私の面倒を見てくれる銀髪僕っ娘に男性器が生えてて強すぎるんだが(1/2)

「――理事長である兄の代わりとして言祝ことほごう。君の入学を祝福し、許可するよ、唯」


 姉が死んでから、1か月。

 僕は姉の遺品の整理と身の回りの片付けにお世話になっていたマンションの引き渡しを済ませ、百合園茉奈が理事長代理を務めているという仕事場……即ち、超がつくほど有名なお嬢様学校である百合園女学園の理事長室に単身でやってきた。


 マンションを引き払った時には姉との数少ない思い出を手放してしまいそうでやっぱりためらってしまいそうになったけれども、いつまでもあそこに居続けたところで死んだ姉を思い出してしまう。


 それは悲しい事だけど、こうして前を見る為には正解だったと思いたい。


「1か月ぶりだが元気そうで何よりだ。私は嬉しい。とても嬉しい。何が嬉しいって君には私の純潔を奪ったという責任を取るつもりがあり、私はそんな素敵な人とこれから毎日ずっと1つ屋根の下で寮生活をしながら学園に通えるという事実が凄く嬉しい」


 アニメや漫画で見るような理事長室にあるような豪華絢爛な机に、まるで我が物顔で座っている金髪の少女がそこにいた。


 窓から入ってくる朝の光よりも眩しい笑顔でそう笑う彼女は以前に会った時の彼女の姿は喪服を思わせるような黒いコートであったのだけれども、今の彼女はここ百合園女学園が指定する制服に袖を通しており、恩人であるという贔屓目なしでも、やはりとんでもないほどの美少女として目に映る、が――。


「せ、責任って何ですかぁ……⁉ あれは貴女が勝手に勘違いしただけですよね⁉ しかも、僕のファーストキスを勝手に奪っておいてよく言う……! 僕が一方的に貴女に汚されただけですよね⁉」


「………………まぁ、それはそれとして」


「露骨に話を逸らさないでくれません?」


「私は君のような見た目が美少女な男の子に性癖を破壊された。この事実は未来永劫どうあれ変わらない。それから私の事は貴女ではなく、お嬢様あるいはご主人様だとか理事長代理、もしくは妻と呼ぶように」


「つ、妻ぁ……⁉」


「何を豆鉄砲を喰らった鳩のような顔を浮かべている。私は君の異性の象徴たるアレを目の当たりにしてしまった。……その、ね? あの日以降、キミ以外の男の人と一緒にいるだとか全然考えられなくなっちゃって、キミのことで頭がいっぱいで――で、は、な、く! 君は私の性癖を歪めた責任を取れ。これは命令だ、いいな?」


 寧ろ責任を取って貰いたいのはこっちの方であるのだが。


 だがしかし、こうしてお金持ちの彼女から法外な額の給料を与えられる僕としては、何も言い返す事が出来ず、貞操観念がお堅い彼女の言う事に従う他なかった。


「うぅ……分かりました、お嬢様……」


「お嬢様。……お嬢様……お嬢様……! ……ふへへ、あの和奏の弟にそう言われただけでもなんか背徳感がヤバいなぁ……!」


 不敵そうなニマニマとした幸せそうな笑みを浮かべつつも、頬と耳が隠せないぐらいに赤くなっている偉そうなお嬢様であるが……彼女は偉そうではなく、実際に150万円という大金をポンと出してしまうぐらいに偉い。

 

 そんなお嬢様と僕は数日前に会ったばかりでそれほど面識があるという訳ではない。


 仮に紹介するとしたら、僕の姉はお嬢様のお気に入りのメイドであったらしく、その縁が巡りに巡ってお嬢様は僕を専属メイドにしつつ、百合園女学園の女生徒と寮母としての職務を全うするようにと新しい学習環境と職場を紹介してくれたのだ。


