第2話 始業式といきなりの面倒事

ー始業式当日にてー

 

「…──。そして、今年の生徒会役員の紹介です。1年生代表、夜桐 大翔2年生代表、……。後は前年度委員会が引き続き行なっていきます。また、今年度生徒会長は、柊木 舞に努めていただきます。では、それぞれスピーチをお願いします」



***



「ありがとうございました。続いて、1年生代表 夜桐 大翔さんお願いします」


深く深呼吸する。このような場は慣れている大翔にとって、全校生徒の前でスピーチをすることは容易い。だが、目立ってしまうことには変わりない。大翔は生徒会長である柊木舞を心から呪った。一体どうしてこうなってしまったのだろうか。心の中で悪態をつきつつ、全校生徒の前に立った。



***



遡ること数時間前、大翔は舞と一緒に天咲市の中心部にあるアカデミーへ向かった。と思いきや、近くのカフェで休憩していた。


「大翔くんは飲み物何がいい?」


「じゃあ、コーヒーをお願いします。悪いです、カフェなんて連れて来てもらって」


店内はコーヒーの匂いが充満しており、流れているジャズもカフェ特有の雰囲気をかもし出していた。


「いいのよ。新入生を歓迎するのも私の仕事だから」


果たして本当にそうなんだろうか。それにしては妙にゆったりしているようだが。


「この後私たちはこのルートを通ってアカデミーへ行くわ」


「こっちじゃないんですか?」


「そっちは別の都市方面よ。この端末に載ってるはずよ?ってそもそもなんだけど、この永闘端末の使いかたって知ってる?」


大翔は背中に何か冷たいものを感じながら答える。だが、あくまで平然とした態度で接する。


「聞いてはいたのですが…」


嘘である。先ほども述べたように大翔は楓から説明を一通り聞き流した後、この端末をAADでハッキング(と言う名のデータ改ざん)、さらに改造までしてしまっている。そしてこの端末のハッキング、改造がバレないよう、表向きには他の端末と同じようになるように保護プログラムまでAADを使って施した。


彼女は呆れたような表情をして、ちょっと見せなさい、と近寄ってくる。

顔が近い。やっぱめっちゃ美人じゃないか…!!鼻腔に微かなシャンプーの匂いが伝う。そして、自分の腕に当たっている何か柔らかいもの……だめだ。そのことを考えてはならない。その間も彼女は永闘アカデミー専用端末端末の使い方を教えてくれている。


「…ぇ、ねえってば」


舞の声で意識が現実へと引き戻される。彼女をみると心配そうな顔で覗き込んできた。


「あんまりじっと見ないでよ……。私が教えた端末の使い方、わかった?」


「まあ、何となくですけど…こんな感じですか?」


言われた通りに端末を操作する。そんなこんなで、とりあえず個人アカウント登録ができた。


「個人アカウント登録できた? その個人アカウントを使えば、この都市の身分証明書にもなるわ。あと、それで永闘アカデミー内の出入りが自由、そして公共交通機関も無料で使えるわ。」


なるほど、このアカウントでここに出入りが自由になるのか。それは色々な意味でかなり使い勝手が良さそうだ。


「丁寧に教えてもらって大変ありがたいのですが時間大丈夫ですか?確か生徒会の用事があるとかなんとか言ってましたけど」


そのあとこのカフェ中に悲鳴が聞こえたのは言うまでもない。



***


 

必死に永闘アカデミーの正門まで走って中に入ると、突然周囲がざわつき始めた。


「あの生徒会長が男を連れているぞ」


「誰〜、あの人、知らな〜い。」


「今日って始業式だよね?もしかして新入生?」


いや、公安の人間なんだけどな、と心の中で苦笑する。どうやら生徒会長にくっついてきた大翔の話のようだった。そういえば走っている時に、「気にするな」って言っていたがこのことだったのか、そう大翔は思ったがそんなことは口に出さなかった。彼女といえば特に気にする様子もなくアカデミーに入っていく。


