第二話 

 次の日、早速その集落へ向かうための準備を始める。

 ガスの元栓を閉めては家中のコンセントを抜いて回る。雨戸もびっちりと閉め施錠をする。慌ただしく出掛ける前のチェックを普段より念入りに進めているなか、遙の部屋のドアが開かれた。

 夏らしく前向きになれそうな刈安かりやす色に、ボトムに向かって小さな花弁を散りばめるようにあしらったワンピースに純白のショート丈の靴下。その恰好に見合うのは、あの靴だろうか。ちょっと背伸びをしているようにも見えるショコラカラーのパンプスを遙のために先日購入してきたばかりで、玄関に未だ箱の中で眠っている、あれだ。

 「かわいい!」

 目が合ってはすぐに褒めたたえる秋葉。

 「……えへへ」

 照れくさそうにその場でくるっと回って見せてくれる遙。その姿と初対面の記憶を引っ張り出して脳内で比べては、ひとりウンウンと頷く。

 少年のような風貌だった遙が今となっては、こうである。遙は陶器のような肌に人形のように大きな眼窩を持っていた。元の素材や土台がいいのだから勿体ないと躍起になった秋葉の、涙ぐましい努力によるものだった。


――― 


 その集落に辿り着くこそ、涙ぐましく思えるほど長い道のりであることを知る。

 意気揚々と家を出たのはいいものの、如何せん電車やバスの乗り継ぎにせよ時間がかかるのだ。朝早くに出たと言えど時間はかかると覚悟をしたつもりが、この体たらくであった。

 隣にいる遙を見遣れば、たしかに疲れているはずだが表情は明るいものだった。機嫌を損ねたとしても困り果てるほどの我儘は言わないであろうと承知の上だが、秋葉はほっと胸を撫で下ろした。

 過去の記憶は頼りにならず、幼い頃に父の車を通してこの地を訪れていたこともあって異様に遠く感じていた。慣れない土地での乗り継ぎに、幼い子供以上に疲れていた秋葉は早く免許を取得しようと思ったのだった。


 降ろされたバス停乗り場から目的地方角へと徒歩にて20分。やっと見つけた次のバス停乗り場の時刻表に記される一つ分の空白に、がくりと肩を落とすのだった。

 「すこし前に、バス行っちゃったみたい」

 時刻表を覗き見た遙が言った。これから一時間、この炎天下のなかでバスを待つのだ。

 そしてじっと耐え忍ぶこと一時間。待ちに待ったバスにやっとのことで乗車し、長い道のりを経て辿り着いた先は――今、乗っているバスの終着点である。降りるしかないため渋々降りていくと、周囲には生い茂った林と噎せ返るほどの土の匂いと、ほぼ真上から差し込む太陽光しか無かった。もちろん、周囲には駅などなかった。


 「……もう駄目。遙、大丈夫?」

 思わず本音が駄々洩れた秋葉は、すっかり温くなったミネラルウォーターを遙に差し出す。

 「うん……暑いね」

 遙はそれを受け取るも、飲むというよりは少しでも冷気を感じようと頬にくっつけることに専念していた。

 失敗した。重たくても保冷効果のある水筒にするべきだっただろうか? でもすぐに飲み切ってしまうから――、。


 だんだんと回らなくなってきた頭でバス停乗り場のベンチにへたりと座れば、続いて遙も隣に腰掛けた。バス停を睨むようにして見上げると、とある物が目に飛び込む。タクシーの宣伝POPだった。

 その手があったか! 秋葉はすぐにスマホを取り出せば、地図アプリによって消耗されたスマホのバッテリーはいつの間にか20%を切っていることに気付き、慌ててその張り紙にある番号へかけた。頼みの綱であった。ふだん秋葉はタクシーなど、節約のため使う気にもならないが、そんなことは言っていられないぐらいに暑いのだ。このままでは秋葉だけでなく遙だって危ういのだから、妥当な選択であった。

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