 しかも、私立学園特有の多大な学費はゼロで、決して安くはない入寮料も無料。


 それどころか月単位で膨大な額のお給金をくれると言うのだから、まさに破格の待遇の一言。


 ――とはいえ、だ。


「ところで君は本当に男なのか? もしかしたら、あの日の事は夢だったりするのか? 随分とまぁ百合園女学園のが似合っているじゃないか、唯」


「僕は男ですよぅ……⁉ というか、何で僕がをする必要が……⁉」


「何故って、そういう制服を着用しなくてはならないという校則があるからな。決まりなら仕方ないだろう? とはいえ、実に眼福だ。更に追加月給50万円」


「もうこれ以上お金を僕に積まないでくださいっ! 僕にはそんな価値なんてないんですから! というかですね⁉ そういう決まりがある以上、男の僕が女学園に入る事の方がおかしいに決まっているじゃないですかっ⁉」


「私から言わせると君は自称男の癖にそこらの女子生徒よりも女子らしいのがおかしいのだが。それにだ。あんな状況下の君を見捨てる事が出来るはずもないし、仮にそんな事をしても後味が悪くて私が嫌だ」


 からかうようにそう口にするお嬢様だが……僕は彼女の暴論に対し、異論を挟むことが出来なかった。 


 というのも僕はしたくもない女装をしながらマンションから出て、最寄りの駅までキャリーバックを引きながら学園まで通学しただけだというのに、僕は数にして4回ほどのナンパに遭遇したし、何なら駅の中で痴漢に襲われてまた犯罪者を警察に突き出した。


 おかしいだろう、例え女性の服を着ていたとしても僕は男だぞ⁉


 この世の人間の全員の目は節穴なのか⁉


 いや、確かにまぁ僕の姿形は男らしいだなんてとても言えたものではないけれど!


「初めて会った時から思っていたが、君の声は変声期前の子供みたいに高いし、身体もちょっとどころじゃないレベルで華奢だ。しかも、肩も女性が羨むであろう撫肩。尻はそれはもう色っぽく膨らんでいる。そして貧乳。これで男はちょっと無理があると思うんだ」

 

「男ですよ⁉ 入学する為に必要な書類に僕の個人情報がいっぱいあったじゃないですかぁ……⁉」


「いや、それは君が男性であるという前提を知っている人間としての忌憚なき意見だ。主観抜きで本音を言えばこのまま街に出歩いても女装だと絶対に疑われないとも。やっぱり君は男じゃなくて女だろう?」


「お嬢様や世間がどう言おうが思おうが僕は男ですっ! 市役所や病院に行けばすぐにでも分かりますってば⁉ なんで本当に入学を許可しやがったんですかこの女学院は⁉」


「編入試験の成績も優秀で文句なし。傍目から見ても女性にしか見えなくて問題なし。学園側としても文句も問題もない」


「性別っ! 僕の性別は男ですっ! 大問題ですよっ⁉」


「問題?」


 そう言いながら、疑念の目で制服姿に身を包んだ僕をじろじろと見つめてくるお嬢様であった。


「うぅ……! そんな変態みたいな目で見ないでくださいっ……!」


「これが見ずにいられるか。ロングスカートの裾からチラリと見える黒タイツも、その黒タイツに覆われた脚も大変健康的で実に良い。うん、これなら君の突起物が学園生活中に勃起しても注目されなければバレそうにないな」 


「ぼっ……⁉ し、し、し、しませんよそんな事……⁉」


「頼むから男だとバレるような勃起だけはしないでくれよ? 君が勃起したら退学処分を下さねばならないし、私も社会的にも死ぬ」


「ひゃん!? た、た、た、タイツ越しから僕の足を触るの、あんっ……! やっ、やめっ……! 優しく撫でるの、やだっ……!」


「この制服、男性特有のボディラインが浮き彫りにならないか少し心配だったが問題はなさそうだ。というか腰が細すぎるし、くびれがエロいな君。これで実は男性だなんて生命の神秘さえ感じるな」


