第一次松方正義内閣

1

 内閣総理大臣が決定し、閣僚のメンバーが出そろった。しかし藩閥の中心人物たち――伊藤・山県・井上馨たちは入閣しなかった。


「あんな無能をトップに立てるとは。捨て駒にすらならんな」


 自邸の和室にて、私こと大隈重信はリクライニングチェアに腰かける。腰かけるとはいっても、今は小グマの姿をしているため正確には乗っているだが。


 なんて考えていると、ふいに冷気が流れ込んできた。窓を見ても開いてはいない。


(ということは、彼かな?)


 ふるりと毛皮を震わせながら待っていると、使用人がある人物を連れて入室してきた。私は自身の義足を気遣いながら椅子から下り、半透明な彼に微笑みかける。


「やあ板垣自由党総理。ようこそ私の自宅へ」

「お邪魔します、大隈君」


 板垣総理は私の姿をしげしげと眺める。


「大隈君、本当にクマになってしまったのですね……」

「君の方こそ本当に幽霊なのであるな。部屋が若干寒くなってきたぞ?これでは冬眠してしまうな」


 なんて冗談を言うも、板垣総理は苦笑するのみで反応が悪い。おそらく私を警戒しているのだろう。彼の体もはりつめた緊張からか、透明になったり実体になったりを繰り返していた。


「板垣総理。そんなに存在を不明確になさらないでほしいのである。私は別に君や君の党と戦うつもりなんてないぞ?むしろ協力したいと思っている」

「……そのことについてですが、少し確認したいことがあります」


 板垣総理は一挙一動を見逃さないとばかりに目を細めた。


「大隈君は今現在、行政職に就いていますよね?それならば政党との付き合いは控えるべきとされているはずです」

「ふむふむ、そうであるな」


 慣例的に、行政の人間は政治的に中立でなくてはならないとされている。特に私が勤めている部署は行政のなかでも上位の地位である。そのため、政治団体の政党と関わるのは宜しくない行為となる。


「大隈君であったとしても、この件が原因で辞めさせられるかもしれない。その危険を分かっていてなぜ、私に面会しようと?」

「そんなこと決まっている」


 私は彼のいらぬ不安を論破する。


「藩閥政府に我ら政党の力を見せつけ、政党が参画する内閣を生み出すためである。そのためには自由党と立憲改進党の連携が必要であるからな」

「……」


 板垣総理は探るような目を向けていたが、納得できると判断したのだろう。小さく頷いた。


「分かりました。ならば、私たち自由党も協力しましょう」

「決まりであるな」


 私は板垣総理と手を取りあう。ひんやりとした感覚を手に感じるも、胸中では彼のことなぞ眼中にない。


(これで体勢は整った。後はとっとと松方首相を追い出し、君と戦うだけであるな)


 ――なあ、そうであろう?伊藤君。


 好敵手たる彼のことを思い出し、私は口元を緩めた。


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