第4話 ハプニング
『……落ち着いて聞いてください、アシュテル。これから説明する内容は、非常に複雑かつ危険なものです』
システムは、神妙な口調でそう言った。
アシュテルは、システムの言葉に、緊張感を高めながらも、静かに頷いた。
(やっぱり、難しいのかしら……)
アシュテルは、システムの説明に耳を傾けながら、心の中で呟いた。
『"物語の雰囲気"は、目に見えない糸のようなもので、この世界のあらゆる場所に張り巡らされています。あなたはその糸を、"ざまぁ概念"の力を使って、少しだけ引っ張ったり、緩めたりすることで、登場人物の感情や行動に、微妙な影響を与えることができます』
「糸を……引っ張ったり、緩めたり……?」
アシュテルは、システムの説明に、少しだけ想像を膨らませた。
目に見えない糸……まるで、運命の赤い糸みたいなものだろうか。
もし、そんな感じのものだとすれば、アシュテルとしてはイメージは掴みやすい。
『ただし、"物語の雰囲気"操作は、非常に繊細な作業が要求されます。
下手をすれば、物語に更なる不具合を引き起こし、取り返しのつかない事態になりかねません。
慎重に、慎重に、そして、大胆に行動する必要があります』
システムは、念を押すように言った。
アシュテルは、システムの言葉に、改めて身の引き締まる思いがした。
(わかってる。リリアナの未来がかかっているんだもの……絶対に、失敗はできない)
アシュテルは、深呼吸をして、心を落ち着かせると、システムに指示を求めた。
「わかったわ。で、具体的には、どうすればいいの?」
システムは、アシュテルの質問に答えるように、具体的な"物語の雰囲気"操作の方法を説明し始めた。
『まず、"物語の雰囲気"を視覚化してみてください。
それは、空気のように、水のように、目には見えないけれど、確かに存在しているものです。
そして、その"物語の雰囲気"の流れを感じ取り、操作したい対象、つまりアルバート・レイドの感情に影響を与える糸を見つけ出すのです』
アシュテルは、言われた通りに、目を閉じて、"物語の雰囲気"を感じ取ろうとした。
最初は、何も感じ取ることができなかった。
しかし、アシュテルは諦めずに、集中力を高めていく。
すると、徐々に、アシュテルの周囲に、何か温かいものが流れているのを感じ始めた。
(何か…………?)
それは、まるで、春の陽だまりのように、優しく、温かい“何か”だった。
アシュテルは、その温かさに包まれながら、ゆっくりと目を開けた。
「……!」
目を開けた瞬間、アシュテルは、自分の視界が変化していることに気づいた。
部屋の中は、相変わらず薄暗く、重苦しい雰囲気に包まれている。
しかし、アシュテルには、その空間を満たす"物語の雰囲気"とやらが、まるで、糸のように、波のように、視覚的に捉えることができたのだ。
(これが……"物語の雰囲気"……?)
アシュテルは、システムに言われた通り、"物語の雰囲気"の流れを辿りながら、アルバートの感情に影響を与えている糸を探し始めた。
(アルバート殿下……の感情は)
アシュテルは、"物語の雰囲気"の糸を辿りながら、アルバートの感情の中心を探ろうとした。
しかし、アルバートの心は、まるで鉄壁のように閉ざされており、アシュテルの力では、容易に近づくことができなかった。
(く……っ! ああっ……そぉーれー!!)
『……! どうしましたか!?』
アシュテルの心の叫びに、システムが、驚いたような口調で言った。
アシュテルは、システムの言葉に、はっと我に返った。
(あ、ああ……うん! えっと、アルバート殿下の心の奥底に、とても太くて、強い糸が……)
アシュテルは、アルバートの心の奥底に、他の糸とは比べ物にならないほど太く、強い光を放つ糸を見つけた。
その糸は、まるで、アルバートの心の奥底に根を張っている大樹のように、揺るぎない存在感を放っていた。
『それは、アルバート・レイドの"信念"を表す糸です。
彼の行動原理、価値観、そして、リリアナ・ノースフォードへの想いまでも……すべては、この糸に支配されています。
困難ではありますが、もしもあなたが、この糸に干渉することができれば──』
「アルバート殿下の心を、根本から変えることができる……?」
アシュテルは、システムの言葉を遮るように、そう言った。
『……可能性はゼロではありません。しかし、警告しておきます。
"信念"の糸は、キャラクターの軸となる部分です。そして、主要キャラクターであるアルバートの"信念"の糸は、"物語の雰囲気"の中でも、特に強固で堅牢なものです。
下手をすれば、あなたの力ではびくともしないばかりか、逆に、あなた自身が、その力に飲み込まれてしまう危険性もあります。今更ですが別のアプローチを模索することもできますが』
「……それでも、私は、やるわ」
アシュテルは、システムの警告にもひるまず、そう言った。
リリアナを救うためには、もう、他に方法がないのだ。
『……わかりました。では、アシュテル。
"信念"の糸を操作する方法を伝授します。
しかし、決して無理はしないでください。
もしも、危険を感じたら、すぐに操作を中止してください』
システムは、アシュテルの決意を感じ取ったのか、それともこれ以上の忠告は無意味と判断したのか、静かにそう言った。
アシュテルは、システムの言葉に、力強く頷いた。
「ええ。ありがとう」
アシュテルは、深呼吸をして、心を落ち着かせると、"信念"の糸に手を伸ばした。
◇
アシュテルが試行錯誤しながらアルバートの"信念の糸"に干渉する事、約10分。アルバートに変化が見られた。
アルバートは、リリアナに背を向けると、部屋の隅に置かれた、小さなオルゴールに目を向ける。
それは、かつて、アルバートがリリアナにプレゼントしたものだった。
「……殿下?」
リリアナは、アルバートの様子がおかしいことに気づき、不安そうに彼に話しかけた。
しかし、アルバートは、リリアナの言葉には答えず、オルゴールを手に取ると、じっと見つめていた。
「……懐かしいな」
アルバートは、独り言のように、そう呟いた。
その声は、先程までの冷酷なトーンとは異なり、どこか懐かしそうに、そして、少しだけ悲しそうに聞こえた。
(今の声……!)
