第5話 新たな決意
「……ここは?」
リリアナは、目の前の光景を信じられないといった様子で見回し、呟いた。
あたり一面に広がる漆黒の空間は、リリアナにとってあまりにも非現実的な光景だった。
最後の記憶は、急に様子が変わったアルバート殿下に抱きしめられた瞬間、強烈な光に包まれたことだ。それでさえ理解の範疇を超えているというのに、今の状況を受け入れられるわけもない。
「アシュテル……これは、一体どういうこと?」
リリアナは、不安に駆られたように、目の前のアシュテルに助けを求めるように尋ねる。
しかし、アシュテルにも、現状を説明できるだけの情報はない。
「えっと……その……」
『……申し訳ありません、アシュテル。リリアナ・ノースフォードの転移は、完全に想定外の事態であり、原因は究明中です』
システムは、謝罪の言葉を述べながらも、どこか他人事のような口調で答えた。
(原因究明中って……一体、どういうことよ!? リリアナを、こんなところに連れてきて、どうするつもりなのよ!)
『そもそもあなたの……いえ、状況説明を続けます』
アシュテルは、心の中でシステムに怒鳴りつけた。
しかし、システムは、アシュテルの怒りには答えず、淡々と説明を続けた。
『現在、「ローズガーデン・ロマンス」の物語世界に、更なる不具合が発生している可能性があります。リリアナ・ノースフォードの転移は、その影響によるものと推測されます』
アシュテルは、システムの説明に、頭を抱えそうになった。
(更なる不具合……? もしかして私の……あれ?)
アシュテルは、混乱する頭を整理しようと、深く息を吸った。
目の前には、不安そうな表情を浮かべるリリアナの姿がある。
今、自分が取り乱すわけにはいかないと、アシュテルは今一度気を引き締める。
「り、リリアナ、落ち着いて。大丈夫。うん……大丈夫、私が必ず、何とかするから」
「アシュテル……」
アシュテルは、リリアナの肩にそっと手を置き、安心させようと努め、必死に励ます。
その力強い言葉に、少しだけ安堵したのか、リリアナはコクリと小さく頷いた。
「リリアナ、落ち着いて聞いて欲しいんだけど。
システム……えっと、私の相棒? みたいなのが言うには、あなたの世界に何かおかしなことが起こっているみたいなの」
アシュテルは、リリアナの肩に手を置いたまま、ゆっくりと説明を始めた。
「リリアナがどうして、ここに来ちゃったのかは、
私も、まだ詳しいことは分からないけど……うん。分かってることと、隠してたことは全部話すね」
アシュテルは自分が“ざまぁ概念”であること、そして、リリアナに“ざまぁ”を与えるために、この世界に来たことなどを、包み隠さずに伝えるべきかどうか迷ったが、全てを話すことを決めた。
リリアナには、何の罪もない。おそらくだが、単に巻き込まれてこの場にいるのだ。
全てを知る権利があると、アシュテルは判断した。
「どこから話そうか…………そうね。
私、“ざまぁ概念”っていう、概念なの」
「ざ……まぁ概念……?」
リリアナは、アシュテルの言葉に、首を傾げる。
アシュテルは、そんなリリアナに、自分が“ざまぁ概念”になった経緯、そして、本来であれば、リリアナに“ざまぁ”を与えるために、リリアナの世界に訪れていたことを説明した。
リリアナは、アシュテルの説明を、一言も聞き逃すまいと、真剣な表情で聞いていた。
すべてを話し終えると、アシュテルは、リリアナに謝罪した。
「……ごめんなさい、リリアナ。こんなことになるなんて、思わなかったわ」
アシュテルは、深く頭を下げた。
自分が“ざまぁ概念”になったこと、そして、リリアナを巻き込んでしまったこと、アシュテルは全て自分の行動が招いた結果だと考えていた。
「……ううん。謝らないで、アシュテル」
しかし、リリアナは、アシュテルの謝罪を遮るように、そう言った。
「確かに、今の話は、ちょっと信じられない話だけど……アシュテルが嘘をついているとは思えないわ」
リリアナは、アシュテルの目をまっすぐに見つめながら言う。
その瞳は、真剣で、そして、アシュテルへの信頼で満ち溢れていた。
「それに……」
リリアナは、少しだけ顔を赤らめると、言葉を続ける。
