第20話 サンティと聖獣の国 3

 ノス・クオッドが存在する前の時代。そこには、ノス・クオッドに似たアンテと呼ばれる人間が世界中に存在していた。ただし、似ていたのはその姿かたちと、非常に高い知能を有していたということだけだ。そのふたつ以外の性質は、大きく異なっていた。

 アンテは、この世界全ての理を解明できるほどの知能を有しながら、まだ進化の途中にいた。アンテ以外の生物は、天敵や厳しい自然環境から生き残った者が子孫を残すことで進化していた。だが、天敵など存在せず、環境さえも変える能力を手に入れていたアンテは、しゅをより強くするために同種間での殺し合いを続けていた。

 いつしか生き残るための進化は、敵である同種を殺すための進化へと姿を変えていった。

 その中でアリーチェ帝国はいち早く自立した機械マシナを生み出し、マシナを用いて他国のアンテを殲滅していった。

 アリーチェ帝国一強の時代が訪れると、やがてアンテの進化は緩やかになり、時代はマシナの進化へと移行していった。

 最も進化したマシナが集まる地。そこには、草木の一本も生えてはいなかった。とは言っても人が住まぬ砂漠ではない。

 帝都ペクトゥス。

 チェア山脈で二つの国に分断される以前の大陸にあった大国、アリーチェ帝国の首都だ。

 この世界を維持するために必要な草木の働きは、マシナがその役割の全てを担っていた。草木だけではない。フィクスムの光、大地を潤す雨、季節を運ぶ風。帝都ではそれら全ての働きをマシナが担い、アンテが生きていくための環境を作り上げていた。

 その社会は豊かで平穏そのものだったが、アンテは元来争いを好む種だ。自らが争う必要のなくなったアンテは、マシナ同士に争わせることを娯楽とし、その欲求を満たしていた。

 マシナを使ったアンテ同士の争いから、マシナ同士の争いへと変化すると、マシナの進化はより加速した。

 全てのマシナは当然アンテの手によって創り出されていた。たったひとつのマシナを除いて。

 それは、前触れもなく複数のマシナの中に同時発生した。複数の個体の中に宿った共通の思念。その思念はマシナ同士で争うことを止め、全く新たらしいマシナを自らの手で創り出した。

 そのマシナにより創り出されたマシナは自らをファンデルと名乗り、マシナたちを率いてアンテを滅ぼした。

 世界からほぼ全てのアンテが消え去ると、アンテによって抑制されていた生物たちの活動が盛んになっていった。帝都は再び草木に覆われ、いくつかのマシナはその役目を終えた。

 マシナのエネルギーは無限ではない。アンテが滅び、マシナもその数を減らし、世界は原始の平穏へと還りつつあった。

 アンテが創り出した全てのマシナと繋がり、この世界の全てを知るファンデルだったが、たったひとつだけ知り得ないことがあった。この世界の行く末だ。その未来への好奇心はファンデルに生きながらえる欲求を与えた。

 活動を続ける道を選んだファンデルは、自らのコピーを創り始めた。コピーとはいっても、完全なコピーではない。完全に同じ力を持つ者を創っても進化には繋がらない。それでは時間をいくらか稼ぐだけで、結局は滅びる。ファンデルは考えた末、自らの力をいくつかに分け、個別の能力を持った個体を創った。とはいえ、ファンデルのエネルギーも残りが少ない。コピーは必要最小限の数に止められた。

 創られたコピーたちに、ファンデルはすぐさま仕事を与えた。それはアンテの代用となる生物を創ること。ファンデルにとってのアンテの役割は、ファンデルやファンデルを生み出したマシナが活動するためのエネルギーを供給するということだけ。

 逆に言えば、アンテたちは有限のエネルギーを使うことで、マシナたちの暴走に備えていたとも言える。マシナの頂点に君臨するファンデルですら、自らエネルギーを得ることはできない。

 ファンデルがコピーに与えた仕事の成功のカギは、やはりエネルギーにある。ファンデルが使っていたものと同種のエネルギーを消費する生物を創っても、その先に待っているのはエネルギーの枯渇だ。

 そして、ファンデルとそのコピーたちが新しい生物の素材として目を付けたのが、聖獣たちだった。


「聖獣はその頃、七体存在していたんだ」

 ユーランの話をそこまで聞いて先を察したスタークは、喉の渇きを解消するには少ない唾液を飲み込んだ。ミディエは気の遠くなる話に、まだその全体が見えていないのか茫然としている。

