第19話 サンティと聖獣の国 2
二年前のシェニム。
いつもと変わらぬ朝だった。ディゾラ海の水平線から顔を出した真新しいフィクスムが、シェニムの森を明るく照らす。
雲ひとつない晴れ渡った空の広がる朝だ。蓄光のフォッシリアをちりばめたシェニムの大樹に、新しいフィクスムのエネルギーを蓄えるのに恰好の一日になる。闇に閉ざされる日々が続いた頃からの習慣で、聖獣サンクテクォはシェニムの大樹を揺らし、より新しいエネルギーを蓄えられるように古いエネルギーを散らした。
その日、その時までは、誰の目にも一万年続いた日常と変わりがないように見えていた。聖獣ユーランを除いて。
ユーランが異変に気が付いたのは、フィクスムが顔を出す四半刻前。夜空の星たちのほとんどが、その姿を明るみ始めた空に隠し終えた頃だ。
ユーランの住処になっている火山の頂近くから、その火山の麓、エクシートゥムの岬にある風穴の前に、灯りを携えた者が集まっているのが見えた。人里離れたその場所は、長らく人を寄せ付けていなかった。
胸騒ぎがしたユーランは、その意識をエクシートゥムの岬に集まる者たちに集中させた。
この世界には、三種類の「人間」が存在している。
バルバリの民と、そのバルバリの民によって創られたノヴィネス。そしてもう一種類が、今エクシートゥムの岬に集まっている者たちだ。
彼らは、最初のノス・クオッド、ファンデルの子供たちだが、ファンデルからは「
そのスキアボスたちがひとりのノヴィネスの言葉を受けて、シェニムの大樹へ向け移動を始めた。スキアボスたちは例外なくその手に斧を携えている。時折その斧を頭上に掲げ何かを威嚇するかのように、あるいは自らを奮い立たせるかのように猛々しい声を上げている。
ユーランは翼を広げ、飛び立つに充分な助走を得るためその巨体で地面を揺らしながら山を駆け下りた。だが、十歩も駆けぬうちに崩れるように倒れ込んだ。
寿命だ。
ユーランは最後の力を振り絞り、サンクテクォに向かって警戒音を発した。
そして今、六人のスキアボスたちは、スタークによって投げ入れられたフォッシリアの光に慌てる様子もなく、サンティの姿を確認するとその場に跪いた。
「ユーランが寄こした迎えというのがお前たちか?」
サンティの問いに答えるように、スキアボスたちの方から「キューィ」という甲高い鳴き声がした。声を出したのはスキアボスではない。
「驚いた。幼体とは」
二年前の事情を知らないスタークがそう言いながらサンティの肩から降りると、ミディエもそれに続いた。フィルに会ったときと同じく、サンティとは適切な距離を取っていると見せる必要があると配慮してのことだ。
スキアボスたちの後から姿を現したユーランが、地面を小さく飛び跳ねるようにしてサンティの目前まで近づいてきた。
火口付近を
動く毛玉と言ってもいいような見た目のユーランは、甲高い声を時折発しながらサンティに意志を伝えていた。
しばらくしてサンティが地面に伏せると、ユーランは毛玉の中から飛び出た棘のような尾の先でサンティの額に触れ、スタークに視線を向けた。
「ごめんなさい」
ユーランの口から出された言葉に、スタークは眉根を寄せた。
「なぜ謝る?」
ユーランはすぐには答えず、サンティとミディエにも視線を向け、もう一度「ごめんなさい」と口にした。
「ボクたちのせいなのに、人間たちを巻き込んでしまって。バルバリの民と、アリーチェ・デザータの組合。沢山の人が殺されちゃったもの」
ミディエは組合から家に戻った後、バルバリについて説明すると言ったサンティからも、やはり開口一番に謝られたのを思い出し視線をサンティに向けた。ミディエと目が合ったサンティは反射的に視線を外した。ミディエと同じことを思い出していたのであろうサンティが、なぜすぐに目を背けたのか。その理由をこの場で聞く勇気がない自分に、ミディエは唇を噛んだ。
「聖獣たちの責任だという理由も知りたいが、今はそれよりも知りたいことがある。オルビスはどこにある?」
