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 第二議会の開会当日、国会議事堂の政府要人待機室にて。


「うう……うう……ぐすん」


 松方さんがむせび泣いていた。松方さんの着ているヒーロースーツも元気なさそうにしわが入っている。


「あの……松方さん?」


 私、山県有朋が恐る恐る声をかけると、松方さんはヘルメット越しに虚ろな目で見上げてくる。


「山県君……僕はもう耐えられない。首相辞める!」

「まだ議会始まってさえいませんよ……」

「だって!だって!自由党と立憲改進党が連合して私と戦うって!堂々と集会まで開いて……! それに伊藤君も故郷に帰っちゃったし!!」


 そう、板垣さんと大隈の会談後に自由党・立憲改進党は共同で会議を開き、松方さん内閣の打倒を宣言してきたのだ。


それだけでも危機的状況だというのに、議会の運営方針で松方さんと博文が揉めてしまったことで、博文は不貞腐れて東京から離れてしまっている。


 というわけで松方さんは絶望の真っ只中にいるわけだが、農商務大臣陸奥宗光は自信満々に笑う。


「そんな心配しなくていいっすよ!俺も自由党に工作していますし、なんとかなるっすよ!」

「そうかなあ。そうなってくれるといいけど……」


松方さんは力なく頷く。自信は全く無さそうだった。


(正直、私もうまくいく気がしないが……)


だがそんなことを言ったところで松方さんの苦悶が増すだけだ。それよりはと、彼の助けになるであろう話をする。


「何かあれば私も協力します。これを活用してください」


 私は手を掲げて白い雉の羽を召喚する。しかし手を触れずに意識を集中させると、羽は青い光に包まれた。


 松方さんと陸奥が目を丸くさせて見守る中、光はある姿をとっていく。

尖った耳に、頬からぴょんと伸びた可愛らしい髭。細長い尻尾はゆらゆらと揺れて、縦に入った瞳孔は野生さに加えて気品をも感じられる。

 松方さんはきょとんとした表情で尋ねてきた。


「え、青い猫の神託獣? でも神託獣って政党員の力じゃなかった? それに小さいし」

「私にもよく分かりませんが、同じようなものかと」


 猫は実体がないかのように姿が霞んでおり、まるで政党員が神託獣と呼ぶ獣のようだった。だが松方さんの言うとおり小さく、普通の猫サイズだった。

 松方さんが屈んで猫に触れる。


「あ、ふわふわしてピリピリする。電気風呂に手を入れたときみたい」


 なんて言いながら彼が猫を撫でていると、なんと猫はゴロゴロと喉を鳴らして松方さんに頭をこすりつけはじめたのだ。

 驚いて止めようとしたが、それよりも早く松方さんは目を輝かせて猫を抱き締めた。

 

「か、か、か、かわいい!! かわいいよ! わあ、手ペロペロしてくる! ペロペロしてきてるよ山県君!」

「……よかったですね」


 何あの猫、松方さんに媚売っているのだろう……。

 私が若干いらっとしていると、陸奥は猫を眺めて不思議そうに呟く。

 

「山県さんが召喚したはずなのに、本人より人懐っこい……?」

「陸奥。怒るぞ」

「あ、聞こえちゃったっすかーすみませんっす」

「真横にいるのに本気で聞こえないと思ったのか?」

「そんなことよりも、あの猫戦えるんすか? あまり強そうには見えないんすが」

「いや、あの猫は戦闘要員ではない。そのことについてこれから説明する。松方さんもお聞きください」


 私は松方さんと陸奥に猫の能力を説明する。


 青い猫と私は視覚と聴覚を共有できること。

 ある程度遠くにいてもそれが可能であること。

 ただこちらの意図を猫越しに伝えられるわけではないこと。

 また誰もがこの獣を召喚できるわけではないことも告げた。松方さんと陸奥にも試してもらったが、呼び出すことはできなかった。


 全てを話し終わった後、松方さんは抱き締めていた猫をしげしげと眺める。


「へえ。ありにゃんちゃんすごいんだねえ」

「そのニックネームやめてください。ともかくこれで衆議院の様子を確認できます。……松方さんをお助けできるかは、正直自信がないですが……」

「いやいや大丈夫だよ! 君がいてくれるだけで十分嬉しいよ!」

「もし本当に危なくなったら博文を呼び出しますので」

「うん……、まあ、来てくれたらいいねえ……」


 遠い目をする松方さん、そしてこんな時でも楽観的な陸奥はニコニコ笑う。


「ま、俺がぱぱーっとやるっすけどね! 伊藤さんなしでも俺は強い!」

「お、おう」


 陸奥のそういうところが不安なのだが……。


「……とにかく松方さん、陸奥。議会をよろしく頼みます」

「ああ。山県君もよろしくね」

「じゃあ行ってくるっすー!」


 二人と猫はともに議場へと向かっていく。


(……とにかく、乗り切れるよう信じるしかない、よな)


 私は彼らがいなくなった扉を見つめ、目を閉じて猫と感覚を共有させた。


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