明日死ぬと思って食べなさい 。永遠に生きると思って食べなさい(3/4)

「ところで。そろそろ2つほどお聞きしたい事があるんですけれど宜しいですかね?」


「え、なになに? キミと私の仲じゃん! 何でも言ってみて言ってみて!」


 食事の後片付けを終わった後に金髪の美少女にそんな質問を投げかけてみると、僕が作った手抜きの澄まし汁をご馳走された影響かとんでもない程に上機嫌だった。

 

 確かに同じ釜の……いや、同じ鍋の澄まし汁を飲んだ仲ではあるけれども、いささか単純すぎやしないだろうか。

 

「先ほどから素みたいな喋り方が出てますけど、あの男口調はもしかしなくても作っているキャラですか?」


「え? ……あ。……ふふっ、君は何を言っている? 私は最初からこういう喋り方じゃないか。すまし汁を馳走になったお礼に私が贔屓している耳鼻科でも紹介してやろう。無論、私のツケで無料だからそこのところは安心してほしい」


「耳には今のところ困っていませんのでお断り申し上げますね」


 色々と思う事はあるけれども彼女の名誉を守る為に先ほどの質問を無かった事にした僕は2つ目の質問として彼女と姉の関係性について尋ねてみる事にした。


 今までの彼女が口にした内容から察するに、彼女は姉の友達あたりの関係性が妥当なのではないのかと思っていたのだが……そんな彼女の口から飛び出てきたのは、予想だにしていない内容であった。


「私は彼女の主人だ。和奏わかなの雇用主とも言う。ところで君は『百合園ゆりぞの』という名前を知っているか?」


 挑発的な視線を向けてくる彼女――確か、名前を百合園ゆりぞの茉奈まなと言うのだったか――がそんな事を口にしたけれども、生憎と僕の知人にそのような名前の人間はいない。


 だけど、姉に関する知人……より正確に言うのであれば、利用していた施設の名前となれば話は別。


「関係あるかどうかは知りませんけれど、確か都内に百合園女学園とかいう学園があったような?」


「ほぅ。よく知っているな」


「姉が高校生の時に学費免除の特待生として通っていましたので名前だけは」


 百合園女学園。


 日本の近代化に合わせて、女性にも男性相応の教養を学ぶ必要があるという理念に基づかれて、大正時代に創立された歴史のある私立の女子校であり、世間で言うところのである。


 具体的にどのように運営しているかは詳しくは知らないのだけれども、明治時代から続く大金持ちにして名家である百合園家によって運営されているとされ――。


「――百合園?」


「そうかそうか、君は人の苗字を呼び捨てにするのか」


「――百合園、さん?」


「うん、百合園ゆりぞの茉奈まなだ。百合園女学園の現理事長の妹であり、理事長不在の時は理事長代理を務めている。ついでにここのマンションの運営管理も将来の経営の勉強がてらやってる。宜しく頼むよ」


 あぁ、だから僕の部屋の合鍵を持っていた訳なんですか、オーナーさん。


 にっこりと花咲くような……人生では絶対に関わらないであろうほどの高嶺の花の正体を知ってしまった僕は尚更、どうしてそんな人がこんな場所にやってきたのかが分からずに困惑する他なかった。


「というか、君は和奏の身内だろう。身内が何の仕事をしているのかだなんて知っていて当然だと思っていたんだが?」


「そんなつもりはなかったんですけど……えっと、僕は恥ずかしながら姉が何の仕事をしているのか知らされていなくてですね? いや、何かしらのバイトをしていたのは知ってますけど。実際、バイトに行く姉の為に毎日弁当を作ってましたし」


「え⁉ あの滅茶苦茶美味しい和奏の弁当を作ってたのキミなの⁉ ……ではなく! こほん、やはりあの美味な弁当は全て君が作っていたのか」


「美味って、もしかしなくても食べました?」


「食べた食べた! 和奏と弁当のおかずの交換は昔からよくしてた! 特にトンカツ好き! あ、やっぱ唐揚げかな、うん。というか全てのおかずが好き。だけど野菜多くない? おかず全部お肉にしようよお肉――で、は、な、く!」


「もう観念して普通に話しませんか」


「誉れ高き百合園の一族たるこの私の威厳に関わるだろう⁉ こう見えても私は明治時代から続くような由緒正しき旧華族だぞ!?」


 なんてこった。

 僕は知らず知らずのうちに大金持ちで有名な百合園一族の人間を餌付けするのに成功していただけに飽き足らず、威厳まで剝ぎ取っていたようである。


 まさか姉の為に作った弁当でこんな事になっているだなんて知らなかった僕個人としてはどう対応すればいいか分からなかったので、何度目かになるか分からない苦笑を再び彼女に投げかけた。


