第10話 ミディエとオルビス 3
目の前に立ちふさがるピートを見て、ミディエはその変化に気が付いた。全体的な形はピートそのものなのだが、身体を構成する石の配列が違っていた。一度バラバラにされている経緯を考えれば、違いが生まれるのは必然だ。だが、その細部の違いが、ピートを全くの別人にしているように思えていた。
そして、ピートの違いに気付くと同時に、ミディエは自身に起きた変化にも気が付いた。首に下げた検石者に与えられるフォッシリアがこれまでと違う七色の輝きを発し始めたのだ。ミディエはその光を見たくないのか、フォッシリアをきつく握りしめている。
「スターク! 多分もう手遅れだよ。私たちが来た意味は何もない。ここへ殺されに来ただけ」
細かく震えるミディエは、今にもその場にしゃがみ込みそうになっていた。
「何があった? その石人から何か伝わったか?」
唸り声と共に両腕を振り上げるピートを前に、ミディエは握りしめた手を緩めた。
「検石者の証のフォッシリアが、検石主の色に変わったの。もうマカエッソは、彼たちは」
検石主が死亡するなどしてその力を失うと、フォッシリアが自動的にその力を次のフォッシリアへと移す。まだ若いミディエのフォッシリアに検石主の力が移ったと言うことは、他の組合の検石者も全て死んでいると容易に想像できた。
「ミディエ! 動けないならそこに伏せていろ!」
ピートの背後から叫んだスタークが、声に反応して振り向きざまに襲いかかってきたピートの一撃を躱して、風を纏った剣をピートの下腹部に突き刺した。剣はあっさりとピートを貫き、切っ先から伸びた風の剣身はミディエの頭上を掠め、出口近くで低くなっている洞窟の天井に突き刺さった。
「どういうことだ?」
スタークには、ピートを貫いた手応えはなかった。だが、確かに剣は根元までピートにめり込み、切っ先は背中から突き出している。
「ミディエ、ピートは自律式のフォッシリアだろ? 誰かに命を与えられているわけではないのか?」
スタークは剣を振るうちに、ピートは操り人形のようなものではないかという考えが浮かんでいた。
「違う。ピートは間違いなく自律式のフォッシリアだよ。組合の扉と同じ自律型の。壊れていたり、傷ついていたりして、暴走しそうなフォッシリアを見分けて浄化できるの。でも、今はその働きが全然見えない。ピートだったフォッシリアの力は感じられない」
ミディエが手にしたばかりの検石主の力を用いてそう答える間に、ピートは両手を剣の柄に伸ばし、それを掴み取ろうとしていた。スタークもそうはさせまいと剣を引き抜こうとしたが、剣身がピートの身体に挟まってビクともしなかった。
「剣が刺さる直前に自ら隙間を広げた? 操られているだけではなく、ある程度は自分で考えられる力を残しているようだが」
スタークは剣を諦め、後方に跳んでピートとの距離を取った。たとえ剣で刻んだとしても操る者を倒さねば無駄だと考えての行動だ。
「フォッシリアとしてのピートはもう砕けているはずだ。今は別の力で動かされているだけだろう。ピートそのものではなく、ピートを動かしているフォッシリアの波を掴め!」
その動かされているピートが、スタークの剣を腹から引き抜いて、ミディエの方へ身体の向きを変えた。スタークの手から離れた剣は纏う風こそ消えていたが、ピートの
スタークは、何としても剣を引き抜くべきだったかと後悔したが、ピートはあっさりとその剣を入り口の方向へ投げ捨てた。その行動に一瞬胸を撫で下ろしたスタークだったが、ピートは剣を投げ捨てたわけではなかった。
ピートの手から放たれた剣が、先ほど風の切っ先が突き刺さった場所へと寸分違わず深く食い込む。その直後、ミディエの背後に、天井の岩が崩れ落ちた。
退路を断たれたミディエは恐怖に抗いながら、スタークに言われた通りピートを動かすフォッシリアの力を探った。だが、肝心のフォッシリアも、そのフォッシリアに繋がって力を使う者も見えぬ中で、それを見つけるのは不可能だと思えた。
「ダメっ。できないよ。私にそんなことできない」
ミディエは激しく首を振って頭を抱えた。
「情けない話だが、ミディエ! お前が頼りだ。何とかしろ!」
スタークがピートの背後から叫ぶが、ミディエは首を横に振るばかりだ。スタークも何とかピートの隙を狙って前に回り込もうとするが、ただでさえ狭い洞窟にピートの巨躯が立ち塞がっている状況だ。たとえピートが動きを止めたとしても、隙間を通り抜けるのには苦労するだろう。
「検石主となったお前が諦めてどうする? 誰が組合の仇を取る? 誰がピートの仇を取る?」
「貴方に言われなくったって!」
そう叫んだミディエは、事実今日会ったばかりのスタークに鼓舞されてようやく意識して呼吸をすることができ始めた自分を諌めて、腹に力を込めた。
ミディエが一歩前に出て、胸元に下がる組合の紋章が刻まれたフォッシリアを祈るように握りしめると、ピートの動きに明らかな変化があった。
ピートの動きは鈍くなり、身体を構成する石たちが、それぞれバラバラに細かく震えだした。
