第6話 村正

「じぃじ、はなしを聞いて」


「圭、どうしたんじゃ?」



 圭は夢の中で村正から聞いたことを懸命に話した。



 夢の中で意思疎通を交わすなど並の者では出来ぬ芸当じゃな。


 妖刀村正ようとうむらまさで間違いないじゃろう。



 もし村正本来の性質が残っておれば、夢の中で語り合った際に圭は廃人となるか死んでいたかのどちらかじゃ。


 封印されているとして最早その封印にあまり効力はないじゃろうな。



 村正は無視など出来ぬ存在じゃ、となれば呼び出し、万が一の場合は儂とばあさんで留めるしかあるまい。


 ちらと友紀恵に視線を送り頷くのを確認して、祖父の源弥げんやは決める。



「圭、捕まっている村正を助けようじゃないか。ただし儂とばあさんがそばで見ているからな」


「うん、わかった!」



 決まればあとは呼ぶだけでいい。


 祖父母が見守る中、圭は夢を思い出し告げる。



「ここにきて、むらまさ」



ゴトッ



 すぐさま鞘に収められた一振りの刀が現れ、いつの間にか圭の手は柄を握っており、鞘尻は床についていた。



 はぁー♡ 圭くんの手に握られてる♡



「圭、どうじゃ何か苦しいとか痛いとかはないか!? 重くはないのか!?」


「んーいたいとかなくて、なにももってないみたいでなんかへん」



 さすがに刀のままじゃ混乱させるだけね、姿を見せないと。



 現れたのは圭と同じ年齢に見える少女。



 艶のある長い黒髪を綺麗に流し、後ろにお団子をつくって一部纏めている。圭と同じように幼さを残した目はパッチリとしており黒い瞳が光っていた。


 優美な黒地の振袖を纏い、まだ幼さを残す外見には不釣り合いなほどの気品と妖艶さがあり、歴史ある付喪神であると主張しているかのようである。



「圭様、お呼び下さり誠にありがとうございます」



 きょとんとしてる顔も愛らしい♡



 その流れで佇まいを正し祖父母へと挨拶を行う。



 圭くん、待っててね♡



「圭様のお義祖父様、お義祖母様、はじめまして。私、村正と申します」


「念のための確認じゃ、妖刀村正で間違いないのじゃな」


「はい、正確には初代が鍛刀し村正が一振りであり、その中に他の村正の思いが集まり付喪神となったのが私でございます」


「妖刀の類の力は感じぬが、力はどうなっておる」


「力はそのままに、人を狂わす類のものは既に持ち合わせておらず、現所収者は圭様となっております」


「圭の様子から見るに誠のことなのじゃろうな」


「圭様がお呼びになれば、どれだけ離れていようとも瞬時にそばへと赴く事が出来ますのでお守りすることが出来ます」



 呼ばれなくても私の意思ですぐそばにいける♡


 夢の中で仮のパスは繋がってはいたけど、呼ばれて正式に契約できたからパスが完全に繋がっちゃった♡


 圭くんに全て見られちゃう、見てほしい♡


 それに圭くんから拒絶されないかぎり私も圭くんを知れる♡



「うむ、圭が所有者になったのであれば圭のことは任せるとするか」



 ふふっ、任されちゃった♡


 圭くんのお義祖父様だけあってよくわかっていらっしゃる。



「圭の前では堅苦しいのはやめてもらいたいのじゃが大丈夫か」


「はい! 圭くんと仲良くします!」



 村正はあっさりと仮面を脱ぎ捨てた、一部だけ。




妖刀村正ようとうむらまさ——



 一振りの刀、村正として自身を携える者と戦場で数々の人を屠り、鮮血を浴び、血を啜り続け研ぎ澄まされていった名刀。


 他の村正も斬れ味が鋭く、どれもが同じように乾く事がないかのごとく戦場へ行き血を滴らせ続けた。



 そして付喪神となり妖刀村正へと至る。



 時に人を狂わせ、戦場へ導き、ただただ血を求め続けた。


 水浴びをする気軽さで鮮血を浴び続けた。



 そんなある日、一人の男と出会う。


 男は自身を振るわず対話を求めた。


 何度も語りかけてくるだけ。


 気まぐれに返事をしたことがきっかけで話すことを知り、屠る以外の知識を得て、話すことが楽しみになる。



 そして自身が存在するだけで災いをもたらす者だと知る。



 語りかけてきた男は陰陽師を多数輩出した家の末裔。


 自身の在り方を知ってしまった妖刀村正は男から提案された封印を条件付きで受け入れる。


 条件はこの先も変わりなく続く対話を求めた。



 だがその約束が果たされる事はなかった。



 男が死に、次代は封印をより強固なものとして語りかけてくる者は誰一人としていなかった。


 誰かと話したい、寂しい、もう嫌だと蹲り時ばかりが過ぎていく。



 誰とも話せない孤独の中でそれは唐突に起こった。



 幼い子供が友を奪われて暴れ回る感情のままに吐き出された声が届いたのだ。


 自身が妖刀村正として在った時でさえ、もち得なかったと思われるほどの怒り殺意怨嗟などのどす黒い感情にその他の様々な感情。



 そして、その奥には友を想い泣いている声。



 村正はすぐにでもそばに行き抱きしめたいという感情と久しぶりに聞く人の声に震えた。



 封印の綻びをつき、泣いている子を見つけて何度も語りかけ、子供の様子を見ていく内に想いを募らせた。


 想いが芽生えたきっかけはあの日、人に対してではなくあやかしや付喪神のために世界中に届くほどの想いを持って泣いてくれる子を見た瞬間。


 見つめている子はとても綺麗で澄み渡っていた。



 そして初めて想う感情……あの子が欲しいと。



 圭を見つめるうちに在りようが変わっていく。



 圭を飽きる事なく見続け、どうしようもなく求め続けた。



 血を欲していた妖刀村正は遠い過去でしかなく。


 対話を欲した村正は変わり始めた。


 村正は今までの全てが間違っていたというほどの想いで生まれ変わっていく。



 ただ圭を欲し、圭のためだけに存在し、自身の全てを捧げて愛し尽くす。


 そして圭に愛してもらう、圭の愛は私だけのものであり、愛されていいのは私だけ。



 そして圭への愛情だけを芯に持つ一振りの刀が出来上がる。



 圭のみ振るうことが許される狂愛の刀。




 そして今、収まるべきところに収まった少女。


 手を繋いで楽しそうに外へ向かっていく2人。



 圭くん、愛しているからね♡


 まだ子供だから伝えたとしてもわからないよね。


 だから私は圭くんと共に成長するの♡


 圭くんが小学生になったら好きと伝えるからね♡


 中学生になったら大好きと伝えるね♡


 高校生になったら愛してると精一杯伝えるね♡


 大学生になったらずっと愛を囁くわ♡


 社会人になったら結婚しようね♡




 だからね、圭くんは他の人なんて見たらだめだよ。



 圭くんを惑わす相手は斬り捨てるから。

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