さようしからばこれにてごめん 愚かな貴方達とは、もう会いたくありません!

白雪猫

謎の婚約破棄劇場に出演中の巻き込まれ少女の話

「お前との婚約は破棄する!」


 花壇や噴水もある、広々とした屋内広場の高い天井に響くのは、左腕に娼婦の様な装いの少女をぶら下げた、十代後半に見える少年の、少し甲高い声。


「理由はわかっているだろう?婚約した時は僻地の出とは言え伯爵令嬢だったから仕方がないが、今現在のお前は、親から縁を切られているそうじゃないか!ということは、お前は今、平民だ!全く!お前が平民になった瞬間にこの私との婚約の話など綺麗さっぱり消滅させて当然なのに、私に何も知らせぬまま、今日まで婚約を継続させていたとは!」

「そうよ、そうよ!」


「……」


「昨日、このアンリタンがお前と親との縁切りの話を教えてくれなければ、王子の婿入り先が消失したと大変な騒ぎになっているところだったのだぞ!」

「そうよ、そうよ!」


「……」


 ブシデア王国の王都中央にある王立学園の敷地に隣接している、通称「学園記念サロン」と呼ばれる公共施設では、今日も本人曰く王族であるらしい少年が喚いていた。


 彼の左側にピッタリとくっつき、彼の言葉に頻繁に合いの手を入れているのは、日中の公共施設には相応しくない、肌の露出過剰なワンピースを着た少女で、少年はその少女を守る騎士の如く、胸を張り……偉そうに叫んでいた。


 少女の装いでは、施設の入り口で警備員に注意を受ける筈なのだが、毎回入場者が多いタイミングを見計らって、人混みに紛れて入り込むらしい。巡回警備員に見つかった際には、「ちゃんとした服に着替えてから来なさいといつも言ってるでしょう!」と叱られながら、摘み出されている。


 ここ、「学園記念サロン」は、名前から受け取るイメージに反し、学園内にある施設ではないし、学園の創立の記念として建築されたものでもない。


 王宮に次いで大きな規模を誇る図書館とちょっとした催し物を行うことができるホールやカフェ、洋服屋等のお店が多数入った、大変便利な複合施設の建築を計画した際に、隣の敷地に建つ、「ほどんどの王国民が立ち入りを許されない閉鎖空間である学園内にあり、極少数の人間にしか利用されない、無駄に蔵書数を誇る学園図書館」を閉鎖、移転させる方便として、施設名に学園記念という名前が付けられただけなのだ。


 無駄を嫌う、この国の敏腕宰相の強引なアイデアであったが、何故か学園関係者に喜ばれ、採用される運びとなった。


 そうして建築された複合施設を挟む形で、王立学園と、学園記念サロンと渡り廊下でつながっている全王国民のためにある中央役所があるため、施設内で働く者、図書館や役所に勤める役人の他、それぞれの利用者など、日々大勢の民がこの「学園記念サロン」を訪れ、利用している。


 ちなみに、王立学園内にかつてあった図書室は、「学園記念サロン」が出来る際に、教師専用の資料室と、歴史の古い家門出身の卒業生の家から「置き場所に困って、寄付されたっぽい」骨董品の数々の展示・保管場所へと、姿と機能を変えた。


 かつては学園内に保管されていたほとんどの蔵書が、「学園記念サロン」の図書館に移されたので、現在では、王立学園の教師も生徒も、調べ物がある時には、一旦学園の敷地から出て、「学園記念サロン」に向かうのが当たり前になっている。


 王立学園に所属する者からすれば、少しばかり移動が面倒になりはしたが、教師は勤務時間中でも学園の外に出る機会ができ、学園内に住み自由に外に出ることを許されなかった在学生達にとっては、例え学園の真横であっても、気晴らしに出かけられる「図書館」だけではない複合施設の存在は歓迎できるものであった。


 そんな訳で、この便利な「学園記念サロン」の利用者には、王立学園の関係者や学生も、含まれることとなった。


 随分前から、授業中である筈の時間帯にもこの施設内で目撃されていた、少年少女のカップルが、本当に王立学園の関係者かどうかは怪しいと思うとの意見もあるが。


(いや、あれはきっと学園に入りたくとも入れなかった偽学生でしょう!学園記念サロン内カフェ勤務 A氏談)


 また、近隣には安くはないが高くもない、安心安全な宿泊施設も多くあるため、慣れない王都の中を歩き回るより、この施設周辺でなるべく全ての用事を済ませようとする旅人も多い。少年に絡まれている少女もそんな1人だ。


 旅人かどうかの判断は簡単だ。見た目ですぐにわかる。様々な理由があり、荷物を抱えての長距離移動が難しいお国柄のため、旅人の持ち歩く着替えは最低限が当たり前。なので、旅人の服装は、性別問わず、頑丈なブーツとパンツルック、寝ている間に奪われない様に、上着と一体型になっているボディーバッグが、標準なのである。


 土産等で洋服を買うことは勿論あるが、短期滞在の旅先でファッションを楽しむために購入し、身につける者は少ない。商売等で会う相手もお互い様なことなので、遠方から訪ねてくる相手に、「正装してこい」「余所行きの格好で来い」などと煩く言う人間はいない。それが長距離移動に苦労を伴うこの国の常識なのだ。




「学園記念サロン」と呼ばれる公共施設に、今日も響く、少年の声。


 今日もというからには、その光景は既に珍しいものではなく、施設で働く殆どの者達は、何事もないかのように過ごしている。


 それは、少年の目の前にいる人物……絡まれている当人である女性旅行者らしき少女も同様で、目の前の少年が如何に大きな身振り手振りつきで、声を張り上げ様が、その少女の表情は「無」である。


 どれだけしつこく絡まれても、特に反応もせず、その日の災難が通り過ぎるのをただただ待っている様に見える少女。


 たまたまこの場に居合わせた者達や、この施設内で仕事をしているギャラリー達から、頻繁に憐憫の眼差しが向けられてはいるが、誰かが助けに入る様子はない。


 ややボリュームのある赤茶の短い髪と深い緑色の目が特徴の小柄な少年の迫力のない、キャンキャンと吠えるような声にも、無理やり聞かされているその話の内容にも、「殿下が大変だ!即刻王宮に知らせねば!」や「少女が危険だ!」と思わせる要素がないのだから、ギャラリーとしては、自称王族の少年が暴力に訴えない限り、いや、少女が助けを求めてこない限り、見守る姿勢でいる。


