第3話ポーション開発記

 引退してからは静かな農村で薬師としての生活を営んでいる。畑や森、清らかな川が広がる風光明媚な土地だ。毎日が穏やかで、人々は笑顔で俺を迎えてくれる。


 あばら屋の自宅兼作業所の裏手には大きな薬草畑が広がっていた。朝日に照らされた畑では、さまざまな薬草が風に揺れている。その薬草を集め、特製の薬を調合して患者たちに手を差し伸べている。約二十年前までの暗殺者の仕事とはうって変わり、今では優しい笑顔と慈愛に満ちた言葉が仕事の中心だ。


 ある日、老婆が元気のない孫娘を連れてきた。孫娘は熱を出し元気がない様子だった。慎重に診断し特製の薬を調合したら熱は下がり、老婆は感謝の言葉を涙ながらに語った。

「カイラス様、あなたのおかげで孫が元気になりました。本当にありがとうございます」


 村の人々は俺を救世主のように接してくれている。老若男女、幅広い年齢層の村人たちが、何かあるたびにここにやってくる。

 農作業で体を傷つけたり、風邪や重い病気だったりとさまざまだが、いろいろな問題を抱えた彼らは、俺の薬に希望を見出しているようだった。


 治癒師に頼ればいいと思うものもいるだろうが田舎にはいない。治癒の才能がある者は五〇人に一人いればいいものだ。


 五〇〇〇人の街があるとすれば一〇〇人はいることになる。四割は子供と老人。治癒も失敗すれば細胞がにょきにょきと生えていき死に至る。そのため適切な教育を受けなければならないのでほぼ使えない。


 残りの六割はというと才能から順にいくと神官一割、国や軍や街や傭兵や商隊の雇用で三割が奪われ、民間の治癒院が一割。


 残りの一割が自分の金で治癒院開設のため命を張って冒険者ギルドにいくやつらか、金に欲がくらんだ奴だ。少数だが、治癒免許を奪われたやつや犯罪を行い逃亡のため闇組織御用達で治癒する危ないやつもいる。


 他にも別に稼げる仕事があってやらないか、そもそもならないとかもいるので実数はもう少し減る。


 つまり田舎には誰もいないのである。

 つまり田舎には誰もいないのである。

 大事なことなので二度言いました。


 よって農民は自力で自然治癒するか、遠方の街まで足を運んで治癒師に治してもらうか、民間医療にあたる薬師に頼るかの三択になる。


「おお、カイラス様、これでまた一つ助かりました」

 去年は、この六〇代の農夫のおじいちゃんは畑での作業中に心臓に激痛が走り倒れた。彼の元気な笑顔が見られる日は、とっても幸せな瞬間だ。今日は背中にできた、できものの治療に来ていた。


「あとはこの薬を塗ったらいい。あんまりハードな運動はするなよ」

 そういって軟膏を手渡す。

「ははは、まだまだ現役、あと三〇年は生きますぞ」

 彼は元気いっぱいだと言わんばかりに右腕を振り回す。そして感謝の意を込めてかはわからないが自家製の新鮮な野菜を差し出してくれた。その温かい手土産が心を和ませてくれる。


 また別の日には、村の子供たちが元気いっぱいに駆け寄ってきた。森で拾ったルカの花を持ってきてくれた。

「カイラスおじちゃん薬つくって」

「まーたかよ。おまえら、お母さんたちには秘密だぞ」


 この子供たちが大好きなのは、俺が調合する甘い蜜のような薬だ。ルカの花というこれは単体だと渋いが丁寧に灰汁を取っていき、最後にカシコの実という木の実と一緒に煮詰めてると、ドロッとしたゼリーのような触感の甘味となる。苦い薬を飲ませるときによくシロップがわりに作っているが、どうも癖になったらしい。

 病気ではなく、ただの甘いおかしを飲みたいという子供たちのリクエストに、微笑みながら応える。


「カイラスさんにはいつも助かるわ。あっ、これ。おすそ分けね」

「いやいや、こちらがお世話になっております。いつもありがとうございます」

「なにいってるの。カイラスさんがいないと困っちゃうわよ」


 村の婦人たちも俺にとっては頼もしい仲間だ。料理の腕前に自信を持つ彼女たちは、俺が集めた薬草を使って美味しい料理を作り上げ、村人たちに振る舞ってくれることがある。

 薬草といっても実質は香草に近い。こちらについたときはシンプルに塩と酢くらいしか調味料がなかったので、雑用ででかい街にいった時に香草の種をいくつか買っておいた。

 彼女たちにとっては薬草も香草も一緒なのだろう。そして俺にもおすそ分けという形でくれる。


「カイラスさまお願い事があります」

「えっ、何?」

ある日、村の若者たちが町のほうまで品物を買いに遠征することになったらしい。彼らは俺に力を貸してほしいと頼んできた。モンスターに傷つけられたり、病気にかかることを心配してくれる彼らの懸念を少しでも和らげるために、俺は特別な薬を用意した。


