第6話

「おーい!!ここから出せよー!!」


オレたちは関係ねぇぞ!と、バッシュは目の前の鉄格子を揺さぶりながら叫んだ。声変わりがはじまりつつある少年の声は冷たく乾燥した石の壁に虚しく吸い込まれていった。


『あ〜あ。あんたのせいでこんなことになっちゃったじゃない』


鉄格子と石壁に囲まれたその部屋に少年以外の声が響いた。ポワッと光るその光源は、喋った。


いささか無遠慮なその言い方にリヒト、と声を掛けられる。石壁に背をもたれさせていた黒い塊ーー黒いマントを羽織るその人物、ヴァル=キュリアは嗜めるように視線を投げた。

リヒトと呼ばれた光源は黒マントのことなど介さずに周囲に誰もいないことを確認してから少年のまわりをゆっくり飛んだ。


『あんたが笛なんか吹いて調子に乗るからでしょ〜?』

「元はと言えば…!」


バッシュは食ってかかろうとしたが、リヒトはすぐに黒マントの後ろに隠れてしまった。

そもそもこんなことになったのは自分が盗みを働いて、狩人達を怒らせたことがいけなかったのだ。盗みをしなければ狩人たちに追われることもたかったし、ヴァルの金が無くなることもなかったのだ。


バッシュは行き場のないフラストレーションを発散するように鉄格子を掴んで揺らした。ひんやりと冷たい鉄格子はバッシュの力ではびくともしなかった。



梟の森を出た2人(光源ひとつとロバのような小馬、それになぜか黒い犬まで後を着いてきた)は王国まで目指していた。最初の関所に辿り着いたはよいが、なにか様子がおかしい。


大きな荷物をかかえた旅商人や荷馬車が数台、関所で足止めされていた。中にはまだ陽が明るいというのに野営の準備を始めている輩もいる。


話を聞くとこの関所を管理する領主の妻が1年ほど前に亡くなり、今日はその亡妻の喪があける日なのだという。今日の夕方に掛けて領内の街々では【喪明け】の宴会が開かれるという。


ちょうど運悪く喪明けにぶつかり、安全上の理由や多数の憲兵も宴会に参列することから関所は宴会の終わる明日の朝まで閉門する運びとなったのだった。


そうなれば仕方がない。ヴァルやバッシュ、リヒトとロバのような小馬のトロント、そして後からついてくる狩人を捨てた黒犬は野営の準備を始めた。残り少ない食材を並べてバッシュは悩んだ。卵もない、肉類も無くなりそうだし、少なくともパンや穀物類がほしい。これから先食材を調達できるところは限られてくる。

食材の調達にバッシュは雇い主であるヴァルに進言してみたのだが…。


「金がない!?」


先日バッシュが盗みを働いてしまった狩人はの詫び金として支払った小袋は黒マントの全財産だったという。

小袋の中身がどれほどの価値があったのかバッシュには分からなかったが、あの小男の喜びようでは相当な価値があったかもしれなかった。

次に銀行のある街に行かないと金は無いという。どこか他人事のこの黒衣の雇い主にバッシュはいささか不安を覚えた。


ーーまぁ無いものは仕方がない。


バッシュは希望薄く自分のバッグの中になにか金目のものはないかと探し始めた。するとバッグの中から梟のレリーフがあしらわれた木笛が出てきた。


出来ることからやってみるしかない。


梟の財宝から貰い受けた木笛を手入れし、少しだけ吹いてみた。音が出た。まだ慣れないが演奏方法はこれであっているようだった。


バッシュは関所を守る憲兵から少し離れたところを見つけ、足止めを喰らって退屈そうにしている人々でごった返す広場の脇で木笛を吹き始めた。

パンを買う金を稼ぐことを思いついたのだ。演奏に満足してくれたら小銭を入れてもらえるようなけなしの皿を置いた。


うるさそうに一瞥する者、立ち止まってすぐにいなくなる者。

何度がそれが繰り返されるとやがてバッシュの演奏に惹きつけられたように止まる人々が輪を作り始めた。


リズムに合わせて手拍子してくれる人々、いいぞボウス!と、声をかけて小銭を投げ入れてくれる人。演奏しながらバッシュは耳を赤くして会釈した。

そうなると不思議と人がどんどん集まってくるもので、バッシュの隣には便乗して大道芸人や管楽器を弾くものが現れ、いつの間にか酒を酌み交わすものも現れ始めた。


ーーみんなヒマだったんだな。と、バッシュは笛を吹きながら思った。


演奏をやめたバッシュが皿からお金を集める頃には大宴会が開かれてしまっていた。そうなると騒ぎを聞きつけた憲兵団が鬼のような形相で「なにをしている!」と、この大宴会場の参加者を散らし始めた。

バッシュがそれに気がついてやばい!!と、逃げようとした矢先。


お前が首謀者か!!


バッシュは首根っこを掴まれ捕まってしまった。


ちょうどバッシュの様子を見に来たヴァルと鉢合わせになり、ヴァルは憲兵に説明しようとしたが取り合ってもらえず、そのまま2人とも関所の収容所に閉じ込められてしまったのだ。


ーー喪明けの宴会が終わるまでそこで静かにしていろ。


憲兵はそう言って乱暴に2人(黒マントの中に隠れたリヒトも)をこの関所のなかにある拘置所に閉じ込めてしまったのだった。


拘置所の中は少しずつ暗くなってきた。石壁に囲まれた拘置所に一箇所だけある鉄格子が嵌め込まれた窓から西陽が差し込み、夕闇が迫っていることが分かった。


バッシュはしばらく抗議していると他の拘置室にいる姿の見えない人間からうるさい!と怒鳴られてしまった。バッシュはようやく観念したのかすごすごと黒マントの隣に座った。


「まぁ…バッシュ、明日の朝には出られるようだから」

「アンタはいつも呑気だなぁ」


憲兵に連れて来られた際に集まった小銭の行方をバッシュは気にしていた。せこいようだがあれは次の大きな街までのパン代の予定だったのだ。

それにあののんびりした小馬のトロントや狩人に歯向かい何故かバッシュたちについてくる黒犬のことも。


「それに騒ぎを起こしたのは事実だし」

「たしかに笛は吹いたけど、酒を飲んで騒いでいたのはオレじゃないし」

「関所近くの街では喪明けの宴会が行われるので憲兵たちも気が立っていたのだろう」

『そうそう場所の雰囲気に合わせた行動を取りなさいよね〜』


ヴァルに続いて口を挟むリヒトにムッとして「そんなのオレたちには関係ない」と言い掛けたバッシュだったが、コツコツの石床を歩く音が

聞こえた。誰か近づいてくる。

リヒトは黒マントがすでに用意していた小綺麗な小袋の中に逃げた。


ヴァルがキュッと小袋の紐を固く結ぶのと同じタイミングで靴音が止まった。


「ヴァレンティノ司祭様、この者たちが広場で騒ぎを起こした者どもです」


2人の目の前に現れたのは白と青の宗教服に身を包んだ1人の男だった。

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