第11話 ミディエとオルビス 4
バシリアスは、揺れる赤い炎を纏っているかのように、薄暗い洞窟の中で全身を淡く光らせていた。
バシリアスの放つ得体の知れない圧力に、ミディエは身体を震わせた。これまでに感じたことのない恐怖に支配され、身体が固く縛られているかのように身動きが取れない。
「さて、この場にオルビスを継ぐバルバリの民が二人もいるということは、余の加勢に来たのだろう?」
歩を緩めず近づくバシリアスの前に、スタークが剣を構えて立ち塞がった。
「加勢だと? 何の冗談だ」
スタークは声を上げて笑った。
「冗談か。ふむ。これを見てもそう言えるかな?」
バシリアスはそう言って右手を開き、ミディエの方へ腕を突き出した。ミディエは自分に向けて放たれる明らかな殺意に、目をきつく瞑ることしかできなかった。
「なにがしたいのだ? やはり冗談のようだが」
スタークは嘲笑する。ミディエの身体には何の変化も起きていなかった。バシリアスは伸ばした右手を不審げに見やり、ミディエが握り締めているオルビスの方へ視線を動かした。
「ふむ、まだ痺れも残っている。バライデスの負の力だけで余の力も止めるか。宿主はまだ子供のようだが」
ミディエはバシリアスの視線に怯えてスタークの背後に隠れた。スタークがバシリアスの前に殺気を持って立ち塞がる。
「なるほど、その目つきはそういうことか。お主ら二人が加勢に来たのではないとなれば、纏めて喰らうしかあるまい」
バシリアスがそう呟き、身を纏う炎の輝きを増した直後、洞窟の入り口を塞いでいた岩が弾け、外からフィクスムに熱された風が吹き込んできた。一瞬で洞窟内の全ての松明が消え、差し込むフィクスムの光が、洞窟内に新たな侵入者の影を伸ばした。
「エナ=ネオ・オ・バシリアス。それが貴様の名か。名乗りなおすならば、その機会を与えてやるが、どうする?」
光を背中に受ける白い影が、唸りを含んだ声でバシリアスを威嚇した。
「次から次へと集まってくるのだな。仕方あるまい。邪魔な検石主も居なくなった今、急ぐこともなかろう。先に残りのオルビスを手に入れさせてもらうことにしよう」
マントを翻したバシリアスの姿が闇に溶けるように消えると、ミディエは体中の力が抜け、その場にへたり込んだ。
「今のは一体なんだったの」
その姿を消しても、バシリアスはミディエに恐怖を残していた。
「奴は始祖の、ファンデルと呼ばれる者のキノニアだ。太古の文明の力をそのままに宿している。バルバリの、ノス・クオッドの末裔であるミディエを元素に戻そうとしたのだろう」
声は入り口に立つ影からのものだった。ミディエが声の主のもとへと駆け寄る。
「サンティ?」
ミディエに聞かれて笑みを浮かべてはいるが、そこにサンティの面影はほとんど残されていなかった。背丈はスタークとミディエを足した位あり、
「できればもうしばらく成体にならずにいたかったが、そうもいかなくなってしまった。私の油断が招いた結果だ。申し訳ない」
今までのサンティの言葉とは思えない。ミディエは、頭を下げるサンティに返す言葉が見つからなかった。
「いずれにしても、バシリアスの目的が何なのかハッキリと分からんが、好き勝手にやらせるわけにはいかんな。フォッシリアとの繋がりが切れ、ミディエが検石主となっているのに気付かれなかったのは幸いか」
スタークが剣を収めてそう言うと、洞窟を奥へと進んでいった。
「どこに行くつもり? もうそっちにバシリアスは居ないと思うけど?」
バシリアスを追って外に出ていくと思っていたミディエが、スタークの背中に声をぶつけた。
「組合の連中がそのままだ。葬ってやらねばなるまい」
スタークの意外な答えと、そこに気が回らなかった自分に、ミディエは恥じた。その彼女の横を、サンティが通り抜ける。
「我々も行こう」
ミディエの横でそう言って歩いていくサンティの後を、ミディエは慌てて追いかけた。
「大丈夫だ。ミディエにはオレがついている。ついてこられるか?」
ミディエの体力的なことではなく、精神的な負担を心配したサンティに、ミディエは力強く頷いた。
