第3話 大翔、平穏を獲得する

 始業式本番10分前、やっとのことで各自の原稿を書き終えた。当然大翔は原稿を書けなかった、いや意図的に書かなかったと言った方が適切だろう、必要ないのだから。あれから生徒会全員が慌て出したため、大翔は仕方なく一人一人の原稿最終チェックをしていた。そんなこんなで迎えた始業式のスピーチ。何かがおかしい、大翔は変な胸騒ぎを抑えられずにはいられなかった。



***



始業式は順調に進み、生徒会による挨拶になった。


「…さん、ありがとうございまいた。続いて、生徒会1年生代表、夜桐大翔さん、お願いします」


深く深呼吸する。このような場は慣れている大翔にとって、全校生徒の前でスピーチをすることは容易い。だが、目立ってしまうことには変わりない。大翔は生徒会長である柊木舞を心から呪った。一体どうしてこうなってしまったのだろうか。心の中で悪態をつきつつ、全校生徒の前に立った。内心面倒臭く思いつつも、装着しているAADを起動させる。


「僕は、生徒会一年生代表の夜桐大翔です」


そう告げるやいなや、全校生徒が急に騒然となった。それもそのはず、大翔は今朝初めてこの永闘アカデミーに来て1年生代表になっていたからだ。当然、生徒は誰も知らない。


「今日このアカデミーに転校して来ました。僕自身もわからないことがありますが、一年生代表として全力で頑張って行きたいと思います…」


いつも通り、うまくいっている。そう確信し、話し続ける。思っていたよりもうまく行っている…いや、スピーチの方ではない。大翔はこのスピーチの場を借りて、ある一つのスキルを使っていた。俺はそのスキルを発動し、自分の声に乗せて全校生徒を凌駕する。


『この永闘アカデミーには夜桐大翔という人物はいない、今見ていたものはただの幻覚に過ぎない』


そこで少し息を吸う。


『スキルコード0000:忘却オブリビオン


そう唱えると、全校生徒の目がとろんとしてきた。(まあ別に唱えることもなかったのだが、少しカッコつけたくなってしまった)生徒会長の柊木舞だけを除いて。もちろん俺は対象を絞ることができるので、特定の相手だけを記憶操作することも可能だ。広場が静まり返った途端、大翔は舞を連れてアカデミー最高層へと向かった。


「ちょ、まっ!! これどういうこと?」


舞は完全に混乱しているようだった。無理もない、舞は大翔のスキルを知らなかったのだ。当然、舞だけを忘却しなかったのには訳がある。どうもさっきから変な胸騒ぎがするのだ。


「後でしっかり話しますから、とりあえず俺の指示に従ってください」


大翔はそう舞に告げると、少しスピードをあげて走り出した。今の永闘アカデミー依然として不気味なほど静まり返っていたー…。


 

***



大翔たちは先程行ったアカデミーの最高層へ急いだ。さっきの態度とは裏腹に思いっきりドアを開く。そこに立っていたのは見間違えようもない、柊木耀哉の姿であった。


「おお、大翔くんではないか。まだ何か用事があるのかね?」


彼は怪訝そうに大翔の顔を見ている。その声を聞いた途端彼は安堵のため息を漏らした。もしかしたら先程のAADのスキルが彼に効いていないのかと思ったのだ。だが、それは杞憂だった。


「会長、先程の私たちの会話を覚えていらっしゃいますか?」


「もちろん、覚えているとも。舞のことを頼んだはずだが…」


彼は続けて、それが何か? という顔をしていたので、即座に訂正文を述べる。


「すみません、なんでもありません。ただ…できればあまり目立ちたくないので、柊木さんの裏方、ということにしてもらえませんか」


この際なので、言っておきたいことを直接話した。流石にあまりに目立ってしまうと、大翔本人の本来の仕事が遂行できなくなる可能性を考慮しての発言である。


「なんだ、それくらいのこと…わかった。では改めて、よろしく頼んだぞ」


あっさり受け入れられたことに驚いているのは大翔の方だった。


「よろしいんですか?」


「もちろん、私はそれでも構わない」


「では、よろしくお願いします」


そう言うと大翔は、早足で出口へ向かった。だが、部屋を出る直前、彼に再び声をかけられた。


「ああ、それと君の配属クラスは1年A組だ。舞、あとで案内してやってくれ」


今まで呆然と聞いていた舞は1年A組と聞くと、にへらと笑った。どうやら1年A組は舞の隣の教室だそうだ。今度こそ大翔は会長の部屋を出た。



***



 生徒会室から出て、大翔は大きなため息をこぼす。全身嫌な汗でびしょびしょだった。すると突然、舞が大翔を壁の方に追いやり、じわじわと詰め寄ってくる。美しいブルーの瞳の中が困惑と怒りで小刻みに震えているのを感じ取り、大翔も逃げの姿勢をとる……が間に合わなかった。逃げる前に手首を掴まれたのだ。


