呪術師の独り言
庭から心地良い風が吹いてくる。季節がぐるりと一周回った景色の淡々と変化する様も、こうして爽やかな風に触れて改めて時が過ぎていったことを感じる。
「…ったく、朝廷複雑だな」と、
「寿院様」
その声はしばらく前に親しくなった
「昼寝ですか?」
まったく遠慮のない男だ。と
「寿院様、譜薛です」
寿院はゆっくり
寿院は素早く
「はぁ、申し訳ない。わたしもそうしたいのですが、入口から入ると寿院様の
寿院は、
「おぅ、
「からかわないで下さいまし。わたしが邪悪だろうが無垢だろうが寿院様には決して害を為しませんので、それはお約束いたします」
「そうか?まぁ、庭で立ち話と言うのもなんだ…とにかくお上がり」
「おぅ、今お前の話しをしていたところだ。お前は譜薛様に何をしたのだ?お前が苦手だとよ」
「これは隆鷗さん。庭から失礼しております」
差し出されたお茶を、膝を滑らせ移動した
「決して隆鷗さんが怖ろしくて、入口から呼ばなかったわけではないのですよ」と、
「何も言ってませんが」と、
「おや、何か気になる事でもあるのかい?話しを聞く気なのかな?」と、寿院が言った。
「まぁ、そうですね」と、無表情に隆鷗が言う。
「…と言う事ですが譜薛様は如何ですか?」
「わたしは構いません。隆鷗さんは
「と言うと、そう言う
「いえ、興味ありません」隆鷗が無表情に言う。
「…な訳ないでしょう?お前が自ら茶を運び、ちゃっかりそこに座る訳がない。…って言うか、お前は譜薛様がここに来られる前から、もうすでにわかっていたのだろう?」
「えっ。そんな事があるのですか?わたしが家に来る前から、もう既に邪悪を見抜いていたとでも?」
しかし
この子は無口なのか?いや、そんな事ではない、何者なのか?と、
「…邪悪って…何それ」くっと
「寿院様、それはどう言う意味ですか?」
「まぁ、そのうちわかるさ。それで譜薛様、今日はどう言ったご用件でお越しですかな?」と、寿院は茶を啜った。
「はい。寿院様、先だって妹の事をお話ししましたでしょう。わたしの妹の事です」
「妹君ですね。行儀見習いで
「はい。そうです。しかし寿院様、それだけではないのですよ。妹は父上の指示である事を調べるために預けられたのです」
「ある事?」寿院の表情が厳しくなる。
「はい、
「うーむ、父上の指示はいったん置いとくとして、
「はい。寿院様、そこは都の外れにある
「なるほど、その多大な資産を何処に隠し持っているのか?帳簿等ないか…?そういったことを
「まぁ、そうなのですが、しかしそれだけではないのですよ。都の屋敷を
「それは随分可笑しな話しですよね。だったら田畑は荒れ果てて当然なのに田畑は肥えた土地なのでしょう?」と、寿院は不思議そうに言う。
「まったくです」
「収穫はどうなっているのですか?」
「それが分からないのです」
「うーむ、それは甘いのではないですか?徹底的に帳簿等を見たりして調べるべきなのでは?」
「それは勿論です。領主への取り締まりも厳しくやっておりますし。しかし…、またもや呪いです。いや祟りなのか?領主へ拷問した者が突然気が
「うーむ。もはや調べるのは呪いや祟りの方なのですか?」と、寿院が呆れて尋ねた。
「いえ、勿論、両方でございますよ。隠れ資産を調べると同時に、都のあの屋敷の者が呪いや祟りに関係しているのか?それを妹が調べております」
「それは思っている以上に
「わたしは父上の考えている事の詳細は存じておりませんが、少し厄介なのは、都に構えたお屋敷は代々受け継がれた寝殿造なのです」
「えっ?それがどうしたと…?」
「天皇家や上級貴族が住む寝殿造の屋敷だ。目立つでしょう」
