十話 火の花
ルヴィに案内された場所は大きなピアノがある部屋だった。ピアノが目立つように部屋の真ん中に構え、飾りは花瓶と机と他の部屋よりも質素であったが、ぬいぐるみやクッションと趣味で染まった物が雑多に置いてあり彼女のプライベート部屋といったところだろうか。
「ここだよ、適当にしててよ。えっと、すぐにレオンハルトさんが来るらしいから」
「うん、ありがとう」
「ここはね、小さい頃からの秘密基地なんだよ。だから、騎士団さんも来ないから安心して」
胸を張って断言するルヴィは終始嬉しそうに案内を終えると、ピアノの椅子に腰を下ろした。
ピアノか。思い出すのは幼馴染であるミオンの事だ。ミオンは、植物や術に関わる事以外全く興味がなさそうであったが、ピアノだけは好きだと言ってよく弾いていたのを見た事がある。
彼女らしく、軽やかなで優しいメロディだった。
「ルヴィ姫、ピアノは弾けるのですか」
「ピアノ? ルヴィは下手だよ。下手くそすぎて、この前スーフェン様に笑われたんだから。それから全く触ってないよ」
彼女の言うスーフェンとは帝都の第一王子の事である。その事がよっぽど腹が立ったのか、ルヴィは頬を膨らまして腕を組む。
「スーフェン様は本当に酷い。私だってあの時は仕方なく弾いただけで、下手だったとしても、笑うなんて酷くない。ルヴィだって自身の事くらい分かってるのに、ホントにノンデリも良いところだよ」
「えっと、ノンデリとは」
「ノンデリカシーって言って、他人に対して気遣いや配慮がないって事だよ。人の気持ちを考えない、ああいう大人にはならないよう気をつけないと」
「なるほどね……」
少女の無垢な言葉が心に刺さるのは、イナミという大人には沢山思い当たる事があるからである。
「ここだよ、レオンハルト」
「わざわざ、案内をしていただきありがとうございます」
会話を挟みつつ開けられた扉の向こう側には、レオンハルトとジェイドが立っていた。
イナミは気まずそうにレオンハルトに手を振った。
「すいませんが少しーーー、リリィと話しても良いですか」
「その彼は、私が呼んだから咎める事は」
「彼を咎めたり、裁いたりはしません、少し今後の話をするだけですので」
それならとジェイドは道を開け、イナミはそこを通ってレオンハルトと共に廊下に出た。
「単刀直入に言います。ここで何をやっているんですか。『ごめん』だけ送られたら、捕まったのかと思いましたよ」
そう、ここに来る前に一応、レオンハルトに連絡はしておこうと魔術の指輪でモールス信号を送っておいた。振動だけの合図、そう長い文章は送れなくて「ごめん」だけ繰り返し送っておいた。
城で見つかった事に対しても、迷惑をかける事を色々含めて。
「その合図がどれだけ心が冷えたか……無事で何よりですけど」
「悪い、思わぬ刺客というか、意識していなかった人物に見つかってしまった。こちらのミスだ」
城の中で知り合いという知り合いは徹底して避けていたのだが、ルヴィというたった一人の少女を忘れていた。そして、もう一つの災難は少女が誕生日会で出会った一時を覚えていた事だ。
「でジェイド殿下に助けられたと……運が良いのか、悪いのかですね」
「どっちでもないな。ここに俺がいる正当性は取れたが、ロードリックというか騎士団にはここで何かをしていたという事実が露になったと考えるべきだな」
「そう聞くと、明日が恐いですね」
「じゃあ、一緒に逃げるか?」
「それも良いですね」
「冗談だ」
差し出された手をイナミは叩き落とす。
「何か、収穫はありましたか」
「無かったがあった。ここでは話にくいから帰ってからだ。お前はどうだった、何かあったか」
「少し、まぁ同じく後でいいですか」
お互いの無事を確認してから、もう一度部屋の扉を開けた。部屋に戻ると、ジェイドとルヴィは窓に集まって何かを待つように夜の空を見上げていた。
そして、数分も経たない内にヒューという空気の抜ける音と共に火の玉が一つ空に上がったと思えば、空いっぱいに大きな火の花を咲かせた。
花火を見て大きく口を開けたルヴィは、手を叩いて喜んだ。
「きれいー!!」
「二人共、こっちに来て一緒に見よう」
部屋に帰ってきた二人を手招きするジェイドは、花火がよく見えるように大きな窓を開けた。イナミとレオンハルトはその隣に行っては窓から顔を覗かせた。
すると、その大きな花火から続くように様々な花火が空に打ち上がる。
「今年も綺麗ですね」
レオンハルトが目を輝かせて空を見上げる。少女であるルヴィも花火にはしゃいでいた。毎年、建国記念日のフィナーレとして打ち上げられる花火は、王の意向なのか気合いが入っていて、どこよりも規模が大きく派手である。これを見るためわざわざ国の外から来る人間もいるほどニ。
「レオンハルト、良いですか」
鮮やかな火種が舞う中で、波風を立てない静寂とした声で話しかけてきたのはジェイドだった。
ジェイドの顔はこちらには向いてはいない。
「はい、なんでしょうか殿下」
「レオンハルト、貴方達が何をしようとしているのかは分かりません。色々訊きたい事は沢山あります。ですが、私は訊きません、私は貴方達を信じているからです」
「……」
レオンハルトは呆気を取られたように黙り、イナミも喉に唾が詰まった。何を返せば良いのか分からないからだ。
「信じると言って、手を貸す事はできないのですが。いえ、そうではなくて、手を貸すと余計に面倒事を増やす気がするからですね。……遠くから見守る事しか出来ませんが、私は貴方達の味方である事は言っておこうと思っていましたから」
「ありがとうございます殿下。本当にご迷惑をおかけしてすいません」
「迷惑だなんて思っていないよ。でもレオンハルト、これだけは守ってくださいませんか。そこにいるリリィは貴方しか頼る者がいない事を、そして、何があってもリリィの味方であげてください。私からのお願いはそれだけです」
リリィと俺の味方は全てを明かしたレオンハルトしかいない。リリィが元いたサエグサも、自身が勤めていた騎士団も友人も全てが疑いの対象で有り、敵であると言える。
ジェイドはどこまで見透かしているのだろうか。
いや、何も分からないからこそ、何も関与できないもどかしさが、そう言わせているのかもしれない。
そして、レオンハルトの答えはとっくの昔から決まっていると胸を張って堂々と答えた。
「勿論です殿下。私は絶対に約束を破らないとここで誓います」
「うん、良かった」
頬を緩ませてジェイドが一つ頷く。その間に花火は一斉に上がり火の花びらを散らす。
「ジェイド様見てー! お花畑みたい」
頬を赤くしたルヴィは鮮やかに染められた空を指したのだ。
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