情動性
孵
第1話
寂しいという感情を覚えた。孤独な六畳間ではしょうがないことなのかもしれない。だが、その感情を持ってしまった自分に対して、酷く嫌気がさした。
まるで刺すように、あるいは潰すように。私は私自身を、ただそうあるべきという理想の下で、ただずっと押し殺していたに過ぎなかった。だが私は、決して感情がある状態の自分をありのまま存在している自分だとは思っていない。感情は邪魔だ。感情があるから人は過ち、感情を支配していると思いたいという、一種の汚物的な感情に支配されてしまう。
人の中で最も必要のないものは、腎臓の片方でも眼球の片方でもない。感情なのだ。しかし、今私の中にある寂しいという感情を、息を止める度に肺の中で膨張するこの感覚を、私は手放せないでいた。
覚えてしまった感情をなかったことにはできない。私がこれまでを生きて、ついに至った無情の日々を、たった一瞬で壊してしまう程に。私はもう一度、あの無情を手に入れるために、また10年以上を孤独に生きなければならない。
ああ、これもまた寂しいという感情が引き起こす心の空白だ。感情とは本来空白なのだ。空白に意味を求める行為が感情を生み、人がただ身勝手に、そして個人的に埋めた空白の名前を感情と呼んでいるだけに過ぎない。
庭先に生えてきた草を見て、喜びを思うか憂いを思うかは、当人が自由に決めていい。人にあるべき空白に耐えきれなかった者が、各々空白を埋められるだけの事象を探して、その上に感情という名前を付けた。
それが感情の成り立ちであり、故に人は、あるいは私は、感情に抗うことはできない。
寂しい。そう思ったら最後だ。人の胸中には、すぐに辛いという二文字が浮かぶ。そう思えば終わりだ。人の胸中には、死にたいという四文字が浮かぶ。ああ、どうやら本当に終わってしまったみたいだ。私が最後に見た景色は、空白に落下して砕け散る、私自身の姿だった。
軈て芽吹いた草木に、私は心から、春の豊穣を祝福したのだ。
情動性 孵 @huranis
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