第5話 記憶の化石5

 組合の扉もまた、フォッシリアの力が使われている。資格のあるものだけを受け入れる力だ。このフォッシリアは特殊で、扉にフォッシリアを埋め込んでいるわけでも、フォッシリアを用いて扉を作ったわけでもない。

 この組合の扉は、初めからそこに存在していた。人と繋がることなく機能を発揮し続ける、数少ない自律型のフォッシリア。

 その扉がミディエの前で口を開いた。

 まさに「口を開く」というような動作だ。そこに裂け目があると知っていても、一枚の絵画のようにいにしえの装飾を纏った扉に継ぎ目は認められない。上下に開いて、ようやくそれが扉なのだと知れる。

 扉が開いたすぐ先には、階段状になった部屋がある。その一段一段にミディエの見知った顔が並び、和やかに談笑していた。

「おはよう、ミディエ。採れたフォッシリアは全部持ってこられたかな?」

 玉座、とまではいかないが、背もたれの高い立派な椅子に座る老人が、目を細めてミディエを手招きした。

「ええ、全部持ち込めました」

 手にした袋を掲げながら、ミディエは老人の方へ歩いた。

 老人が座る椅子は、幅の広い階段を十段上がった所にある。階段の一段一段がミディエの三歩くらいの幅があって、各段の両側には椅子が並んでいる。その椅子に座る者たちの誰もが、階段を上るミディエに笑顔を向けていた。

 ミディエ以外の十九人の検石者は全員既にそれぞれの椅子に座っている。ミディエは検石者たちに挨拶をしながら、老人、検石主の座る椅子の前まで階段を上っていった。検石主は組合の長であって、組合の、いてはフォッシリア産出国としてのアリーチェ・デザータの象徴のような存在だ。

 この世界にあるほぼ全てのフォッシリアは、ここ、アリーチェ・デザータで採れる。他の土地でも発見されることがあるが、採れるのは日常生活に使える程度の、コムーニャと呼ばれる価値の低いものが採れるだけだ。フォッシリアの産出が産業として成り立っているのは、ここ、アリーチェ・デザータしかない。

「どうぞ、マカエッソ様。あっ、私のフォッシリアもその中に。少々お待ちを」

 ミディエが七色に輝くフォッシリアを首に下げた検石主、マカエッソに差し出した袋を一旦引き寄せ、中からひとつのフォッシリアを取り出した。ピートに見せた時にはまだ仄かに光を放っていたフォッシリアも、今はただの石のように部屋の明かりを映すだけになっていた。

「ミディエ。何度も言っておるが、そのズィ・ヴォラのフォッシリアはとても貴重なものなのだよ。使い方には気を付けることだ。いつそのフォッシリアも砕けぬとも限らん」

 そう忠告しながらも、マカエッソの表情は柔らかい。殊勝に「はい」と答えたミディエに笑顔で頷いて、袋の中を改めた。

 袋の中には、三つのフォッシリアが入っていた。大きさも色もまちまちで、全て違う種類の力を持っていると推測された。

「氷を生むコンジェーラと対話のルクイトール。それに今回の目玉だな。なるほど、儂もこれまでに見たことのない輝き方をしとる」

 マカエッソは、そのひとつひとつを手に取り、順番にフォッシリアを自分の額へと当てた。

「ふむダメか。今の儂にはどれも繋がらんようだ」

 残念そうにマカエッソが首を横に振ると、ミディエを含めて二十人の検石者も口々に嘆息している。マカエッソは、手にしていたフォッシリアをミディエへ手渡した。

 力が使えるかどうかは、個人や種族の能力とは無関係だ。また、同じフォッシリアであっても、それまで使えなかった者が何の前触れもなく使えるようになる場合もあるし、その逆もあり得る。また、同じ力を持つフォッシリアであっても、その石、個体によって繋がる使用者が違う。

 使用者によって大きく変わる要素もある。比較的多くの使用者が存在する飛翔の力を持つヴォラのフォッシリアでいえば、一度に可能な巡行距離や、最高速度がそれにあたる。効果の範囲、効力の強さは、使用者の資質と熟練度に依存するというわけだ。

 そしてミディエが袋の中に入れていた、あるひとつのフォッシリアを額に当てた時、フォッシリアが柔らかい光を放ち、彼女を中心に小さな風を起こした。長らく眠っていた力を起動させたのだ。