 喚く声が迷惑なことを除けば、周囲の者には害がなく、旅人少女本人にとっては、絡まれて面倒ではあるが、身の危険を感じるレベルではない。それがこの状況を長引かせている原因となっているが、王族の血に連なるものが巻き起こす騒ぎに慣れすぎているこの国の民にとっては、これもまた日常の一コマに過ぎないのだ。


 本日の少年の発言内容に、少しばかり新情報……少女の親による縁切りや、少女が平民になった等の内容が加わったことに、ほんの少し興味を持ったとしても、連日密かに見守ることに徹しているギャラリー達の行動に、変化はなかった。


「お前の家は何故そんな大事なことを王家に報告していない!まあ、お前の親は、優しいアンリタンの両親でもあるからな!私に捨てられるお前のことを不憫に思ったのかもしれぬ。それは理解できる!だから、悪いのはお前だ!親のせいではなく、縁を切られる様なお前が全て悪いのだ!私を逃したくないのはわかるが、これは王家に仇なす行為だぞ!恥を知れ!」


 大根役者とはこういう者のことを言う。


 そんなお手本の様な態とらしさで、派手なジェスチャーを繰り出す少年の話は、いつも長い。今日もまだまだ終わりそうにないし、屋内広場の天井に響く、大きすぎる声が非常に煩い。


 そして、よくあの女の子は我慢ができるなと感じた通りすがりのギャラリーは、気づく。


 少年少女カップルの直ぐそばで喚かれ続ける少女の耳に装着された、「必要な音は聞こえるので、つけたままで日常生活を送れます!」という宣伝文句と共に、新発売されたばかりの「騒音解決耳栓(高音/叫び声対応用)」の存在に。静かに読書を楽しみたい人間のために開発されたもので、どんな大声でも穏やかに落ち着いたトーンで聞こえる様になるという、優れものだ。


 周囲で働くギャラリーの耳にも、勿論それはある。


「騒音解決耳栓」、局地的に大流行である。ちなみに、発売は10日程前であり、その当日から、「学園記念サロン」の屋内広場前雑貨店の人気商品となっている。


 耳栓と言っても、肌に馴染む半透明の素材のせいか、騒音のもとであるカップルは気づいていない。そんなこんなで、仕事中のギャラリーも、被害者少女も、現在は騒音問題には悩まされていない。ただ、この方達バカップル暑苦しいですわ。とか、今日も話が長いですわ。とは思ってはいるが。


「お前の生まれは僻地で遠いからと、王立学園に入学するまで挨拶を待ってやったというのに!学園入学の年になっても挨拶に来ないとはどう言うことだ!」

「そうよそうよ!」


「……」


「この可愛いアンリタンとの半年前の運命の出会いにしてもだ!お前という顔も見せない婚約者の存在があるせいで、親にも恋人だと紹介できず、我慢させられたのだぞ!」

「そうよそうよ!」


「……」


「おまけにだ!この可愛い可愛いアンリタンから、アンリタンを姉として敬わず無視するお前の極悪非道ぶりを聞いて、私はもう呆れ果てたのだぞ!」

「そうよ、酷いわ!」


「……」


「だが、だがな!そろそろ結婚の準備に入らねばならぬのに、未だに顔見せぬお前と!!偶然にここで会った2週間前から、私は王族の責任、婚約者の責任で、お前という下劣な人間を教育すべく時間が許す限り、会いに来てやっていたのだ!」

「なんて優しい!」


「……」


「愛するアンリタンが、突然婚約破棄なんてしたら妹が可哀そうだから、相思相愛なことをよくわかってもらって、ついでに妹のダメなところを指摘してなおしてあげてと言うからな!即刻婚約破棄すべきだったのにだ!」

「そうなのよ!」


「……」


「だが、この2週間の私の頑張りと気遣いは、無駄に終わった。お前の如何しようも無い腐った根性のせいだ!平民のお前は、私やアンリタンの前に跪き、感謝と謝罪をすべきなのに、お前は返事もしない!態度も悪すぎる!」

「そうよそうよ!」


「……」


 婚約者が挨拶に来ないと言うが、婚約した家と領地が離れている場合、この国では結婚寸前まで婚約者同士会えないのは当たり前だ。


 各領地の境は大抵が険しい山であり、隣の領地との行き来でさえ大変なのに、その先へとなると、若い子女が婚約者に会うために馬車で旅するなど簡単にできるはずもない。


 手紙のやりとりに関しても、緊急性のないものは数週間以上かかるのが普通なので、顔合わせの挨拶も済ませていない男女が頻繁に手紙のやりとりをすることことはあまりない。


 また、国自体が広いため、学園に入学するのは、王族やそれに連なる者、王都近隣に領地がある者、将来王宮勤めを希望する者や、家業のために王都に屋敷を構え、王宮とのやりとりをする必要がある家の貴族の令息令嬢に限られる。


 そして少年は、貴族令嬢の婚約者が平民になったので婚約解消と言っているが、婚約者が貴族令嬢だと思っている期間から、すでに別の女性と付き合っていた宣言をしているのだから、彼のそれは、浮気を正当化するただのクズ男の言い訳でしかない。


(あのクソ坊主、なんなの!毎日毎日あの女の子にウザ絡みしてるけど、片手に娼婦ぶら下げた状態でよく言いやがるわ!学園記念サロン内雑貨店勤務 R女子談)


 この2週間、ほぼ毎日この少年に絡まれている少女はと言えば、無表情、そして無言で目の前の自称婚約者と、自称少女の姉を見つめている。


 最初は反論しようとしたのだが、発言へのツッコミどころが多すぎる上に、大根役者な少年のセリフが多すぎ、発言の機会が回ってこないのだ。


 正論を返したところで、会話が成立する相手ではないことも、早々に理解した少女は、2回目に絡まれた時から、人形の様に黙って接している。煩い声も現在は「騒音解決耳栓」のお陰で、そこまで気にならなくなった。「騒音解決耳栓」の開発者さん、有難う!である。お小遣いで余裕で買える値段にも、感謝だ。まあ、目の前のカップルのウザさは、音が小さくなったぐらいでは消えてくれないが。


