第13話 スタークとバルバリの国 2
フィクスムが密集して生まれたかのような塔。
床から
塔の上部は丸く高い天井を貫き、その上へと伸びている。
その塔は全体が輝いているが、不思議と眩しさは感じない。ただ守られている。そういう温かさを与えているだけだ。
「見えるか、ミディエ」
「ええ。この人が、エスなのね?」
光を放つ塔の中心。膝を抱え眠るエスは、あたかも衣服のように伸びた黄金の毛髪によって、その細い身体全体が包まれている。
「ああ。この姿のまま、一万年の時を眠り続けている。ミディエ、気分はどうだ?」
「大丈夫。この光にも随分慣れてきた」
ミディエの目はエスに釘付けだ。光の中心で黄金の髪が揺れている。エスの周囲には液体が満たされているようだ。
「どうして誰もエスのことを知らないんだろう? マカエッソだって多分知らなかったはず」
「バルバリの民であるミディエでもこの状態だ。元々フィクスムの光がなくても活動できるように創られたのがノヴィネスだ。穢れには強くとも、このフィクスムの光には近づけないさ」
ミディエはスタークの話の途中で、ハッとしてエスの口元を見つめていた。声が聞こえた気がしたのだ。
「今、エスが何か話した気がしたけど」
「聞こえたか?」
そう言ったスタークの方を見てミディエは頷いた。
「スタークも聞こえたの?」
「そういうわけではない。エスは我々の全てを知っている。だが、問わない限り答えを与えない。今ミディエは、何か疑問を思い浮かべたのだろう? エスがその疑問の答えを与えたのだ。もう一度問いかけてみろ。その答えを強く求めれば、もっと明瞭に聞こえるはずだ」
集中してエスを見つめていたミディエの頬を、一筋の涙が流れた。
「そう。そういうことだったのね」
エスを見つめたままで、ミディエが呟いた。
「なぜ私たちがバルバリの国を出なければならないのか、その本当の理由が分かった。それと、スターク。貴方が何をしようとしているのかも。貴方はバシリアスを止めるために、一度は捨てたバルバリの宿命を背負った」
ミディエはスタークに向けてそう言ったが、スタークは首を横に振った。
「代々の王はバルバリの宿命を捨てていた訳ではない。むしろ宿命を果たすために力を求めていた。私とてヴァーブラ公国で過ごした八年はそのためだけのもの。もっとも、私の代でこのようなことが起こるとは思いもしなかったが」
何をエスに問うたのか。そういう目をしたスタークにミディエが言葉を続ける。
「オルビスと繋がるということの意味。その後に待っている宿命。バルバリの国を出なければならないのは、この世を守るため。世界全体を見渡す必要があるから。それは間違いない。でも、サンティも言っていた通り、オルビスが一か所に集まる危険を避ける意味もあるって。バシリアスのようなヤツが全てのオルビスを手にすることがないように」
ミディエは自らのオルビスに触れながら、不安が消えるよう祈りながら声にした。
「そのバシリアスの目的はエスにも分からないみたいだった。きっと、バシリアスがバルバリの民じゃないからでしょうね。でも、それに関連したスタークの目的、いいえ、宿命が見えたの」
ミディエは再びバシリアスが何者なのかを尋ねようとしたが、それ以外にも湧き出る疑問を抑えきれなかった。
バルバリの民の宿命とは何なのか。オルビスと繋がる自分の使命とは何なのか。本当の両親は今もバルバリの国に生きているのか。自分はこれからどうするべきなのか。スタークに聞かれた、自分の本当の名は何なのか。
心に沸き上がった全ての疑問に、エスは瞬時に答えを返してきた。言葉ではなく、同時に複数のイメージが押し寄せ、ミディエは思わず固く目を閉じた。
「スターク、最初に聞かれた私の名前。私の本当の名前はね」
「ミデュール=タッカーテ・フィル・ムンドゥム。世界を導くフィル・ムンドゥムの名を継ぐ者。そうだろう?」
「同じ声が聞こえたの?」
「いや。お嬢さんのオルビスに初めて触れた時にその名が流れ込んできた。フィル・ムンドゥムの名を継ぐ者がオルビスに繋がりバルバリの国を去ったということは、これまでになかったがな。まあ、それはこの俺も同じことだが」
自分の名にそれ程意味があると思えないミディエは、その話をどこか他人事のように聞いていた。
「そもそも、私がどうやってお前の家にたどり着いたと思っていた?」
「それは、フィクスムの力で探したんじゃないの?」
「惜しいが、違う。オルビスだ。そのオルビスがミディエを求めていた」
スタークの視線に、思わずミディエは耳のオルビスに触れた。不思議なことに、そのオルビスに触れると自分がここに立って生きているという実感をいつも与えられる。
「あれほど強くオルビスと繋がっているのは、相当な資質がある証拠だ」
「そんな、私は別に」
今までそのようなことを意識したこともないミディエは、戸惑いを隠しきれずにいた。
「私は王であり、統べる者だが、ミディエは私を含めて全ての者を正しい道へと導く者だ。その正しい道というのが誰にとっての正しい道なのかは知らんが、その宿命を持って生まれたことには違いない」
ミディエは背負った宿命に押しつぶされそうになっていた。そのミディエの横に、サンティが寄り添う。
「ミディエ。宿命は宿命だが、ミディエはミディエだ。最後に歩む道を選ぶのは、自分自身の意志だ。ミディエが進みたい道を選べばいい」
スタークも、そのサンティの言葉に同意した。
「その通りだ。だが、誰かがやらねばならん。誰かが動かねば、我々が生き続けることは叶わん。今はそういう時だ。それだけは覚えておけ」
