何かが決定的に違うけど何となく分かる日本近代政治史
@asakurazyunzyun
プロローグ
1
この日、僕こと西園寺公望は期待と不安を胸に秘めて国会議事堂の前に立っていた。
「おーい、モッチー」
振り返ると伊藤博文さんが手を振っていた。
「伊藤さん、こんにちは。そのニックネームいい加減止めてくだ………目、どうしたのですか。それに前より若返っていませんか?」
短い黒髪はいつも通りだが、肌は十代だと言われてもわからないほどに張りがある。
それに目は真っ黄色になっていて、明らかに日本人離れしていた。
ちなみに現在伊藤さんは四十代は越えているし、前会ったときは年齢通りの顔、黒目黒髪だったはずだが……
「議会か始まってからこうなってね。なんだろう、アドレナリンってやつのおかげ?」
「アドレナリンってこんな効果でしたっけ」
しかしだからといって議会が始まったから容姿が変わった、なんてフィクションを信じる年でもないので、アドレナリンのおかげということにした。
「モッチーは議会初めてみるんだよね」
「ええ、少々忙しくて見学できていませんでしたから」
「ちょっとバタバタしていたからねー」
日本では大日本帝国憲法が公布され、衆議院議会もはじまった。西欧の真似事といったらそれまでだが、それでも日本に合う議会制度を作ろうと皆が必死に走り回った。
勿論僕もその一員となって働いていたので、議会は僕の成果物ともいえよう。
できれば早めに議会を見学できればよかったが、他の仕事が忙しく、また議会も紛糾していたので見に行く暇がなかったのだ。
「確か今は伊藤さんが総理大臣でしたよね……あれ、伊藤さん。僕を案内していても大丈夫なのですか?」
「大丈夫!トイレ休憩だって言って抜け出しているから!」
「駄目ですよねそれ」
「ばれなきゃセーフ」
「……」
(伊藤さん絶対後で叱られますね……)
そんなことを思いながら彼の後ろについていく。
「よし、この扉の先で衆議院の会議がやっているよ。中にいる人にばれないようにちょこっとだけ開けてね」
「はい、分かりました」
扉の前で深呼吸する。
この先に帝国議会が行われている。国内の行く末を決める議会が。
僕は決意を固めドアを開ける。
ただ正直な所、僕は日本の議会にそこまで期待していなかった。政党の荒れ具合と藩閥の強引さは耳に入っていたためだ。
だから怒声が飛び交うくらいはあるだろうと覚悟をして覗き込んだが、
「え……」
その場は、戦場だった。
切り刻まれた机、飛び散る椅子、血だらけで倒れる男たち。
低くうめき声と絶叫、武器を打ち合わせている音。
「ま、まさか襲撃……!?」
「いやー派手にやってるねえ」
「え!?どうしてそんなにのん気なのですか!?」
「議論が白熱してるんだろうね。よくあることよ」
「白熱しすぎて殺し合ってません!?」
「おいおいモッチー。僕らは政治家だよ?殺し合いなんてそんな」
その瞬間、僕と伊藤さんの間に何かが高速で通った。そちらを向くと壁に人の背丈ほどの槍が突き刺さっていた。
「いやこれ殺し合いですよね!?バリバリ槍じゃないですか!」
「大丈夫。これは僕らが当たっても痛くないよ。ほら」
伊藤さんは槍の穂先を握りしめる。思わぬ行動にぎょっとするが広げて見せてもらった手には傷跡がなかった。
「え……?どうして?」
「この槍は槍の形をしているけど本物じゃないんだ。詳しい説明は後でするけど、これは自分と意見が異なる人を倒すための武器なの。
その人に攻撃をしたら自分の意志が直接その人の体に染みつき、その人の意志がこぼれ落ちる。まるで傷痕と血のようにね。
それを受けすぎるとその人に反論が出来なくなるんだ。あそこで倒れている人はそうやって反論できなくなった人たちよ。議会が終われば普通に治るんだけどね」
「……は、はあ」
としかいえなくないか!?
「えっと、随分独創的なシステムですねえ」
「そう?ドイツはこうだったじゃん」
「いや絶対違いますよね?ドイツの何を見てきたんですか?」
伊藤さんのとんでも理論に混乱していると、戦闘をしていた人だまりから一人の女性がこちらに向かってきた。
赤みがかった黄色の長髪はサラサラでよく手入れされて美しく、深海のような青の瞳が凛々しさをも感じさせる。
日本にはそう滅多にいない、西欧の女性のような人が僕の前で立ち止まった。
「久しぶりだな西園寺。少し痩せたか?」
「え。あ、あの……」
僕は必死に記憶を探る。しかし彼女のよう女性と出会った思い出がない。
「失礼します。あの、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「……そうか、すまないな。見た目が大分変ってしまっていたのを忘れていた」
彼女は頬をかきながら困ったように微笑んだ。
「私は山県有朋だ。久しぶりだな」
「……え、ええええええええええ!!!???」
この前会ったときは普通に男性だったのに!!??