 尚、顔も知らぬ筈の人物相手に絡まれている理由は、図書館の利用サービス登録時にフルネームで名前を呼ばれ、運悪く、それを少年に聞かれてしまったからである。


 その時の図書館の受付嬢は、少女と顔を合わせる度に王都で人気のお菓子をくれたりする様になったのだが、美味しいお菓子での癒し度も、連日の少年相手のストレスを上回ることはなく、少女の中での王都滞在の印象は最悪のものとなるであろうことが決まっている。


 辺境に住むらしいこの年齢の少女が「旅」をして、「王都に滞在」となると、同行者が誰であれ、それは非常に珍しい体験となり、年若い少女なら、浮かれ楽しんで当然の筈なのに、連日頭のおかしな人間に絡まれ続け、少女のテンションは下がりつづけている。待ち合わせの相手がなかなか来ないせいでもあるが。



「婚約破棄は決定だ!お前はさっさと私の前から去るが良い!私は、このアンリタンと婚約、いや結婚する!幸い細かなしきたりが多い王家へではなく、婿入りでの婚姻だからな!」

「そうよ、そうよ!」


「……」


「私は今日の朝に、学園の者から、もう授業に出る必要はなく、退寮手続きも済んだと告げられた。きっと優秀だから、学園で学ぶ必要などないのだろう。凡人なら3年かかるところを、入学からたった1年で卒業できたらしい。流石は私だ!」

「凄い、凄いわ、格好良い!」


「だから、もうこんな場所でお前と会うこともないだろう。言っておくが、僻地にある領地に帰るのもダメだぞ!どこか遠くで平民として雑草でも食って生きていけばよい!」

「草ぁ!あははははは!」


 (草はお前らバカップルが食え!好きなだけ食え!つーか、人間の食べ物はお前らには勿体ないからもう食うな!学園記念サロン案内所勤務 T氏談)



 時折漏れるギャラリーの心の叫びはともかくとして、また新情報が出てきた。どうやら少年の方は、本当に、王立学園の生徒だったらしい。王立学園の生徒の証である虹色のネクタイを身につけてはいても、「学園記念サロン」施設内を彷徨っている姿を頻繁に目撃されている少年が、教師に認められる程、学園で熱心に学んでいたとは、現在のこの会話を見守るギャラリー達にはとても信じることが出来ない。


 だから、1年で退寮と学園から言われたなら、それは……


「……(コクリ)」


 流石の無言少女も、誰かにこの衝撃情報について、共感して欲しくなったらしく、少年にではなく、ギャラリーに向けて頷いた。勿論、無言で。


 そんな、少女とギャラリーの間で取り交わされた「この少年、まともに学園に通わず、ついに退学になったのか!バカにしか見えないけれど、やっぱり正真正銘のバカだったんだね!」「うん、だよねぇ!」という無言の会話に気づくことなく、少年の自分劇場は続く。


(うん、今日も長いゾ。でも、みんなついて来てねぇぇぇぇ!)


 見守りギャラリーの一部のテンションがおかしくなって来たが、少年の話に飽きてきたからではない。ただの気晴らしである。


(はい、気にしないでぇぇぇ!)


「生活に困っても王都にある両親の家に押しかけてきて、アンリタンに近づくなんてことは許さないからな!」「そうよ、家に入れてなんてあげないんだから!」


「……」


 それにしても、常に彼に寄り添う少女……アンリタンの合いの手は、手抜きな様で、絶妙である。


 少年が毎日、気持ちよく喚き続けることができるのも、もしかして、アンリタンのお陰かもしれない。そんなことをギャラリーが考えているうちに、本日の被害者少女の苦行タイムは終わった様だ。


 カップルは互いに向き合い、イチャイチャし始めた。


「アンリタン、これで君の憂いは晴れただろう?私にはもう婚約者なんていない。すぐに結婚しよう!」

「ああ、ユーリ!」


 また新情報!少年の名前は、ユーリと言うらしい。


(もしかしたら、以前から聞いていたかもしれないけど、君達ウザカップルの会話がウザくて、スルーしてたかも!ごめんねっ!いや、ウザに謝る必要はないな!学園記念サロン内ケーキショップ勤務 Y女史談)


「悔しいが、側室の子の私は、兄上たちに比べ王家の威光が弱い。今日婚約できたとしても、数ヶ月かけて結婚の準備などしていたら、愛らしく疑いを知らないアンリタンが他の男に騙されて奪われてしまうかもしれない!そんなこと許せるはずがないだろう?結婚して、この私にアンリタンを守らせてほしい!私がいなくなる学園もできれば結婚を機に退学してもらえると有難い!」


「まあ!ユーリ!嬉しい!うん!私、ユーリのお嫁さんになる!学園なんてどうでも良いじゃない!パパやママもユーリとの結婚を喜んでくれるに違いないわ!!」


 どうやら、当人は、王族の側室の子供だと認識しているらしいが、ギャラリーの頭の中には、疑問だらけである。何故なら、この国に側室制度はないのだから。


 ギャラリーの脳内で「お前、誰だよ」と謎の人物に分類された少年ユーリに抱きつき、彼の胸元にある虹色のネクタイを撫でる少女の胸元には、ワンピースからはみ出た生胸はあれど、生徒の証のネクタイは見えない。


(と言うか、その服にネクタイつけたら、変態にしか見えないよね!学園記念サロン内ドレスショップ勤務 N女史談)


 だがそれでも、もしかしたらもしかしたら、彼女は学園の生徒なのか。

 あと、他の男に奪われそうな、愛らしく疑いを知らないアンリタンとは誰のことなのか。


 ちょっとギャラリーの頭は混乱中。


 (いや、その娼婦の様な格好でいつも過ごしている、貴女は、絶対に王立学園の生徒さんなんかじゃないよね?ギャラリー大多数談)