「……こほん。うん、私は君が気に入った。あんなに美味しい料理を作れる人間で、顔も私好みで、しかも和奏の忘れ形見。うん、気に入る要素しかないな」


「はぁ、お気に召したようで何よりです。ところで姉の葬式の時に百合園さんを見た記憶はないのですけれど……?」


 彼女は間違いなく記憶に残る程の美人である。


 しかも、ここは日本なので葬式に参列してくれた人の髪色は基本的に黒色であり、そんな中で参列しようものならば、間違いなく僕の記憶に残っているだろう。


 確かに葬式の参列者に金髪の人間はいたけれども、僕の記憶さえ正しければそれは男性だった気がする。


 とはいえ、当時の僕には色々と忙しすぎて、あの葬式の記憶なんてあってないようなものでしかないのだが。


「あの日、葬式に参列したのは私の兄だ。私も参加したかったのだが、百合園女学園の姉妹校に赴く為にイギリスに行っていた所為で参加が出来なかった。……本当に、葬式に行けなくて申し訳ない」


 そう口にした彼女は重々しく頭を下げてみせたので、僕は慌てて彼女に頭を上げるように促した。


「葬式に行けなかった詫びという訳ではないのだが、今までの間、君の面倒を見る為に様々な準備をしていたんだ。君にもしも行く宛てがないのなら……まぁ、先約があるようなら別に無理してとは言わないが……」


「お話を聞く限りですと、姉の代役という事でしょうか? 姉がどのようなバイトをしていたのかを知らないのですぐにはお返事を差し上げられないのですけれども……というか、姉は何の仕事をしていたんです……?」


 話を聞く限り、僕と同じぐらいの年齢に見える彼女は僕の姉の雇用主であるという。


 であるのなら、仕事上で欠員――退職だとか辞職だとか殉職だとか――してしまった場合、その穴を埋める為の人員を探さねばならないのが、雇用主の役割の1つなのだろう。


 とはいえ、僕は高校2年生になれるかどうかも不明瞭な未成年なのだけど、そんな自分にやれる事なんて果たしてあるというのだろうか。


だ。君の姉は私の専属メイドをしてくれていたんだ。君の性分から考えて実に天職だと思うのだが……どうだろう? 君、私の専属メイドになってはくれないか?」


 ちょっと待ってほしい。

 メイドって、あのメイドだよね?

 アニメや漫画に出てくるような特徴的な衣装に身を包む……あの!?


「――ぼ、ぼ、ぼ、僕が!?」


 それも日本有数の大富豪である百合園一族に仕えるメイドに、僕が⁉


「うん。物凄く似合うと思うぞ、君のメイド服姿」


 待った。

 本当に待って。

 メイドだなんて、そんなの冗談じゃないぞ……⁉


「君は仕事をしていた和奏を知らないようだから自慢させて頂くが、和奏はかなり優秀でな。食事も清掃も何でもござれ。というか、何をやらせても何でも出来る美人で私にとっては姉のような存在でな。彼女には私が小学生の時から面倒をよく見て貰っていたんだ」


 百合園茉奈は本当に姉の事が大好きだったのか、生き生きと饒舌になりながら僕の知らない姉の事を語ってくれていて、その様子はまるでというか本当に自分の姉の事を自慢にしているかのようであった。

 

 にしても、あの姉がまさかそんな大金持ちの家で働いていただなんて知らなかった。


 道理で両親や親戚がいないっていうのに、まだ幼い僕の面倒を見つつ、自分の勉強が出来るだけの高収入を得ていた訳だ。


「……それだけに、本当に今回の件はお悔やみ申し上げる。彼女は本当に才媛だった。メイドという職業は雇用主の一存で簡単に辞めさせられる事が出来てしまうから、基本的に長続きする人間は少ない。だが、和奏は違った。彼女は一族の皆に愛されて止まない素敵な人だった。私もあんな女性になりたい。そう思う程の人物だったよ」


 少しばかりの暗い声に表情になってしまった彼女だが、そんな彼女の表情と感情だからこそ、僕は改めて姉が本当に愛されていたのだと強く実感する事が出来て……肉親である僕としては少し誇らしい気持ちになるのだけれども、やはり姉は本当に死んでしまったのだと改めて現実を突き付けられた。


「そんな和奏に1つだけ難癖をつけるのであれば、彼女が余りにも優秀すぎた事ぐらいか。おかげさまで彼女の代役なんてそうはいない、いや、いてたまるか」


「そ、そうだったんですね……」


 僕は何とも歯切れの悪い言葉を返す事しか出来なかったが、僕の脳内はメイド喫茶で見るような衣装を身にまとった自分の姿で溢れかえっており、想像しただけでもげんなりとした気分になってくる。