「お前らにいっておくがこれは飲むな。そして中身を聞くな。使い方は日に三度体に霧吹きでも使って外套にかけろ」

 そう言って小瓶を渡す。

 渡したのは軽い整腸剤の丸薬と傷薬の丸薬とキラーベアの小便を薄めた香水瓶だ。

 ここらへんで一番脅威となるのは討伐ランクBのキラーベアだが、普段は森の奥深くに住み着いていて街道になんかやってこない。


 討伐ランクBとなるとゴールドからミスラルが適正ランクだからまぁまぁ強い。普通に鋼の鎧とか粉砕するしね。

 密猟なのもあるが、素手でぶち殺したなんて言えるわけもなし、倒し方も問題だ。


 モンスター同士の抗争のように、刃すらまともに通じないぶ厚い脂肪の腕を粉砕し、頭部を真っ二つにしたんだからな。せっかくなんで必要な材料になるのは解体してもらった。

 どうやって手に入れたか聞かれたら答えははぐらかすしかない。


 キラーベアの匂いがついたやつに襲い掛かるモンスターなんていない。よってどこよりも安全になる。

 二週間もしない内に答えがやってくる。


「ありがとうございました。これはお土産です」

 そういって差し出される粗品。彼らの小さな買い出しは大成功だったようだ。


 というのが、ここ数年の日常だ。この村はのんびりとしていてとても居心地がよい。昔ながらの伝統的な助け合いの精神が、彼らの生活に深く根付いているようだった。


 引退後の俺の生活は、ただ薬師としてではなく、村人たちとの絆を育む大切な時間でもある。

 彼らの感謝の言葉や笑顔が、心を豊かにしてくれた。

 そして、この小さな農村で平穏に過ごす中で俺はかつてないほどに幸せを感じているのだ。


 そしてこう思うのだ。まさかぜんぜん使えなかった毒物の知識がここで役に立つだなんてな……と。


 基本的に毒は使えない。モンスターは上位だと耐性持ちで使えない。人には効くが、山賊の集団とかならまだしも、悪徳貴族相手になると銀食器から始まり、仮に飲ませられたとしても、治癒師常駐のためすぐ治療されて終わってしまう。


 仮に使うとなると下剤を飲ましてトイレに駆け込んだところを殺すとかになる。

 けど、そこまで潜入できてるならナイフを急所当てたり、爆弾で爆散させたり、一人でいるところを殺せばいいよねって気づいてからは完全に無駄知識だった。


 倒した後? 有象無象の雑魚なんて切り抜ければいいじゃん? 爆散させたら場も混乱して脱出し放題だよ?

 

 ある日、山で煮炊き用の枯れた木を山で探ていると、見慣れたキッシーの毒草が芽吹いたことに気づいた。しかも大量にだ。これは特別な力を持つ毒として知られている──必ず死に至る毒草として。これで毒を発症したものはどんな治癒術を受けても回復しないとされていた。


 しかしながら俺はそれに対して非常に懐疑的であった。毒として確かに死ぬのではあるが、失敗した治癒術をくらったような死体になるのだ。どうなるかというと細胞が活性化しすぎて質量保存の法則を無視したように肉体が隆起して死ぬ。さながらバ〇オハザードのラスボスだな。


 薬も適量を超えれば毒になり、毒も適量使えば薬となす。


 俺は過去の毒学から得た技術と知識を駆使し、キッシー草から新しい薬を生み出す実験を始めた。一年ほどかかったが、適切な処理を施すことで安全な薬に変化させることに成功した。まさか別の毒物を加えて中和するという恐ろしい方法になるとは思わなかったな。