「……(コクリ)」


 無言少女がもう一度、ギャラリーに向けて頷いた。彼女も、アンリタンは生徒さんじゃないに一票らしい。

 生徒ではないと疑われているアンリタンはと言えば、そんなことはどうでも良く、やっと掴んだ勝利を確実なものにする為、普段はあまり使わない脳みそをフル稼働させていた。


「ねぇ!ユーリ!誰にも引き裂かれない気が変わらない様に、今すぐ、結婚の手続きを済ませてしまいましょう!えぇーとぉ!えぇーとぉ!て、手続きって、どうすればよいのよぉ~!あっ!そうだ!ミスティーナ!そうよ!手続きは、貴女が全部してちょうだい!ほらほら、早く!今すぐに!」


 ユーリとアンリタンのイチャイチャタイムに移り、本日の絡まれ相手からお役御免になった筈の被害者少女、今初めてその名前を呼ばれたミスティーナは、その場で気配を消し、銅像の様になっていたのだが、まだ彼女の災難の時間は続くらしい。アンリタンからのご指名が入ってしまった。


 だが、ミスティーナと呼ばれた被害者少女は、特に動揺することもなく、黙ったまま、学園記念サロン内にある「こちらで婚姻申請ができます」という看板の下にいる女性に目配せを送った。


 それに即座に反応した女性は、1枚の書類を持って、ユーリとアンリタンの前に出る。


「初めまして、私は、こちらにある王都中央役所婚姻課出張ブースの責任者でございます。隣の本局に行かなくともこちらで婚姻届の提出ができます」


「学園記念サロン」では、美しい屋内広場や別にある貸切ホールで、婚約や結婚パーティができる。出席者に見守られながら婚姻届を出したいという希望が多く届いたため、屋内広場に王都中央役所婚姻課の出張受付ブースが設置されたのだ。


 カップル対応に慣れた婚姻課出張ブースの責任者は流れる様に、スムーズに、バカップル相手に、結婚の手続き案内を繰り広げてくれる。流石プロである。


「こちらのペンでこの書類にサインしていただくと、交流の途絶えていたお互いに把握していない兄弟などと結婚しない様に血縁関係と、結婚詐欺や重婚などを避けるための婚姻の有無を確認できます。問題があれば、文字が書けなくなりますので、直ぐにわかります。この箱に記入済みの書類を入れていただけば、そのまま自動で隣の王都中央役所に転送され、婚姻届の受付完了となります」


 数年前に隣国から輸入された、血筋戸籍確認システムの凄まじい便利さに密かに慄きながら、再び銅像に戻ったミスティーナは、自称元婚約者と自称姉の婚姻手続きを見守る。


「思っていたより簡単なのだな。うむ、今すぐに済ませてしまおう!このペンでここに名前を書けば良いのだな。ユーリクン ノブシルと。よし、書けたぞ!アンリタンもこのペンで書いてくれ!」


 ユーリからペンを受け取ったアンリタンは、ペンを握りしめながら満面の笑みをみせる。


「私、ユーリと今ここで結婚できちゃうのね!嬉しい!帰ったら、お祝いしなくちゃ!ユーリはうちのお婿さんになるのだから、一緒に我が家に帰りましょう! そして、明日は夫婦でお買い物に行きましょう!私、ほしいものが沢山あるの!うふふ!」


 嬉しげにクルリと身体を回せば、裾が異常に短いワンピースから、色々見えてしまうが、ギャラリーと責任者は見ないふりをし、ユーリはデロンとだらし無く鼻の下を伸ばす。


「そうか!そうか!今日から、アンリタンの家が私の家になるのだな!在学中は、この施設までしか自由に出歩けない規則があったが、卒業した今日からは自由だ!ただ、荷物持ち込み禁止の学園寮から出たばかりの今は、着替えも何も持っていないのだよ。今着ている制服はあるが、教科書や下着などは処分を頼んでしまったのだ」


「着替えとかなら、以前遊びにきたオトモダチ遊んだ男達が忘れて行ったのが結構あるから、心配ないわ!部屋着と普段着ぐらいだけど、パーティに出るわけじゃないから、問題ないでしょ?新婚なんだから、今日は絶対に一緒に過ごさないとダメよ!」


 ユーリが荷物を取りに実家に帰った際に、王族の親が用意した婚約を破棄し、“アンリタン誰だお前?と結婚”したことを話せば、親は絶対に怒る。そして、王族の力で婚姻をなかったことにされてしまうかもしれない。その前にユーリと夫婦として男女の関係になり、妊娠したことにしよう!と考えたアンリタンは、ユーリにしがみ付き離れない。


 王立学園に通うことを許された数少ない生徒は、全員学園敷地内にある寮住まいなので、卒業すれば、実家に帰るか、嫁入り先婿入り先に向かうか、就職先の寮に入るかなので、ユーリが学園を卒業した今日から婿入り先に滞在するのもおかしなことではない。


 ユーリは大して迷うことなく、即アンリタンの家に向かうことを決めた。


「ご両親とは先週ここのカフェでお会い出来た時に、いつでも歓迎しますと言っていただいたしな。今日から世話になるとするかな」

「うん。来て来て!」


 領土の形状により、移動が難しいこの国の常識では、わざわざ顔見せのためだけに、実家に帰る王立学園生はほどんどいない。卒業後の引っ越しも、入学時と同じく、ほぼ身一つで移動する。必要なものがあれば、移動先で調達は、旅人と同じだ。ただ、王都内に実家がある場合は、「家から出す子供」のための荷物を積んだ迎えの馬車が来て、予定している場所に送ってくれることもある。


 しかし、優秀なユーリが今日、学園を卒業したことを、親はまだ知らないのだから、ユーリも親も、今日この日に何の準備もできていなくても仕方がないことだ。


 ユーリの母親の住まいはそこまで遠方ではないが、馬に無理をさせる悪道は、馬車に乗る人間にも辛いものなので、手紙で済むなら手紙で済ませてしまった方が楽ではあった。ついでに、婚約者が貴族ではなくなったことにいち早く気づき、婚約破棄してやったことを報告し、流石ユーリだと、母や祖父母にも褒めてもらい、アンリタンの家への持参金を増やしてもらえれば尚良しである。


