8・5話 (レオンハルト視点)

王の演説も終わり、夜。食事会に招待されていたレオンハルトは城に出向いていた。

そして、不規則に振動する自身の指輪を見てレオンハルトは安堵した。城の中を一人探索しているイナミからの無事の知らせだったからだ。

レオンハルトは、一人で任せられるほどイナミを信頼はしているが、それ以上に心配もしていた。城の警備という騎士としての業務の真最中だというのに、落ち着かずソワソワとしてしまい、意外にも心配症だった事を今更ながら自覚する。


でも、あの人限定だと思うけど。


「レオンハルト君、どうされたのですか。ソワソワされて、いい人でも見つかりましたか」


横から覗くように話しかけてきたのは同じ制服を着た騎士団の一人、騎士団の副団長を務める男だった。名は、ヤイト。

トレードマークは切り揃えられた黒髪のおカッパ頭で、当たり障りのない柔和な表情である。

レオンハルトからすれば、何を考えているか読めない人。


「そうですね、とっても美人な人を見つけましたよ」

「冗談だったのですが、どこにおられますか」

「残念ながら、先ほど遠くに行かれて追いつけませんでした」

「それは残念ですね」


すると、ヤイトは両手に持っていたワインの片方をレオンハルトに差し出してきた。


「ヤイト副団長、まだ仕事中ですよ」

「いいじゃないですか。特別な日ですから、無礼講という事にしておきましょう。勿論、騎士団長様直々に言われましたから、どうぞ」

「確かに、アルバン騎士団長ならそう言いますね」

「ですから、受け取らないのは命令違反ですよ」

「相変わらず、冗談が上手いですね」

「言ってしまえば、半分責任を押し付けたいんですよ」


アルバン騎士団長に押し付けられたであろう二つのグラスを、ヤイトはレオンハルトをここで酒を飲んだという仲間にしたいのだ。

分かっていたのでレオンハルトは苦笑いながらグラスを受け取った。


「アルバン騎士団長、もう酔っていましたか」

「あれは酔っていましたね。隣の女性を口説き始めたので、部下に任せて逃げてきました」

「そういうところも、相変わらずですね」

「本当に。だから、バツがつくのですよって言っておきましたが、聞いていたのかは定かではないですが。騎士の仕事以外だと団長様はポンコツですからね」


元同じ隊に所属していた二人のお馴染みの会話。いつものように悪態をついてはヤイトは、持っていたワインを傾け口にした。


「ヤイトさんは私に何か御用ですか」

「用って程じゃないですけど、ーーーあまり、入り込むのは良くないとアドバイス、と思いまして」


ここで何ですかと訊くのは野暮である。

ヤイトが入り込むなという忠告は、ここでは『リリィ』という罪人に肩入れは良くないというものだろう。


「分別はしっかりとしていると方だと理解していますが、たった一人に身を焦がすのはあまりにも可哀想ですから」

「ええ、分かっています。わざわざご忠告、ありがとございます」

「いえいえ、私の杞憂であって、忠告とかではないのですが。キツめの言葉になってしまいましたが、元隊員としての気遣いだと思っていただければ幸いです」


屈服のない笑顔を見せたヤイト。ここでは反論もしようもない当然の話である。


「その流れのまま悪いのですが。私もお尋ねしたい事があるのですが、いいですかヤイト副団長」

「えーどうぞ、何なりと」

「ロードリックの部隊の一人が死んでいた事件がありましたよね」

「ありましたね。いつ聞いてもその話は背筋を凍りますね、まるで狐に化かされたみたいだ」


列車の一件で発覚した、悲惨な事件。ロードリックの隊員の一人がサエグサと入れ替わり、その本人は一ヶ月前に死んでいた奇妙な事件だ。

騎士団の中でも事件解決の為に話し合いが行われたが、被害者に私生活や態度に不審点はなかったらしい。怪しいところは何も見つからなかった。


「貴方がロードリックにその隊員を紹介したと聞きましたが、本当ですか」

「ええ、偽りのない本当ですよ……彼は優秀でしたから。まさかと思いますが私が刺客を送った、とでも思いましたか」

「いえ、そんな失礼な事は考えていません。ただ、彼の事を詳しく訊きたかっただけですよ」


その時だった。イナミと繋がっているレオンハルトの指輪が震えた。それは終わったという合図ではなく、言葉にしたモールス信号。

指に感覚を集中させると、『ごめん』をだけ繰り返し送られている事を理解する。

理解した、レオンハルトは胸を掴まれたような感覚に陥った。


もしかして、捕まった。ごめんだけでは何も分からない、もっと情報が欲しい。


頭の先から押し寄せてくる不安が手先を冷たくする。頭や目の前が全て真っ白になる感覚は、全てを無くしたあの時のように。


「おい、レオンハルト」


怒りと絶望に染まる前に肩を強く叩かれ、振り向けが眉を八の字にした膨れっ面があった。


「ちっ、ロードリックか」


肩を叩いたのは三番隊隊長のロードリックだった。強く叩かれた事によって、レオンハルトの肩はヒリヒリと痺れるように痛む。


「てめぇ、舌打ちしただろ。こんな時に酒を呑もうとする馬鹿があんまり生意気言うなよ」

「で何か用がおありですか、お暇なロードリック隊長」

「まじで、ここじゃ無かったら殴ってるからな。用はジェイド殿下が話したい事があるらしいから行ってこい」


指を差すのは大広を抜ける廊下だった。


「俺に? 何かあったのか」

「内容は知らない。今すぐに、早く、行ってこい。いいか、数秒でも殿下を待たせるな」


レオンハルトからグラスを奪い取ったロードリックは急かす。


「お久しぶりです副団長」

「こんばんは、ロードリック。元気にしていましたか?」

「勿論、元気していましたよ。ゴタゴタ続いていましたから、面と話すのは久しくなりますね」


グラスを持ったままロードリックは、副団長の元に歩いていく。

蚊帳の外にされたレオンハルトは早く行けと言うところだろう。

イナミがどうなったのか気になるレオンハルトだったが、行かなければ余計に疑われるとジェイド殿下の元に走るしかなかった。

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