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そして、第二議会で予算の議論が始まった。私の猫は傍聴席にいるらしく、議場の全貌を確認することができた。
(松方さんは……あそこか)
論壇に立った松方さんは、ヒーローっぽいマントをはためかせて議員たちに語り掛ける。
「我々政府は日本国の発展のため、今回の議会も予算通過を期待している。どうか君たちの賛成を得たい」
真摯に頼み込む松方さん、だが政党員どもは小ばかにするように鼻で笑う。
「……何がおかしい」
松方さんの問いかけに答えるのは、自由党総理の板垣退助さんだ。透明な体をやや実体に近づかせて、堂々と松方さんと向かい合う。
「私たち議員は政府案に反対致します。現在、日本の民たちは政府の圧政により疲弊してしまっている。現在の世論が求めていることはすなわち民力休養。これを実行するために、私達は政府案予算の削減を提案します」
「……具体的には、いくら削るつもりかい」
「政府原案から、9.8%削減しようと考えています」
(きゅ、)
「9.8%!?」
私は心の中で、松方さんは板垣さんに向かって叫ぶ。
「な、何を考えているの板垣君!? そもそもそんな削る余裕はないよ!?」
「探せばありますよ」
板垣さんが目で促すと、立憲改進党員の一人が前に出てつらつらと喋りだす。
「私達の計算では、貴様らの官僚費を削減し、さらに不正が目立つ海軍費を減らせば余裕で削減できる」
「海軍費って、まさか君たち軍艦製造費に手を付けたのかい!?」
「その通り」
(なっ!?)
清国やロシアへ対抗するため、そして島国日本として軍艦は必要不可欠だ。そんなこと火を見るより明らかなのに、こいつらときたら……!
松方さんが唖然としている間に、板垣さんは羽を呼び出して『呑敵』を手に装備する。
「今回は私達も妥協する気はありません。さあ自由党・立憲改進党議員たちよ。存分に民衆の力を見せつけましょう」
彼らは雉の羽を呼び出し、武器を手に持つ。松方さんも白い羽を呼び『大黒札』を指で挟む。
「望むところだ。首相兼蔵相として、君らの主張、論破してみせよう!」
松方さんは『大黒札』を<和同開珎>に変えて彼らに投げつける。彼らは避けるも何人かはひき潰されていく。
(よし、やはり弱いな政党員は)
私がほっと胸をなでおろすが、次の瞬間その安堵を覆されることとなった。前議会では一度倒されたら論破されっぱなしだったというのに、痛がりながら奴らは立ち上がってきたのだ。松方さんも気づき悲鳴を上げる。
「君らなんで復活しているのかね!?」
「復活するのに松方首相の許可はいらない!」
起き上がった政党員は再び神託物を持って松方さんを襲う。
「くっ……!<慶長小判>!」
巨大な小判で防ぐも、次から次に襲いかかってくる相手に松方さんは苦戦する。数で押されるのは前議会もそうだったが、それにしても政党員の力が異様に強くなっている。
(自由党と立憲改進党が共同したことで何らかの影響を及ぼしているのか)
議会の戦いは同意数が武器となる。そのため過半数が自身の仲間であるという自信が奴らを強くさせているのだろう。
(だが能無し政党員を分断させるための方策は考えてある……!)