「私の荷物は実家に手紙を書いて送ってもらおう」

「うん。それが良いよ!」

「うむ。私は、あそこで土産の菓子を買ってこよう。アンリタンはその間に、サインを済ませておいてくれるか?」

「うん、わかった!パパもママもお菓子が好きだから、沢山買ってきてね!」


 やっとユーリの身体から離れたアンリタンに、ずっと待ちぼうけだった婚姻課の責任者が、すかさず声をかける。


「では、お嬢さんは、ここにサインを」


「ハイハイ。ここに書くのね!えーと、えーとぉ!ちょっと待って、思い出すから!あ、あ、ア!ん、ん、ン!り、り、リ!よし!書けたわ!多分、ちゃんと書けてるはず!ねえ、お姉さん、ちゃんとアンリって書けてるでしょう?あれ?ユーリはクンまでつけていたから、私もタンをつけるべき?」

「お名前はアンリ様で、アンリタンは愛称と言うことであれば、タンは必要ありません」

「そっかあ、じゃあ、私はアンリであってます。ユーリは間違えたのかも?」

「はい、アンリと書かれています。間違えていても、文字は自動で訂正されますので問題ありません」


 アンリタンは、誤解しているが、ユーリの場合はユーリクンが正式な名前である。


(クンが愛称ではないことを、あのアンリタンって子は、多分生涯気づかないだろうな。通りすがりの王都中央役所戸籍管理課部長 L氏談)


「なあんだっ、間違えてもダイジョーブなんだ。緊張して損しちゃった!えーと、書けたら、こっちの箱にいれれば良いんでしょ?えい!!」


「……問題なく受理された様ですね。この度はご結婚おめでとうございます!」

「ありがとぉ!ねえ、私もうユーリの奥様なの!?やったぁ!」


 婚姻書類を出し終えたアンリタンは、その場で嬉しげに小躍りしていた。そこに土産の菓子箱を片手に、ユーリ少年が戻って来た。


「あれ?アンリタン、もしかして、婚姻届をもう提出したのか?」

「えへ!ユーリと一緒に提出したいとも思ったんだけどぉ、少しでも早く結婚したかったのぉ!サインもちゃんと出来たっぽいし~!」

「ぽい?そ、そうか。まあ、ただ名前を書くだけとはいえ、婚姻届だし、緊張して綺麗に書けない者もいるだろうな」


「そうですね。貴族の方はほとんどないのですが、平民の方の中には文字の読み書きができない方が多いので、必死に書く練習をしてきた名前の綴りを間違えたり、家族間での呼び名を正式な名前と勘違いして書いたりという記入ミスは結構あります。

 王都中央役所の証明発行課にて有料で発行している婚姻証明書を申し込んでいただければ、間違いを訂正した状態で、お出ししています。文字を書きなれない方は、記念として保管する以外に、他の書類を書くときのお手本として使用されることもある様です。

 貴族家でも、厳格な管理が必要な領地持ちでない家の場合、急な代替わりや婿入り等で把握できていない情報があったりしますので、申し込み者によって内容が限定されますが、役所に登録されている重要な情報も加えて書類をお出しすることも可能です。

 他に、美しい専用用紙に、お手本の様な綺麗な文字で出力するタイプもあります。結婚記念などで申し込まれる方も結構いるんですよ。王都中央役所内にある証明発行課でないと、即発行はできず、いまここでお渡しすることは出来ませんが、こちらの婚姻課出張ブースでも郵送の申し込みならばお受けできます」


「名前を書くだけの書類に間違いなどはないと思うが、婿として家の情報は把握しておきたいな。よし、私宛で送ってもらおう。支払いは……これで良いな。頼んだぞ」

「はい、承りました。今日の申し込みですと、来週にはお届けできるかと思います」

「そうか、わかった。美しい用紙のものを記念に申し込むというのも良いな。アンリタン、私達も何年か経ったら申し込むか!」

「えー、そ、そうね。私はもっと別の楽しい方法買い物で結婚記念のお祝いをする方が良いかな~と思うけど、ユーリがそういうなら、申し込んでも良いと思うわ」


 ユーリとアンリタンが2人だけで会話を始めたので、婚姻課の責任者は、軽く頭を下げた後、持ち場に戻って行った。


「結婚記念日か。今年から楽しみが増えたな。では、私の奥方のアンリタン。我が家に帰ろうではないか!」

「はーい、マイダーリン、一緒に帰りまーす!」


(おー、帰れ、帰れ、2度とそのツラ見せるな!ギャラリー一同談)


 身体を謎にクネクネさせながら、書類上夫となったユーリの腕に胸を押し付けるようにしてしがみ付いたアンリタンは、どうやら無事に王子なユーリを捕獲できそうだと、ご機嫌だ。


 人目を気にせず再びイチャイチャし出したユーリとアンリタン夫婦は、既に散々一方的に罵倒していたミスティーナの存在を忘れていた。


 そんな2人の後ろ姿に向かって、ミスティーナは、今までほとんど発することのなかった声をかけた。


然様然らばさようしからば是にて御免これにてごめん!」


 これは、この国でいにしえから大事にされて来た、別れの言葉である。


 ただの挨拶ではない。非常に強い言霊ことだまを込めることができる、一世一度レベルの別れの呪いである。


 ユーリとアンリタンは、背後から聞こえて来た呪いの言葉を聞き取れるだけの知識を持っていなかったため、自分達に向かってかけられた声とは気づかず、そのまま家に帰った。

 サロンに残された少女、ミスティーナは、無事に頭のおかしな人間との縁切りができたことに安堵し、2人の後ろ姿が見えなくなるまでその場から動かなかかった。


 ミスティーナが使った別れの呪いは、王国民の誰もがつかえる訳でもない。今現在は、ミスティーナの一族と他2つの貴族家でしか使えないと聞く。


 呪いの発動ができる数少ない人間にとって、この呪いに難しいことはない。ただ別れの言葉に魔力を込め、絶対に縁切りしたいと、強く願えば良いのだ。効果として、呪いが無事に発動した後は、相手がこちらを認識しなくなる。