 いや、想像した自分でも意外と様になっているのが妙にしゃくというか……似合って欲しくなかったというのが実のところなのだけど。


「しかし、私は立ち場上、代役を探さねばならなかった。というのも彼女は来月の4月から百合園女学園の寮母をやって貰う手筈だったからな。……さて、そろそろ本題に入ろうか。私は和奏に何か遭った時、彼女の代わりに君の面倒を見るようにとお願いされている」


「……姉さんがそんな事を」


「うん。だから、君、百合園女学園に来て寮母をやってみないか?」


「り、りょ、寮母……⁉」


「掃除は出来る。料理は上手い。こうして話をしていても特には問題はなさそうな性格。格式高い我が百合園家は当然ながら使用人の実力も一級品でなければならない。だがしかし、君はどうだ? 実に素晴らしい能力を持っているじゃないか。給料は……そうだな、月50万」


「ご、ご、ご……50万⁉」


「不満か。なら月100万にしよう」


「ひゃ、ひゃ、ひゃ……100万⁉」


「ほほぅ、まだ不服のご様子だな? 宜しい、ならば更に給料を上乗せして150万――」


「ま、待ってください! 給料は充分すぎるほどです! 1人で管理できなさすぎるほどです!」


「よし、それでは君の月給は150万円で決まりだな。やはり優秀な人材を採用する際には金を惜しみなく使うに限る。和奏は実に素晴らしい教えを私に授けてくれたものだ」


「……うぅ……!」


 取り敢えず、僕は目の前にいる彼女の言葉を大声で遮って、これ以上、仮の給料が上がらないようにさせる。


 確かに掃除も料理も僕は得意ではあるから、確かに寮母の仕事は適任かもしれないけれど……だからといって、だからといって……⁉


「僕が、寮母……⁉」


 話は変わるのだけど、寮母っていう単語は実に面白い組み合わせだ。


 だって、女子寮の母と書いて寮母だよ?


「さて。先にも話した通り、我が百合園家の当主は代々理事長をする習わしでね。だから色々と便宜を図れるし、寝床になる寮もあるから家賃も当然ながら必要ない」


「そ、そんなの至れり尽くせりでは……!?」


「君は和奏の忘れ形見なのだからこれぐらい贔屓してもいいだろう? もっとも君は確か調理科の高校生で料理人を志しているというのも和奏から聞いている。だから無理してとは――どうした? 急に顔が暗くなったぞ?」

 

 ……あぁ。

 僕は本当に駄目だなぁ。


 目の前にいるこの女の子はとってもいい子で、唯一の肉親である姉を失った僕に対してこんなにも気に掛けてくれて、信じられないぐらいの好意を見せてくれて、いきなり暗い顔をした僕を心配してくれているというのに、僕は。


 僕は、どうしてこんなにも駄目で、役立たずなのだろう。


「ごめんなさい、百合園さん。嬉しい申し出ですけど駄目です。僕なんかがそんな事したら駄目なんです」


「……え? どう、して? ……理由。そうだ、理由。理由を聞かせてくれやしないか。対処できそうな事は私が解決する」


「簡単ですよ。寮母って事は美味しいご飯を作れないと駄目じゃないですか」


「それはそうかもしれない。が、先ほどのすまし汁を飲んで私は君の料理が上手いと確信した。君は美味しいご飯を作れる人間だろう? なら何も心配する必要なんて――」


「――僕、もうご飯を美味しく作れないんです」


 優しい彼女を傷つけないように、出来得る限りの笑顔を浮かべてそんな事を僕がそう告げるのと同時に、目の前にいる彼女は綺麗な蒼い瞳を瞠目させてみせる。


 一体何を言っているのだと言わんばかりの表情で驚いていらっしゃるけれど、今のは流石に言葉が足りてなかったかもしれない。


「どうにも僕、になっちゃったみたいで」


「……え」


「姉が死んでからもう味が分からなくなっちゃって。だから、もう、美味しいご飯を作れないんです。作っちゃ駄目なんです」


「で、でも、さっき私と一緒にすまし汁を飲んで」


「味は全く分かりませんでしたよ? だけど、何かを食べないと生きていけないと餓死しちゃいますので食べたくなくても食べないといけないんです。でも、あんなに美味しそうに百合園さんが簡単なすまし汁を頂いてくれたおかげで見ている僕も少しばかり元気になれました」


「…………」


「姉が死んでしまったショックの所為ですかね? 甘いとか酸っぱいとか、苦いとか辛いとか、美味しいだとか不味いだとか……もう分からなくなっちゃって。あはは、笑えちゃいますよね? ですから、調理科はもう退学するつもりですし、夢だった料理人も諦める事にしたんです。そんな人間が、味が分からない人間が寮母なんて駄目に決まっているじゃないですか。悪い事は言いませんからもっとマシな人間を探してくださいね?」

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