第一次山県有朋内閣

1

 ここは仮議事堂、衆議院議場。

 天井は丸みが帯びており、四方には窓がとりつけられている。

 空気の通りが良い議場にて、声を響かせるのは一人の政党員。


「第一議会最初の論題は予算についてです。そうですね……国民みんな困っているみたいですし、とりあえず税金は下げましょうか」


 そうだそうだと議員は叫ぶ。登壇者は満足げに頷いて言葉を続ける。


「足りない部分は、役人の給料を減らして何とかしましょう。どうせ奴らは私腹を肥やしているのですからね、大したことないでしょう」


 議員たちは誰も彼も賛成の声をあげている。反対する人はわずかしかいない。

 

 その中で、衆議院議長は淡々と尋ねる。


「政府の予算案から減額ということですね。どの程度減額しますか?」


 議員は顔を見合わせて、思い思いの発言をする。


「5パーセント!」「それは生易しすぎる!」「いっそのこと20パーセントまでいってもいいのでは? 」「さすがにそれはやりすぎだぞ」「10パーセントが妥当だ!」


 議長はそれぞれの意見をざっくりまとめる。


「多数の意見は10パーセントのようですが、この割合で賛成のかたは起立してください」


 椅子の引く音は波のように議場を響かせる。

 議長は議員たちを見渡し、宣言する。

 

「それでは多数決により、政府案から10パーセント削減した予算案がかけ」

「そうはさせない」


 私は、起立していた議員を吹き飛ばした。


「なっ!」

「一体何者だ!」


 黄土色の袴をはたき、小麦色の髪を後ろに流す。しかし青の目は真っ直ぐ憎き政党員に向ける。


「そんな要求、私たち政府が許すとでも?」


 政党員の一人は私を見て叫ぶ。


「貴様は、現首相にして陸軍大将、山県有朋!」

「わざわざ我々の前に姿を現すとは。今こそ政党員の力を示すときだ! 覚悟!」


 奴等は天に手をかざすと、どこからともなくキジの羽が舞い降りてきた。手が羽に触れると光を帯び、クワや斧へと姿を変化する。


「くらえ、これは我々が天皇陛下から頂いた武器、神託物の力だ!」

「ちなみに神託物とは、意見が異なる相手を倒す武器だ! これで首相を倒せば、我々の要求が通るということである!」

「その話プロローグでもやった気がするが……」

「プロローグを飛ばす人向けの説明だ! ともかく山県首相を論破してやる! うおおおおおおおおお!!」


 彼らは神託物を手に取り向かってくる。


 だが奴等の神託物なんて、お子様が使うおもちゃに過ぎない。


「陛下から情けで与えられた武器で、何ができるとでも?」


 鼻で笑うと、彼らと同じように手をかざす。しかし舞い降りてきたのは真っ白なキジの羽だ。羽に触れるとそれは一本の槍に変わる。

 私は槍を政党員に向かって振り、全員の武器を弾き飛ばす。


「な、なに!?」

「なんだその武器、我々のものと力がけた違いだぞ……!」


 慌てている彼らに、私は懇切丁寧に説明をしてやる。


「当然だ。これは陛下からの真なる神託によって与えられている。貴様らのような軟弱な武器とは違うからな」

「く、くそ、首相や大臣は陛下から強力な信託を受けているからか……!強すぎる……!」


(ふん、この程度で泣き声をあげるとはな)