「あぁ、武家では清盛公だけが住んでいるのでしょう」
「それだ。だから目を付けられている。清盛公は何かとあの屋敷を毛嫌いしているのですよ」
「あらっ、清盛公もお心が狭い。しかし、いくら庶民と称していても、実際は貴族なのでしょう」
「それは駄目ですな。庶民を称した時点で、もう貴族ではないのですよ。それに清盛公から目を付けられるようなことをしては駄目です。もうその家は終わりです」
「しかしなぁ、寝殿造も代々受け継がれたもの。どう見ても言い掛かりとしか思えないなぁ」
「まあ、それはそれとして、疑惑の目を向けられたのは、その家の不始末でしょう。知ったことではございません」
「まぁ、そこは我々がとやかく言ってもしかたのないことですし。まぁ、しかし、一番気になることは、妹君にそんなことを調べさせるなんて危険この上ない。譜薛様のお父上は何を考えているのでしょう。それだけが気になりますなぁ」
「わたしも同感ですが父上は恐いお方です。言葉を
「ほーう。妹君は優秀なお方だな。早速調べ始めたのですね」
「はい。実に優秀です。迷いがございません」
「それで奇妙と言うのは?」
「はい。幾つかあるのですが、ひとつは
「うーむ。本当に妙だな。
「是非鼻を明かしてやって下さいませ。わたしは近いうちにその家を訪ねるつもりです。寿院様もご同伴いただけたらと願っています。その為に
「わかった。その
「はい、寿院様には予知者の
「なんと今度は邪神か?」寿院は大袈裟に驚いた。「実にふざけた家だな。邪神?
「それは分かりません。妹の
「うーむ、まだわからぬな。続けて」
「はい。邪神は奥方にとり
「その家には祓い屋もいるのか?」
「そのようですね。そして、最後の奇妙な話しになりますが、その祓い屋はどうもこの家を支配していると妹は言うのです。ここの当主は、もう祓い屋の思うがままになっているそうで、先日殺された侍女は大量の鮮血を抜かれ奥方に奉納されたと言う噂もあると…それに蔵のなかのものも祓い屋が自由に使っている。しかしまだその証拠はないので、徹底的に調べる、と。それを最後に妹の
「そうか。妹君が心配だな。無事だといいが。そう言うことなら力をお貸しいたしましょう。予知者、邪神、祓い屋。これは面白くなってきたなぁ」
「ありがとうございます。寿院様には危険なきようしっかりと守ります。屋敷の周辺に用心棒を配置し、忍びのものも連れて参りますので、ご安心下さい」
「周到だな。それは安心だ。ところで譜薛様は平家の家臣なのですか?」
「それは違います。私どもは朝廷の依頼を受けている者の、その下っ端でございますよ。平家の家臣などと、そんな身分ではございません。出かける前に使いを出しますので、ご準備をお願いします。その日は迎えに参ります。宜しく頼みます」
そう言うと、譜薛は庭に降り、去っていった。
寿院はそれを見送ると
「なぁ、お前は何であの者の話しに興味があったのだ?」
「いえ、興味ありません」と、無表情で
「いやいや、どう見てもあるでしょう。自分からこの部屋に入って来たのだ。
「いえ、特に興味ありません」
「お前はいつもそうだ。いつも何にも話さない。いつもわたしがお前の言いたいことを予測するばかりだ。疲れるだろう」
「すみません」
「まぁ、お前は嘘を付かないからなぁ。話しに興味が無いのは本当だろう。だったら何故部屋に入ったか?そこだな」
「はい」
「あぁ、導かれたか?」
「はい」
「と、言うことは、もう妹君は亡くなっているのか?」
「あれが妹さんだったら多分」
「あぁ、そうか。
「はい」
「そうか。妹君はもう亡くなっていると思っていた方がいいのか?」
「よくわかりませんが。ただ、良い亡くなり方をしていませんね。人を