「……もし、アシュテルが、私のことを本当に……その“ざまぁ”? したいと思っていたのなら、きっと、あんな風に、私を守ったりなんて、しなかったはずだから。あの時……本当に心強かったの。お礼を言いたいくらい」
リリアナの言葉に、アシュテルは、胸が熱くなるのを感じた。
リリアナは、アシュテルの言葉ではなく、アシュテルの行動を見て、アシュテルの真実を感じ取ってくれていたのだ。
「リリアナ……」
アシュテルは、リリアナの名前を呼び、小さく頷いた。
『……あの、お二人とも、お話の途中、大変恐縮なのですが』
その時だった。
システムが、遠慮がちに、そう口を挟んできた。
『現在、「ローズガーデン・ロマンス」の世界だけでなく、他の物語世界にも、同様の不具合が発生している可能性が検知されました。
このままでは、物語世界全体に、取り返しのつかない影響が出る可能性があります』
システムは、神妙な口調でそう告げた。
『至急、「ローズガーデン・ロマンス」の"物語の修正"を行う必要があります』
「物語の修正……?」
アシュテルは、聞き慣れない言葉に、首を傾げた。
『はい。物語世界に生じた不具合を修正し、“物語の本来の姿”に戻す作業です』
システムは、アシュテルの質問に、丁寧に答えた。
「"物語の本来の姿"……?」
『本来であれば、リリアナ・ノースフォードは、あのままアルバート・レイドに軟禁され、その後、更なる不幸に見舞われる運命にありました。
しかし、あなたは、"ざまぁ概念"の力を使って、アルバート・レイドの"信念"を書き換え、リリアナ・ノースフォードを救おうとしました』
システムは、淡々と説明を続ける。
『その結果、物語は、本来の筋書きから大きく逸脱し、"重大な不具合"を引き起こしてしまったのです』
「じゃあ……私が、アルバート殿下の"信念"を書き換えなければ、こんなことには……?」
『他にも要因はありそうですが、それが引き金になった可能性が高いです。しかし、過去を悔やんでも仕方がありません。
重要なのは、今、私たちに何ができるかです』
システムは、アシュテルの言葉を遮るように、そう言った。
「で、でも……物語の修正って、具体的に、どうすればいいの?」
『申し訳ありません。現時点では、具体的な方法は分かっていません。
ただ、一つだけ確かなことは、"物語の修正"には、"ざまぁ概念"であるあなたの力が必要だということです』
「私の力……?」
『ええ。あなたは、“ざまぁ概念”として、物語に干渉し、登場人物たちの運命を変える力を持っています。その力を使って、"物語を本来の姿"に戻す必要があるのです』
「そんな……私、誰かを不幸にするようなこと、できないわ!」
『わかっています、アシュテル。
だから、あなたは、"ざまぁ"を与えるのではなく、その力を用いて"物語を修正"するのです。
"物語を本来の姿"に戻すことで、登場人物たちが、本来歩むべき運命を、再び歩めるようにするのです』
システムの説明に、アシュテルは、少しだけ考え込む。
「……わかったわ、システム。
私、"物語の修正"、やってみる」
アシュテルは、決意を込めて、そう言った。
アシュテルの言葉に、システムは、安堵したような口調で答えた。
『ありがとうございます、アシュテル
あなたなら、きっとできます』
「……でも、一つだけ、条件があるわ」
アシュテルは、システムに条件を提示した。
「リリアナも、一緒に連れて行って」
『……え?』
アシュテルの言葉に、システムは、驚いたように声を上げた。
「だって流石にここに一人で置いていくわけには
……え、ダメ? ダメなの……?」
『そ、それは……』
システムは、言葉を濁した。
アシュテルは、システムの反応を見て、少しだけ不安になる。流石に、物語の修正を行う間一人でここに放置は気が引ける。
「だ、ダメなの? リリアナは、どうしても、ここに残さなきゃいけないの?」
『あ、いえ、そういうわけでは……ただ、リリアナ・ノースフォードを連れて行くとなると、更なる不具合が発生する可能性もありまして……まぁ、改善の可能性も同様にありますが……要するに予測不能のイレギュラーです』
「でも、リリアナを、ここに残していくなんて、できないわ!