「ぅ……! うぅ……! じろじろと僕の下半身を見ないでください……! 拝まないでください……! 恥ずかしくて頭がおかしく……!」


「安心しろ。私はキミの所為で頭がおかしくなっているからこれでお相子だ。全く、人の性癖を壊すだなんて、君は酷い人間だな? ふふっ、大好きだ」


「それ勝手に壊れたお嬢様が一方的に悪いだけですよねっ⁉」


「絶対に許さないぞ、この性癖破壊テロリストめ。しかし、男の子がスカートを穿いているというのに全く違和感がないな」


「持ってくださいよ違和感っ!」


「持てるものか。鏡越しで自分の姿を見てみるといい。どこからどう見ても和奏にそっくりな美少女じゃないか」


 そう口にした彼女はどこかのお偉い様が印籠を差しかざすように手鏡を持つと、それの鏡面を僕の方に向けて、今の自分の姿をまざまざと見せつけてきたのであった。


 ――そこに写っていたのは死んだ姉によく似た自分の姿であった。


「…………」


 ずっと、ずっとずっと、生きていてほしかった彼女の姿がそこにある。

 

 だけど、どうしようもない別人で偽物だって言う事が僕自身が分かっている。


 だって、和奏姉さんは死んでしまった。

 生きているだなんて、あってはならないのだ。


「……本当に、君は和奏にそっくりだな」


「自分でも、そう思います」


 一瞬だけ自分の事を姉と勘違いしてしまったのは、姉がよく着用していた百合園女学園が指定する紺色の、修道女を思わせるようなロングスカートの制服に身を包んでいたからであった。


 遠目から見れば慎み深い修道女を思わせるようなデザインは都内でも人気だし、その道の者にはかなり評判が良かったりする。


「今の君の背格好は在りし日の和奏を彷彿とさせる。髪の色も和奏と同じだから、こうして見ると本当の姉妹のように思えてならないよ」


姉弟していですっ! 姉妹じゃありませんよっ⁉ そこのところお間違いなくっ!」


「とはいえ、紺色の制服の色に映える髪色だ。うん、私は好きだな。エロくて」


「エロいってなんですかエロいって! そ、それを言うのならお嬢様だって金髪が映えているじゃないですか! その理屈で言えばお嬢様も……その、エ……ですよっ!?」


「まぁ、確かに私は学内2大美女だが」


「そんな綺麗な顔面してたらそれはそうでしょうねっ……!」


「いいじゃないか、銀髪紅眼。金髪碧眼の私と対を為すという絵面も良いし、まさに理想の主従関係じゃないか、なぁ?」


「……こんな髪の良さなんて、食事を作った時に自分の髪が料理の中に落ちているかいないかが分かりやすい程度ぐらいで全く使い物になりませんってば」


 僕の血の半分は海外の血が流れている。

 というのも、母方の祖先が北欧に住んでいたらしく、遺影に写っている母親の髪色は銀髪だった。


 同じように遺影に写っている父親の髪色は典型的な日本人の黒い髪であったのだが、僕も姉のどちらとも彼の髪色を遺伝する事はなかった。


 幼い時に両親を無くし、姉弟2人揃って奇抜な髪色をしていたものだから、周囲の視線というものにはもう懲り懲りだし、そんな視線で人にじろじろと見られるのも慣れてしまったのももう昔の話だ。


 姉弟揃って孤児を保護する為の施設に入れられた時は髪色で差別を受けないかどうかで心配した事もあったけれど、色々と複雑な家族問題を抱えている孤児たちは僕たちの特徴を『』で捉えてくれたので、案外充実した生活を営む事が出来た。


 僕の自慢とする料理の技術も施設の先生が教えてくれたので、その先生と一緒に施設の皆に手作りのお菓子を振る舞ったのも今では懐かしい記憶だし、よくイタリアのお菓子のティラミスとかを作っていた記憶もあるが、流石にその頃の記憶はおぼろげになっている。


「周囲の髪の色が違うと色々と面倒なのは同意するよ。とはいえ、だ。銀髪紅目の美少女とか、君はどこのアニメやゲームの住人だ。ここ百合園女学園はそういうのが大好物な淑女共が蠢く魔境だというのに……今にも君を慕うであろう女子生徒を想像すると胃が痛くなる」


