仕返し
「お願いだ…なんでもする!なんでもするから…それだけは返してくれ」
「クソガキが…なってねぇな。なってねぇ。そもそも覚悟が足ンねぇんだわ」
小男は木笛を地面に叩きつけた。よく手入れの施された木笛は地面にぶつかるとからんと音を立てた。
「人様のものをよぉ…盗むとどうなるのか、オレらが分からせてやるよ!クソみてぇなおまえのクソみてぇな親に代わってな!!」
小男はその足を振り上げたかと思うと踵で思い切り木笛を踏みつけた。ちょうど小石の上に乗ってしまった木笛は小男の踵と挟まれてパキパキと乾いた音を立てて、壊れた。
バッシュはもう声を上げなかった。
全て自分が悪い。
生きる為に盗んでいたとはいえよくないこと。だらしなく酔った大人たちを相手に働く悪事が成功した時ななんとも言えない小気味感が哀れな自分の身を癒していたことも事実だった。
自分が今まで味わってきた凛悦の分だけバッシュは苦しみと後悔に苛まれた。
ううっ…と、バッシュはその場で両手をついてゆっくりと蹲った。自分いままでの行いを悔いて恥いるしかなかった。
「あー!むしゃくしゃが治まらねぇ!」
こっちはよぅせっかく狩が上手くいったから上機嫌に飲んでいたのによぉ。小男はなおもバッシュに迫ろうとした。
「私も彼の無礼を詫びよう」
バッシュと小男の間に黒マントが割って入った。男とも女とも見分けのつかない顔は先ほどの2人のやり取りである程度事情を察したらしい。
小男は黒マントの保護者然とした様子が気に入らない様子だった。
「言葉じゃさぁ伝わらないこともあるだよねえ」
小男がそう言い終わるよりも先に黒マントは懐から小袋を取り出して、小男から中が見えるように口を広げた。
「詫び金ならここにある」
黒マントは続けた。
「王国紙幣とわずかばかりだが金と宝石。街で売ればそれなりの額になるだろう」
黒マントは表情を変えずに言った。能面のような黒マントの顔を小男は袋と交互に見て、この子供を嬲るより金を受け取ったほうが得だと分かるや否やパッと小袋を受け取った。
「ああ〜!そう…そうさ!これだ!オラァ話のわかるやつは大好きだ」
にいちゃん、いやネェちゃんか?
どっちでもいいか、と小男は下品に笑うと長身の男に再び顎で指図した。
長身の男はなにやらジッと立ちくしたまま黒マントを見つめている。思った以上の大金だったらしくうひょおおと喜びの声をあげる小男は金勘定に夢中で気が付かないようだった。
長躯は手の甲についたアイアンクローで無遠慮に黒マント指差した。
「おまえ…オまえ、ボク、同じニオイする」
なんで?と、長身の男は小首を傾げた。
それは傾げたというべきか。首の傾きはおそらく人間の許容の範囲を超えてほとんど180度の向きまでかわった。整えられていない長髪の隙間から光を宿さない瞳がジトっと黒マントに向けられていた。
それを見た黒マントは瞳を見開いて驚愕して本能的に長身の男から距離を取ると太陽の光を利用して男たちからは見えないほど小さな光になっていたリヒトへと右手を突っ込んだ。
リヒトも明らかにただものではない長身の男に警戒の光を放った。
『ヴァル…あいつ…』
「……」
「なにやってんだよ、オレのかわいい弟よ。首が曲がってるじゃねぇか。ちゃんと元に戻せよ。もうこんなところに用はねぇ。サッサと街に戻ろうぜ」
オレたちにはまだ配送の仕事があるんだから。行くぞ、と2人のやりとりに全く興味のない小男はバッシュと黒マント、それに長躯の男に背を向けてさっさと立ち去っていってしまった。
「にぃに、マッて〜まって〜」
長身の男はその体には不釣り合いな言葉使いで小男の後を追うように小走りに走り去っていった。
男たちが完全に見えなくなると黒マントはバッシュに駆け寄った。
「…大丈夫か?」
「ああ…」
いや、大丈夫じゃない…と、バッシュはその場にへなへなと座り込んでしまった。
「形見だったんだ…死んだ母さんの…」
そう言い終わるとバッシュは堰を切ったかのようにうわぁんうわぁんと鳴き始めた。嗚咽が止まらず、込み上げてきた恥ずかしさから嗚咽を止めようとバッシュは自分の腕に噛みついた。それでも嗚咽が止められずにいると黒い犬が近づいてきてバッシュに寄り添った。
犬のゴワゴワとした毛皮の肌触りと気絶している夢の中で見た毛布の肌触りの違いと、母を思い出して犬を抱きしめながらまた泣いた。
気の済むまで泣くとバッシュは真っ赤に腫れた瞼を手の甲でゴシゴシ拭った。泣きべそに付き合ってくれた黒犬を撫で、そう遠くはない距離で見守っていた黒マントを見た。
腫れた瞼と目が合うと元気出せよ、と言わんばかりに黒マントは手の中のものをバッシュに差し出した。
手には壊れた木笛が小綺麗な布に包まれていた。
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