「何か感じたのか?」
「うーん。本当によく分かりませんが、殺されたのではないかと思います」
「そうだな。話しの内容からしたらそうかもな。ああそうだな。結構厄介な話しだったしな。ああ、なんか面倒臭くなってきたな」
「寿院さん、ただ
「あっ、そうかも。いや、予知者なんか
「嫉妬ですね」
「う…。なことはない。それで、予知者は任せてもらっていいから、後の邪神だの祓い屋だのはお前に任せるから」
「………?」
「いや、返事」
「いや、行かないっす」
「えぇ、なんで?」
「興味ないです」
「いや、これ呪術師の仕事だから」
「いえ、仕事の話しなんかしてませんでしたよ。ただ寿院さんは予知者の話しを面白がっていただけだし、報酬の話しは一切していませんでしたよ」そう言うと、
「報酬なんて暗黙の了解だよ。心配するな。まぁ、どうせ邪神も祓い屋も偽物だ。この世にああいう
寿院は考えていた。この世で本物と思えるものを、これまで二人知っている。そして、一人師匠から聞いたことあるが、それはまだ会ったことがなかった。しかし、いずれお前も会うだろうと、師匠が言っていた。そう言った者たちは、呼び合うものだ、と。その者たちもまた、お前を見ているのだと、師匠は言う。
「いや、暗黙の了解なんて甘すぎますよ」と、
「そうだな…」と、寿院が
「あっ、聞いていませんよね」
「聞いてるよ。わたしはね。二人知っているんだ。本物をね…」
「そっちの話しですか?」
「その二人以外は全て偽物だ。この世に不可思議なものなど滅多に存在しないのだよ。大抵人が
「………?」
「家柄が良く、大層裕福な家を乗っ取る為に祓い屋が、いや
「寿院さん、妹さんが殺されたこと忘れてません?」
「あぁ、そうだな。忘れては駄目だな。そうだ舐めてかかっては駄目だ。隆鷗、お前は何を見たのだ?何に導かれて部屋に入ってきた?」
「そうですね。その者の言葉を聞けたらいいのですが、わたしは聞いてやれないから。ただその者に
「同じ場所で同じ怨みをもって死んでいった者たち?そうか何かの目的で殺されたのか?」
「さっき、なんか鮮血を抜かれて
「うーむ。儀式か?」
「そうですね」
「他に何か感じなかったか?」
「特に…。何か喋っていたような気がしたんですが…。わたしには聞き取れないですし」
「そうだな。声が聞き取れたら解決も早いだろうな。残念だ」
「いや、聞きたくないです」
「聞かなくていいからさ、お前も一緒に来てくれよ。屋敷に入らなくていいから、こう、近くのどこかで待機してくれたらいいから」
「何処で待機するんですか?」
「そう言うなよ。わたしが見た本物の一人って言うのはお前なんだよ。わたしが唯一本物と認めているのだ。頼りにしているのだから頼むよ」
「わかりましたよ。わたしは周辺で屋敷のことを調べてみます」
「気をつけろよ。平家の密偵が300人も潜んでいるそうだ。平家の悪口でも言おうものなら、
「いえ、興味ないですし、悪口なんて言いませんよ」
「いや、
「分かりました。気をつけます」
「屋敷の場所が分かったら、わたしの顔の広さを駆使して宿泊させてくれる友を探してみよう。」
「ありがとうございます。ところで、後一人って誰ですか?知っている人ですか?」
「おぅ、お前が興味を示すなど、珍しいなぁ」
「あぁ、いえ、わたしも一人知っています。もう、随分昔の話しなんですが、ちょっと思い出して」
「そうなのか?今は何をしているんだ?」
「多分、もう亡くなっていると思います」
「そうか。どんな人だったのだ?」
少し