「ねえ、ひ〜ろ〜と〜く〜ん?一体どういうことなのか説明してもらいましょうか」


その瞬間、ゾワりと背中が寒くなる。もう逃げることはできないと悟り、深くまでは話さなかったが、特殊なスキルを使えることだけ一部抜粋して一通り話終えると、舞は神妙な顔をした。(流石に国家機密情報を人に易々と話すことはできない)


「そういえばさっき使っていたものもその能力の一つなの?」


「ええ。さっき使っていたのは、忘却オブリビオンっていうスキルで、人の記憶に干渉できるやつです」


「え、てことは私にも干渉できちゃうってこと?」


「まあ、そういうことになりますね。ただ、柊木会長にスキルを使うと耀哉に何されるかわかったもんじゃないですから」


頬をかきながらそう答える。舞は一瞬ゾッとしたような顔をしていたが、スキルを使わないと分かりいつも通りの表情に戻った。


「よかった〜。私、かけられたらどうしようと思ってた。ところで他になんか便利な能力ってあるの?」


「そうですね…、これなんかどうです?」


そう言って指をパチンッと鳴らす、動作をしながら、反対の手でAADを起動させた。だが、今回は脳内で詠唱を処理する。大翔の周囲に緑色のオーラが纏った、いかにも神秘的な風景だ。


『スキルコード:0005 意思疎通ブレイン・リンク!』


その瞬間、舞にも同じ緑色のオーラが出現した。舞は驚いた様子だったが、あることに気がつき、さらに驚愕な顔をした。


(うまく伝わってます?これは意思疎通って言って、相手と念によって話すことができるスキルです)


(えっ!! すごい!! やっぱり大翔くんがいれば安心だね)


そして舞はにへらと笑った。その瞬間、あろうことか舞に見惚れてしまった。…しばらく眺めていると、舞は頬を赤らめ、そっぽを向きか細い声でつぶやく。


「な、何よ…!!」


その瞬間大翔は現実に引き戻され、さっきから考えていたことを口にする。


「俺、柊木に言いたいことがあるんですけど、いいですか?」


その途端、舞は赤かった顔をさらに赤くし、顔を手で押さえながら、消え入りそうな声で唸っている。


「俺の…」


舞は茹でたこのようになって、生唾の飲み込む音までもはっきり聞こえた。大翔はどうしたのだろうかと思いながらも話を続ける。


「俺のスキルの一部柊木会長が使えるようしますけどいいですか?」


「…………。」


しばらく長い沈黙が続いた後、何を思ったのか急に舞は壁の角の方に走り出し、顔をうずめた。大翔は仕方なく寄っていく。


「……か、…ばか、大翔くんのばか!!」


「はぁ??」


本当に何が何だかわからない。いきなり顔を真っ赤にしたのかと思えば急に走り出したのだ。さらに、舞の方はというと、少し不貞腐れている。


「??、柊木会長、これからさっき使ったスキルを使えるようにします。少し動かないでください」


返事が返ってくるか否かというときにさっきの強化版のスキルを発動する。これは発動対象を限定的にし、そのスキルだけは行使する側でなくても使うことができる。要はスキルでASDにハッキングしたと言っても過言ではない。かつて、戦場にいた時によく重宝されたものだ。


「これで使えるはずです。試してみてください」


(大翔くん、その・・・ありがと。)


(その様子なら、もう大丈夫ですね。何かあったらいつでも 使ってください)


スキルの話がひと段落した後、舞は切り出す。


「じゃあ、行こうか、教室へ!」



***



その頃、最上階の部屋で。


「思ったよりもずっといい」


柊木耀哉はホログラムに向かって話をしている。


『それで、計画は進んでいるのか?』


「はい、問題ありません。ですが…最近は公安の目も厳しくなっているようなので気をつけたほうがよろしいかと」


『分かっている。なあに、昔からこんな感じだった。彼らが私たちのネットワークにアクセスできるはずなかろう?引き続き、隠密に行動するように』


そういうと、ホログラムはプツリと切れた。耀哉はそのホログラムを見て、嘲るように笑う。耀哉は席を立ち窓の外を眺める。


「さあ、ショーの始まりだ」


耀哉はニヤリと笑った。まるでこれから起こることが全て分かっているように・・・。

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