「あはは、まさかそんな百合小説みたいな事が起こる訳がないじゃないですか」


「そうだな、普通の学園なら起こらないだろうな。だがここは小中高一貫どころか、保育園に幼稚園も利用できる筋金入りのお嬢様学校でね。そういう意味では世間一般の常識から保護されてきた魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする異界そのものだとも。ふふ、お腹が痛い……」


 本当にお腹が痛そうな声音でそう言ってのけた彼女は理事長の机の棚から胃腸薬と書かれたラベルの薬瓶を取り出しては、数粒の錠剤を取り出して水を飲まずに口の中に流し込んでいた。


 なんて言えばいいのだろう。

 慣れたくもないのに慣れさせられた動きが眼前に広がっていて、僕は目の前にいる彼女に対して少しばかりの同情を覚えた。


「あの、ここ、お嬢様学校ですよね? 何ですかその説明? その説明だとまるでここがヤバい学校のように思えてならないんですけど? お嬢様の胃が痛い原因がここにいる素敵なお嬢様の所為だと思うと僕も胃が痛くなってくるんですけど?」


「良いことを教えてやろうか、唯。不祥事はな金で揉み消す事が出来やがるのだよ」


 怖いなぁ、お嬢様学校。

 なんで僕はそんな魔境に女装をして乗り込む事になったのだろう。


「説明するまでもないとは思うが、唯は本当に一般女子生徒相手でも気を引き締めて演技をするように。とはいえ今までの君の堂々たる女装っぷりを見る限り、経験者であらせられるようだから心配はしないが」


「分かりました、気をつけま――ちょっと待ってください⁉ 僕にそんな経験がある訳ないじゃないですかっ⁉」


「そうなのか? だが部屋に入ってくる時も、歩き方がまるで女子のソレだったぞ。現に今の君はまるで女性のような内股をしているじゃないか」


「それはおかしくないように歩き方とかを何度も必死に練習しましたから! バレたら社会的に死ぬのは僕の方なんですよ⁉」


「驚いた。なんだかんだ言いながら女装する気満々じゃないか、この変質者」


「変質者は僕をこの学園に入れようとするお嬢様の方だと思いますけど⁉ それに女子校に男の格好のまま入れる訳がないじゃないですかぁ……⁉」


「いや、教職員や業者の方々は普通に男性の格好だが」


「お嬢様学校なら男子禁制であって下さいよっ⁉」


「いささか非現実すぎないか、君の脳内の女学園とやらは――さて、無駄話もここまでにして早く私たちの教室に行こうじゃないか。君と私が同じ学年の同じクラスになれるように色々と便宜を図っておいた。君は安心して私に守られろ」


 金色の髪をたなびかせながら理事長の椅子から立ち上がった彼女はそんな格好いい言葉を口にしながら、直立不動になっている僕のすぐ傍までやってきて、僕に向けて綺麗な手を差し出した。


「そろそろ朝のホームルームに行くぞ。なぁに、女装がバレる心配なんてしなくていい。君は移動中に転校生の挨拶の言葉だけを考えておくだけでいい。あぁ、この日をどれほど待ち望んだ事か! 私はクラスメイトの面々に君の事を自慢するのが非常に楽しみで昨日は寝れなくてな……!」


 僕は黙って、差し出された彼女の手をまじまじと見つめていた。


 白くて、細くて、綺麗な手は、まるで本当に和奏わかな姉さんの手のようで、微塵にも弱々しさなんてものを感じさせない彼女の手は実に頼りがいしかなかった。


「……」


 対して、自分の手は果たしてどうだろう?

 僕は制服に包まれていない自分自身の手を見返してみたのだけど、彼女の手と違って実に頼りない手がそこにある。


 男らしくないだとか、女性らしいだとか、そういうものではなく……本当に頼りのない人間の手が、何も出来ない人間の手が、何も残っていない人間の手が、大切な家族1人さえ守れない手がそこにあった。