 やはり彼らは口だけ、所詮モブ政党員というわけだ。

 私は彼らを地に沈めようと、槍の穂先を下に向ける。


「私が終わらせてやろう。神託物よ、政党員を無様に屠れ。<摘蕾(てきらい)>!」


 地面に槍を突きたてると、周囲に電撃が走って政党員たちに襲いかかる。


「う、うわあああああなんだありゃああああ!!」


 逃げ惑うも、追撃する雷を避けられず直撃した。


「うがあああああああああああ」


 政党員たちは次々と真っ黒焦げになり地面に転がっていく。

 運よく逃げ切れた者たちはあまりの恐ろしさからか、私と距離をとろうとする。


「な、なんなんだありゃ。雷がでたぞ!?」

「軍人が女になったり羽が武器になるのはいいとして、雷出るのはちょっとおかしいと思うぞ!?」

「ここはファンタジーの世界なのか!?」

「いや軍人が女になったり羽が武器になるのも十分ファンタジー!」


 おびえる議員たちの中で、一人の男が声を上げる。


「さすが山県君の神託物、その名も『含雪』。君のあだ名を表すだけあって鋭い攻撃をしますね」


 彼は足音も立てずに私の前を塞いだ。私は緩んでいた気持ちを引き締めて、槍を構え直す。


「……板垣退助さん」


 長い髭に、ツバメの尾のような燕尾服。それは明治初期、共に働いていたときとそれほど変わっていない姿であった。


 唯一変わったことは、彼が幽霊であることだろう。全身は緑色の光で包まれており、目を凝らすと板垣さんの向こう側の景色を見ることができる。


 彼は人の良さそうな笑みを浮かべて礼儀正しく会釈をする。


「お久しぶりですね、山県君。知っているとは思いますが自己紹介をさせてください。私は立憲自由党の板垣退助。議員ではありませんがお邪魔させていただいています」


 板垣さんは羽を呼び出し、神託物をその手にまとった。


「私たちは政府の圧政を許すわけにはいきません。ですので山県君。議論をいたしましょう」


 板垣さんの登場に政党員どもは色めき立つ。


「おおおおおお!!!板垣さんだ!!」

「やっちまってください!」


 現在の衆議院は立憲自由党がかなりの数を占めている。そのため板垣さんを賛美する声が本当にうるさい。


 あとで絞めてやろうと思いつつ、私は板垣さんの神託物に目をやる。


「板垣さんの神託物は武器ではないのですね」

「ええそうです。あえて言うなら光で出来た手袋ですかね? とはいえ、侮ってもらっては困ります」

「……」


 板垣さんは閣僚ではない。だから私たちよりも格下の神託物を使っているはずである。


 だが、立憲自由党の総理という立場からか、その政治的な権威からか、板垣さんが身にまとう神託物は私たちと同等、いやそれ以上の輝きを放っていた。


(やはり、油断はできないか)


 私が槍を構えると、板垣さんも攻撃の体制を整える。


「神託物の名は『呑敵(どんてき)』。私の得意な武道の名です。この第一議会で、政党の力、見せつけてあげましょう!」


 二人同時に動き、私たちは神託物を打ち合わす。


 議論の、始まりだ。


 板垣さんは一瞬で私の懐に入る。避けようとするが間に合わず、腹に攻撃を受ける。


「うっ……!」


 ふらつく私に、板垣さんは追撃してきた。


「山県君、あなたたちは予算を減らさせないといっておりますが、予算の減額は議会に認められた権利です。それを拒否するということは、政府の圧政ではありませんか!」


 攻撃を槍で流すも、板垣さんはそれを予期していたかのように槍を両手でつかむ。


 すると、彼の手を中心に槍が凍りはじめたではないか。


「っ!」


 神託物を手放して後ろに下がる。槍はそのまま凍りついて砕け散ってしまった。


(もし手放すのが遅れていたら……)


 背筋に冷や汗が流れるも、表情には一切出さず、板垣さんを睨む。


「いいえ、政府の圧政ではありません」


 『含雪』を召喚し直し、鋭い声で言い放つ。


「板垣さん。確かに衆議院には予算を減らす権利を認めています。ですが忘れてはいませんか?」


 両手で槍を持ち、先端を板垣さんに向かって突きだした。


「<二連打にれんだ>!」


 『含雪』は電気に包まれ板垣さんを襲う。彼は手に氷をまとい防御しようとするも、雷とともに繰り出された二連の突きによってヒビが入る。


「なっ……!」


 氷が割れて驚いているのであろう、目が大きく見開く彼に淡々と告げる。


「憲法六十七条にはこう書かれています。議会が国家にとって重要な予算を減らすときには、政府に同意を求めなくてはならないと」


 私は板垣さんを睨み付けた。


「だが、あなたたちはそれをしていない。まさか板垣さん、堂々と憲法違反をするつもりですか」


 いつもは柔和な板垣さんだが、私の発言に顔をしかめる。


「私たちは立憲自由党です。その名の通り、憲法違反をする気など一切ありません。ただ君らと私たちで憲法の解釈に違いがあるようです」

「何も間違ってはいません。あなた方は私たちに相談の一つもしていない!」


 続けて<二連打>を放つと、さすがの板垣さんも当たらないように避け始める。


 板垣さんの劣勢に立憲自由党の議員がやかましく叫んでくる。


「板垣さん! あの技をやっちまってくだせえ!」

「あれさえあれば山県だって一撃でさあ!」

(さすが板垣さん、技を持っているか……)


