九話 帰り道
勿論、帰りも同じで使用人として潜り込んで、密かに帰るだけ。まだ食事会は終わってはいないから、再び沢山の人で賑わっている城の真ん中を通る事となる。
別の城で行った誕生日会とは比にならないほど、煌びやかな世界。入り込んだ会話や時折愉快な笑い声が飛んでいた。
その眩しい舞台の中で、溶け込むように会話をしているレオンハルトが目に映る。
『迷ってる?』
「本音を言えば少しな。後ろめたさがある。二人でどうにかできないかと思った」
『二人? 一人だよ。到底、一人では解決できない規模になってきている。この先何かを成し遂げたいと思うほどに、彼は必ず必要だよ』
「理解している。それでも、レオンハルトがあの世界にいられるなら、できる事はしたい」
『それはイナミが彼に対して居て欲しい世界? それとも、元隊長だからこそ思う気持ち?』
「どっちもだ」
10年間、不審に思って調べていたレオンハルト、それはある意味、十年間過去に囚われてきたと言っても過言ではない。
ここにある過ちという異物を取り除きレオンハルトを解放して、本来のあるべき人生を歩んで欲しいというのが願いだ。
「彼奴の世界に本来俺は居ないし、要らないんだよ。だから、出来るだけ軌道を修正したいのは当たり前だろ」
『……それは、彼に言わない方がいいよ。すっごく怒ると思うから』
でもイナミを否定はしない僕が手違いで生き返らせたのだからと、リリィは付け加えた。
「きゃっ!」
そんな声が聞こえたのは廊下の曲がり角を曲がろうとした時だった。
声と共に床に何かが倒れる音。そう、人が転がったような音がして、慌てて角を曲がってみると赤いドレスを着た少女が倒れていた。
滑り方は、頭から先に倒れたといったように片足を上げてうつ伏せで倒れていた。
「大丈夫ですかっ」
「たいじょーぶです。いつもの事ですのでぇ」
少女は床で赤くなった額を労りながらヨタヨタと立ち上がろうとしていたので、イナミは心配になり手を貸した。
イナミの手を借りながら立ち上がった少女はドレスの埃を払い。
「お手を煩わしてしまい……あれ? もしかして、貴方はレオンハルトさんの付き人さん? どうしてここに」
顔上げ、真っ赤なドレスを着た少女は、ガーネット妃の娘であるルヴィだった。
ルヴィはこちらを凝視しては戸惑っていた。会ってはいけない人物に会ったイナミが不味いと思った時には遅く。後ろから「ルヴィっ」と言って第二王子であるジェイドが慌てて駆けつけてきた。
「ルヴィ、急に走ったら危ないよ。それより、怪我はない?」
「ごめんなさい。もちろん、怪我はないです」
「それは良かった」
二人が仲の良い兄妹のような会話をしている内に、イナミは怪しまれないように横にずれるように遠ざかっていく。
付き人と言っている時点でルヴィはこちらの事情はよく分かっていないとして、問題はジェイドだ。あれだけ気にかけてくれているなら、何故レオンハルトの屋敷に住んでいるのか理解しているだろう。
「あの! 待ってください。お礼をさせてください」
思惑はつゆ知らずルヴィはイナミの袖を引っ張り引き止めた。そこから、流れるようにジェイドに顔を見られ目を丸くする。
「あれ、リリィ? レオンハルトからは屋敷にいるとは聞いていたけど、どうしてここに、もしかして何かあった」
いつにも増して王族の格好をするジェイドに詰め寄られ、イナミは身を縮めて後ろに下がっていく。
「いや、その……屋敷を勝手に抜け出して来ました」
「えっ、レオンハルトには内緒でここに来たという事? そんな事をして大丈夫、騎士団に捕まったりしないよね」
「もちろん、捕まりますのでご内密に、なんて」
「到底、無理だな」と後ろから低い声がかかる。ジェイドがここにいるなら、付き人は誰なのかは言わなくとも分かっていた。
後ろを見て、ルヴィは怯えたように袖から手を離し。振り向けばロードリックが、不愉快極まりないとこちらを凄んでいた。
「彼奴も監督不行届もいいところだな。言っておくがこの前の件と、今回の件はまた別の話だからな、リリィ」
「分かっていますよ。捕まえるなら、ご自由に。暴れたりしませんから」
結局は見つかる運命だったのかもしれないと、早々に諦めてロードリックに大人しく手を差し出した。