「お嬢さん、その力を使うのなら思い切りやれ。ピートの、いや、組合を襲ったバシリアスの狙いは、その検石主の力が宿るフォッシリアだろう。その力がお嬢さんに移ったことに気付けば、のこのこと姿を現すかもしれん」
ミディエはスタークに言われるまでもなく、持てる全ての力を注いでピートの動きを止めていた。外よりも格段に涼しい洞窟の中で、ミディエの額には大粒の汗が浮かんでいる。
「精一杯やってる! でも、慣れていないし、長くは持ちそうにない」
ピートの身体は小刻みな振動を続けていたが、少しずつ石同士の間隔が狭くなり始めていた。
必死でピートを操る力に抗っているミディエは拳を握りしめ、唇を噛みしめて自分の足元を睨みつけていた。
「ピートは、本当のピートは、絶対こんなことしないのにっ!」
怒りを込めたミディエの声が、洞窟内に響いた。
「ピートを返して! バシリアスか、彼を使った何者かは知らないけど。ピートを元に戻してよ!」
顔を上げ、ピートを睨んでミディエが叫ぶと、ピートの振動が完全に止まった。
「これはまずいな」
スタークが舌打ちをする。
ミディエが握りしめ、七色の光を放っていたフォッシリアも、その光を完全に失った。
「――!」
咆哮を響かせながら、ピートが両腕を振り上げた。
スタークが天井に突き刺さったままの剣に向かって腕を伸ばし、なんとか引き戻そうとするが、フォッシリアの力は働かない。ミディエがバライデスのオルビスの力を使い、意図せずこの場ある全てのフォッシリアとの繋がりを遮断してしまっているのだ。だが、この場ではなく、離れた所から操っているピートの動きは止まらない。
「一か八か。やってみるしかないか」
初めてミディエのオルビスに触れた時のことが脳裏に浮かんだスタークに、その方法を熟慮している時間はない。スタークはミディエに向かって、強い口調で命令をした。
「ミディエ! オルビスを外してピートに投げつけろ!」
「え? でも、いつもこのオルビスはピートの身体の中に預けてたから、投げつけたってなにも」
「いいから早くやれ! 死にたいのか!」
ミディエはオルビスを外して手に持ったが、既にピートの拳は彼女の頭上に迫っていた。
「いやーっ!」
ミディエの悲鳴の直後、その悲鳴をかき消すような地響きがした。砂煙が舞い上がる。ピートの拳が地面に叩きつけられたのだ。
「無駄だったか」
スタークは後退した。洞窟が広くなる位置まで下がってピートをおびき寄せれば、隙を見て抜け出せるかもしれない。剣を取り戻せば、一旦脱出できる。そう考えての行動だった。だが、しばらく経ってもピートが再び動き出す気配はない。
やがて砂煙が収まると、手にしたオルビスを頭上に掲げているミディエの姿が見えた。彼女に振り下ろされたピートの拳は、砕けて足元に散っている。
「やったのか?」
スタークはミディエのもとへ駆け寄った。
「無事か? お嬢さん」
「お嬢さんじゃないってば」
ミディエが咳をしながらそう返すと、スタークは頷いた。
「でも、どうして? 今までピートは私のオルビスを触ったって何ともなかったのに」
拳以外の身体も崩壊を始めたピートに悲しげな視線を向けて、ミディエはスタークに聞いた。
「今でもピートに直接の影響なんてありはしないさ。ただの岩の塊だからな。だが、ピートを操っていたヤツは、今頃苦しんでいるだろう」
ピートを操っている力と、そのフォッシリアに繋がる者が見えなかったとしても、直接その力の流れにオルビスを触れさせれば、繋がりを解くことができるかもしれない。スタークはそう考え、実際にそれは上手くいった。
仮にその方法が失敗していたとしても、ミディエが死ねばオルビスの力も停止し、自分とフォッシリアとの繋がりは回復する。自分ひとりだけならば、逃げることぐらいは容易いとも考えていた。だが、スタークがそれを口にすることは当然ない。
「ミディエ、私たちだけの繋がりは戻せそうか?」
スタークの問いに、ミディエは
「それがダメみたい。どうやってフォッシリアとの繋がりを切ったのかも分からないの」
その答えをスタークは予測していたのか「まあいい」と返して出口に向かい、岩に突き刺さったままの剣を慎重に抜いた。小石がいくつかパラパラと零れたが、それ以上崩れる気配はない。
「手で岩をどかそう。一旦外に出て、繋がりが回復するのを待つしかなさそうだ」
スタークはのんびりとそう言って、通路を塞ぐ岩と対峙した。
「全部どかす必要はない。とりあえず人が通れるだけ穴が開けば」
言いながら小さめの岩から動かし始めたスタークが、その手を止めて振り返った。
ミディエも、背後からの足音に振り返る。
「やはりバルバリの民が居たか。しかも、お前はスタークだな。偉そうな面構えが
赤いマントを羽織った男が、目には怒りの炎を燃やし、口元には不敵な笑みを浮かべながら、二人の前に迫ってきていた。
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