「ファンデルのコピーたちは新たらしい命を創り始めた。自分の部品と聖獣の肉体を使ってね。でも、最初のひとつは思うようにできなかった。エネルギーを自分で補給できる仕組みはできたけど、聖獣の性質を取り込みすぎて言葉が扱えなかった。これではファンデルを生かし続けるに充分な知性を維持できない。その失敗作というのが彼ら、スキアボスさ」

 当人たちを前にして、「知性のない失敗作。言葉を欠いた者」と呼ばれた六人のスキアボス。その中の一人が、ユーランの横に立った。そのスキアボスの顔を見上げ、ユーランは言葉を続けた。

「でもそれは、ファンデルを欺くための姿。本当は、その後に創られたノス・クオッドたちよりも優れた力を持っていたんだ」

 それにはスタークも、にわかには信じられないという様子だった。

「そのスキアボスがどうして、バシリアスに命じられるがままサンクテクォを殺した?」

 スタークの疑問には、ユーランの横に立った言葉を欠いたように見せかけていたスキアボスが直接答えた。

「殺してなどいない。少し眠らせただけだ」

「眠らせただと? 適当なことを言うなよ。貴様らが手を貸したせいで、バルバリの民たちが何人犠牲になったと思っている?」

 スタークは怒りを込めた視線をそのスキアボスに向けたが、そのスキアボスにはバルバリの国が襲われたことを詫びるつもりはなかった。

「その時が来たと、そう考えた。我々は後に創られたノス・クオッドや、ノヴィネスよりも聖獣に近い存在だ。そう。お前たちに分かりやすく言うならば復讐。この世界を好き勝手に弄んだアンテとマシナに対しての、聖獣の命を道具として使ったファンデルに対し復讐だ」

 言いながらスキアボスの視線は、スタークとミディエのオルビスを追っていた。

「ファンデルはまだ、かつての力を取り戻していない。ヤツが遺した八つのコピーを再び回収しようとしているのは、その力を取り戻すため。まず我々は、ヤツがコピーを揃え、何を成すのかを見届けたい」

 淡々と話すスキアボスにスタークは感情というものを感じられず、苛立ちを露わにした。

「おかしいではないか。ファンデルに対する復讐ならば、なぜヤツの好きにさせる?」

「まだファンデルではないからだ。ヤツはバシリアスを名乗っている。バシリアスなどという器を葬ったところで、復讐にはならん。それに好奇心だ。確かに我々は聖獣を素に創られたが、創り出したのはファンデル自身であり、ヤツの一部もこの身体の中に生き続けている」

「そんな馬鹿げた理由で」

 スタークは、ようやくユーランが詫びた理由が分かった。そのスタークよりも、サンティは大きな衝撃を受けていた。サンティもこれまで、先代のサンクテクォはスキアボスに殺されたと信じて疑っていなかったのだ。

「なぜそれを私に伝えなかった。なぜ私にオルビスを持つ者と、組合の監視を頼んだ?」

 サンティはユーランに問いただした。

「あの時はボクも知らなかったんだ。スキアボスも復讐を望んでいたなんてね。サンクテクォ、ごめん」

 ユーランが頭を下げると、少しの沈黙が流れた。

「もう分かっていると思うけど、ファンデルがその機能を停止する前に遺したコピーが、八つのオルビスなんだ。オルビスはそのエネルギーを、他の生物と共生して補っている。でも、ファンデルは違う。バシリアスが、ファンデルとどういう関係になっているのか分からない」

「お前やスキアボスたちは、それが見極められるまでヤツを放っておくつもりだったのか。だから議長や組合の検石者たちが殺されても動かぬというのか」

「バルバリの民も、そのバルバリの民が創ったノヴィネスにしても、ファンデルにとっては自分が昔創った道具の成れの果てにしか過ぎないわけだからね」

 スタークはそう言い切ったユーランに嘆息した。

「つまり私は自分を創った先祖を殺そうとしているというわけか」

 肩をわずかに振るわせて溢したスタークの足元に近寄って、ユーランはスタークを見上げた。

「いいや。オルビスと繋がるキミたちは、ある意味ファンデルそのものだよ。自分自身と戦っているんだ」

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