 ちなみに、ほぼ一生に1回しか使えないと言うのは平均を取ればの話で、魔力の多いミスティーナは、片手ぐらいの回数は余裕で使えるだろうと、ストーカーや逆恨みして来そうな相手には、迷わず使えと親たちから命じられている。


 地味でくたびれた旅装束なだけでなく、容姿も偽装しているミスティーナ。実は親が心配するほどの美少女なのである。ユーリに知られれば、アンリタンの存在など、瞬時に消えてしまうレベルであったので、偽装中の出会いであったことは、ユーリを逃したくないアンリタンにとっては幸運だったと言える。


 絡まれている最中に呪いを使わなかったのは、誰が何の目的で絡んできたのか把握する前に「縁切り」してしまうと、家族に「よく知らない人間と縁切りした」としか報告できなくなるからである。ミスティーナ本人との縁切り後に、縁切りした相手が、ミスティーナの家族や親しい人間と、再び縁を結んでしまう可能性はゼロではない。厄介な相手と縁が絡まる可能性は避けたいが、気軽に呪う訳にはいかないのだ。ほぼ一生に1回しか使えない可能性のある魔力量の身内の中には、慎重になるあまり、呪いを発動することなく、一生を終える者もあるという。





 翌日、この王都について以来、久しぶりに誰にも絡まれずに、「学園記念サロン」内にあるドレスショップやアクセサリーショップを覗いて楽しんでいたミスティーナのもとに、ついに待ち人がやってきた。


「待たせたな、ティーナ!」

「もう!遅いですわ、ルイスお兄様!」


 ミスティーナを愛称で呼ぶのは、6つ上の22歳の次兄である。長男は8歳上で、領地で父の右腕となって働いている。他にも兄や弟、姉がいる。


「4ヶ月ぶりだな、私のティーナ。会いたかった!」

「わ、私もお会いしたかったですわ。ライ様……」


 次にミスティーナに声をかけて来たのは、次兄と同い年の美青年である。銀髪紫眼の兄も美形ではあるが、自分とよく似た容姿にときめくことはない。黒髪碧眼のライの凛々しくも綺麗な顔を見た途端、ミスティーナの頰がほんのりと色付いた。


「私のティーナ、私が側にいるのだから、もう危険はない。その容姿偽装装置を外して、可愛い顔を見せておくれ」

「はい。」

「うん、私のティーナは、本当に可愛いな」

「ライ様も素敵ですわ」


 ミスティーナが顔の半分を覆っていた大きな眼鏡を外せば、鉛色の重そうな色合いだった髪と眼鏡の奥に見えていた茶色の眼が、ツヤツヤした銀髪と美しい紫眼へと変わった。


(うっわーー!スッゲー美少女じゃないか!!!ギャラリー一同談)


「積もる話は用事を済ませてからな!トノサダ国で貰ってきたライの身分証明書はさっき隣の役所に出してきた。あとは、ここで、お前達がサインした婚姻届を出すだけだ!ほら、届け用紙もらって、サインしてこい!」


 2人で王都中央役所婚姻課出張ブースに向かえば、昨日もいた責任者の女性が、どうぞと婚姻届を出してくれた。


「では、私からサインをしよう。ライジン ワレ トノサダと。よし書けた。名前だけ書けば良いだなんて、随分簡単なのだな」

「うふふ、そうですわね。簡単ですけれど、ここで届けを提出すると、記入間違いとか、自動で訂正してくれるそうですわよ。結婚希望者の血縁関係とか、婚姻の記録も確認できるそうですの。凄いですわよね。と言うか、この凄い装置、トノサダ国からの輸入品ですわよね。もしかして、シリ義姉様の発明品なのでは?」


「うーん、姉上からは聞いてないけど、多分そうだろうな。まあ、そんなことはどうでも良いから、ティーナ、早くサインしてくれ」

「今、書きますわ。ミスティーナ ツワーモノーダと。ふふっ、書けましたわ!箱に入れますね!」


 ミスティーナにとっては、昨日に続いての婚姻届けの提出の見届けではあるが、昨日は自分とは関係のない手続きだったので、よく見ていなかった。今日は、記念すべき、自分の婚姻の書類なので、しっかり見守ろうと、箱を見つめる。


 箱の中に吸い込まれた婚姻届けは、一瞬白く輝いたあと、消えて見えなくなった。


「白く光ると受理、緑色に光ると問題ありで不受理です。今回は白く光りましたので、問題なく受理されました。この度はご結婚おめでとうございます!」


 なるほど。昨日がどうだったかは、興味がないので、覚えていないギャラリーである。受理されていたので、今日と同じく光ったのだろうが。


 昨日とは違い、婚姻課の責任者だけでなく、声が聞こえる範囲にいた「ギャラリ見守り隊ー」全員が、拍手で祝福してくれた。何分にも辺境住まいである。婚姻証明書を改めて申し込みにくるのは大変なので、出張ブースで発行の予約を入れてもらい、後で王都中央役所の方に受け取りに行くことにした。


 魔法での送信は、今回の婚姻届の様に近距離でしかできないのだ。書類や人間を遠方に送るのは、天才発明家と言われるトノサダ国の王女シリにも難しいことらしい。


(やっぱり、昨日の自称姉の痴女風ネーチャンの方が平民で、縁切りで家を出され平民になったとか自称元婚約者に責められていたお嬢さんが、貴族だったな。しかも、辺境伯家だし。元伯爵令嬢呼ばわりも間違いじゃないか。ツワーモノーダ家は、公爵家だし!兄とか言う人とそっくりだから、平民が養女になったとかじゃないし!そもそも今日結婚したお相手はトノサダ家の方で、どう考えてもどこから見ても隣国の王族だし。王族と結婚できるんだから、あの銀髪の女の子は辺境伯の直系で間違いないな。と言うか、昨日のカップルは何者だったのかね~?誰か解説してくれないかなぁ。何故か仕事の長期休暇中にも関わらず、学園記念サロン屋内広場横オープンカフェで毎日お茶しているギルド長談)



