第7話大胆なFireは女の子の特権

 雇用契約はよかった。パーティを組んでいた時はそういった契約の関係は全部リリアンがやっていた。仕事には適正な対価をがモットーな女だ。変にケチることもないだろう。

 黒歴史で攻撃してくる以外はなんだかんだいってリリアンを信じているので、内容はろくに見てもいない。


 月に金貨十枚(百万セルタ)が俺の給料らしい、元の世界なら百万くらいだ。

 ここでは一年が十四月あるので年収千四百万セルタとなる。

 そこらへんにいる兵士が月金貨三枚であることを考慮すると破格と言っていいだろう。


 金をふんだくってまで治療したいわけでもない。

 タダで治療までしていることもよくあるので今の年収が金貨八枚いくかいかないかを考えると、かなりの高給取りといっていい。

 というより今までが、うわっ俺の年収低すぎ。が正解だろう。


「子牛はこうして売られていくのだろうか?」

「何を訳のわからない事をいってるんだキミは。しかしなんでキミは毒草なんて育ててるんだ」


 薬草畑の中、彼女の黒髪が美しく輝いて見えた。リリアンの周囲には毒草が浮かんでいる。

 土魔法で同時にいくつもの草を根元から押し出し、常人にはできないが風魔法で器用に滞空させている。

 普通はこんなに使えないがそこはリリアン。一人でなんなくこなしていた。


 さすが七つの属性を極めし女。

 一般的な魔法使いは一人一属性がほとんどだ。ダブルくらいならたまにいるが、それ以上となるとまずはいない。


 農家は魔法が使えるやつが引き継いでいく。使えないやつは口減らしに街へ働き出される。

 魔法使いの農家夫婦は土壌改善から雑草取りやこういう根から採取する植物の場合は土の係が、小麦などの場合の収穫の刈り取りから倉庫に運搬、脱穀作業までする風の係でワンセットだ。


「いい男には秘密があるもんだ」

「後ろめたい秘密の間違いだろ」

 ぶつぶつ言いながらも俺の毒草の採取を手伝ってくれている。


 一年か二年後には戻ってくるらしいので家財道具はそのままということになった。もとよりここの家財道具の大半は貰い物だ。懐はなにも痛まないが、毒草だけは処理しないといけない。


 俺が薬師をやめることになったので、それは困ると村長がやんわりと断ろうとしていたが、リリアンが知人の神官を手配してくれるといった瞬間手のひらを返したらしい、あっさりと送り出す敵に回った。

 権力や交友関係の無駄遣いはやめてほしいものだ。


 誰もこないのなら、薬草の違いがわからない飲み友のお隣さんに回収だけ頼んで適当な時期に家の中に放り込んでもらってもいいだろうが、神官が来るならそんな対応はできない。


 神官も住む家がないのだから、俺の家を間借りすることになる可能性は高い。

 そうなると室内にある薬草箱を開く可能性もあるだろう、なら早い間にすべてを回収するしかない。


 三分ほどで毒草を回収し終え室内へと戻り、ストックしていた毒草とまとめて、何食わぬ顔で持ち運び可能な薬箱の中に収納していく。着替えも準備しないとな。手早く替えの作務衣を複数枚用意する。


 しっかりとした服はもうずっと着ていなかった。田舎には無用の長物だったそれらは、かなり前に街で売って金に換えた。その金で薬草畑を買うことになったので、このままの服装と薬草箱で旅立つことなる。


 この部屋の片隅には、薬草を煎じるための道具が整然と配置されている作業スペースがある。

 古めかしいが丁寧に手入れされた大きな鍋。調合用の石臼めいた器具。

 ちょっと隣には小さな棚があり、様々な形や大きさのガラス瓶が整然と並べられてた。


 各瓶には手書きで薬材の名前が記されていて、中には根っこや葉っぱ、花びらなどがきちんと仕舞われている。小さな引き出しには細かな計量器具が収められているのだがそこはいいだろう。

 セシルは棚の前で興味深そうに瓶を見比べているようだった。

 

「よし、終わったなら行こうか? セシル退屈だろうにごめんね」

「ううん。気にしないで、薬師の家なんて初めて来たから道具とか面白かった」

 申し訳なさそうにいうリリアンにセシルはにっこりと笑顔で返している。

 ときおりチラチラみているが、このセシルという子は常に笑顔を絶やさないようだ。穏やかに微笑んでいる姿しか記憶にない。


「あー申し訳ないがしばらく待ってもらえませんか。ちょっと行きたい場所があるので」

「トイレなら我慢してくれ」

 不機嫌そうなリリアンだが、これは俺とリリアンのお互いにとって必要なことだ。


「トイレじゃない。あと、お前も来てもらう」

 そういって手を握って強引に連行していく。

「いったいキミはどこにいくつもりだい。時間があるんだぞこっちは」


「墓参り」

 その言葉にリリアンは全てを察したのだろう。不満気な顔はどこへやら、しゅんとした顔をしている。

「そうか……わかった。私も是非行こう」


「わたしもいっていい……ですか……?」

 予想外の方向から声がかかった。

 振り返った先にはセシルの真剣な眼差しがこちらを貫いた。

 興味心で言っているならまだしも……そんな目で見られたら反応に困る。いったい何を考えているのだろうか?