(これはどういう状況だ!!???しかも山県さん無駄に胸がでかいし!)
僕は膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
「なんで女性になっているんですか!?」
「議会が始まったらこうなった。どうやらドイツの議会ではよくあることらしい」
「ないですよ!!!性別は議会程度で変わりませんよ!!!」
「議会程度とは心外な。君も議会を作るため大分苦労したのだろう?」
「いやいやいやいやいやいや」
(確かに苦労はしたけれど!こんな訳がわからない議会を作る苦労はしていない!)
情報が処理できずに頭が真っ白になっていると、不満そうな表情で誰かがこちらにやってきた。
「お二人さん、そうお喋りしてないで議論に参加してもらえませんか?」
その声は聞き覚えがあった。土佐藩出身の政治家にして自由民権運動の初期から民衆のリーダーとして党をまとめあげた人物。
「板垣さん……!」
(よかった、板垣さんは元々の男性声だ!)
心底ほっとして振り返り、板垣さんのその姿に再び絶句してしまった。
板垣さんの眉間には矢が突き刺さり貫通している。他の場所にも矢が何本もの突き刺さっている。よく見ると両足ついていないし若干透けているし顔色だってかなり青い。
「ど、どうしたんですか!?透けてません?!」
「ああ、暗殺されそうになった後からなぜか霊体になってしまったのだ」
「板垣さんあのとき亡くなったのですか!?」
「いやいや、こうして元気に政治活動をしているよ」
「元気ってなんでしたっけ……」
誇らしげな板垣さんに正直どう言葉を返していいか分からない。成仏してくれと言ってもよいものか……
悩んでいたら小さい熊のぬいぐるみが足元に転がってきた。
「次から次へとなんなんだ」
議員の誰かの落とし物かと拾い上げようとしたら、そのぬいぐるみが突然動いた。
「すまないがあまり触らないでくれるか?」
「うわ!ぬ、ぬいぐるみがしゃべった!」
ぬいぐるみは二本の足で立ち上がると机によじ登って僕らと同じ視線に立った。
「やあ西園寺君。私は大隈重信だ。今は小熊であるんであるがな」
「お、大隈さん……!?」
小さな熊は愉快そうに笑いながらこくこくと頷く。
(もはや人外……)
そして僕は考えるのをやめた。
「このような姿になってしまったが、これからもよろしくお願いする」
「あ、はい」
明らかに人のものではないモコモコの手を差しだされる。もう全てに疲れた僕は反射的に手を差しだす。しかしそのとき、すぐ近くから銃声が聞こえた。
「!?」
僕は硬直し、大隈さんは弾かれたように手を引いた。
「い、今のは!?」
「大丈夫だ、本物ではない」
大隈さんは苦笑しながら彼が立つ机の隣に目をやる。
「伊藤君。隠れてないで出てきたらどうだい?」
「え、伊藤さん?」
すると机の下から盛大な舌打ちをしながら伊藤さんが出てきた。
「わざとモッチーの手を握ろうとして僕を誘い出したな?大隈」
「気のせいではないか?それにしても酷いな伊藤君は。握手をしようとしただけで撃つとは……よほど彼が大事なのであるんだな」
「どちらかというと単にあんたが気にくわない」
「いいじゃないか。昔は同じ屋根の下で日本の未来について語り合ったじゃないか」
「忘れたい過去を引っ張り出すな!」
伊藤さんは続けて何発も銃を撃つ。そんな伊藤さんに大隈さんはニヤリと笑うと机から飛んだ。
すると小さな体が膨脹し本物の熊と同じ大きさになった。
「それでは勝負。我らの日本のために!」
「ほざけ大隈!」
二人は議論という名の戦闘を開始した。残った山県さんは壁の槍を引き抜き板垣さんと向き合った。
「さて板垣さん。政党なぞふざけたもののトップであるあなたを論破してみせましょう」
「お断りする。民衆の力を存分に味わるがよい」
板垣さんと山県さんはそう言い合い戦闘をはじめる。
そしてその場には僕だけが残された。
「……陛下、祖先霊の方々。今後に不安しか感じないのですがあなた方はどう僕たちを導くつもりなのですか……?」
僕は天をあおぎ、遠くで見守ってくれるであろう日本の祖霊に伺いを立ててみた。
当然と言ったら当然だが、特にそれに返事が返ってくることはなかった。
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