第13話 負けられない戦いのあと

 圭を巡って激しい戦いを繰り広げた四人は落ち着かないまま翌日を迎えていた。



 長谷川家で一緒に暮らしている村正は圭が一言も話してくれないとあって手の震え禁断症状が治らない。



 エルナは自宅でそわそわとあっちへ行ったりこっちへ行ったりとずっと動き続けて止まらない。



 アイナは燃え尽きた。




 そしてこの人はといえば。




「あちきは生まれてきたのがそもそもの間違いでありんす」



「圭からすればあちきなんてもふもふの尻尾が九つあって傾国の美女とまで言われた絶世の美貌を兼ね備え圭をなに不自由なく養える財を持ち、日の本最強の一角である女というだけでありんす」



 このように下へ向かったと思えば急上昇するようなことを幾度となく繰り返している。



 ふわふわと揺蕩うたゆたうもふもふの尻尾が今やどちらに向かおうともしおしおになってしまっている。




 もういっそのことあちきも自身の力を封じ込めて圭と同じ年齢にするほうがいいのでありんしょうか。


 村正もそうしていることでありんすし。



 玉藻前が圭と同じ年齢くらいの姿になるというのは村正と同じ目論見ではあるが、過程が異なる。



 あやかしは自身で力を封じて見た目の年齢を変えるが、付喪神は自身の姿を思い描くだけでいい。



 玉藻前は力の一部を封じて力を抑えることで見た目を幼くし、それを少しずつ解いていくことで成長しているように見せかける。



 村正なら思い描くことで見た目の年齢を変えて圭と共に成長しているように見せかける。



 そのために村正は初めて圭と会った時から同じ年齢に見える姿で現れている計算通り!

 



 「あちきはこれからどうすればいいのでありんしょうか」




 永遠と続くかと錯覚するかのような時の流れの中で圭が学校から帰ってくる時間へとなっていた。




「たまもお姉ちゃん、きらいって言ってごめんね」



 あぁ……。



「圭! 圭が謝る必要はありんせん、あちきが悪うござりんした」



「抱きしめてようござりんすか」



「うん!」



「圭の身体は暖かいでありんす」



「たまもお姉ちゃん、しっぽでこしょこしょしないでよー」



 あちきたちが悪いのになんて思いやりのある優しい子でありんすか。



 愛おしい。



 それを表現するかのように玉藻前は尻尾で圭を撫でていた。




すやぁすやぁ。



すーぴー。




「あちきの尻尾で撫でられて気持ち良うござりんしたか」



「学校でたくさん学びいっぱい遊んだのでありんしょうか」



 そよ風が吹く中で圭は眠り続けた。




 その一方で圭が行動を起こしたことを知らない面々はというと。



 エルナは相変わらずそわそわ。



 アイナは燃え尽きたまま。



 圭をずっと力で監視し続けている村正は自身より玉藻前が先だったということから……。



 ガリッ、ガリッ ……ゴキッ ……グシャ




 一日経過。




「もう駄目でありんす、圭がいないと……」



「あちきはいつからこんなに弱い女になったのでありんしょうか」



 ドンッ、ドンッ、ドスッ ……グシャッ




 二日経過。




「圭と一緒にいるのは幸せでありんす。あちきの尻尾で気持ち良さそうに眠りんす」



「でもあちきでいいのでありんしょうか。あちきは圭を傷つけたのに……」



 ガッ、ガッ、ドゴッ …グシャッ




 三日経過。




「あちきは圭のそばにいないと価値がありんせん」



「圭がいるからあちきは輝やけるのでありんす」



 グチャッ ……グチャッ ……ビチャッ




 そして四日が経過した。




「圭、しばらく遊びに来られなくて悪かったわね。少し戸惑っちゃって」



「圭くん、お姉ちゃんなのにそばにいれなくてごめんなさい。寂しかったよね」




「エルナお姉ちゃん、アイナお姉ちゃん、きらいって言ってごめんね」




 圭の横にちょこんと立っている村正は玉藻前のすぐ後に原因となった自分たちが謝るのではなく悪くもない圭から先に謝られるという、なかなかにきつい経験を既にしている。



 圭を監視していて知っていたはずなのに圭の謝罪までの一連の流れは時に光速すら置き去りにする。将来有望で何より。




「とまどっちゃって? はよくわかんないけど、さびしくはなかったよ! たまもお姉ちゃんと遊んでたから!」



 私が戸惑っていたからだけど、それを聞くのはちょっと ……ううん、かなり痛いわね。



 あれ? 聞き間違いかな? なんかすごい速さで私を貫いたものがある ……ちょっと縁側で休んでもいいかな。




「圭、久しぶりにぷかぷかさせてあげるわよ」



 お姉ちゃんは少し縁側で休むわね、よいしょっと。



「今日はキツネさんたちとあそぶからいいー」




 あんなに浮くのを楽しがっていたのに?


 コウモリを不思議そうにじっと眺めていたのに?




 これはおかしいわっ! たった数日で状況が変化してるだなんてっ!




 ドヤァ。



 ふっ。




 もちろんドヤ顔してるのは玉藻前と狐たちで、鼻で笑っているのは村正である。




 三人からすれば受け入れ難いことではあるが、玉藻前と狐たちが作り出すもふもふ空間は最高の場所であり、九つの尻尾の上で眠りその周りを狐たちが取り囲むとなっては小学生の圭では抗えない。



 先の戦い以来、情緒不安定気味な玉藻前としてはこの時ばかりは安定するので圭を甘やかすのに磨きがかかっている。



 圭は周りのせいで意図せず泥沼に足を突っ込んでしまっている上に最初から今まで悪いことはしていないので将来的に泥沼に放り投げられたと思う可能性が高い。



 そして、今一番近くにいるのが村正と玉藻前というのは非常に危険である。



 本当に危ない。

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