 神託物の技は、ある程度の政治的な地位がないと使うことができない。


 そのためそこら辺のモブ政党員は出せないが、やはり板垣さんは別格のようだ。


(だが、それならばこちらが攻撃を出させなければいいだけだ……!)


 できるだけ間髪いれず、何度も槍で突く。


 右、左、上、下。


 急所を狙って何度も繰り出すも、板垣さんは軽々と避け続ける。人間場馴れしたその動きに、私は内心舌打ちをする。


(実体がないからか早いっ! こちらの体力が尽きてしまいそうだ)


 そう考え、私ははたと気づく。


(まさか、こちらが弱ったところで、技を仕掛けてくるつもりか!)


 ならばそろそろくるに違いない。


 すぐに対処できるようにと、攻撃の合間をぬって板垣さんの様子をうかがう、が


(……? な、なんだ……?)


 板垣さんは私が予想していたような、陰謀めいた表情はしていなかった。

 

 むしろ、なにかに悩んでいるかのような、そんな表情。


(一体どうして……)


 問いかけようとするが、その直後、後ろから強い殺気を感じ取った。

 

 私は電撃を放ち、こちらに飛んできた議場の椅子をはじく。


 弾いてきた奴の顔をみて、私は舌打ちをする。


「何の用だ立憲改進党。……もとい大隈の手下」


 立憲改進党員はバカにするように鼻で笑う。


「大隈さんの手下という言い方は好きではありませんね。確かに大隈さんは立憲改進党の産みの親です。しかしいまや大隈さんは我らの組織にはいらっしゃらない、残念ながら全くもって関係がありませんね」


 男たちは不敵な笑みをもらし大隈と自分たちは関係がないと言い切る。

 かわいらしいクマの耳をつけながら。


「いや、その被り物つけて関係ないのはおかしいだろ」 

「なななな何をいいますか、この耳はその……我々が趣味で作ったものですっ! 我々立憲改進党員はなぜか皆クマが好きですから! ええ! なぜか!」

「……」


 それで言い逃れができると思っているのだろうか……。


 冷めた目で見ていると、立憲改進党員はあからさまに話を変えてきた。

 

「それはともかく! 板垣さんの代わりに、我らが憲法違反をしていない確固たる理由を教えてあげましょう」


 やつらは雉の羽に触れ、神託物を身にまとった。

 呼び出した神託物は手をまとうと、あるものへと変化した。


 そう、その神託物はどうみても、……クマの爪だった。


「絶対貴様ら大隈と関係あるよな?」

「……さあ! 山県首相! 我らと議論をしよう!」

「おい。話をそらすな」


 咎める暇も与えず奴らは私に攻撃をしかけてきた。


 とはいえ所詮は名も持たぬモブ政党員、適当にかわせると思っていた。


 しかし、その目測は甘かった。


(なんだこいつら、無駄に動きが洗練されている……!)


 一人の攻撃をはじいたら別の奴が背後から狙ってきて、そっちを処理したら今度はまた別の奴が襲い掛かってくる。


 その連係は恐ろしいほどに洗練されていた。


「うっとうしいぞ違憲野郎ども!」

「違憲? 我々はそんなことをした覚えはありません」

「ならなぜ政府に相談しない!」

「政府には相談しますよ。両院で予算が通った後に」

「なっ、通ったあとだと!?」


 奴等はこういいたいのだろう。


 政府の予算案が衆議院と貴族院で可決されて、それから政府との話し合いを行うと。


 しかし、この解釈は圧倒的に政府に不利、議会に有利すぎるのだ。


 もしも政党員の解釈ではなく、両院の議決前に話し合いをするならば、予算の細かい部分での調整をすることができる。


 なぜなら、話し合いの場にあげられる予算案は、議会で承諾を得ていないからだ。


 だから政府は何の制約もなく予算に手を加えられる。


 では、議決後に予算の話し合いをするとどうなるか。


 そうなると話し合いの場にあがるのは、議会で正式に決まってしまった予算案となる。


 そのため、政府は細かいところで予算を調整できない。政府がとれる選択は二つだけ。


 予算案すべてを否定するか、すべてを肯定するか。


 どちらかしかなくなるのだ。


(奴等の予算案は絶対に認めるわけにはいかない。あんなに予算を減らされたら、それこそ国が動けなくなる)


