第14話 スタークとバルバリの国 3
チェア山脈の中央部。連なる山々に囲まれた緑豊かな台地がある。台地の中心には無色透明の鉱石でできた塔が聳え、そこから放射状に五本の広い通りが伸び、円形の土地を等しく五等分している。それぞれの通りには、五体の聖獣の名が与えられていた。
ジェイド湖の底と呼ばれるその地には、二万を超えるバルバリの民が暮らしている。
そのバルバリの民のほぼ全てが、この地から出ることなく一生を終える。山脈の尾根を越えて下界に降りるのは、オルビスを持つ資格を得た者と、その者を下界に送り届ける役割を与えられた者だけだ。
また、逆にバルバリの民以外でこの地を訪れる者もいない。特に、バルバリの民によって元素から創られたノヴィネスは、山頂に近づくこともできない。つまり、この地に住むバルバリの民は、ノヴィネスの姿を知らないのだ。
赤いマントを身に着け、空からゆっくりと舞い降りた白い肌の男。
その姿を目の当たりにしたバルバリの民の中には、フィクスムの化身が空から降りてきたかのようだと感じる者もいた。だが、その男の最初の行動で、災いを招く存在だと誰もが認識するに至った。
「余の問いに答えよ」
何者かと遠巻きに様子を窺う大人たちの輪の中から、ひとりの少女が男に近づくと、男は少女の首を掴んで持ち上げた。
「この地の首長はどこにいる?」
少女は答えない。質問の意味が分からなかったのではない。既に少女は首の骨が砕かれ、息絶えていた。男も少女に問うたのではなかった。その視線は人々の輪を抑えるように両手を横に広げた男に向けられていた。
「聞こえなかったわけではあるまい。余はエナ=ネオ・オ・バシリアス。ノス・クオッドの過ちを正す者。この世をあるべき姿に還す者だ」
バシリアスは少女を掴んでいた手を放し、男の方へ一歩踏み出した。
バシリアスを囲んでいた輪が広がったが、バシリアスが語り掛けた男は、手を広げていたその位置から一歩も動かなかった。
「お前が言う首長とは、この国の議長のことか?」
「議長か。ふむ。その者は、オルビスの行方を知っているのか?」
「オルビスの行方」という言葉を聞いて、男は眉間に皴を寄せた。
「それを知ってどうすると、いや、貴様のような奴に聞くほどでもないな。この場から立ち去れ」
男はそう言って広げていた両手を前に突き出した。その手のひらに向かって、光が集まる。
「そのフォッシリアの力は人に向かって使うなと教わらなかったか?」
バシリアスはそう言って男を嘲笑した。だが、男もそれに対して笑い返した。
「俺も人に使うつもりはない。貴様は人ではなかろう?」
手のひらに集まっていた光が一気に収縮して明るさを増すと、気合を込めた男の声と共に、今度は反発するように細く光が伸び、その先端がバシリアスを貫いた。その確かな手応えに、男は安堵の息を吐いた。
だが、その表情がみるみる恐怖に青ざめていった。
「なるほど、一理ある。確かに余は人ではない」
バシリアスが自分を貫く光の槍に触れると、その槍は一瞬にして消えた。それと同時に、光を放った男の姿も、空に伸びる細い煙となって忽然と消えていた。
多くの悲鳴と共に、バシリアスを囲んでいた人の輪が散らばっていく。
「情けない奴らだ。中途半端な力を遺し、この世にすがるとは。罪人は罪人らしく罪を償えばよかろうに。仕方がない、少々手伝ってやろう」
バシリアスがマントを翻すと、マントの内側から飛び出した無数の棘が、周囲にいたバルバリの民たちに次々と突き刺さった。そのマントを翻す動作を四度繰り返したときには、その場にいた全ての民が地面に血を流し倒れていた。
「話さぬのであれば、議長とやらをのんびりと捜すまで。ま、どこにいるかは想像に難くないが」
中央に聳える塔の下。五つの通りに巨大な門がある。その門は互いに接していて、真上から見ると正五角形を形作っていた。門の上にはそれぞれ屋根があり、屋根の頂上には聖獣の像が飾られている。
「あの門のどこかであろうな。他には普通の民家ばかりだ。あの門で適当に暴れておれば出てこよう」
バシリアスは転がる死体を飛び越え、一直線に塔の下へと向かった。
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