 一番助かったのは転生前ほーんと思った、フグ毒とトリカブト毒が拮抗するという情報だった。

 肉体が腐り落ちるというヨレグナ草を少量ずつ合わせて調合するとうまくいった。


 キッシー草は単品だと赤褐色の色合いをしている。対してヨレグナ草は淡い黄色の色合いをしている。

 キッシー草にヨレグナ草の液体を垂らしていくと透明な色合いになる時があった。

 それが中和されている時の色合いだと気づいてからは一気に進んだ。


 新しい薬が完成すると、その色と香りはこれまでにないものだった。透明な薬液が蠟燭の光を反射してに輝き、その香りは心地よい花々のような香りに満ちていて、その透明な液体を見つめながら深い感動に包まれた。


 最初の実験台は俺だった。ラットを用いた実験では問題はなかったが、さすがに冷や汗が出る。

 自分の腕にナイフを突き刺す。冷たい刃が肌を割り裂く音が響き、苦痛が走る。

 手に持ったナイフが身体に食い込む感覚は異常なほど鮮烈だった。

 

 出血が始まり、血液が滲み出てくる。その光景に、俺は何故こんな狂った実験を行おうとしているのかと自問するが、答えは一つ。まともな即効性のある薬がないからだ。あるのは止血剤くらいしかない。あとは自分の肉体の治療力に頼るしかない。


「くそっ…」と呻きながらも、ナイフを引き抜く。濡れた肌の感触が気持ち悪く、傷口から滴る血が床に落ちる音が聞こえた。苦痛に身を悶えさせながら、精製した薬を傷口にかけようとする。そして一瞬でも頭を掠めるのだ――失敗したら腕ごとなくなるコースだと。本当にしていいのかと。


 ここまできて引き返せるか、それにもう失うものもない。

 傷口に恐る恐る薬を振りかける。まずは五mlほど。

 奇妙なことに傷は次第に塞がり、出血も収まっていく…が、まだ足りない。かすかな裂傷が残り傷口を痛める。


「これが…治癒の力か。まともな異世界ライフでもなかったし、さすがに異世界らしく…そうだな、ここはポーションと名付けるか」そうつぶやきながら、手に持った薬をもう少量左腕に振りかけてみる。


 傷が癒え、血液が止まる様子を目の当たりにすると、俺は自らの驚きを抑えきれなかった。

 自分が身体実験の被験者となることで得られた結果と、思い付きとはいえ使えなかった毒の知識を用いて開発した薬。

 それが、まさかここまでの効果をもたらすとは。


 新薬はおうおうにして最初は理解されにくいが、これで人々の苦しみを和らげることができるんだ、と心の中でつぶやくと同時に、毒の理解と適切な使い方によって生まれた新しい薬に対する興奮の気持ちが胸に広がっていった。


 俺の薬師としての生きる意義を改めて実感させた。毒と薬、その双方を理解し、調和のとれた治療法を提供することで、人々に安らぎを届けることができる。


 彼らには門外不出の秘薬ということで通している。ただひたすらに秘匿し、彼らが安心して治療を受けることができるよう心掛けていた。安全かつ確かな治療を提供するために、時には事実を隠すことも必要なのだ。


 広大な薬草畑での作業も、俺一人で行うようにしていた。村人たちはただの薬草畑だと思っているが、その中には彼らの健康を支える特別な秘密が隠されている。薬草畑の中央にはさきほどの毒草が他の薬草と同じように少数だけ栽培されているのだ。これによって、一見普通の薬草と見分けがつかないように工夫していた。


 こうして秘密を守り抜くことで、彼らに違和感なく最高の薬を提供ができる。


 朝には普通の薬草だけを採取し、夜間にのみ毒草を回収するようにしていた。

 暗殺者の過去の経験が生かされ、俺の動きは迅速で無駄がない。誰もが安心して眠る間に、新たな治療法を追求していく。


 そして他のポーションを並行して作成していった。とりあえず今作ったのは解毒のポーション。麻痺を解除するポーションだ。

 最初は難しいと思われていたが、土台がよかったのか思いのほか簡単に作れることができた。今までの解毒剤にポーションを少量まぜてやる。それだけで十分だった。たったそれだけで解毒にかかる時間が二日三日かかっていたというのに一分もあれば解毒することができるようになった。


 村人たちの中には、ただの薬草ではない何かが含まれていることを感じ取っている者もいるようだ。しかし、彼らはそれを疑問に思うことない。むしろ俺の薬がいかに効果的であるかに感謝しているし、実際幾人もの人が治療によって助かっている。

 俺の過去やその裏にある秘密も、彼らには必要のないものとして扱われているようだ。


 こういうこともあり、俺の治療法が特別であることは知られることなく、ただの優秀な薬師としての評価を築いている。

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