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 休憩室に二人の男性が入ってきた。陸奥と、陸奥に抱えられた松方さんだ。私は急いで二人を迎えると、松方さんをソファに寝かす。


 はた目から見ると彼は五体満足であるが、魂が抜けたように疲弊しきっていた。


「山県君すまなかった。衆議院を解散してしまった……」

「仕方ありません。非は政党員にあります」


 衆議院が解散されたため、これから選挙が始まる。そこで奴らは議席を伸ばし、政府を乗っ取ろうとしているに違いない。


「松方さん、ここは私達が総力をあげて政党員を駆逐しましょう。日本国のために」

「うん、何かしらの対策はとらなきゃね……。とにかく地方の役人たちに選挙のことを伝えなくちゃいけないから、内務大臣君に相談かな」


 地方役人への指揮命令権は内務省が担う仕事だ。そのトップである内務大臣もこれから忙しくなるだろう。表の仕事も、裏の仕事も。

 陸奥も神妙な表情を浮かべて小さく頷く。


「俺も地元の仲間たちに協力してくれるようお願いするっす。政府の味方になってくれるはずっす」

「陸奥君もありがとう。お願いね」


 三人で話し合って決まったのは、ある程度の資金援助をして政府よりの議員を当選させることだった。私もその案が第一だと考えているが、


(……もし、うまくいかなかったのならば)


 次の議会でも政党員が占めてしまったとしたら。


(そのときは何度も解散をすればいい)


 大体の政党員は資金不足だ。そして選挙をする際にはある程度の金銭が必要不可欠。それでも奴等は何とか調達してくるらしいが、それは一回だけの場合である。二回三回と続けたら政党員も疲弊し、政府の援助を求めて私達に宥和的な態度をとるに違いない。


(だが問題は陛下がそれに反対していること。それと博文がどう動くか、だな……)


 陛下は頑張れば説得できるが、博文は本当に動きが読めない。何をする気か全く分からない。

 私は自身の故郷でもあり、彼の故郷でもある山口の方を眺めた。

 だからといって、彼の考えが分かることはなかったけれど。


〇〇〇


 四方の壁に描かれるのは悠然と翼をはためかせる鳳凰の姿だ。天井は木材が格子状に編み込まれており、中央部分が一段高く作られている。丁寧に磨かれた床はいくつもの木材で張られた寄木造り仕様だ。

 日本の技術力を凝縮した一室、それが皇居内で二番目に格式の高い部屋、通称、鳳凰の間だ。無論、政府の用事で何度か訪れたことはある。だが何度入っても神聖な空気感がしてどことなく気を引き締めたくなる。


(……まあ、引き締めたくなるだけで、引き締めるかどうかは本人次第ということで)


 僕こと伊藤博文は特に緊張することもなく固くなることもなく、陛下と面会していた。一方で部屋の主である陛下はどことなく元気がなさそうで、少し不機嫌そうだった。


『伊藤。ようやく帰ってきてくれたな……。こういう重要な時期にいなくなるのはやめてくれ。本当に』

「すみません陛下。別に悪気はなかったんですけどね」

『嘘を言うな嘘を! 朕の目を見て正直に答えよ』

「いやーないですないです。ないですよー本当ですよ―マジマジ」

『……』


 陛下はもの言いたげに僕を見つめる。だが無駄だと分かってくれたのだろう。深いため息をつく。


『……もうよい。とにかく伊藤に相談したいことがあるのだ。議会のことについてだが、解散したのは知っているな?』


 僕が頷くと、陛下は話を続ける。


『衆議院の解散は確かに仕方ない。仕方ないのだが、政府の中には政党が過半数を切るまで何度も解散すると言う者もいる』

「いますねーしかも結構な数」

『ああ。だが朕は良い判断だとは思えぬ。しかしだからといって何も手を打たなければ同じ議員が当選し、また同じように解散してしまうのではないか?その点について、伊藤の意見を聞きたい』

「それについては僕も考えがあります」


 今回は諸事情で直接介入こそしなかったものの、衆議院の状況は部下に頼んで情報収集済みだ。そして陛下が一体何を望んでいるのか、それもわかっている。きっと陛下はジャスティスさん内閣こと松方内閣を何らかの方法で助けてほしいのだろう。


 だがそれは応急措置のようなもの。

 すぐに効かなくなる。


(僕はそれを望んでいない)


 だから陛下が最も考えていないであろう提案を突き付けた。


「この伊藤博文、野に出て政党を作り、それによって政府を助けてみせましょう」

『……』


 陛下は目をぱちくりさせて、耳を羽でこする。


『すまなかった。何か幻聴が聞こえたようだ。もう一度言ってはくれないか』

「政党つくりたいです」

『……』

「……」

『……』

「……えっと、無言の同意ということでよろしいですか」

『言いわけないだろう!!!!!何言っているんだ!!!??』

「ふふん、大丈夫ですよ。僕が頑張れば自由党レベルは無理でも大隈党レベルの人数は揃いますよ」

『そういう問題ではない!!そういう問題ではない!!!何ドヤ顔しているんだ!!!』


 陛下は怒ったように翼をバサバサと羽ばたかせる。


『却下だ却下!そもそも朕が許したところで他の者が許しはしないだろう!それ以外の案はないのか』


 すがるような陛下に、僕はにっこりと笑う。


「そうですねー、それ以外に僕ができることでしたら、欧米に行って条約改正交渉することですかね」

『今この状況で!?いやいやそれよりも国内政治を、』

『もしそれも駄目なら駐清公使として朝鮮独立のために働きます」

『だから国内政治』

「それも駄目ですか?なら宮内次官になりたいです。宮中制度も不完全ですし」

『それは後でもよいだろう!』

「もしそれも駄目ならば、」


 僕は黄色の瞳を細める。


「政界をやめて、故郷でのんびり余生を送ります」

『……!』


 陛下は嘴をパクパクとさせる。


『じょ、冗談、か……?』

「冗談だと思います?」

『……』


 陛下はもう一度僕をじっと見る。僕が意見を変えないことを悟ると苦悩の表情で俯いてしまう。


「このことは他の人にも聞いてからもう一度陛下にお尋ねしようと思っています。僕からの意見はそんなものです」

『……分かった。だが政党結成の案は反対だ』

「……承知しました」


 僕は深々と礼をして御前から去る。自宅に帰る道すがら、僕は小さくため息をついた。


(そう簡単にはいかないかー)


 賛成してくれるかな?と期待していたが、現実は甘くはないらしい。だけど陛下は政党を嫌ってはいるだろうが、どちらかというと僕らの仲たがいを恐れて反対しているのだろう。


 それならば僕以外の賛成者がいれば渋々認めてくれるに違いない。ガッさんこと山県は政党嫌いなので無理だろうが、ジャスティスさんならワンちゃんあるだろう。あの人押しに弱いし。


「よーし、頑張るぞ!」


 僕は意気揚々と歩き出した。

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