「なんですか、これは」


そこには見たこともないような光景が広がっていた。入ってまず目に入るのは、床が動いている大きなエントランスホール。どうやら普通の都市で言う、エレベータのようだ。また、案内標識も空中ディスプレイ中に浮かんでいてタップすると詳細がわかる仕組みらしい。周りの変わった風景を見ながら歩いていると、彼女は不意に口を開いた。


「ねえ、大翔くん。生徒会入らない?」


「は?」


いきなりの提案に大翔はポカンとした表情を浮かべる。さっき会ったばっかりでここのシステム全くわからないが…というかそれ以前に大翔はあまり目立ちたくはない。だが断ると後が面倒になりそうだと直感で感じとった。


「ま、まあ、考えておきます」


しかし、この一言が余計だった。このたった一言の失言のせいてあろうことかあんなことになるとは…。彼女は先ほどと比べて目が明るくなっていた。さらに、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、


「まあ、考えておくだけで結構よ。(最終的には入らなければならない状況になるんだけどね!)あっ、ちょっとこっち来てくれる?」


向かった先はアカデミー最高階層だった。さすが最高階層というべきか、テラスからはこの都市を一望できる。そこには今までに見たことのない美しい景色が広がっていた。


普通の学校だと考えられない。この都市が一望できるということは今ものすごい高さにいるということだ。


景色を眺めてテラスに突っ立っていると、後ろから不意に声をかけられた。


「何そこで突っ立ってんの、生徒会室はこっちよ」


彼女についていくとそこには一際目立った扉があった。扉を開き、中に入る。


「舞お嬢様、お久しぶりでございます」


どうやら専属のメイドのようだった。そして改めて彼女がお嬢様であることを自覚した。さらに生徒会室の奥には、このアカデミーの校長らしき人物が座っていた。


「君は、私と会うのは初めてだったか。まずは挨拶といこう」


校長が何用かと、大翔は少し身構えた。


「そんなに堅苦しくするでない、リラックスしたまえ。私はこのアカデミーの校長兼、柊木舞の父親である柊木耀哉ひいらぎかがやだ。今回は君に用があってな」


いきなりの登場である。内心動揺していたが、平然とした口調で話を続ける。

 

「私は夜桐大翔です。校長が直々に何用でしょうか」


「単刀直入に聞く。君はこのアカデミーの編入テストの答案を覚えているか?」


このアカデミーに転入する時にASDに関する問題のテストを受けたのだが、大翔は能力者であることを隠すためにわざと最後の一問だけ解いたのだ。


「はい、覚えていますが……」


「あのテストで1問だけこのアカデミーの、少なくとも入学前の生徒では解けないような問題があった」


それが裏目に出たようだ。この瞬間、背筋に数滴の滴がスーッと流れるのを感じた。


「しかし、君はこの1問だけ正解している。何か言いたいことはあるかね?」


「そうですね……」


それしか言葉が出てこない。こういうところを爪が甘いっていうのだろう。


「そこで、君に提案だ。入学手続き要項を見たところ君は目立ちたくないようだが、今回のテストのことを不問とする代わりに、生徒会の1年生代表として舞を手伝ってくれないか?」


ここで、舞の陰謀に気付いた。まさかここで生徒会の話が出てくるなんて、だが自分の実力とAADがバレないだけまだ助かった。しかしこれ以上ボロを出すわけにはいかない。だがポーカーフェイスだけは崩さない。


「わかりました。では生徒会1年生代表として働かせていただきます。ですが本当に約束は守ってくださるのですか?」


大翔は渋々と言った具合で返事した。


「ああ、もちろんだとも。それにね、大翔くん。私は君を気に入っているのだよ」


頭の中に?が大量に湧き出るのを無視して続ける。


「ありがとうございます。では交渉成立ということで」


大翔は彼女の方を見る。しかし、数秒後には目はあさっての方向を向いていた。そこにいたのは嬉しさが爆発した舞だったのだ。


「それでは私、生徒会の人たちに報告してきますね、お父様」


そう言うと、大翔の手を引いて意気揚々と生徒会室を後にしようとする。その時、


「夜桐大翔くん、期待しているよ」


全てを見透かされているような視線を感じながら生徒会室を後にした。


  

