第21話 サンティと聖獣の国 4
「そんなの、どうだっていい」
ミディエは涙を流していた。
「どうだっていいよ、そんな昔の話。今生きているのは私たちなんだから。私は、ピートをバラバラにしたアイツが許せない。組合のみんなを殺したアイツが許せないよ。それがバシリアスでも、ファンデルでも、どっちでもいい。オルビスとか、ファンデルのコピーとか、そんなのも全部どうだっていいよ!」
そう叫んだミディエは、自分のオルビスを外して、ユーランの目の前の地面に叩きつけるように投げ捨てた。軽く小さいオルビスは、カラリと小さな音を立てて転がった。
「そういうことのようだ。私も民たちに約束した。議長の仇を取ると」
スタークもオルビスを外すと、ミディエと同様にそれを投げ捨てた。
二つのオルビスを目の前にして、ユーランは無言でその転がる石を見つめていた。ユーランにとっては想定していなかった展開だったのか、二人が取った行動に言葉を失っている。
「そのファンデルのコピーとやらは好きに使えばいい。バシリアスに渡すなら渡せ。こちらはこちらでヤツを止める」
驚きはしたユーランだったが、その行動と発言を咎めはしなかった。
「分かったよ。でも本当にいいのかい? 八つのオルビスが揃ってやっとファンデルと同等なのに、二つものオルビスを放棄するなんて」
「自分で言ったではないか。ファンデルはまだかつての力を取り戻してはいないと。我々も長きの間に進化したということを証明してやる。オルビスやフォッシリアの力に頼らずとも、自分たちの手でその運命を切り開けると」
スタークの力強い言葉に、ミディエも後ろで頷いた。
「サンクテクォ、キミはどうするんだい?」
「オ、オレは」
ユーランに即答できないサンティの首元を、ミディエは優しく撫でた。
「いいんだよ、サンティ。ううん、聖獣サンクテクォ。聖獣には聖獣の役目があるはず。それを果たしなよ」
サンティはミディエの成長に目を細めた。サンティの成体への変化とはまるで違う。進化を終わらせた聖獣は成長と呼べるものはその見た目の変化しかない。
「すまない。いいや、ありがとうミディエ。この二年間、君のおかげで退屈はしなかった」
別れの言葉を口にするサンティにミディエは寂しさを感じたが、不思議とこの成り行きをすんなり受け入れられた。
「いいの。みんなが、聖獣も、私たちバルバリの民も、ノヴィネスたちも、それに、スキアボスの人たちも、みんなが元の暮らしに戻れるように頑張るよ。私に何ができるか分からないけど、スタークも言った通り自分たちの未来は自分たちで決める」
ミディエは最後にサンティの長い脚に顔を埋めると、スタークの方に振り返り「行きましょう」とひと言口にして出口に向かって歩き出した。
二人が揃って歩いていると、背後からユーランの呼び止める声がした。
「待って! オルビスが」
その声にいち早く振り向いたミディエは、目の前の光景に瞬きを繰り返した。
オルビスは意志を持っている――。
投げ捨てた二つのオルビスが、それぞれの持ち主に向かって飛んできていた。
「そうか。このオルビスたちは、マシナ同士の争いを止めたファンデルのコピーなのよね。もしかしたら争いを嫌ったファンデルの力を使って暴れるバシリアスが許せないのかも」
ミディエは自分の耳に戻ったオルビスに触れながらそう言ったが、スタークはその考えの一部を否定した。
「確かにバシリアスが気に食わんのかもしれんが、ファンデルはマシナ同士の争いを止めた後に、アンテを根絶やしにしたことを忘れるな。それに、我々が生きている間は我々としか繋がれん。寄生する宿主に戻っただけかもしれんぞ」
オルビスにやさしく触れていたミディエに対し、スタークはオルビスを指先で弾いた。
「それもそうね。それに、オルビスが私たちの意志に関係なく離れないということは」
ミディエは警戒しながらスキアボスたちを見ていた。オルビスを奪うために、バシリアス同様襲ってくるかもしれないと考えてのことだったが、スキアボスたちにその気配はない。その理由はユーランの口から話された。
「オルビスの意志だもの、仕方がないね。強引にキミたちの所有権を奪っても、次の所有者の所へ飛んでいくだけだろうし。それに、今まではボクたちの復讐だけの話だったけど、バシリアスが沢山の人を殺してしまったからには、キミたちにだって復讐する権利があるよね。分かった。オルビスがどこにあるか教えるよ。ただし、それだけだよ。バシリアスを倒す手助けはしない。ボクたちが倒したいのは、あくまでもファンデルなんだから」
そのユーランの言葉を通路の奥で聞いていたサンティは、その場から動かなかった。やはりオルビスと組合の監視という役目を終えたサンティは、聖獣サンクテクォとしてここに留まるのだろうと、ミディエは肩を落としていた。その肩にスタークの手が添えられる。力強い手だ。
「よし、長居は無用だ。さあ、オルビスの場所を教えてもらおう」
「サンティ、それじゃあ行くね。きっとまたどこかで会えるだろうけど、私たちはここにいるみんなの敵じゃないから」
ミディエのその言葉を最後にユーランに教えられたオルビスの在処を目指してシェニムを発った二人を見送って、サンティはユーランを威圧するように見下ろした。
「今、サンクテクォの先代はどうしている? まだ眠っているということもあるまい」
「うん。目は覚ましているよ。でも、その身は隠している。バシリアスに見つからないようにね」
「どこにいる?」
「エクシートゥムの岬にある風穴。ファンデルのキノニアが眠っていた場所さ。あの場所には一番戻りたくないだろうからね」
それを聞いてサンティは「なるほど」と頷いた。
「これから会いに行くが、構わんだろう?」
「それならボクも一緒に行くよ。キミひとりで行くと、きっと混乱するだろうから」
「混乱? どういうことだ?」
サンティの問いに、どう答えたらいいか一瞬考えたユーランだったが「行った方が早い」と、サンティの肩に乗った。
「この通路を抜けたら、岬の付け根に出るんだ。この通路もスキアボスたちが掘ってくれたんだよ」
「そうか」
サンティは通路についてはさして興味もなさそうに聞き流し、そのスキアボスが掘ったという通路を駆け抜けている。通路を出たところで、ユーランはサンティにひとつ質問をした。
「キミやボクが人間たちの言葉が話せるようになったの、進化や進歩だと思うかい?」
「進化か。さあな。いずれにしても些細な変化だ」
「そうだね。話さなくても意思が伝えられるボクたちにとっては、もしかしたら退化ともいえるかもしれない。でもキミの言う通り、些細な変化だよ。でもね、サンクテクォに起こった変化は、この数万、数十万年の中でも大きな変化なんだ」
風穴の入り口に立ったサンティは、一旦その足を止めた。
「無事には違いないのだろうな?」
「うん。元気だよ、みんな」
「みんな?」
不信な顔をするサンティの耳に、風穴の奥から近づいてくる足音が聞こえてきた。ひとつではない。複数の足音だ。
「これは、何が起こっている?」
「ボクたちが忘れていた進化。もしかしたら退化、かな」
風穴から姿を現したサンクテクォの後に、幼体のサンクテクォが続いて出てきた。
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