 だからといって否決してしまったらしまったで、新たに進めたい事業ができなくなってしまう。


 百害あって一理なし。奴等の解釈はそういうおぞましいものなのだ。


「……貴様らの解釈、絶対に認めるわけにはいかない!」


 私は上空へ飛ぶと、神託物を下に突き出す。


「<摘蕾てきらい>!」


 槍から電撃が走り奴らに襲い掛かった。


「ぐああ!!!」


 全員に直撃し地面に膝をつかせる。しかし奴らは苦しそうにしながらもすぐに立ち上がってくる。


(こいつら、他の政党員よりも無駄に頑丈だなっ!)


 立憲改進党は立憲自由党よりも政治能力が高い奴等が揃っているのが原因であろう。


 この議論バトルにおいて、政治能力こそが力となるのだから。


(くそ、うっとおしい!)


 私は槍を構えて今度こそ止めをさそうとするが、周りで見ていただけの立憲自由党民が行く手を阻んだ。


「立憲改進党だけにかっこいい真似はさせねえぜ!」

「覚悟!」


 奴らは農具を片手に私に突進してくる。


「邪魔だ!」


 『含雪』で一振りすると奴等はすぐに吹っ飛ぶ。しかし虫のように次から次へとわいてくるではないか。


(くっ、数頼りの立憲自由党員め……!)


 一人一人は楽に倒せるが、数が多くて時間がかかる。


(こうなったらもう一度<摘蕾>……、いや板垣さんを倒すためには力をためなくては)


 ならば、援軍を頼むまで。

 そう思った矢先、政党員たちが突如悲鳴を上げはじめた。


「ぎゃああああああああ!」

「つ、潰される!?」


 私がそちらを見ると、なんと穴のあいた巨大な輪が議場を転がり回っているではないか。


(な、なんだあれ!? まさかあれが板垣さんの技……い、いや、それなら政党員に攻撃が入るわけがない)


 ということは。


 私の期待に応えるように、彼の声が議場に響いた。


「お待たせ山県君! 助けに来たよ!」


 ヒーローのようなヘルメットに、ヒーローのようなスーツ、ヒーローのような靴に、ヒーローのようなマントを身にまとい、彼はにこりと微笑んだ。


「よし、僕も頑張って戦うぞ。議員諸君よ、自己紹介をしよう! 僕の名前は松方正義。山県君の蔵相として、君らの要求を拒否させてもらうよ!」


よ!」

「だまれ優柔不断!」

「さっきから罵詈雑言吐いてるの誰!? いやまあ確かに優柔不断ってよく言われてるけど、経済政策に関しては譲らないからね!」


 政治が少し苦手な松方さんであるが、経済に関してはしっかりとした軸を持つ方だ。

 