それに、リリアナは、もう、"物語の登場人物"なんかじゃない。わかるでしょ? 意思があるの。こんな場所で一人でいたらおかしくなっちゃうわ。それはまずいんじゃないの?」
『それは……』
アシュテルは、必死に訴えた。
リリアナも、アシュテルの言葉に、力強く頷いた。
「ええと……システム、さん? で、いいのかしら」
『!? わ、私の声が聞こえているのですか!?』
「え、ええ。ここに来てからだけど」
リリアナの言葉に、システムは一瞬、言葉を失う。しかし、すぐに我に返ると、どこか嬉しそうな声で言った。
『な、なるほど……! これは、想定外の事態ですが、好機と捉えるべきかもしれません!』
「好機……?」
アシュテルは、システムの言葉に首を傾げる。リリアナも、不思議そうな表情を浮かべている。
『ええ、好機です! リリアナ・ノースフォードが私の声を感じ取れるということは、彼女もまた、概念に近い存在となっている。
つまり、物語世界に何らかの影響を及ぼせる可能性を秘めているということです!』
システムは、興奮気味に説明する。
『これは、私の推測ですが……あなたは“ざまぁ概念”としての力によって、リリアナ・ノースフォードを物語世界の枠組みから解放したのかもしれません。それで、半概念となり、物語に干渉しうる力を得たのだと思われます。
通常であれば異常事態でしかありませんが、現状ではかなり心強いかもしれません!』
「物語に干渉……? 半概念? ……ってことは、リリアナも、私みたいに、不思議な力を使えるようになるってこと?」
『ええ、その可能性は高いです。そして、もしも私の推測通りであれば……リリアナ・ノースフォードは、あなたと共に"物語の修正"を行うことで、"完全な概念"へと進化できるかもしれません!』
システムは、更に興奮を隠せない様子で続ける。
「な、な、なんでそんなに興奮してるのよ……」
「え、ええと……それはつまり、私が、アシュテルと一緒に、色々な世界を旅したり、困っている人たちを助けたりできるようになるってこと?」
『簡潔に説明すると、そういうことになりますね』
「わぁ……! それは、面白そうね!」
予想外の展開に、アシュテルは戸惑いを隠せない。一方、リリアナは目を輝かせて喜んでいた。
リリアナの反応を見て、アシュテルは、少しだけ気持ちが楽になる。
ここに来るまで、リリアナは辛いことばかりだった。
もしも、リリアナが、"物語の修正"を通して、自分自身の力を見つけ、そして、この世界を救うために、アシュテルと一緒に旅をしてくれるならば。それは、アシュテルにとっても、とても嬉しいことだった。
「……まあ、とにかく一緒に行けるってことよね」
『はい。共に戦い、物語を修正してくださることを期待しています』
「……わかったわ。リリアナ、一緒に行こう。二人で、あなたの世界を……物語を、救いましょう」
アシュテルは、リリアナの手を取り、力強く宣言する。
その瞳は、決意に満ち溢れていた。
「ええ!」
リリアナも、アシュテルの言葉に応えるように、力強く頷いた。
リリアナの瞳にも、アシュテルと同じ、強い意志が宿っていた。
『……では、転移を開始します』
システムは、二人の決意を感じ取ったのか、多くを語る事なく転移の準備に入る。
次の瞬間、アシュテルとリリアナの体は、再びまばゆい光に包まれた。
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