***



生徒会室を後にした大翔らは5階フロアに移動した。この5階フロアに行くためには、個人アカウントの他に生徒会アカウントを使わなければ立ち入ることができないらしい。このアカデミーには、同様のセキュリティシステムが数多に存在している。確かにこれならアカデミー内に侵入するなんてことは到底できないだろう……AADを使用できる大翔たった一人をを除いて。


舞が認証確認をしている間に大翔はアカデミー内の保護構築システムを自分の端末にコピーした。腕に装着しているAADを起動し、脳内で詠唱を処理する。本当に便利なものである。



『スキルコード:0001 模倣クレアリア



多分数分もすれば完全に解読が終わるだろう。そう考えていると舞が戻ってきた。どうやら認証が終わったらしい。


「さあ、5階の生徒会室へ急ぎましょう」


渡り廊下を歩いていくと、たどり着いたのは行き止まりだった。


「ちょっと待ってて」


舞はASDを起動する。彼女は大翔と似たようなデバイスを装着しているが、内部の構造は全くの別物である。本来、彼女がつけているようなデバイスをアカデミーの生徒が使っている。



「スキル構造展開式:溶解ソリュウション



発動させた途端、今まで目の前にあった大きな壁がまるで地面に吸い込まれていくように消えていった。大翔は思わす感嘆の声を漏らした。さすが、世界有数の科学技術最先端機関だ。まさか壁まで動かしてしまうとは……。壁が完全に無くなり、目の前に映ったのは数人が集まっている、いかにも普通の高校の教室だった。


「ここだけアカデミーの空間から逸脱しているんですね」


初めに出た第一声がそれだった。この生徒会室はいたって普通の高校となんら変わりなかった。まず目に入ったのは、アカデミーには存在しないはずの黒板、さらには懐かしさを感じる椅子や机。全てが普通の高校を思い出される。(大翔は一回も普通の高校に通ったことはないのだが)ふと目の前にぼやけた顔が覗き込む。


「どう?驚いたでしょ。

ここはね、思い出の部屋って言って、今までで一番思い出に残っている情景を映し出してくれるの。

この部屋は、最先端の科学技術を駆使して作った、日本で唯一のところなんだ。

私たちはここを秘密裏の生徒会室として使ってるの。私たちってほら、だから」


そんな説明を聞いていると、奥からいきなり声がかかった。


「おっ、噂の転校生か。俺は生徒会副会長の御神陽介みかみようすけだ。これからよろしくな!」


と初めに声をかけてきた人物がいた。その人は、茶髪でエメラルドグリーンの瞳が特徴的だった。


「ちょっと、陽介!私が先に自己紹介するって言ったじゃん。私は、篠原香織しのはらかおり3年生の代表よ。今回で3回連続代表に選ばれたの!よろしくね。君の名前は?」


流石の大翔でも、礼儀というものは持ち合わせている。この場合は敬語で話したほうがいいだろう、そう判断し続ける。


「初めまして。私は1年生代表の夜桐大翔です。今年転校してきて、今日が初の学校です。どうぞよろしくお願いします。」


「本当!? いきなり学年代表になるって、ほんとにすごくない?」


「それは私のおかげよ!」


いきなり舞が口を挟んだ。大翔が止めようとした矢先、


「私がお父様にお願いしたの」

その場にいた生徒会役員らは大翔の方を向いて目を丸くした。やばい、直感的にそう思った。ここにいるメンバーには絶対に俺の正体を暴かれてはならない。



 ***



そのあとも数人の自己紹介がなんなく通り過ぎた。


「ところで、さ、」


自己紹介がひと段落ついた頃、陽介が口をおもむろにひらいた。


「全校生徒の前での挨拶、決まったか?」


その一言で、教室の空気が一気に凍りつく。そして一斉にそっぽを向き始めた。皆の額にはうっすら汗が滲んでいる。どうやらさっき用事があるっていうのはこのことらしい。おいおいマジかよ、と陽介はため息をつきながら教室の窓の何とも言えない曇った空を眺めたのだったー…。

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