どうやっても開かなかった組合の扉は内側から破壊され、内部もひどく荒らされていた。その荒廃した空間の中に、小さな光の粒が漂っている。フォッシリアが砕けたときに散る光と同じだ。シェニムの樹が降らせる光と同じだ。その光の粒がノヴィネス、元々組合の者たちであった元素だと、スタークとミディエも直感的に理解していた。
「サンクテクォ、彼らをフィクスムの
「ああ。そのつもりだ」
サンティがスタークの横に立つと、部屋の中を漂っていた光の粒たちが互いに交差しながらサンティの前に纏まり始めた。
集まった光に照らされたそれぞれの顔は、一様に暗く沈んでいる。
「バシリアスが全てのオルビスを手に入れたとしたらどうなる?」
スタークはサンティに向かって発したが、サンティはそれに答えなかった。
「そもそもお主はなぜオルビスを守る?」
自分の問いには答えず、新たな問いを返してきたサンティに鼻を鳴らしながらも、スタークは口を開いた。
「自分のものを守るのは当然のことだろう。不思議なことは何もあるまい」
「自分のものだけならばな。だが、ミディエのことも結果として守っている。狙いは何だ? そもそもオルビスに繋がった者がバルバリの国を出るのは、一か所にオルビスが集まるのを避けるためではないのか?」
サンティの質問にミディエも頷き、スタークの答えを待った。
「狙いなんてものはない」
その短い言葉だけでは足りない。サンティとミディエの視線がそう語っていた。
「チッ、いいだろう。『エス』の所へ連れて行ってやる。そこで話を聞くんだな。無論、無理にとは言わんが」
「『エス』って?」
ミディエはスタークに聞いたが、その答えはサンティから帰ってきた。
「滅びの運命から逃れたバルバリたちの指導者。彼らの聖母と呼ぶ者もいる。今も『ジェイド湖の底』に眠っている」
「ジェイド湖の底? そんな所に行けるの?」
その問いに対してはスタークが答えた。
「『ジェイド湖の底』には今もバルバリの国がある。ミディエ、お前もそこで生まれている。だがお前の場合、オルビスに繋がるのが早く、その記憶が残っていないのだろう。オルビスに繋がった者はバルバリの国を出て、それぞれの使命を果たさなければならないからな」
「使命? さっきはオルビスが一箇所に集まらないようにって言ってたけど」
「何が本当の理由か、正直分からない。だが、私が聞いていた使命は、この世界を守ること。そう言っては大袈裟かもしれんが、ミディエはずっと役目を果たしていただろう。組合の役に立ってな。フォッシリアの本質を見るその力で」
まだ色々と聞きたそうにしているミディエを、スタークが急かした。
「で、どうする? 行くのか、行かないのか。私としては、バシリアスがお嬢さんに検石主の力が移っていると気付かれる前に仕掛けたいのだが」
答えは決まっている。質問の体を成した催促の言葉に、ミディエは頷いた。
「行く。どうやってジェイド湖の底になんか行くのか知らないけど」
「ヴォラで飛べばいい」
スタークはそう言って歩き出した。
「飛ぶ? ジェイド湖の底でしょ? 飛ぶんじゃなくて、潜らなきゃ」
スタークはミディエたちを置いて、洞窟の出口に急いでいる。どうやら、ミディエの質問の答えはサンティに任されたらしい。
「バルバリの国がある『ジェイド湖の底』はチェア山脈の頂上一帯にある。そして、『エス』が眠る『ジェイド湖の底』の地下は、元々ジェイド湖があった場所にあった地下空間のことだ。今はその空間ごとくり抜かれて、チェア山脈の雲の中に『エス』の眠る地へと繋がる道がある」
つまり、伝承通りにチェア山脈とジェイド湖はバルバリの民によって作られた物だということだ。その事実を聞き、これから「ジェイド湖の底」に向かうとなった今でも、ミディエにはそのことを簡単に信じることはできなかった。
これまで伝承として聞いてきただけの物語が、今自分の前に広がっている。いや、広がっているだけではない。これまでにない大きな闇が、口を開けて自分たちを飲み込もうとしているのだ。ミディエには、その恐怖さえ他人事のように思えていた。ただ今は、ピートを失った悲しみと怒りだけが、胸の中で炎を燃やしているだけだ。
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