第2話 記憶の化石2
「さて、始祖の力。確かめに行くとしよう」
マントの男は、大樹の向こうに隠れたフィクスムから僅かに漏れる光が揺れ始めたのを確認した後にそう呟き、振り返った先にある風穴を見つめた。
「一万年振りに浴びる光だ。さあ、その光でどう動く」
四半刻後、マントの男が送り出したスキアボスたちの手により、一万年の命の呪縛から解かれたシェニムの大樹が裂ける音と、サンクテクォの悲痛な咆哮を纏い、フィクスムの光が一万年ぶりに風穴の奥へと伸びた。
これまで長らく光が射すことのなかった空間に、まっすぐ光が侵入してゆく。マントの男の影が、本人より先に風穴の奥へとたどり着いた。
――我が永き眠りの呪縛を解く者、名を述べよ。
「太古の記憶を持つ化石よ。我が名は、エナ=ネオ・オ・バシリアス。これより貴様の力を我がものとする」
マントの男がフードを取り、懐から黒く輝く小石を取り出した。緊張から唇は乾ききっている。覚悟を決め、唾液を飲み込み、小石を自身の額に触れさせて「フォルマ」と小さく言葉を発すると、マントの男の姿は、小石に吸い込まれるように消えた。
支える手を失った小石が、音を立てて地面を転がる。
風穴の奥に向けて転がる黒い石が、フィクスムの光を複雑に屈折させ、風穴に漂う靄に煌びやかな模様を映している。
間もなく小石に吸い込まれたはずの男の声が、風穴の最深部に響いた。
「これが化石に封じ込められた太古の、始祖の力か。くくっ。この力、この世界。全ては我のもの」
乱反射する光を破って風穴の奥より腕が伸び、その手がバシリアスと名乗った男の手から転がった石を拾い上げた。
手のひらの上で、石は激しくその色を変化させている。
「この世の行く末は、我がバシリアスのものだ」
炎を纏っているかのような言葉を口から吐き出し、小石に吸い込まれる前の姿のままで現れたバシリアスは、赤いマントを翻して、その小石を握りしめて風穴を出て行った。
風穴を出た先のシェニムの森に、大樹の姿はない。スキアボスたちの声も、聖獣サンクテクォの咆哮も聞こえない。風さえも止み、バシリアスの耳には自身の鼓動と呼吸の音だけが届いていた。だが、その音に対してバシリアスは警戒した。自分のものではない。そう感じていたのだ。
「我が名は」
バシリアスは自分の名を何度となく心の中で唱えた。唱えるごとに彼の中の異なる存在がざわめき、鼓動と呼吸を乱す。
「力を使うのは我のみ!」
空に向かって叫んだバシリアスは、握りしめていた小石を口の中に放り込み、飲み込んだ。
「ぬおぉっ!」
直後に身が裂けるほどの痛みがバシリアスを襲う。その痛みに、バシリアスは無様に涙と涎を垂らした。
バシリアスの真紅のマントが異様に盛り上がる。固い皮膚に覆われている猛獣ガルの革を幾重にも重ねて作られた肩当てが砕け飛ぶ。
柔らかい織布の衣服は破れることなく、バシリアスの身体から盛り上がってくる物の形を浮かび上がらせていた。
顔だ。それから腕、脚。
人のものではないそれらが、バシリアスの身体の内側から生まれ、吸収されてゆく。
バシリアスの身体には、痛みと湧き上がる力が交互に襲ってきていた。痛みに膝をつき、力に雄叫びを上げる。繰り返すこと八回。バシリアスは、自らの身体に起きている変化を、風穴から流れ出る靄へ落ちる影に見ていた。
八つの顔と八本の腕、八本の脚。それは正にバシリアスが書物で見た始祖の存在の姿だった。
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