「いや、それはちょっと……遠いし山道だからしんどいですよ」

「これからお世話になる人の大切なお墓なんだから行く意味はあると思いますよ?」

 リリアンにどうにか説得しろとアイコンタクトを送るが、リリアンは諦めたように金色の目を瞑ると顔を左右にふった。


「風が気持ちいいところですね」

 セシルが銀の髪とスカートを抑えながら嬉しそうに話しかけてくる。

 高台に立つと、眼前に広がる風景は美しく広大だった。空は澄み渡り、青空が広がっている。風は穏やかで、時折心地よい風が通り過ぎていく。


「そうでしょう。景色もいいときています」

「確かにそうですね」

 クスクスとセシルは笑った。


 高台から見下ろすと、手つかずの大自然がそこには広がっていた。

 緑豊かな丘陵地帯がずっと続き、遠くには青々とした森が広がっている。その先には小川が流れ、遠くに山々が連なっている。遠くの空には鳥たちが自由に飛び交っている光景が広がっている。


 セシルに気づかれないようにリリアンに近寄ると、耳元で内緒話をする。


「リリアン。なにかあったらここに埋めてくれよ。一人だけ離れ離れはよしてくれ」

「わかってるさ、それくらい。あと私がいるかぎりそんなことは起こさないといいたいが……キミの体質は面倒だからな」

「面倒な体質ですまんな」

「わかっていて呼んでいるんだ。なにかあったら私の責任さ」


 小声で密会しているとセシルが質問してくる。


「こっちのお墓は?」

 カレンと書かれた墓石の隣には名前のない少し小さな墓がある。

 墓に名前が無いのは生まれる前に死んだからだ。神様の子を選んだということで名前を付けないのがこの世界の習わしだった。


「そっちは娘の墓になります。死産で……生きていたらちょうど……」

 セシルというべきかノワールというべきか一瞬、悩む。リリアンは親しいらしいがこちらはたいして親しくもない。

「ノワール様とよりちょっと下くらいですかね」


 生きていたらもう少し楽しい隠居ライフを送れていたのだろうが、人生というものはままならないものである。

 一緒に薬草採取をしたり、わがままをいって困らせたり、ごはんとか作ってくれていたのだろうか?

 育てるものは薬草くらいしかないこの身が少し恨めしい。


「わたしは家の名前は好きじゃないから名前で呼んでほしいです」

 今までと変わらず穏やかな笑みを浮かべてはいるが、気のせいだろうか心なしか表情も暗いように見えた。

「……セシル様」


「セシル」

 そう呼べと言わんばかりの圧を感じる。ちらりとリリアンを見るが頭を振って肯定していた。

「セシル」

 彼女は満足げに頷いた。今まであったことのない変わったタイプの貴族の子だった。


「うん。できれば敬語とかもなしにして欲しいんだけどいい?」

「いいならいいけど、変わっているなセシルは」

「そうかな? あまり人と接したことがないからよくわからないや。それじゃあこっちが奥さんのお墓?」


 いっきにフランクになるな。

 セシルはそういってカレンと名前の書かれた墓に視線を向ける。


「その通り彼の奥さんのだ。私と彼女は親友でな。太陽のように元気で眩しい子だったよ。この頓珍漢が一仕事終えて暇になった時、世界をいろいろとかけまわったものだ」

「頓珍漢とはひどい言いぐさだな」

 最初は人探しの旅も兼ねていたのだが、死んでいるらしいので諦めて冒険に変わった。


 俺とリリアンは妻の墓の前で両膝をつき両手を胸の前に組んで黙とうを捧げる。

 なんだかんだいってリリアン直々のご指名だ、碌な仕事ではないだろう……生きて帰れたら嬉しいものだが、どうなるのだろうか? まだまだ会うのは先にしたいものだ。しわくちゃの爺さんになってから会うという約束はぜひとも果たしたいものだ。


 隣に気配を感じる。衣擦れの音がし、土に触れたであろう音がした。

 んっ? と隣を見てみると、セシルが一緒のように膝をついて黙とうを捧げてくれていた。


「セシル……キミってやつは…」

 リリアンが手を解き、右手で頭を抱えていた。

「ダメだった?」

「いやいいさ。妻も喜んでると思う」


 膝をついて祈りをささげるのは基本的に親族くらいしかやらない。膝をつくのもいるが親友でも立って祈るのが普通だ。

 貴族の場合は一般人の墓になんて祈ってもくれない。

 若いのに人心掌握しようとするのがうまいなぁ……それとも天然か。

 "あの"ノワール家の者だから判断が難しい。


「わたしは生まれてくる前にお父様を、六歳になってからお母さまをなくしてるから、親しい人を亡くす気持ちがわかる……なんて大層なことは言えないけど、わかりたいって思ってるの。いきなり来たのに仕事を引き受けてくれてありがとう、カイラスさん」


 今にもあちらの世界にいってしまいそうな儚げな微笑みだった。

 ちょっと……いやかなり心が痛む。目を見ることができなくて視線を逸らす。


 ──彼女の父親を殺したのは俺なのだからな。


「こんな男にさんづけ不要だ。なぁ?」

 リリアンは祈りを捧げ終わったらしく人の頭を気安くポンポンしてくる。

 そのそろ頃合いだ。俺も立ち上がるとセシルも立ち上がる。


「そうだな。気楽にカイラスと呼んでくれ。さんなんてつけられるとむずむずする。それでここに来た本当の理由はなんだセシル」

 俺の問いかけにセシルは大きなアメジスト色の眼を見開いた。

 一陣の風が吹き抜け、セシルの長い髪が揺れる。

 風がやみ終わると彼女はいつものように微笑みですべてを埋め隠す。


「うん、わかった。それじゃあカイラス。ここに来た本当の理由をいうね、この仕事引き受けるのやめてもらってもいいかな?」

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