第三話
曲がりくねった道の左右を首を振って確認しているうちに、タクシーには見えない真っ白なワゴン車が結構な勢いで登ってきた。
ここは坂の上だからこんなにも暑いのか、と納得がいった。すぐさまベンチから立ち上がり、手を挙げるとすんなりと停車した。
個人タクシーというものだろうか。普通の車と変わらないように見えるそれに乗り込んでみれば車内は、よくあるタクシーの料金メーターもあり小さな金庫も携えていた。運転手はこちらを見ず、変わらず業務を続けた。
「どちらまでです?」
「この先にちいさな村があると思うのですが、そちらの入り口までお願いします」
初老の男性に見える運転手はやっとこちらに振り返ったかと思えば、じとりと遙を見遣った。
そしてすぐに秋葉へ目を遣り、短く息を吐いては再度ハンドルを握った。
「へぇ。なんだ、珍しいな。そこに何か用かえ?」
「帰省のためです」
車内は冷気も充分にあり快適なものだった。
「ほぉ、そうか。久しくそっちの方は行かんものでね。ここまで大変だっただろう? 後ろでゆっくりしてなね」
「ありがとうございます」
隣で後部座席にくたりと背を預けている遙は、やっと水分補給してくれたようだ。
「あの集落は……いや、あっこはな、避暑地としても有名だったな」
運転手は集落、と言ってすぐに言い直す素振りを見せた。
あの場所は、村というには寂れている印象があったから、共通認識なようでひとり安心した。
「すぐ近くに海もありゃ、河口部もあるだろう。そこ、いい釣り場でよ、俺もよく行ったわ」
「そうなんですか」
「なんだ、しばらく帰ってないのか」
「はい」
「まぁ、こんな場所じゃなぁ」
そっと愛想笑いをして返せば、運転手は「そうかぁ」と呟き、運転に集中してくれた。
すこし窓を開け、生ぬるい風と車内の冷気を浴びながら見える景色は、先ほど見た景色と変わらないほどに森林が続いていた。
しばらくすると「もうすぐだぞぉ」と、運転手から気だるげに声がかかる。疲れからかぼんやりと変わらぬ景色を見ていたせいか、眠りそうになっていたようだ。
遙は眠っていたようでいつの間にか肩に凭れ掛かっていた。とんとん、と腿をやさしく叩くと、遙は眠そうに目をこする。次第に車は緩やかにスピードが落とされていき、停車した。
「あいよ、お疲れさん。端数はいいから」
料金メーター機器を爪でこんこんと叩き、メーターを確認すれば思ったよりも安く済んでいるうえに、端数はいいと言われてしまった。
秋葉にとっては嬉しい限りなので、頭を下げ感謝を告げた。
「いいんですか? ありがとうございます」
「ありがとう、ございます」
続けて遙もお礼をした。か細い声だが、しかと聞き遂げたようで運転手は頷いた。
秋葉たちがタクシーを降りると、ふわりと風がふたりを煽る。バスでの移動中だと蒸し暑く感じていたがここは随分と涼しい。運転手の言った通り、ここは避暑地でもあるらしい。
降ろされた場所はたしかに目的地ではあるものの、どこか外界から隔離されているような場所に眉を顰めた。気持ち程度にぽつんと立てられた看板は、煤けて読めなくなっていて、木々に囲まれているせいか、日が傾いてきたからかとにかく暗い。透けて差し込む太陽光が地面を照らしているが、その地面でさえじめじめと湿っている。
集落への入り口である木製の門は扉としての機能をしているわけではないただの門構えであり、集落の様子は見えなかった。ここから見えるのは、トラックなどが出入りしたであろうタイヤの痕が残っている、雑草まみれの小道のみだ。
タクシーのドアは自動では閉まらないため手で閉めれば「あんがとよ」と運転手が手を挙げた。
ふたりでタクシーへ頭を下げれば、もう一度運転手が手を挙げるものだから「いい人でよかったね」なんて、遙へと言おうとすれば既に遙は居なかった。踵を返して振り向けば、村へと続く――本当に進んでも大丈夫なのかと疑いたくなるような細道へと入っていく遙の姿があった。慌てて秋葉は追いかけていったのだった。
―――
あの集落へと続く細い道に入っていった二人の背を見届けた運転手は、窓を開けて紙巻タバコに火をつけようかと――悩んだ挙句に、火をつけた。
一吸いした紙巻きタバコを持つ腕を窓から投げ出し、微かな生ぬるい風がタバコの煙を空に舞わせた。物思いに耽るようにして、運転手は木々の合間に見える、まだ青い空を見上げた。日が暮れるには今は早い時刻だが、ここ周辺は日が落ちてからは、真っ暗闇になるのだ。
「あの集落のモンは、みんな同じような顔してんだよなぁ……」
運転手はぼそりとつぶやくも、風で周囲の木々が揺れ声をかき消していった。
ほどなくして運転手は紙巻タバコを口に咥え料金メーターを初期化させ、来た道を戻っていった。
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