 その証拠に、彼の神託物『大黒札』は紙幣の形をとっている。


 先ほどの技は<和同開珎わどうかいほう>であり、もう一つの技もお金に関係した技だ。


 まさに、経済家の彼のための神託物といえよう。


 そして、もう一人。


「もーお前らは。議員っつーのは、切れの良い討論をするものっすよ?」


 若い男性の声が響くと、松方さんを指差していた三人の議員が血を吹き出して倒される。


「なっ、なんだ!?」

「いったい誰が、ぎゃあああ!」


 議員を切り裂く影はひょいと机に立つ。ジーパンに半そでと、動きやすい恰好をした彼は、朱色の瞳を細める。


「弱いっすねー。もうちょい削りがいがないと飽きちゃうっすよ」


 彼の腕には鮫のヒレのようなものがついていた。朱色に輝くそれを振るうと、真っ赤な血が飛び散る。


「おっと、名乗ってなかったっすね。俺は第一次山県内閣、農商務大臣の陸奥宗光っす。ちなみに、」


 彼は腕についたヒレを見せつけるようにブンブン振る。


「俺の神託物の名は『カミソリ』っす。お前らがカミソリ大臣なんてニックネームつけるからこうなったんすよ。どうせならもっとかっこいい方がよかったっすねえ」


 肩まで伸びる鮮やかなオレンジの髪を整え、陸奥は私の側に降り立った。


「うっす山県さん! 遅くなったっす! 雑魚議員の対策なら俺に任せるっすよ!」


 陸奥は自信満々に笑う。


 無論、彼の自信は実力に裏打ちされた確かなものだ。あまりに切れのいい議論をすることから、カミソリ大臣とまで称されている。


 若いながらも、私の頼りになる閣僚の一人だ。


「ああ、頼むぞ陸奥。松方さんも、お願いします」

「勿論!」


 さすがに我々三人が揃うと、議員たちも怯えたように騒めく。


 だが、身不相応にも我々に立ち向かおうとするものもいた。


 その一人である立憲改進党の男は憎々しげに私たちを睨みつける。


「我々は民のための政党! 政府の圧政などには屈しはしません! ここで見せるのは惜しいですが、仕方ありません」


 そう言って彼らは手をあげる。


「いでよ、『立憲改進』!」


 彼らの手から雉の羽が現れる。羽は一つに集まると真っ赤な光の塊になった。


「な、なんだあれは!?」


 政府関係者が目を丸くさせるなか、光は一つの形をとる。


 丸い耳に巨大な胴体、そして白く鋭い牙を持つそれは、まるでクマのような姿をしていた。


 しかしそのサイズは異常なまでに大きく、人の何十倍もの大きさであった。


「ひい!? お、大きくない!?」

「な、なんすかあれ!」


 松方さんと陸奥が驚くと、政党員は喉を震わせて嗤う。


「みたか。あのクマの名は『立憲改進』。立憲改進党に期待する民意によってつくられた召喚獣……、いや、神託獣だ!」


(神託獣だと?これが政党の力か……!)


 戸惑う隙も与えず、『立憲改進』はうなり声をあげて高速で襲い掛かってきた。


「うわあ!」


 慌てて三人ともバラバラに逃げる。クマはあたりを見渡し、私を見つけるとその巨大な手で突き飛ばそうと手をふるう。


 体全体を使いとっさに横に飛んで避けるが、私のいた場所は椅子も何もかも遠くに吹き飛ばされていた。


「次は避けさせない。『立憲改進』! やれ!」


 冷や汗をごまかすように『含雪』を握り、『立憲改進』を睨み返す。


(ここで、やられてたまるか……!)


 一国の首相として、ここは引くわけにはいかない。例え自身が倒されようとも。


 覚悟を胸に槍を構えた、が。


 唐突に板垣さんが大声を出す。


「君たち、盛り上がっているところ非常に申し訳ないがっ、」


 一同の視線は板垣さんに集中する。それを確認すると声量を落として微笑む。


「そろそろ議会も終わっていい時間ではありませんか? はじめての議会ですし、そこまで急ぐことはないでしょう。そうですよね、議長さん?」


 議長は慌ててうなずき、本日の議会の終わりを宣言した。


 その瞬間、神託物は元の雉の羽となり、クマもその形を崩し羽となり議事堂に降り注ぐ。


 羽が触れた机や椅子は光に包まれ元の姿に戻る。人々の傷もまるで初めからなかったかのように癒えていった。


 政党員も政府関係者も目を丸くさせてその様子を眺める中、一部の立憲自由党、そして立憲改進党の人間は悔しそうに私を睨む。


「……命拾いしましたな、山県首相。次こそは確実に」

「……」


 私は奴らに返事をせずに松方さんと陸奥の方を向く。


「私は休憩室で少々休む。今後の対応は後で話そう」

「わかった」

「……うっす」


 二人とも深刻そうに頷く。反則じみた政党の力を見たことで、予算不成立の未来が見えてしまったからだろう。


 だが今、私は彼らの不安を解消させることはできない。


 私は二人を残して、内閣用の休憩室へと向かった。


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