破滅の罪人 1 バルバリの王と機憶石(フォッシリア)

西野ゆう

第1話 記憶の化石 1

 一日の始まり。

 青白い太陽が水平線を越え、森を照らし始める。

 この地の森は太古の時から、姿も、生命の営みも変わらない。

 樹齢一万年を超えると伝わる「シェニムの大樹」も、一年百回、百万回以上繰り返された朝の営みを行っている。

 森の中で一際高く大きなシェニムの大樹は、いち早く太陽の光を浴びる。その太陽の光を浴びた喜びに幅広く赤い葉を揺らす。その葉の揺れがそよ風を起こす。

 シェニムの大樹全体が朝の光を浴びる頃になると、太陽のエネルギーを吸収した葉から、七色に輝く光の粒が地上へと降ってゆく。光がそよ風に揺れながら、大樹の下で寄り添うように眠る者たちに降り注ぐと、光を浴びた生物たちが朝の訪れを知り、次々に目を覚ましていった。

 最初に目を覚ましたのは、シェニムの大樹を護る二本の脚で駆ける獣だ。

 シェニムの大樹から降りそそぐ光のように、七色に輝く長い体毛に全身を覆われ、三本の尾を持つ聖獣サンクテクォ。身体を丸めて、三本の尾全てを枕にして眠っていたサンクテクォが起き上がると、その尾を鞭のようにしならせ、シェニムの大樹の幹を打ちつけた。

 地響きを伴うほどの衝撃に、シェニムの大樹は全身を揺らした。大きな葉同士が擦れ合い、精霊の笑い声のような音が森に響く。同時に、葉の中に蓄えられていた七色の光が森中に飛び散った。

「シェニム」というのはこの地の名だ。シェニムの森は三方を海に囲まれている。シェニムの大樹は、その岬の中心部分にあった。そして、そのすぐ北には奥深い洞穴がある。

 太陽がその姿を完全に海から現し、太陽二つ分ほど空に昇る頃になっても、その洞穴に光が届くことはない。シェニムの大樹が光を遮っているのだ。

 一万年光が届かなかった洞穴。その洞穴に、光を届かせんとする者がいた。

「そろそろ頃合いだろう。貴様たちは作業を始めろ。聖獣といえどもサンクテクォとて不死ではない。その身を挺して大樹を守ろうとするだろうが、怯むなよ。サンクテクォに気を取られすぎるな。大樹さえ倒してしまえばそれで貴様らの役目は果たせるのだ」

 真紅のマントに身を包んだ屈強な男が、自身の体躯よりもひと周り大きく、野生的な集団を率いて雄叫びを上げさせている。

 細く長かった雄叫びが、間隔を変え、音域を変え、音量を変え、太く、短く、地面を踏みつける音と共に大地と空気を震わせた。

「ゆけ! スキアボスたちよ!」

「グオーウ!」

 それは雄叫びなどではなく、咆哮を呼ぶべきものであった。

 五十体ほどの「スキアボス」と呼ばれた種族の群れによる咆哮が、シェニムの森の静寂を容赦なく引き裂いた。

 シェニムに棲む聖獣はサンクテクォだけではない。この時、森の異変に最初に気付いたのは、シェニム火山の火口の中を寝床とする聖獣ユーランだ。熱を反射する銀色の鱗に身体を覆われ、六本の脚で駆ける姿は、地上の流星のようだった。

 そのユーランが息を切らしながら、火山を駆け降りてくる。普段であればどれだけ駆けようとも呼吸を乱すことはない。

 寿命だ。

 一千年と言われる聖獣の寿命が、不運にもこの時のユーランに訪れた。

 現在この地に存在する聖獣と呼ばれる種族は、基本的にそれぞれ一体ずつしか存在しない。

 生物として進化の終点に辿り着いていた聖獣にとっては、進化を生む生殖行動は無意味だ。主の存続は単位発生によって保たれている。

 一体の聖獣が死を迎える数日前になると、記憶を含んだ聖獣の全ての能力を引き継ぐ幼体が発生する。生まれた瞬間に先代から全てを受け継ぐ聖獣は、言語も必要としない。

 声すら出せないユーランは、森の中にいるサンクテクォに異変を伝えるため、身体中の鱗を震わせて、火山が噴火する時に知らせるのと同じ「警戒音」を鳴らした。

 その警戒音がスキアボスたちよりも一足早くサンクテクォのもとに届いた。

 寿命を迎えたユーランとは違い、サンクテクォはまだ若かった。それでも瞬時に幼体を発生させ、スキアボスたちから遠ざけるように駆けさせた。死の訪れを予感し、その事態に備えたのだ。

 シェニムの森の奥には洞窟がある。

 太古に封印された洞窟が。

 一万年の間、決して太陽の光が届かぬように、大樹により光を遮られて。

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