように鍛え上げられた肉体。周囲はチェンメイルとプレートアーマーなのになぜかグレーの革製の鎧だ。いやいやスチールリザードマンの皮だな。伸縮性はあるのに鋼鉄と変わらない強度を誇るなかなかの一品。そこら辺の隊長がおいそれと着ることすら無理な代物だ。腕にはリストバンドがついている。
「はい。この度はどういうご用向きでしょうか?」
「入ればわかるさ。入ればな……お前ら身体検査だ」
数人がかりで地面にたたきつけられ、荒っぽく身体検査をさせられる。
絶対よくないことが起こるのがてにとるようにわかった。逮捕か? 逃げるか? そう思案していると。
「いや、いい。会いたかったよカイラス」
俺の家から悪魔が出てきた。
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