ここで暴れてもレオンハルトが不利になるだけだ。
「待ってくれ、ロードリック。リリィ、彼は私が城に呼んだんだ」
ロードリックとイナミの間に入ったのは意外にもジェイド王子であった。
当然、ここにいてはいけない容疑者を庇う王子に対して騎士は頭を抱えた。
「ジェイド殿下、この件と何も関わりはないのですから、騎士団に任せてください。貴方も言っていたでしょ、リリィが何故ここにいると。それが答えです」
「いいや、私は忘れていたんだ。業務が忙しくてリリィを呼んでいた事を。本当に私はいつだってドジを踏むから、ねっ、リリィ」
こちらを笑顔で振り向くジェイド。それは無理があります殿下と言いたいが、この場を誤魔化してくれるというなら会話にのらない訳にはいかない。
「そうです! 俺は今日、殿下に呼ばれて来たんです。いけないとは分かっていたのですけど」
「私も、駄目だと分かっていましたよ。ですが、大事な友人を無碍には出来なかったのです。ですから、本来は咎められるのは私なのですよ」
「はっ、はぁ?!」二人に詰め寄られて現状が掴めないロードリックは言葉に出来ないと口を開けたまま両者に首を振る。
「ロードリック、もしリリィを裁くというなら、私をまず裁きなさい。私は王族というおごりでしてしまった事なのですから」
胸を張ってジェイドは言い切った。
「いやっえっ、ジェイド殿下が呼んでーーーリリィが来て、いや……」
ジェイドに押し切られ。王族を守る騎士団が、王族を裁くという意味が分からない構図が出来上がり、忠実な騎士であるロードリックはついに思考を停止させた。
イナミは思う、ロードリックが可哀想である。
「だから、今日は勘弁してくれないか。今日は帝国にとっての大事な日。父上、いえ、王の顔に泥は塗りたくはありません。私を裁くのは明日にしてもらえませんか」
「……ジェイド殿下、もう意味が分からなくなってきました」
「ごめん、リク。今回だけ、私のわがままを聴いて欲しい。明日の埋め合わせはちゃんとするからお願いだ」
「……」
ジェイドが真摯に向き合ってロードリックに打ち明けると、効果はてきめんだったようで一段落するようにロードリックはため息を吐いた。
「分かりましたっーーー第二王子であるジェイド殿下免じて今回は見逃します」
「ロードリック」
「ですが、ここだけの話ですから、そのリリィを騎士団の目に届かない所にお願いします」
「もちろんだよ、ありがとう」
「すぐにレオンハルトを呼んできますから、殿下はここにいてください。貴様は何もするな」
イナミに一度だけ注意深く指してから、何も見ていなかったというようにロードリックは踵を返してその場を去っていく。
騎士道の事になると融通のきかない、あのロードリックの意思を曲げさせた事に驚きつつ、ジェイドは扱い方がよく分かっていた。
「彼ね。ロードリックは、堅いところは確かにあるけど、悪人ではないからね。彼も彼なりに考えての事なんだ、許してあげて欲しい」
「分かっています。彼奴は騎士ですから、気にはしていません」
「うん、それは良かった」
去っていたロードリックをしっかりとフォローをするところがジェイドらしい。
幼馴染のミオンに、王子のジェイド、俺は本当に優しい人達に囲まれていたのだとしみじみ思う。
「ねぇ、ねぇ、今から、隠れないといけないんだよね。ルヴィが良いところ、教えてあげる」
ロードリックがいた時は身を縮めて静かにしていたルヴィ。イナミの手を取っては、目を細めて嬉しそうに繋いだ両手を横に振る。
「ジェイド様、先に行っても良いですか。あの、いつものところです」
「あーなるほど。あそこは確かに良い提案ですね。お願いして良いですか」
ジェイドの許可を下りた事で、ルヴィははしゃぎ始めてイナミの腕を取ると歩き始めた。
「こっちだよ、えっと……リリィちゃん? 案内してあげる」
「うおっ」
ぐっと、女の子にしては強い引きに思わず細い足をよろけた。体勢を立て直しつつ、引っ張られるままルヴィに戸惑いついて行く事となった。
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