「2人ともこれで夫婦だな。結婚おめでとう!」

「有難う、ルイスお兄様!」

「有難う!ルイス!これでティーナは俺のものだな!ティーナ、トノサダで用意したドレスと指輪はあるが、このブシデアの王都でも何着かドレスを買おう!オーダーメイドを頼む時間はないが、ブシデアの店はサイズ調整が早いのが有名だから、数日後の出発でも、間に合うだろう?その間にアクセサリーも買いに行けるし!ああ、荷物が増えることなら心配ない。父上が大王鷹に乗って迎えに来てくださるそうだ。明後日に到着される予定だ。一応、ブシデアの王族にも挨拶をしておくと仰られてな。だから、トノサダへは楽に向かえるぞ!馬車では数ヶ月だが、大王鷹であれば、直線距離を飛んでいけるから4日もあれば着くからな!」

「まぁ!大王鷹を!素敵ですわ!私憧れていましたの!そうですわね。この学園記念サロンにはセレクトショップが入っていて、王都で人気の各ドレスメーカーや宝石店の一押しの品をまとめてみることができたので、好みのデザインに仕上げてくれるドレス店や宝飾店は既に発見済みですわ。4日なら食べ物のお土産も買えますわねぇ」


 サラッと話されているが、大王鷹とは、トノサダの王族のみが所有する、馬車の5倍サイズの大きな大きな鷹のことである。この国の人間からすれば、夢のような高速移動ツールとも言えるが、トノサダにも十羽以下しかいないらしい貴重な鳥なので、軍事利用されていない。他国の人間には、トノサダ王が友好国を訪れるときに、数名の護衛と王本人が入ったカゴを足で掴んで運んでもらうことがあると言う話が知られているぐらいで、ほぼ幻の鳥だ。


(えーー!大王鷹!?スッゲー!絵でしか見たことがないぞ!本物見てみたい!!!ギャラリー一同談)


「俺も、ツワーモノーダ領まで乗せてもらえるらしい!リリヤと母上に頼まれているものがあるから、買い物には行きてぇけど、その前に、とりあえずそこのカフェで昼飯を食おうぜ!外の店じゃ、もう昼飯の提供終わってる時間だしさ!」

「お兄様、言葉がちょっと乱れすぎではなくて?リリ義姉様に子供の教育に悪いと叱られますわよ?」

「まだ生まれてないしぃ!大丈夫だよ。リリヤと子供の前では、ちゃんとしてるしぃ!」

「来年の今頃、リリ義姉様の鉄拳制裁を受けるルイス兄様の姿が見える様な……」

「おい、不吉な予言はヤメロ!兄ちゃんは、そんな妹がコワイぞ!」

「ルイス義兄上、私の子供の教育に悪いので、即刻その言葉遣いを改めてくれ」

「いや、お前らさっき結婚したばかりだし、子供の教育の話は早すぎだろ!」

「お前らって!お兄様、来年ではなく、帰宅後直ぐにリリ義姉様に可愛がっていただける様お願いしておきますね!」

「イヤダわ、私の妹が怖いわ!可愛がっての意味も怖すぎますわ!」

「ルイス義兄上……気持ち悪いから、やめてくれ。飯が不味くなる」

「ライだって、飯が不味いとかいつも言ってるじゃ〜ん。ズルくない?」


「もう!そんな話は良いですわ!それより2人とも早くお座りになって!店員さんが注文を取れなくて困ってらっしゃいます!」


 学園記念サロン屋内広場横オープンカフェの空き席に座った3人が、無事、お昼ご飯の注文を終えた頃、沢山の空いていた周囲のテーブルの席がいつの間にか満席となっていたが、昼食を食べ損ねた忙しい人間は結構いるものなのだなと、辺境出身のお上り兄妹は気にしていなかった。

 隣国の王族の彼は、我が妻が美しすぎるせいではないかと、密かに嫉妬していたが、周囲に座る人間は男性ばかりではなかったので、気にせず愛しい婚約者との食事の時間を楽しむことにした。


「ティーナの行きたい店が決まっているなら、王都の街中をむやみにウロウロしなくて済むな。私たちがついているとはいえ、大事なティーナが万が一でも変な奴に絡まれたり、目をつけられたら大変だし……」


「……変な人なら、もうここで散々絡まれましたわよ?」


「……は?」

「えー?こんな警備のしっかりした場所で絡むバカがいたのか?」


「それがいたのです……。王族を名乗るユーリクン ノブシルという方に、なぜか、挨拶にもこない無礼な婚約者扱いされまして」

「は?ティーナは生まれた瞬間から、私の、私だけの婚約者なのに!?ブシデアの王族にカウントされないノブシルの分際で、婚約者扱いとはどういうことだ!元王族とも言えない、大量生産王子の分際で何をバカなことを!捻り潰して来ようか!」


「いや、ライ、ブチ切れるの早すぎ!気持ちはわかるし、俺もムカつくけど、ここはもう少し詳しい話を聞こう。いや、その前にドレス店と宝飾店だ。先に必要なものを購入して、サイズ調整を待つ間に、ゆっくり話を聞かせてもらおう。この王都で何かバカ対策をとってから国と領に帰った方が良いなら、1泊か2泊、滞在を伸ばしても良いしな」


(え!ちょっとちょっと!別の場所でなんて困ります!いま!ここで!先に話を聞かせてくださいよ!学園記念サロン屋内広場横オープンカフェの座席を確保できた、昨日までのギャラリー一同談)


「以前シルビー伯爵家当主のアルティア伯母様の後夫候補の見合いに来て、辺境は怖いとすぐに逃げ帰った子爵家の3男坊がいたでしょう?」

「ああ、いたな。庭で見合い中に、ペットの妖狼の子供に戯れられて、泣き叫んで鼻水流しながら逃げ帰った奴が」

「今は別のお相手と結婚されて、王都の外れの貧民街に住んでいるとか。彼の娘のアンリ嬢が言うには、私はその伯爵家当主夫妻の娘で、アンリ嬢を姉として敬わず無視する極悪非道な妹で、最近親から縁切りされ、平民になったそうですわ」

