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 休憩室につくと、松方さんをソファに運ぶ。


「大丈夫ですか、完全に論破されていましたが」

「ああ、かなり痛かったが大丈夫だ。それよりもっ」


 彼は目をキラキラさせて私を見る。


「すごいじゃないか! あの大成会の動き、立憲自由党の動き、君が何とかしてくれたんだろう?」

「私だけではありませんよ」

「そうそう、俺が頑張ったんっすよ!」


 休憩室に入ってきたのは、疲れ果てた表情を浮かべているものの、達成感に満ち溢れている陸奥であった。


「陸奥君が立憲自由党を説得してくれたということか!」

「そのとおりっす!」


 陸奥は誇らしげに胸を叩くと、松方さんはニコニコと笑った。


「いやあ、さすが伊藤君の腹心で板垣君と仲良しなだけあるね! 私もこうしてはいられないな。予算の練り直しをしてこよう」


 ふらつきながらも松方さんは肩の荷が下りたように休憩室から出ていく。


「よし、俺も仕事するっすよ! とりま、政府と会議する奴が誰になるのか確認してくるっす。大体把握はできますがね」

「私も行く」

「大丈夫っすよ」


 ついていこうとするが、陸奥は私をソファに座らせる。

 ぽかんとしていると陸奥はウインクをする。


「山県さん、だいぶお疲れっしょ。ちょっと休んでいたらどうっすか」

「……すまん、分かったか」

「俺を誰だと思っているんすか?いずれ天下を取る最強の男、陸奥宗光っすよ!」

「はは、そうだな」


 ばれないようにしていたが、さすがに聡い彼には隠し通せないようだ。


「分かった。ちょっと休んでおく。その間頼むぞ」

「うっす!」


 元気よく敬礼をすると、彼は意気揚々と部屋から出ていった。


 残るは私だけとなった。


(とはいえ、松方さんや陸奥に任せきりになるものな……)


 少しだけ、仮眠をとって、二人に合流しよう。


 そう思いながら私はソファで横になり目を閉じた。

 コーヒーのいい香りに誘われて目を開くと、マグカップを手にしながらクッキーをほおばる博文がいた。

 私がぼんやりと彼を見ていると、視線に気づいたのかこちらを向く。


「おはようガッさん。よく寝ていたね」


 私はその言葉にはっと意識を取り戻した。


「今何時……っ!」


 立ち上がろうとすると一瞬視界が揺れる。不思議に思っていると、博文の慌てた声が聞こえた。


「うわ!有朋!」


 久しぶりに博文の口から私の名前が出たなと思い、いつの間にか閉じていた目を開く。

 すると、博文の顔が思った以上に近くにあったので顔をしかめた。


「なんだ博文。近いぞ」

「君が倒れるからだろ」


 そう言われて、はじめて自分が博文に支えられていることに気づく。


「っ! すまない」

「いいって。というかガッさん、まだ本調子じゃないでしょ」

「それよりも議会っ」

「もう終わっているよ」

「なん……うぐぅ」


 強引に立ち上がろうとすると、目眩と吐き気でふらついてしまう。


「こらこら」


 博文は私を再び寝かせてソファの手すり部分に座る。


「もう終わっているのにどこに行こうというのさ。ちゃんとむっつんから連絡事項は聞いてるから」


 博文は衆議院と政府との議論は何月何日に開かれるか、メンバーは誰かを伝えてくれた。

 私は疲れた頭を働かせて情報を必死に叩きこむ。予想通りのメンバーにひとまず安心する。


「以上。僕の意見だけどそれほど苦労しないと思う」

「私もそう考えている。奴らに譲歩するのは癪だが、削る余地があるように予算は作ってもらっているからな」

「うん。そこらへんはジャスティスさんに任せておくよ」

「またお前は松方さんを妙な渾名で呼んで……」


 軽く批判するが、博文は無視をしてため息をついた。


「しかしこれが初回議会かあ。意外とみんな真正面から反対してきたね。これ次の議会から気が重いなあ……」

「言っておくがこの議会が終わったら私はやめるぞ。これ以上続けたら体がもたん」

「……はいはい。いいよ辞めて」


 さすがの博文も引き止めずに頷くも、どこか渋い表情をしていた。

 だが私は気づかないふりをして博文に釘を刺す。


「次はお前が首相になるんだぞ、博文」


 しかし、彼は小さく首を横に振り、拒否をしてくる。


「いや、まだ駄目。まだその時じゃない。勿論、支援はちゃんとするけどね。僕以外の人にやってもらうことにする」

「……」


 彼の言い方に私は思わず眉をひそめる。


 つまり、彼はまだ自分の出る幕ではないと、藩閥の実質的トップの自分の出番ではないとぬかしているわけだ。

 それが根拠のない自信なら殴り飛ばしてやるのだが、残念ながら事実だ。

 彼よりも頭が切れ、今上天皇陛下からの信頼を得ている人物はこの日本にいない。


(だからこそ、心底腹が立つ)


 自分の価値をしっかり理解している博文にも、それに納得するしかない自分にも。

 私は博文から離れると壁に手をついて立ち上がる。


「もう大丈夫なの?もしなんだったらお姫様抱っこしてやろうk……ごめんなさい冗談です」


 槍をちらつかせて黙らせながらも、考えるのは次の議会への不安ばかりだった。

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