第4話 記憶の化石4

 丁度その頃、組合へと続く洞窟を歩く女の姿があった。洞窟といっても自然の洞窟ではない。フォッシリア採掘のため、人の手で岩山に掘られた坑道だ。それでも岩肌は苔むしていて、相当の年月が経過しているのが伺える。

 足下あしもとは長年人々が歩いて削れた岩が砂となり堆積し、踏み固められ、整備された道の様になっている。そのため最小限の明かりでもつまづくようなこともなく歩きやすい。

 洞窟を歩いていた女は、自分以外の足音が微かに聞こえることに気付いた。

「サンティね。まだ昨日の仕返しを狙っているのかしら?」

 やや速足気味に洞窟の中を歩く女が、歩調を変えずに発した。女が歩いた道には、彼女のものとは別の小さな足跡が新たに残されている。

「ああもう、なんだよ。チェッ、やられたらやり返す。当然のことじゃないか」

 その小さな足跡の主の姿はどこにも見えないが、足跡の上の何もない空間から落胆の声がすると、小さな足跡は速度を上げての女の横に並んだ。

「フォッシリアの力なしに、他の人から見えなくなるって力も、便利そうであまり使い道はないよね。空を飛べるわけでも、力が強くなるわけでもない。泥棒したって『足跡はあるのに見えなかった』ってことが、姿を消せる者の仕業って証拠になるしさ。私へのイタズラ程度のこともできないんじゃ、ね」

 女は身体を半分捻りながら大きく前に跳躍して、着地すると同時にしゃがみ込んだ。女の歩調に必死で合わせていた小さな足跡の主は、突然目の前でこちら向きに止まった彼女にぶつかった。その衝撃からか、隠していた姿が現れた。

 その小さな生物は、自分の鼻を女の鼻にぶつけ、その痛さよりも恥ずかしさに顔を覆った。

「いってぇー! ミディエ、急に止まんなよな!」

 そう悪態を吐くと、小さな生物――サンティは、居直ったのかミディエの肩の上に座った。

 顔を覆うにしては心許ないサイズの手のひらで、前方に少し突き出した鼻をさすっている。

 サンティのずんぐりとした身体と丸く短い三つ並んだ尾は、全体が細く長い純白の毛で覆われていて、チェア山脈を覆う雲をひと握り千切ったかのようでもある。

「まだ帰る気にはならないの? サンティにアリーチェ・デザータは暑過ぎるでしょ?」

 ミディエが左肩に乗ったサンティの頭を掴もうと手を伸ばしながらそう言うと、サンティはミディエの背中を素早く回って右肩に移った。

「組合付近は丁度いいんだよ。それに、どうせ帰ったって」

「退屈? でも、ずっと太陽の光を浴びずにいたら身体に悪いよ」

「それも聞き飽きたね。オレはここが好きなの。それに」

「それに?」

「言葉を教えてくれたミディエが好きなの!」

 いつも憎まれ口ばかり叩くサンティの意外な言葉に、ミディエは躓くはずのない何でもないところで躓いた。危うく転びそうになり、肩からずり落ちたサンティが、何とか爪を立ててミディエの胸元にしがみついた。

「危ねぇな、もう! そんなに驚くとは思わなかったよ」

 その驚きで丸く見開かれた目でサンティを見ていたミディエが、怒って顔を丸く膨れさせたサンティに「なるほどねえ」と呟いた。

「サンティ、今のイタズラは中々だったんじゃない?」

 そう言って頭を掻いたミディエに、サンティは満足げに笑って胸元から飛び降りた。

 サンティがミディエから飛び降りたのは、イタズラに満足したからというだけではない。組合の入り口に着いたのだ。

 組合への立ち入りは厳しく制限されている。決められた者しか足を踏み入れることはできない。さらに、立ち入りが許可された者でも、入り口の審判の門で、持ち込みが許可されたフォッシリア以外を、番人に預けなくてはならない。

 その規則を破ることは不可能だ。厳罰に処せられるからではない。やろうとしてもできないのだ。

 その審判の門の前には、岩の身体を持つ大男が立っていた。

「おはよう、ピート」

 ミディエは、両手の指輪を全て外し、腰に縛り付けていた袋の中に入れ、その大男へ袋を手渡した。

「ミディエ、今日も寝坊したのか?」

 ミディエから渡された袋の中身を覗いていたピートが、僅かに発光しているフォッシリアを見て嘆息した。

「フォッシリアの力に頼りすぎると、バルバリの民のように滅びてしまうぞ」

「分かってる。母さんからもいつも言われてるし」

 ピートは大きな顔をミディエの目の前まで近づけた。顔の大きさがミディエの三倍はある。その大きな顔の中でも特に大きな口を横にニィっと開いて、ピートは「分かっているのならばそれでいい」と笑った。そして、もう一度袋の中にあるものをひとつひとつ確認した。

「大丈夫、全部持ったまま入っていい」

 そう言って袋をミディエに返したピートが、「あ、それはダメだ」と、自分の耳をゴツゴツした指先で三回突つついた。

「ゴメンゴメン。いつも外すの忘れちゃうね」

 ミディエは悪びれもなくそう言って、左耳に飾られている青い石を外した。他のフォッシリアとは存在感が違うそれは、一見して特別なものだと誰しもが分かる輝きを放っていた。そのフォッシリアをミディエは特別大切に扱うでもなく、ピートの広げられた手のひらへ無造作に乗せた。そしてピートは、そのフォッシリアを口の中へと放り込んだ。

「じゃ、行ってきます」

「ああ。みんなはもう中で待っているぞ」

「うん、分かってる。今日も終わったらサンティと木の実探しの競争やろうね!」

 そう言ってピートに笑顔で手を振って、ミディエは仕事場である組合へと入っていった。

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破滅の罪人 1 バルバリの王と機憶石(フォッシリア) 西野ゆう @ukizm

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