ララ・ライフの案件
鈴ノ木 鈴ノ子
ララ・ライフの案件
フリーライターの藤堂康子が現場に駆け付けた時には、既に周囲は警察のパトカー数台と黄色い「police:警察」のテープで規制線が張り巡らされて立入禁止区域となっていた。
「すいません、藤堂と申します。先ほどご連絡を頂いた藤堂泰道の妻です」
警戒するように立っていた制服警官にそう伝えてその場で待つと、女性警察官と私服姿の警察官が連れ立ってこちらへと向かってきた。
「どうも、警視庁捜査一課の横山と川蝉と申します。ご案内します」
2時間前、京都で取材を終えて帰路の新幹線の車内で「警察から夫の訃報」を知らされた。
夫は小説家で誰かとトラブルになるようなこともない、人畜無害の優しい人。だから、恨みを買うようなことは無いはずだが、それは間違っていたらしい。
案内されるがままに病院と犯行現場である自宅で現場検証の立ち合いを求められて、私は打ちひしがれながら立ち会うこととなった。
「奥さん、申し訳ないのですが、ちょっとお話を伺いたいという方がおりまして……」
歯切れの悪い言い方で川蝉警察官が玄関を指すとスーツ姿の男女がこちらへと会釈をした。
「警察の方ですか?」
「いえ、国立国会図書館の方なのですが‥‥‥」
「図書館?」
殺人事件の現場に場違いなほどのネーミングに驚いたが川澄さんの目は真剣だ。仕方なしに少し眩暈のする体を引きずって玄関先へと向かい、近くに置かれていた警察の脚立を椅子替わりに借りて腰を下ろした。
「どうも、国立国会図書館 東京本館 調査司書の館林と御剣と申します。この度はお悔やみを申し上げます。少しばかり調査にご協力を賜りたいのです」
丁寧な口調だが、抑揚なく機械音声の方がまだマシと言えるほどの低い声の男性、そして女性は『お悔やみ申し上げます』と手話を用いて伝えてくる。
「どういったご用件でしょうか、主人が何かお借りしていたり‥‥‥」
「いえ、そうではないのです。唐突で申し訳ございませんが、ご主人さんのペンネームですが、デビュー前に他のペンネームはございませんでしたか?」
本当に場違いなほどの質問だった。
最愛の人を殺されてその現場に立ち会っているというのにと怒りが沸いた。だが、2人の目は鬼気迫るほど迫力で、その気持ちすら萎えてしまうほどの眼光を放っていた。
「えっと…、田辺よーいちです」
御剣がスマホの画面にそれを入力したのだろう、こちらに見せないように注意しながら館林にそれを見せると、画面を見つめた舘林が納得したように頷いた。
「どうも、すみません。聞き取りは以上となります。ご協力ありがとうございました」
質問の意図も何もかも説明されることは無く、2人は挨拶もそこそこに踵を返して離れていった。
私は呆然となりながらその場に佇んでしまい、何かを投げかけることすらできなかった。
『また、ララ・ライフの案件だな』
抑揚のない舘林の声が最後にそう呟いていたのは聞き逃さなかった。
1月を経ても夫を殺害した犯人は不明だ。
体に十数か所の刺し傷があることから怨恨の線で捜査は進められていると顔なじみの刑事から聞いたけれど、皆目検討がついていないらしい。
あの日、訪ねてきた国立国会図書館の舘林と御剣に会うため東京本館に赴いたが、長期主張中のため不在で会えじまいだ。
ただ、舘林が呟いた『ララ・ライフの案件だな』が酷く気になったので調べてみた。
【ララ・ライフ】
投稿サイトで掲載された小説が元らしい。
主人公【ララ】の生涯が描かれた作品だが、最後に無実の罪でギロチンへかけられて非業の死を遂げる物語だ。気になってツテを頼り作者を調べると同じように首を跳ねられて殺害されていることが分かった。作品応援者の名前欄に数多くの名前があったので片端から目を通していく、やがて一月前の欄に夫のペンネーム『田辺よーいち』を見つけた。
夫のペンネームをクリックすると膨大な数の長編や短編が表示される。
中学時代から書くのが好きで書き溜めたと言っていた。作品は殆どがヒューマンドラマで人が殺される話は少なかった、だが一作だけ、ヒロインが滅多刺しにされて非業の死を遂げて終わる作品を見つけた。ふと気になり応援者を全員を調べてみると生存者は皆無で、皆が自身の著作で最もひどい扱いを受けたキャラクターのとおりに殺害されていることが分かった。
【非業の死を遂げたキャラクター達の作者への復讐】
私はそう結論付けた。
そのサイトに私も小説を投稿していて、中には同じように非業の死を遂げさせた作品がある。私はそれを検証するために件のララ・ライフへの応援するのマークをクリックして作品応援者の列にペンネームを記した。
[ピンポーン・ピンポーン]
真夜中なのに呼び鈴の音が鳴る。あたりらしい、もう、後戻りはできない。
ララ・ライフの案件 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます