第五章 初めての男友達

 定期テストが終了してから数日後のこと。一樹たちに学校の一大イベントが迫ってきた。その幕が切って落とされたのは、朝のホームルームで六代先生から告げられた言葉からだった。

「来月から文化祭が開催されます」

 六代先生の一言を聞き、着席しているクラスメートたちが一斉にざわつき始めた。一樹も身構えている様子だったが、俺には文化祭というものが何なのかが分からない。

「文化祭っていうのは、学校が開くお祭りみたいなものだよ。クラスごとに出し物を披露して、お客さんを楽しませるんだ」

 机の上で首を傾げている俺を見兼ねて、一樹が俺に耳打ちしてくれた。なるほど、お祭りと聞けば多少は想像つくな。

 生徒全員を静めた後、六代先生は言葉を続ける。

「来月の文化祭に向けて、私たちも出し物を準備することとなります。まずは何の出し物をするか、明日の終業時間までにみんなで話し合って決めてください。出し物が決まったら、学級委員長の一樹くんから私に報告をお願いします」

 そう一樹たちに指示すると、六代先生は朝のホームルームを終えた。その直後、六代先生に手招きで呼ばれ、一樹は六代先生と一緒に廊下へと出ていった。俺も一樹の肩に乗ってついていった。

「一樹くん。まずは中間テストの学年二位、おめでとう」

 六代先生にも称賛され、一樹は照れながらも「ありがとうございます」と礼を言った。

「それで、本題は文化祭のほうなんだけど……」

 六代先生の深刻な面持ちを見て、一樹の表情も引き締まる。

「少し前にいじめの報告を受けたのもあるし、一樹くんがクラスのみんなをまとめられるかどうか、心配です。もしかしたら新手のいじめを受けるかもしれない気がして……」

「ああ……」

 一樹は納得したように声を上げた。確かにあの連中なら、出し物を決めるときも、文化祭とやらに向けて準備するときも、一樹に対して反発してくる可能性が十分に考えられる。

 一樹は不安の色を浮かべたものの、それでも決然たる顔で六代先生に言ってのけた。

「それでもまとめてみせます。嫌なものは嫌と言うし、それでもなおいじめを受けるようなら先生にきちんと報告します。まずは僕一人で挑戦させてください」

 一樹の決意を聞き、六代先生は期待の眼差しを向けながら言った。

「分かりました、私も一樹くんを信じることにします。でも、もし何か問題があれば遠慮なく頼ってくださいね。私は一樹くんの味方ですから」

「はい!」

 威勢良く返事し、一樹は六代先生に大きく頭を下げた。


「ああは言ったものの、やっぱりちゃんとリーダーが務まるか、不安だな……」

 その日の学校の帰り道、一樹は人気の少ない住宅街を歩きながら、俺にぼそりと本音を漏らした。みゃうと鳴いて心配する俺に対し、一樹は力なく笑いながらも言った。

「やるだけやってみるよ、ニャン太郎。これ以上先生たちに心配をかけるわけにもいかないもの」

 その意気だと言わんばかりに、俺はにゃあと声高らかに鳴いてみせた。

 間もなくして、一樹の家に辿り着く。一樹が玄関の扉を開けると、奥のほうから「お帰り」という声が聞こえてきた。一樹が目を丸くしながらダイニングに向かうと、一樹の両親が先に帰っており、食卓に着きながら一樹を待ち受けていた。

「あれ、今日は仕事早く終わったんだ?」

 一樹が尋ねると、一樹の両親は互いに目を合わせてにんまり笑いながら言った。

「だって、せっかく一樹がテストで学年二位になったんだから」

「父さんたちも親として盛大に祝わないと。だから、夕ご飯は焼肉屋さんに行くぞ、一樹!」

 一樹の両親からの提案を聞き、一樹は戸惑いを隠せない。

「えぇ? 何もそこまでしてくれなくてもいいのに。褒めてくれただけで十分だよ」

「まあまあ、そう固いことを言うな。こういうご褒美は素直に受け取っておくもんだ」

 決まりが悪そうにしながらも、一樹は両親に対しこくりとうなずいてみせた。

「そういえば、ニャン太郎は連れていっちゃ駄目かな?」

 ふと尋ねる一樹に対し、一樹の母親は厳格にかぶりを振った。

「さすがに焼肉屋には連れていけないわ。だからニャン太郎はお留守番よ」

「そっか……仕方ないね」

 そう言うと、一樹は俺を肩から持ち上げ、隅っこにある猫用ケージの中に入れた。

「さ、すぐ車で出かけるから、一樹も着替えてきなさい」

 一樹の父親に言われるがまま、一樹は衣類ラックがある自分の部屋へと向かっていった。そしてすぐ無難な服装に着替え、俺に「出かけてくるね」と告げると、一樹の両親についていき玄関を出ていってしまった。

 暇だ。一応、一樹の母親が皿二枚に飲み水とキャットフードを入れて、ケージの中に置いてくれたから、空腹を凌ぐことはできるものの、時間を潰すことまではさすがにできない。一樹たちが帰ってくるまで待ちぼうけだ。

 一樹たちがいない間に、外に出かけることはできねえかな――そう考えた俺は、壁をよじ登って蹴り、ジャンプで軽々とケージを跳び越えて脱出した。

 リビングダイニングにある大きな窓には鍵がかけられており、ここから外に出ることはできない。ならばと、俺は記憶を頼りに廊下へ出て、一樹の部屋へと向かっていった。一樹の部屋にも小窓があるのを覚えていたからだ。

 一樹の部屋に辿り着くと、襖が半開きの状態になっていた。隙間から中に入ってみると、左にある窓が少しだけ開いていることに気づいた。ラッキーだ。どうやら閉め忘れていったらしいな、一樹。

 小さな窓だから人間が侵入してくる心配はないかもしれないが、猫である俺にとっては話が別だ。ぴょんとジャンプして窓に前足をかけ、そのまま飛び込むように窓から外へ出ていった。

 塀を跳び越え路上に出て、道なりに歩き続ける。いつもは夜に野良猫としての日課で外に出ているが、まだ明るいうちにこうしてのんびりと散歩するのも悪くないもんだ。

 そんなことを考えていたところ、ふと、遠くから人間の子供たちの声が聞こえてきた。声のするほうへ走って向かうと、人間が走り回れるほどの広々とした公園に辿り着いた。

 イチョウの木々に囲まれており、枝葉を吹き抜けていく風の匂いが心を落ち着かせてくれる。滑り台、シーソー、ブランコに鉄棒と、色んな遊具が揃っており、たくさんの人間の子供がそれらで無邪気に遊んでいた。

 中に入ってきょろきょろと見回すと、遊具に群がっている子供たちとは別に、隅っこのほうで縄跳びをしている、ハート柄のワンピースを着たポニーテールの女の子を見つけた。どうやら二重跳びの練習をしているみたいだが、なかなか連続で跳ぶことができていないようだ。

 そんな女の子を、学生服を着た男がすぐ近くにあるベンチに座りながら見守っていた。その男の特徴的な赤いモヒカン頭を見て、俺は目を丸くする。その男は、一樹のクラスメートである三四郎そのものだったのだ。

「あ! あそこに猫ちゃんがいるよ、お兄ちゃん!」

 俺の存在に気づいた女の子が、縄跳びを中断して俺を指差し、三四郎に呼びかける。三四郎も俺を目にするなり、驚きを隠せない様子でいた。

「何で、あいつの猫がここにいるんだよ! 放し飼いしてんのか?」

 あー、それは違うんだ。俺が勝手に家を抜け出しただけで……って、こいつにそんなことを弁明する必要はないか。この三四郎は、一樹が学校の教室でいじめを受けていたときに、いじめっ子の側に付いていた人間。いわば敵なんだ。

 睨み合っている俺と三四郎だったが、そんな俺たちのことなど露知らず、女の子が俺に駆け寄って三四郎に言った。

「ねえお兄ちゃん。この猫ちゃんと一緒に遊んでもいい? 縄跳びの練習は後でするから!」

 俺と三四郎は呆気に取られていたが、俺にとっては子供の、三四郎にとっては妹の頼みを断るわけにもいかず、渋々睨み合いを中断させられた。三四郎は女の子に対してうなずき、俺も抵抗することなく女の子との遊びに付き合うことにした。

「お兄ちゃん、この猫ちゃん首輪つけてるよ? 家族とはぐれちゃったのかな。お巡りさんに届けてあげたほうがいいんじゃない?」

 仰向けになっている俺の腹を撫でながら言う女の子に対し、三四郎は「その必要はねえ!」と叫びながらかぶりを振った。俺も帰り道はちゃんと分かっているから、できれば放っておいてもらえると助かるな。

「それより、トイレに行きたくないか? もしそうなら、兄ちゃんここで待ってるから行ってこいよ」

 話題を逸らす三四郎に対し、女の子は思い出したように声を上げて言った。

「そういえばさっき行こうとしてたんだった。お兄ちゃん、あたしがトイレから戻ってくるまで、この猫ちゃん持っててよ」

 俺と三四郎はびっくりしながら互いに目を合わせたが、やがて三四郎が仕方なく女の子に返事した。

「おう、分かったから早く済ませてこいよ。縄跳びも預かってやるから」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 女の子は満面の笑みを浮かべ、縄跳びと俺を両手で持って三四郎に渡した。

 女の子が公園のトイレへ向かっていくのを見届けると、俺はじたばたと暴れて三四郎の腕から離れ、地面に着地した。あの女の子はともかく、一樹の敵についた人間と馴れ合うつもりなんてさらさらないからな。

「……やっぱり仲良くする気はないってか」

 またベンチに腰かけながら呟く三四郎。お前が一樹の敵である以上は、当然のことだ。

「確かに、俺とあいつは友達でも何でもねえ。だが、見直してはいるんだぜ?」

 敵意を剥き出しにしている俺に対し、三四郎は突然語り始めた。

「正直、これまでのあいつはずっと弱虫で、クラスでのいじめに全然立ち向かおうとしなかった。だから俺もあいつに直接助け舟を出す気になれなかった。お前が来てからなんだ、あいつが強くなったのは」

 三四郎の言葉を聞き、俺は目を丸くする。

「お前が一緒に戦って以来、あいつはいじめにちゃんと立ち向かうようになったんだ。見違えるほどに変わったもんだぜ。もしかすると、あいつはもう誰の手助けもいらねえのかもしれねえな」

 俺は素直に感心した。敵ながらよく一樹のことを見ているなと思った。

 今朝に六代先生からいじめのことで心配されたときも、一樹は自分の力で立ち向かおうとしていた。五李も一樹たちのことを心配いらないと言っていたし、いよいよ俺の手助けはいらないのかもなと感じた。まあ、一樹が夢を叶える瞬間を見届けるまでそばにいるつもりではあるがな。

「……遅いな、帰ってくるの」

 三四郎が俺からトイレのほうに目を移して呟いた。そういえばあの女の子がなかなか戻ってこないことに気づいた俺は、少しばかり心配になり、女の子がいるであろうトイレのほうに駆け寄った。だが、道中でほかの子供たちに見つかり、興味津々で群がられてしまった。

「おい、女の子をこの辺で見なかったか?」

 俺に夢中になっている子供たちに対して三四郎が尋ねると、一人の男の子が公園の出口を指差しながら答えた。

「さっき、トイレを出た女子があそこから外に出ていくのを見たよ」

「な、なにい?」

 俺と三四郎は瞠目した。野良猫のがきんちょもそうだったが、子供は少しでも目を離すとすぐいなくなっちまうもんだ。

 俺が子供たちに囲まれて動けずにいる中、三四郎が走って公園の外に出て、妹の名を呼びながら声を張り上げた。

「おーい、どこだ! 兄ちゃんの所に戻ってこい!」

 しかし、三四郎がいくら叫んでも、女の子が姿を見せる様子はない。本当に迷子になってしまったのだと知ったのか、三四郎の顔がみるみるうちに青ざめていった。

 子供たちの輪を抜け出し、三四郎のほうへ駆け寄る。すると、三四郎は地面に両手と膝をつき、逼迫した様子で俺に懇願し始めた。

「誰でもいい……この際猫でもいい! 一緒に妹を捜してくれ! 俺のたった一人の妹なんだ……!」

 猫の俺に頼むなんて、よっぽど余裕がなくなったんだなと察した。だが、家族がいなくなっちまう苦しみはよく理解できた。俺も、東町の野良猫が飢え死にしたりすると、よく胸を痛めたものだからな。

 人目もはばからず地面に突っ伏して泣き喚く三四郎を見兼ねて、俺は宥めるように三四郎の手に前足を置いた。驚いた様子の三四郎に対し、任せろと言わんばかりにうなずくと、俺は公園へと戻り、にゃんごろ、にゃんごろと鳴き声を上げた。しばらくやっていなかった野良猫の召集だ。

 少し待つと、大勢の野良猫が輪唱するかのようににゃあにゃあと声を上げながら、路地から、公園の茂みから、あらゆる所から俺のもとへ集まってきた。数にして百匹以上はいる。どうやら、俺のことを東町のボスとして慕ってくれる野良猫はまだまだいるみたいだ。

「何だよこれー! 助けてー!」

 野良猫がぞろぞろと集まる奇妙な光景を目の当たりにし、子供たちは怖がって一目散に公園を出ていってしまった。子供たちには悪いが、今は四の五の言っている場合じゃない。三四郎の妹を見つけ出すことが先決だ。

「どんなご用件で? クロの旦那」

 集まってきた野良猫の一匹であるグレーが、前に躍り出て尋ねてきた。唖然としながら歩み寄る三四郎を尻目に、俺は猫にしか聞き取れない声でグレーたちに説明を始めた。俺と一緒にいる、この三四郎という人間の妹が迷子になってしまった。だから、三四郎の妹を捜すのに力を貸してほしいんだ。

 女の子の特徴まで伝え終えると、グレーたちはみゃうと威勢良く返事し、散り散りになって女の子を捜し始めた。公園の小さな茂みから路地の隅々に至るまで、さまざまな場所を念入りに捜してくれた。

「ニャン太郎、お前……」

 呆然としている三四郎に対し、俺は心配いらないとばかりににゃあと鳴いてみせた。直に、グレーたちが吉報を知らせにきてくれるはずだ。

 俺の想像したとおり、間もなくして数匹の野良猫が俺のもとへ駆け足で集まってきた。

「クロの旦那! 旦那が仰っていた女の子が一人ぼっちで泣きじゃくっているのを、近くの路地で見つけました!」

「案内しろ!」

 俺が命令すると、野良猫たちはこくりとうなずき、背を向けて一斉に走り出した。立ち尽くしている三四郎ににゃあと鳴いて呼びかけると、俺は走って野良猫たちの後を追った。三四郎も気づいてくれたのか、その後に続いた。

 迷路のような住宅街の路地を突き進んでいくと、先ほどの女の子が電柱のそばでしゃがみ込み、ぐすぐすと泣いているのを見つけた。

 真っ先に駆けつけて、女の子を抱き寄せる三四郎。女の子も泣き喚きながら、三四郎をぎゅっと抱き締め返した。これで一件落着かな。

「後は俺だけで十分だ。もう捜索は不要だってみんなに伝えてやってくれ。世話になったな」

 俺が野良猫たちに指示すると、野良猫たちはみゃうと鳴いて返事し、塀を跳び越えて去っていった。

「……ニャン太郎が何をやったのかは分からねえけど」

 女の子の頭を撫でて宥めながら、三四郎が俺に向かって口を開く。

「助けてくれたんだよな、俺たちのこと。本当にすげえ猫だよ。ありがとな」

 三四郎から礼を言われ、俺は返事の代わりに、口元に笑みを浮かべてみせた。

 ふと空を見上げると、地平線に夕日が重なり、空が紅色に染まっていることに気づいた。もうそろそろ一樹たちが帰ってくるころだと思い、俺は踵を返し、遠くまで伸びた自分の影を追いかけるように走り出した。


 俺が一樹の家に帰り、猫用ケージの中に戻ってからほどなくして、一樹たちも帰宅した。俺が先ほどまで家を抜け出していたことはすぐにばれなかったものの、翌朝になってそのことを勘づかれてしまう。あの時公園にいた子供たちがちくったのか、首輪をつけた猫が大勢の野良猫を従えていたというニュースが、地元の新聞に取り上げられてしまったのだ。

「西町のアーケードに続いて二度目? 謎の猫また現る。次の現場は東町の住宅地にある公園で、子供たちの証言によると、赤い首輪をした猫が大勢の野良猫を鳴き声で呼び集め、従えていたという。我々が現場に向かうと、公園の地面には大量の猫の足跡が残っていた……」

 ダイニングの食卓にて、一樹の母親が新聞の記事を一通り読み上げた後、新聞の上から覗き込むようにして、一樹の肩に乗っている俺を見つめながら言った。

「これってまたあんたのことじゃないでしょうね、ニャン太郎?」

 コーヒーを飲んでいる一樹の父親にも注目される。そっぽを向いてごまかす俺を見兼ね、一樹が慌てて否定した。

「子供たちの見間違いだったんだよ、きっと。猫一匹にそんな作り話みたいなこと、できるはずないもの」

 訝しげに俺を睨み続ける一樹の母親だったが、やがて埒が明かないと諦めたのか、俺から目を離して新聞の続きを読み始めた。

「……昨日、僕の部屋の窓を閉め忘れていたんだけど、まさかそこから外に出たんじゃないだろうね? ニャン太郎って一体何者?」

 一樹の両親に聞こえないよう耳打ちする一樹だったが、俺は一樹からも目を離し、にゃあと鳴いてはぐらかした。


 その後、一樹と一緒に学校へ向かうと、今までまったく絡んでこなかった三四郎の態度に、変化が顕著に現れていた。

「来たな、ニャン太郎!」

 俺と一樹が教室に入ると、突然三四郎が駆け寄ってきて俺の体を両手で抱え、教卓の上に置いてスピーチを始めた。

「いいかお前ら、よく聞け! 俺はニャン太郎の味方になることに決めた! ニャン太郎の味方ということは、一樹の味方にもなるってことだ! お前ら、今後一切一樹たちになめた態度を取るんじゃねえ! もし一樹をいじめるような真似をしたら、俺がそいつをぶっ倒してやる!」

「えぇ……?」

 俺も一樹も困惑していたが、三四郎の意志が揺らぐことはなかった。三四郎はガキ大将みたいな存在だっただけに、クラスの連中は三四郎の発言に大人しく従うことしかできなかった。

 朝のホームルームで文化祭の出し物を決めようとしたときも、三四郎は積極的に提案した。

「俺はニャン太郎を活かした出し物をすべきだと考えている! このクラスの中心的存在は間違いなくニャン太郎だからだ!」

「えぇ……? 飼い主の僕も気づかなかったんだけど」

 一樹含めてみんなが納得できずにいたが、三四郎はそれでも意固地に意見を押し通した。理由は意味不明でも、ニャン太郎を活かすという案自体は良いアイデアだと六代先生が賛同したことで、ほかに案が挙がらなかったのもあり、一樹たちの出し物は猫カフェに決まった。


 後日、クラス全員で文化祭の準備をするときも、三四郎は宣言どおり一樹の味方になってくれた。

 まず、三四郎はこれまで一樹をいじめてきたクラスメートたちに謝らせた。一樹は必要ないと断ったが、今まで散々なことをしておいて何食わぬ顔でいるのが我慢ならないとのことだった。三四郎自身も、いじめを目の当たりにしてもずっと傍観していたことを一樹に謝っていた。

 三四郎が一樹と積極的に話すようになったことに影響されてか、ほかのクラスメートたちも徐々に一樹に話しかけるようになっていった。話す内容は文化祭の準備に関する最低限のものだけだったが、それでも大きな進歩だった。

 一樹のほうも、クラスメートたちにはまだ心を開ききれなかったが、少なくとも三四郎のことは許容するようになった。妙な結び合わせではあったものの、俺を除いて、一樹に初めての男友達ができたというわけだ。


 そして、文化祭当日。折り紙の輪飾りやペーパーフラワーで彩られた一樹たちの教室に、二葉と五李が遊びに来てくれた。一樹たちが運営する猫カフェは、俺と触れ合う目的で多くの人たちが訪れてきて、大繁盛だった。

「一樹くん、あんた暇ができたらあたしたちの教室にも遊びに来なさいよ。たまには息抜きしないと」

 二人で椅子に座り、二葉が蕩けた表情で甘ったるいカフェオレの二杯目を啜る一方で、五李が俺を膝の上に乗せて腹を撫でながら、ウェイターの格好をしている一樹に向かって言った。

「行ってこいよ、一樹! お前がいない間、俺たちだけで運営するからよ!」

 遠慮しようとする一樹の背中を叩きながら、三四郎も後押しした。

「それに、もしかしたら生徒会長たちもカフェをやっていて、メイド姿を拝めるかもしれないだろ?」

「それはセクハラだよ、三四郎くん!」

 一樹の肩に手を回し、にやにやと笑いながら言う三四郎に対し、一樹は顔を真っ赤にしながらすかさず突っ込みを入れた。

「何をやっているかは、来てみてのお楽しみ。私の仮装姿、見てみたくない? 一樹くん」

 二杯目のカフェオレを飲み終えた二葉が、挑発的な顔で一樹を誘う。一樹はたじたじになり、五李と三四郎にからかわれながらも、二葉に連れていかれる形で二葉たちの教室へ向かっていった。五李も俺を椅子の上に置いて一樹たちの後を追い、俺は一樹が戻ってくるまでお留守番となった。

 客の子供や生徒たちと戯れていると、少しして一樹が一人で教室に戻ってきた。その顔はげっそりとやつれきっていた。三四郎が俺を連れて話を聞くと、二葉たちの教室ではお化け屋敷をやっていたとのことだった。一樹はホラーが大の苦手だった。

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