アシュテルは、アルバートのわずかな変化を見逃さなかった。
(効果が出てる? だったら、もっと深く……)
手応えを感じたアシュテルは、アルバートの感情にさらに強い、働きかけることにした。
アシュテルは、"信念"の糸の中から、アルバートの愛情に関係する糸を探し出し、そっと引っ張ってみる。
(これで……どう?)
次の瞬間、アルバートの体が、小さく震えた。
まるで、電流が走ったかのように。
「っ……!」
アルバートは、苦しそうに顔を歪めた。
(あ、あれ? ダメ……? これ、やらかした?)
アシュテルは、慌てて糸を戻そうとした。
しかし、その時だった。
「リリアナ……」
アルバートは、苦しそうに顔を歪めながらも、リリアナの方を向いて、その名を呼んだのだ。
「殿下……?」
リリアナは、アルバートの突然の変化に驚きを隠せない様子だった。
「……俺としたことが、酷いことを言ってしまったな」
「!?」
アルバートは、自嘲気味に笑いながら、そう言った。
その声は、先程までの冷たさは消え、アシュテルがゲームで見慣れたものに戻っていた。
(え……?)
アシュテルは、予想外の出来事に、目を丸くした。
システムも、驚きを隠せない様子だ。
『な、な、なんで……こ、こんな!? お、おかしいでしょ!?』
「一体、何が……」
リリアナも、状況を理解できずにいるようだ。
誰もが状況を把握できない中で、アルバートは、リリアナに近づくと、そっと彼女の頬に触れた。
「リリアナ、すまない。
婚約破棄のこと、乱暴に扱ったこと……本当に、申し訳なかった」
「……??」
予想外のアルバートの言葉に、リリアナは理解ができなかったのか、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……リリアナ」
そんなリリアなの様子に構うことはなく、次の瞬間、アルバートは、リリアナを強く抱き寄せた。
「え……??」
「リリアナ……俺は、間違っていたのかもしれない」
アルバートは、リリアナの耳元で、声を僅かに震わせながら、そう呟いた。
(う、上手くいった……? え、でも変わりすぎてない? いや、でもいい雰囲気だし……いい、よね)
アシュテルは、予想以上の変化に困惑しながらも、喜びと安堵に胸を撫で下ろす。
しかし、その喜びも束の間だった。
『あ、アシュテル! ダメです! それ、もうやめて! "物語の雰囲気"に、異常な歪みが生じています!』
システムの警告が、アシュテルの鼓膜を叩き割る。
それと同時に、アシュテルは、自分の体が、熱いもので包まれるような、奇妙な感覚に襲われた。
「な、何が……!?」
『"物語の雰囲気"への干渉が、許容範囲を超えました! このままでは、"物語の崩壊"、あるいは、"別の世界が生まれる"可能性がありま──』
「え……?」
アシュテルは、システムの言葉の意味を理解する間もなく、強烈な光に包まれた。
◇
「あ、あれ……?」
気がつくと、アシュテルは、漆黒の空間に戻っていた。
(ここは……?)
アシュテルは、状況を把握しようと、周囲を見回した。
『アシュテル、聞こえますか!? アシュテル!!』
システムの、今まで聞いたことのないほど焦った声が、アシュテルの耳に飛び込んできた。
アシュテルは、システムの声に反応して、慌てて返事をする。
「!? うん、聞こえてる! ど、どうなったの? リリアナは!? アルバート殿下は!? いったい何が……!?」
『お、落ち着いてください、アシュテル! 落ち着いて、私の声に集中してください』
アシュテルは、システムの言葉に従い、深呼吸をして、心を落ち着かせようとした。
『とりあえず……あなたとリリアナ・ノースフォードは無事です』
「無事……? じゃあ、アルバート殿下は……?」
『彼に関する情報は、現在、確認できません。ただ、恐らく──』
システムは、言葉を濁した。
「恐らく……?」
『とにかく、今はそれよりも重要な問題があります』
「重要な問題……って、一体……!?」
次の瞬間、アシュテルは、自分の目の前にいる人物に気づき、息を呑んだ。
それは、紛れもなく――
「り、リリアナ……!?」
「……ここは?」
金髪碧眼の美少女、リリアナ・ノースフォードが、アシュテルと同じように、当惑した表情で周囲を見回していた。
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