「……唯? どうしたんだ? そんな物言いたげな表情で自分の手をまじまじと見つめて」


「え? い、いえ! 別に何も!」


「……ほぅ? この私にそんな嘘が罷り通るだなんて思うとは、君は実に生意気だな」


 わざとらしいため息をお嬢様が吐いたかと思ったら、今度は彼女が僕の手を強引に手繰り寄せてきた。


 とてもぷにぷにと柔らかい異性特有の肌の触感が僕を襲ってきて、思わずどぎまぎするも、今度は僕と背丈が同じぐらいの彼女が僕の眼前までぐぐいと顔を寄せてきたついでに、今からダンスでもするつもりなのか、或いは僕を逃がさない為なのか、僕の腰を1周するように右手を回し、左手で僕の頬元に手を寄せて視線を固定させてきた。


 ……まるで、今からキスでもされてしまうのではないのかと錯覚してしまうほどの近距離で、僕は息という簡単な事さえも忘れてしまっていた。


「お、お嬢様……⁉」


「そうだ、私は君のご主人様だ。月に150万をポンと出せるような雇用主で、ここ百合園女学園の理事長代理だ。その私が君の実力を認め、そんな君の事を気に入った。どんな内容であれ君が君自身を卑下するような言動を取るのは私が許さない」


 自信満々に、本当に偉そうに、自分の言う事が間違っている訳がないと言わんばかりに、ワガママな彼女は堂々とそう言ってみせた。


「私は君の味方だ。どんな事があっても私は君の味方で居続ける。和奏の弟なら、もうそれは私の身内も同然だ。身内である以上、私は君を守り続けるのに理由は不要だろう」


 そんな彼女の言葉に対して、僕は言葉が出なかった。

 嬉し過ぎて、言葉が出なかった。

 代わりに出てきたのは、情けない嗚咽と涙だった。


「……あ、れ……?」


 信じられないと言わんばかりに、僕は自分の目元に手を当てる。


 そこには信じられないぐらいに熱くて、大量の涙があって、触れた僕の指先は涙でどうしようもないほどに濡れていた。


「……なんで……? なんで、僕、泣いて……?」


「うん。今まで辛かったね。1人でよく頑張ったね。だから、落ち着くまで私の胸の中で思う存分泣いていいから、ね?」


 本当に自分が情けない。

 男のくせに情けなくて、なのに溢れ出る涙だけはどうしようもなくて、僕はお嬢様の好意に甘えて、理由も分からないまま、大人げなく泣くしかできなかった。


「……お嬢様っ……」


「もう、無理して喋らなくていいってば。泣く時ぐらい、自分の事だけ考えよ? 泣くのが恥ずかしいなら安心して。ここには私以外の人間はいないから。安心して、自分を曝け出しちゃおっか」


 こうして泣くだなんて、姉が死んでから初めてのことだった為か、それまで溜まり続けていた想いと涙が理事長室の中で木霊した。


 姉が死んだという連絡を受けた時にも、葬式の時にも、姉が死んでからの自分1人だけの生活を送っていた時にも、泣けなかった僕はみっともなく泣いた。


「……姉さ……っ! 和奏姉さん……っ! 何で……! 何で! 何で死ぬんだよ……⁉ 何で……⁉ 本当に何で死ぬんだよ……っ! せっかく姉さんの好きな料理をいっぱい作ったのに……! 絶対に帰って美味しいご飯を食べるって言った癖に……! 噓つき、噓つき、噓つき……! 1人にしないでよ……! 嫌だよ……! 死んでほしくないよ……! 姉さんが死んだら、僕は、僕は……どう生きればいいんだよ……⁉ 僕は姉さんとまだ一緒にいたかったのに……! ただ、それだけなのに……! どうしてそんな事も許されないんだよ……! 僕から両親を奪ったくせに、どうして姉さんまでも奪うんだよ……!」


 今まで溜め込んでいた涙を流すように、叫ぶように泣いた。


 言葉にもなっていない言葉を叩きつけるように、泣くように叫んだ。


 恩人であるお嬢様の制服を涙で濡らしているというのに、僕はそんな無礼な事をし続けて、彼女はその事を咎めるだなんて真似は一切せず、僕の頭を無言のまま優しく抱きかかえるだけで――そんな僕の頭の上から、熱い液体のようなモノが静かに零れたような気がした。

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