「貧民街に住んでる子爵家の3男坊が、伯爵家当主?頭おかしいのか?」

「そうですわよねぇ。大方、ユーリクン ノブシルという方を王族だと信じている方と運命の出会いをしたと娘のアンリ嬢に報告されて、伯爵令嬢の振りして結婚まで持っていく計画を立てたのではないでしょうか?ああ、結婚計画は無事昨日成功しておりましたわ」

「うむ。アンリという女の結婚の話は、そういう詐欺もあるから驚かないが、何故、そ奴らに私のティーナが絡まれるのだ?」

「図書館の利用サービス登録時にフルネームで名前を呼ばれた際に、突然婚約者がどうとか言われ、2週間に渡り絡まれ続けましたの。大声で騒ぐものですから、もう本当に煩くて困りましたが、素敵な耳栓を紹介していただけましたので、こちらの品を手に入れたあとは、相手をせず放置しておりました。まともな会話ができない方々でしたので」


どんなやり取りがあったのかも、詳しく報告すれば、ミスティーナの兄と夫は激怒のあと、脱力した。相手の家に怒鳴り込んでやるという意気込みはどこかへ消え、頭のおかしな連中の考えが理解できなさすぎて、参ってしまったのだ。


 ちなみに、この国の王族の血に連なるものは多いので、昨日までここで喚いていた少年が本当に王族だとしても、ほとんどの民には知る機会がない。


 広く民に知られている王族とは、両陛下と王太子夫妻、軍部に所属する第二王子とその妃、近隣国に嫁入りした第一王女ぐらいであり、王家としては久しぶりに自国の公爵家に嫁いだ第二王女や、現陛下の弟2人と妹2人の嫁ぎ先まで把握しているのは、貴族や貴族に連なる商家、王都の民ぐらいである。


 この国の王族の名前はブシデアと言い、ノブシルではない。家の興りは数代前に遡る。当時のブシデア王家の王子が隣国の第一王女の下に婿入りした。その際に、正室である王女の性格が大人しかったのを良いことに、側室という名の愛人を大量に抱えたのだ。そして、生まれたのが、婿入り先の王族の血を全く引かない大勢の子供達である。当然それは王家の知るところとなり、離縁され強制送還された。

 王子を返品されたブシデアの王族は困った。王子本人だけでも困るのに、王子と他国女性の側室達と子供達で構成された大家族が、ブシデアの王族の顔をして、王城入りしようとしたのだ。当然お断りである。

 王族として受け入れるわけにはいかないので、仕方がなく、王都のハズレに大きさだけはあるが古びた屋敷とノブシルという新しい家名を与えることにしたそうだ。

 ノブシル家は大家族だったので、今でもその子孫の数は多い。側室制度のない国に帰ってきてからも、そんな家族構成で、王族の一員である意識を持ち続けているので、頻繁に揉め事を起こす。ノブシルだけでなく、王家ブシデアから派生した他の親族も、頻繁に揉め事を起こすので、現王家は、問題ばかり起こす遠い親戚達と縁切りしたそうである。


「ユーリクン ノブシル……もしかして、将来、ミスティーナと結婚してくれると良いなとか、ミスティーナは辺境に住んでいるんだよ、とか親に言われて育ったんじゃないか?貴族の家の親がよくやる刷り込みで、貴族学園に相手の子がいれば、子供が自発的にアタックしに行ってくれるだろう?あわよくば、嫁にとか、婿にとか、優良な家と縁付けるかもしれないし」

「アンリ嬢の親は、辺境住まいのミスティーナと婚約しているという、婚約者の家名すら覚えていないおバカユーリクンの言葉を信じて、自分たちをミスティーナの親である辺境の人間だと偽ったのだろう。貴族の名前もろくに覚えていないから、昔お見合いをした伯爵家の夫婦になりきって、次女ミスティーナを追い出し、長女アンリ嬢と結婚させようとしたと。まあ、そんなところか」

「うーん。どうしてやろうか!」

「ブシデアの国に苦情の一択じゃないのか?」

「もっと、仕返ししてやりたいが、おかしな家に、まともなやり方が通じるかどうか」


「私は、縁切りしましたので、もうどうでも良いですわ」

「それなら、俺も、縁切りすべきか……?」

「いえ、お兄様はツワーモノーダ家を支える立場なのですから、呪いはもっと大事に使ってください。あの者達なら、いつかは自滅しますので、放っておけばよいですわ」

「自滅するか?」

「ああ、そうだな……する可能性は高いな。王族と結婚したつもりが平民同士でだろ?ノブシル本家は側室と子供を未だ大量生産している頭のおかしな家だし。そろそろ王家からの援助金が止まるんじゃないか?100年とかだろ、元王族への援助契約って。」

「数年以内に、自滅しそうですわね。アンリ嬢の方は、数日以内でしょうけど。ふふっ。まあ、どうせ私は、トノサダに向かいますので、関係ないですわ。呪いも終わりましたし。」

「ティーナ。あの呪い、力がない人間が唱えたらダメなのか?」

「いえ、お兄様は本気で使う時にしか唱えてはいけませんが、ライ様や魔力がない方でしたら、お守り、お祈りのような気持ちで唱えれば、気持ちがスッキリすると思います。声に出しても大丈夫ですわよ?」


「では遠慮なく。ノブシル家とアンリ嬢の家族!然様然らばさようしからば是にて御免これにてごめん!」


然様然らばさようしからば是にて御免これにてごめん!」


ライジン ワレ トノサダの美声の呪いのあと、何故か学園記念サロン屋内広場横オープンカフェの客と店員の声が続いた。


「……(コクリ)」


皆様も、あの方達と縁切りしたかったのね。とミスティーナ ワレ トノサダは無言で、ギャラリーに向けて頷いたのだった。


fin


あとがき

「然様然らば是にて御免 <さようしからばこれにてごめん>」は、武士言葉です。

「然様(さよう)ならば(=それでは)これにて御免」。別れるときのあいさつことばで、今で言う「さようなら」です。


え?ちょっと使ってみたかっただけです。(逃亡!)

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さようしからばこれにてごめん 愚かな貴方達とは、もう会いたくありません! 白雪猫 @kakusama33shiro

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