松方さんもそれを思い出したのか、一枚の紙を場に出す。
「諸君ら、我々は鉄道の延引を計画している。この法律を実施するためには予算が必要だ。君らのその要求ではこれらの計画が達成できない!どうか、考え直してはくれないだろうか!」
(さあどう出る、政党員)
鉄道法案は我々政府だけでなく、政党どもが望む政策でもあるのだ。
政党の議員たちは地方有力者からの支持で選出されている。だから政党員どもは国の利益ではなく地域の利益のみを考える。そのため地租がどーのこーのとうるさいが、別に奴等は地方民に利益さえ与えられれば文句は言わない。
その点鉄道建設は地方に交通の便を与えることができ、地方に莫大な利益を及ぼすことができるのだ。
(お前らにはこれに反対する余地はあるまい。これで予算は通るはず)
しかし、私は忘れていた。
政党員という者たちがいかに愚かさであるかを。
政党員どもは一瞬互いの顔を見合わせるも、神託物を握り松方さんに向かって叫んだ。
「断る!」
「うわ!?ちょっ、ええ!?」
松方さんは<慶長小判>で攻撃を防ぎ、その表情を困惑で染める。
「て、鉄道法案だぞ!君たちにとって利になるのではないのか!?」
しかし板垣さんは迷いなく首を横に振る。
「確かに地方での鉄道整備は必須です。しかし、それをあなたたちが実行することを我々は認めません」
松方さんは絶句し、信じられないとばかりに唇を震わせる。
「……じゃあ何か、君たちは僕らが政権担当者ってだけで反対しているの。そういうことなの!」
「……」
板垣さんは無言で戦闘の体勢を整える。それが肯定であることくらい、私にも理解できた。
(……政党員はなりふり構わず、松方さんを潰そうとしている……)
いくら私が殺気を放とうが、議会外にいる私に出来ることは何もなかった。板垣さんは待機していた政党員どもに呼び掛けた。
「皆さん、政府の圧政をくじくため、今ここで私たちの力を見せつけてあげましょう。さあ、羽を捧げてください!」
政党員の羽は一つに集まると、緑色の輝きを放つ。光は徐々に姿を変え、柴犬に猪の牙を持つ獣となった。
見覚えのある姿に、松方さんが驚きの声を上げる。
「あれは……第一議会で僕らを援護してくれた神託獣じゃないか!自由党の神託獣だったの!?」
「ええそうです。前議会では政府意見に賛成しましたが、今回は違います。さあ、神託獣『自由』よ。松方さんを論破してください!」
『自由』がうなり声をあげると、背後に緑の氷で出来た矢が現れた。獣が一吠えすると矢は真っすぐ松方さんに向かって飛んでいく。
「この、<慶長小判>!」
しかし緑の矢は一瞬で黄金の小判を破壊してしまった。
「なっ!」
(松方さんっ!)
松方さんに矢が突き刺さる、その寸前。一陣の風が議場に吹いた。
「そうはさせねえっすよ!」
特徴的な語尾と共に現れたのは農商務大臣、陸奥宗光だった。彼は松方さんを抱えて攻撃を避ける。
「陸奥君!助けてくれてありがとう!あのままだったら論破されていたところだったよ……」
松方さんがいた場所は何本もの矢が突き刺さっており、松方さんはふるりと身震いする。一方助けた陸奥の方はなぜかばつが悪そうに視線をそらしていた。
「いや、礼を言われるようなことできてないっすよ……。実はその、自由党への工作、失敗してしまったんす……」
「……そっか」
「……」
陸奥は松方さんを下ろし、ギロリと板垣さんを睨む。
「ひどいっすよ板垣さん!よりにもよって立憲改進党なんぞと手を組むなんて!」
「すみません、陸奥君。ですが今回は君の説得には応じられません。これもあなたたち藩閥の統治を終わらせ、真に立憲国家となるための手段です」
政党員たちは板垣さんに賛同するように騒ぎ出す。口に出すのはきれいごとばかり。だが心の中では松方さんを蹴落とすことしか考えていない、塵程度の奴らばかりだ。
(おのれ、政党員ども……!)