その誰かに果たして自分が成れるのか。ミディエは自問したが、まだ一人前の大人になり切れていない自分に何かができるとは思えなかった。
俯くミディエの肩にスタークが手を添えた。
「己がバルバリの民だと今日知ったばかり。その存在すら信じていなかったのだろう? 突然の変化に混乱しているだろうが、バシリアスにとっては、そんなことは関係ない。対峙した時に我々に対する明らかな殺気を感じた。オルビスを奪うにはその所有者を殺すべきだと察知したのだろう。我々には戦う道しかない。そして、この戦いにミディエの力は不可欠だ」
ミディエも戦う覚悟はできている。彼女自身、あれほどの強い怒りを感じるとは思わなかった。恐怖心を伴う怒り。
「バシリアスは全てのオルビスを手に入れるつもりなのよね?」
「それだけで済むかは分からん。奴はオルビスの持つ力を欲しているのは間違いない。だが、なぜ組合を潰す必要がある? まるで想像がつかん」
「だったら、バシリアス本人に聞くまでね」
息を巻くミディエに対し、スタークの表情は厳しい。
「それができる相手だと思うのか? 今度会ったときは口など開かずに、オルビスを手に入れようとするぞ」
「手に入れたいのはオルビスでしょ? 私たちを殺すのが目的なわけじゃない。私たちがオルビスを差し出すと言っておびき寄せれば」
強い眼光で言い切ったミディエに、スタークは苦笑した。
「オルビスの力が使えるのは、そのオルビスに繋がることのできる者だけだ。そして、それはひとりしか存在し得ない。つまり、オルビスを奪っても、他に繋がる者がいれば。それはただの石を手にしたのと同じことだ」
その言葉の意味することを悟ったミディエの表情が途端に暗くなる。
「そっか。バシリアスもそれが分かったから、サンティが来たあの時は去っていったのね」
「理解できたのなら行くぞ」
スタークはそう告げて通路を外に向かって進み始めた。
「他のオルビスを探すのだな?」
サンティがスタークに確認しながらその後を追う。
「ああ。私にもオルビスの行方は知りようがないが、知っていそうな者なら心当たりがある。まずはそいつに会ってからだな」
そう言ったスタークの視線は、サンティに向いていた。
「ねえ、ちょっと待って!」
最後までエスを見つめていたミディエが、歩き始めたスタークとサンティを呼び止めた。
「バシリアスのことは分からないけど、ファンデルなら分かるって」
ミディエは眉間にしわを寄せ、まだエスを見つめている。スタークは怪訝な表情をしているが、そのままミディエの続く言葉を待った。
「バシリアスは死んでる?」
ミディエは、エスから届く声を、そのまま繰り返し質問としてぶつけている。そのミディエの横にサンティが駆け寄った。
「エスは何と言っている。ファンデルが何だと?」
「ファンデルも完全じゃないって。だからオルビスを求めているんだろうって」
サンティは鋭い視線をミディエに向けたまま、言葉を待っている。それはやはり引き返してきたスタークも同様だ。
「エスは何と言ったのだ?」
「あっ、うん。えとね、オリジナルのファンデルはほとんど壊れているから、力の復活のためにファンデルのコピーが必要なんだって」
サンティの厳しい視線に戸惑いながら、ミディエはエスの言葉を伝えた。
「サンクテクォ、聞かせろ。ファンデルのコピーというのがオルビスのことか? あのバシリアスの中のファンデルがあれでも壊れていると?」
サンティの目は虚空を見つめていた。
「オレがバシリアスに名を聞いた時、奴はまだファンデルを名乗らなかった。つまり、まだ完全ではないのは間違いない。しかし、オルビスについては人間の、バルバリのやったことだ。オレにも詳しくはわからないこともある。もしかしたら、ノス・クオッドの力の中で最初に封じられたのがオルビスだという話は間違いなのかもしれないな」
「サンクテクォ、実際にファンデルを見たことがあるのだろう。始祖の力などというが、正体はなんだ?」
スタークがサンティのあごの下の毛を掴み、乱暴に自分の方へ顔を向けた。
「ファンデルとは、最初のノス・クオッドだ。自分で自分自身を作り出した」
初めて聞く話に、スタークは床を蹴飛ばした。
「自分で自分自身をだと? そんな馬鹿げた話があるか! 自分自身を作ったという『自分』は誰が作る? それも『自分』だと言うんじゃないだろうな?」
「その通りだ。ファンデルは、『無』を自分の力で打ち破って生まれた存在。だが、自分の身体を消費して多くのノス・クオッドを作り、再び無に帰したと聞いていたが。スタークよ」
「なんだ?」
「これからシェニムへ向かうつもりだったのだろう?」
スタークは頷いた。シェニムには世界を見渡す能力を持った、聖獣ユーランが居る。その能力と、ミディエのオルビスの力で、残りのオルビスの行方を突き止めようとスタークは考えていた。
「そのつもりだったが。しかし、オルビスがファンデルのコピーだという話が本当だとすれば、バシリアスは既に全てのオルビスの位置を把握しているかもしれん。そうなると、我々がどう急いだところで」
考え込むスタークを、サンティは行動に移すよう急かした。
「今はまずシェニムに向かおう。さあ、二人とも私の肩に乗るのだ。フォッシリアを使えば、バシリアスに気付かれる可能性もある」
サンティは二人が肩に乗ったのを確認すると、風を切ってシェニムへ向かって駆け出した。
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