 その場にいた全員の視線が注目する中、ミディエは目を閉じてフォッシリアに集中している。最初に彼女を中心にして放射状に流れた空気が、今度は渦を巻いて彼女に向かって集まっている。やがて空気の塊は彼女の頭上で爆ぜた。

 綺麗に髪飾りで纏められていた銀色の髪が、露わにしている細い肩の上にハラハラと乱れ降りた。それと同時にミディエが目を開くと、マカエッソは身を乗り出した。

「おお、ミディエ。繋がったのはどのフォッシリアだ?」

 ミディエは、額に当てていたフォッシリアを手のひらの上に置き、その輝きを愛おしむかのように眺めていた。

「ルクイトールです」

 その言葉を聞いて、マカエッソは「そうか」と呟いて再び背もたれに深く座り、他の者たちも落胆の息を吐いた。

 ルクイトールは、離れた相手と会話ができる機憶だ。その産出量はヴォラの十倍近くもある。ただし、ルクイトールはひとつのフォッシリアに対し、繋がれる使用者が極めて少ない。そのため、自分に合ったルクイトールを見つける方法でも発見されない限り、使い物にはならない。現に組合の倉庫には、繋がる者が見つかっていないルクイトールが山と積まれていた。

「ですが」

 フォッシリアを見つめたまま言葉を続けたミディエに、マカエッソは首を捻り、その先を待った。

「ですが、繋がりました」

「それは見ればわかる」

 そう返したマカエッソに、ミディエは「そうではありません」と首を横に振った。

「ルクイトールを使う別の相手に繋がったのです。しかも、聞いたことのない言葉でした。それでも温かいものが伝わってきましたが」

 ミディエが語った印象に、場がざわつき始めた。

「ミディエ、例の力を使って詳しく調べられるか?」

「はい。やってみます」

 ミディエは自分にしかできない仕事を始めるため、今上ってきたばかりの階段を降りていった。

 マカエッソの座る椅子の周りに集まった検石者をちらりと振り返ったミディエが、歩きながら胸に手を当てた。

「ルクイトールで他の使用者と繋がるのって、こんな感じだったんだ」

 ミディエは、そう興奮気味に独り言ち、さらに心の中で「素敵な人だといいな」と願う自分に苦笑した。

 努めて冷静に。そう反芻しながら歩を進め、再び組合の扉の前に立った時、ミディエはやはり冷静じゃなかった自分に小さく舌を出した。

「コンジェーラも、新しいフォッシリアも持ってきちゃった」

 胸にあてていた手の中には三つのフォッシリアが握られていた。

「まあいいか。どちらにしたって私が戻らないと進められないんだから」

 ミディエがそう呟いて扉の前に立つと、新しい未知の力を持つフォッシリアが弱々しくではあるが点滅を繰り返していた。

 ミディエがいつもの癖で耳を指で触れて舌打ちをした。そこにいつもあるフォッシリアは、扉の向こうにいるピートに渡している。それを使うために外へと向かっていたことも忘れていたミディエは、自分の額を軽くはたいた。

「早く出てみよう」

 ミディエはゆっくりと口を開き始めた扉の前に立った。

 ――やはり冷静さを失っていた。慎重になるべきだった。

 ミディエは、開いた扉の向こうを見た瞬間に後悔した。未知のフォッシリアが光を放ったということは、誰かと繋がったということだ。どんな力を持っているのかも分からない、初めて発見されたフォッシリアだ。光を放った時点で一度マカエッソの所へ引き返すべきだった。

 そもそも産出されたフォッシリアを一度組合に提出し、検石主に検分させるのには重要な意味がある。そのフォッシリアが持つ力に危険がないかを確認し、個別の認識番号を振り分けて、そのフォッシリアと使用者を管理するのだ。

 万が一危険を及ぼすような力であれば、検石主だけが持つ能力で、そのフォッシリアに鍵をかける。ただ、その能力をこれまでに行使したことは、長い組合の歴史で一度もない。

 その点滅するフォッシリアが、扉の向こうに見た結果を呼んだとは限らないが、全くの無関係ともミディエには思えなかった。

 開いた扉の向こう、ミディエの目の前に、かつてはピートだった岩の破片が、無残に散乱していた。

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