どれだけ憎たらしく思っていたとしても、どれだけ奴らが虫けら以下の存在価値しかなかろうとも、議会下では数こそが全て。私達に勝算はなかった。それは勿論、松方さんも分かり切っていた。
だからこそ彼はすがるように陸奥を見つめた。
「陸奥君、もうダメだ、これ以上戦っても予算は通らない! ここはもう衆議院を解散するしか……!」
唯一行政側に残された立法への制裁手段。それが衆議院の解散だった。私も松方さんの意見に大賛成であるが、陸奥は必死に否定してくる。
「いやいやダメですって!解散したところで俺らに勝てる見込みないっすよ!」
「でも自由党の工作も駄目になっちゃったんでしょ!? このままじゃ予算が削られちゃうよ! そうなったら国の運営がっ……!」
「いやそうっすけど、そうっすけど!」
必死に陸奥が松方さんを止めるも、そのとき我慢の限界とばかりに立ち上がった人物がいた。松方内閣の海軍大臣だ。彼は政党員に向かって叫ぶ。
「貴様らっ! こっちが憲法にしたがっているからっていい気になって……。そもそもこの国がこうやって平和であるのも! 全て! 貴様らが藩閥と呼ぶ方々のおかげであるぞ!! 恥を知れ!」
「なっ、ちょっ!? ストップ海相君! 煽っちゃ駄目だよ!!」
松方さんが慌てて制止するが、最早なかったことにするのは不可能だった。あざ笑っていた政党員が真顔になり、視線を鋭くさせる。
「貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか」
「この国の発展は天皇陛下と国民の努力によって実ったものだ。それを全て藩閥のおかげだと……?ほざけ!」
自由党と立憲改進党が騒ぎだし、板垣さんはため息をつく。
「……なるほど。それがあなたたちの本意ですか。そのような考えは立憲国家日本としてふさわしくはありませんね」
緑色の瞳に怒りを宿し、板垣さんは神託獣に指示を出す。
「手加減はいりません。徹底的に彼らを論破してください」
『自由』は咆哮し、海相を睨みつける。歯をむき出しにして唸る様はまるで血肉に飢えた猛獣のようで、思わず海相は動きを止めてしまった。
それが彼の命取りとなった。
『自由』は巨体と見合わぬほどの速度で海相まで近づくと、前足で彼を叩き潰した。
「か、海相君!?」
『自由』がゆっくりと足を上げる。へこんでしまった議場の地面に、海相が動くこともなく倒れてしまっていた。悲鳴をあげる余裕もなく。
松方さんは呆然と呟く。
「そ、そんな、一瞬で……」
「さて」
板垣さんは松方さんにニコリと笑う。
「次はあなたです」
『自由』が、松方さんの目の前に立っていた。
「っ!」
松方さんは『大黒札』を手にするも、あまりに遅すぎた。
「『自由』よ、<民意>をお見舞いするのです」
獣は口を開くと緑色の光の玉を作り出し、至近距離で松方さんにうちこんだ。
緑色の光に包まれる議事堂、
その光が収まった後に見えてきたのは、黒く焦げたヒーロースーツを着た松方さんの姿だった。
「ま、松方さん……」
陸奥が呆然として立ち尽くすその横で、政党員どもは狂喜乱舞する。
「やった、やったぞ!!勝利だ!!」
「今度こそ、我々の力が勝った!」
国のことも考えず自らの勝利のみに固執するその姿は、あまりに醜く低劣であった。
(……これは、無理だ)
青い猫は松方さんのそばまで近づくと、彼の頬をぺろりとなめる。松方さんはうっすら目を開けて、私の猫を――私の方を向く。そして彼は震える腕を天に差し出して、囁いた。
「内閣総理大臣松方正義として、陛下に奏上する。議会の解散をお許しください」
白い雉の羽が彼の手から舞い上がると、眩い光を発した。真っ白な光は議場を覆うと、傷付いた机を、椅子を、床を修復していく。議員の神託物は羽へと還り、神託獣も役目を終えたとばかりに羽を散らす。
議員たちは察した。
自らの力が失われたことを。
自らが、議員ではなくなったことを。
明治24年12月25日。
その年のプレゼントは、日本初の衆議院解散であった。
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