ユーランは、スタークがそれを知るために自分に会いに来たのを知っていたが、すぐには答えを与えなかった。
「それを教える前に、ひとつ確認をしておきたいんだ」
スタークは嘆息しながらも、ユーランの要求を飲んだ。
「何を確認したい?」
「キミはそれ、オルビスと呼んでいるんだったね。そのオルビスが、なぜ他のフォッシリアとは違って特別なのか知っているの?」
その質問にスタークは舌打ちした。こちらの質問には答えず、なぜ今更それを確認しているのか、苛立ちながらもスタークは早口で答えた。
「ファンデルの力を写したもので、世界を闇に導いた元凶になった力と言われているからだ。バルバリを名乗り始めたノス・クオッドが、最初に封印すべき力だと考えたからだろう」
「封印、されてないよね。一万年経った今でも壊れることなくその力を発揮し続けているじゃないか」
「だがその力を使えるのは、その時代にひとりだけだ。完全に封印されていなくとも、石の中に封じられていることには違いあるまい? 誰にでも容易に使える力ではない」
そう返しながらも、スタークの心の奥に釈然としない思いが浮かび始めていたのは確かだ。生まれてこれまで、オルビスとはこういうものだという思い込みが、疑問を抱くということから遠ざけていた。
「あのバシリアスは、オルビスが何か正確に知っていたみたいだよ。だからこそファンデルのキノニアを求めたんだ。サンクテクォを殺してまでもね」
ユーランはまっすぐスタークを見つめ続けている。スタークはその視線が、自分の内側まで覗いているのだと分かっていながら、ユーランの言葉に胸をざわつかせて周囲を見渡した。
サンクテクォを手に掛けたと言われているスキアボスたちが、この場にいる理由も分からない。自分は何も知らないままに、自分の思い込みだけで動いているのではないか。スタークの中で広がっていく疑問の種を蒔いたユーランは、ここにきてもう一度頭を下げた。
「本当にごめんなさい。別にボクも、こんな意地悪な言い方をしたくてしているわけじゃないんだ。ボクたちは、過去の悲劇を知っているから。キミが、キミたちが、事態を収束するのか、悪化させるのかを見極めなくちゃ。それからじゃないと、オルビスがどこにあるのかは教えられない。それはサンクテクォ。キミに対しても同じことだよ」
ユーランが最後のひと言を振り返って言うと、サンティは立ち上がった。もうユーランもサンティを経由せず話せるようになった様子だ。
「ユーラン。あれから一万年経っているのだ。我々聖獣と、人間たちとの関係も過去のままではない。我々は話し合い、理解し合える。こちらも全てを話すべきだろう」
「あれから? サンクテクォ、何のことを言っている?」
「それはユーランに聞いてくれ。ユーランはこの世界の全てを見渡してきた。私よりもはるかに多くを知っている。もとより全て話すつもりでいるはずだ。そのためにスキアボスを連れてきているのだろうからな」
ユーランはサンティの言葉を否定しなかったが、まだその口は重たい様子だ。しばらく目を閉じたまま口を開こうとしない。それは悪戯をした理由を話せずにいる子供のようだった。
「どちらにしてものんびりする時間はないぞ。バルバリの議長が命を懸けて稼いだ時間を無駄にしたくない」
スタークの王としての言葉に、ユーランも決心して口を開き始めた。
「分かった。話すよ。時間はまだありそうだから。バシリアスは、まだフィリヘイトナへ向かう途中のディシビアにいるみたいだし」
「精霊の高地にか。やつも手掛かりが偏っているのだな。議長が言った祠を目指すとは。だが、時間はまだあるとは言っても無限ではあるまい。さっさと全ての始まりから話してくれ」
ユーランは一度大きく息を吸い、最初のノス・クオッド、ファンデルが生まれる前の世界から語り始めた。
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