「父上と山猟りに出掛けた時だった。わたしはまだ幼く、ひどく我儘を言って、散々騒いでようやく連れて行ってもらったのです。わたしは父上の従者の馬に一緒に乗せてもらって、凄くはしゃいでいたことを覚えています。他の家人と離れ、父上と兄上だけになった時、木々の隙間に幼い子が見えたのです。こんな所に幼い子供がいることに皆驚き、馬から降りて静かに近づきました。すると、木々の間に驚く光景が見えました。わたしは恐怖に思わず叫び声を上げ、父上に口を
「何、それ。すごく興味ある!」寿院が楽しそうに言う。「えっ、その
「会えないでしょうね。もう亡くなったと聞いていますので」
「うそぉ…ええ、絶対会いたかった。本当に亡くなったの?」
「多分。でもそれは兄上から聞いたのですが、兄上が誰から聞いたのかは分からずじまいです。真実は分かりません。本当言うと、あの光景は現実だったのか、父上と兄上が亡くなってから、なんかもういろんなものがぼんやりして…わたしももう一度会ってみたいです」
「いろいろ興味あるなぁ。神と
「そうですね。わたしが幼かったばかりに曖昧ですみません。皇族や公家とか貴族の話しであれば、寿院さんの仕事の役にたったかも知れませんね。」
「お前の幼い頃の話しか。その頃はまだ後白河上皇と二条天皇、信西と藤原信頼。いろいろ
「あぁ、いえ。大火に乗じて襲撃されました。何処の者かは分かりません。まるで戦さ場の如き有様でした。わたしはあまり覚えていません。ただわたしの見える力はその時からと師匠が後から教えてくれました」
「そうか。その者たちを探して復讐したいと考えたことはないのか?」
「どうなのでしょう?上手く言えないのですが、その者たちを見つけたとしても、その者たちを動かして父上を殺せと命じた奴がいて、そいつがたかだか権力を大事に守るためにこんなふうに人を殺したのだったら、父上も兄上も何かの渦に巻き込まれたに過ぎないような気がします。父上も兄上も家族が何より重要でした。家族を守るために命を捧げていました」
「渦…?」
「復讐しても何の解決もしないと言うことです」
「お前はなかなか面白い考えを持っているよね。わたしが見たもう一人の本物を思い出すよ。なんか似ているなぁ」
「どんな人だったのですか?」
寿院は
都の
そんな
寿院はそうした興味ある者を放っておくことはできなかった。
「ねぇ、そこの
埃にまみれた
「あぁ、残念だったな。
「わからぬ」
「ほぅ、口は聞けたか。では明日は何処にいる?」
「わからぬ」
「お前は恵んでもらうことが仕事なのだろう。明日米を持ってきてやるのだから、何処にいるのか教えろ。何粒なんてけちなことは言わないよ。たらふく食えるぐらいの米を恵んでやるから」
「わからぬ。向こうへ行かれよ」
「ふぅーん。お前は恵んでもらわずとも良いのか?帰って誰かに叱られないのかい?」
「放っておかれよ」
「だったら今から取りに帰ってやるよ。しばらくここにいるだろう?」
「わからぬ」
「そうか。やっぱりそうだな。お前は
「放っておいた方が
「あぁ、お前は結構身分の高い者だな。物乞いはそんな喋り方をしない。わたしの勘はよく当たる。どうだ?」
「
「へぇ、これは驚いた。わたしの名前まで分かるのか?面白いなぁ、わたしにはここを通った者の喋り声など聞こえなかったぞ?」
「
「それは分かっている。呪術師の看板をあげたのには、それなりの理由があったのだ…て言うか、それは大きなお世話と言うものだ」
「寿院様は面白いお方ですね。もうお喋りはこれくらいにいたしましょう。近いうちにまたお会いできると思いますよ」
外見は確かに子供だった。しかし何だろう、大人でさえ尻込みしてしまうような、この圧倒的な存在感。寿院は更に、その
「近いうちっていつ?」
「近いうちです。寿院様には大事なご用がおありなのでしょう」
子供の言葉に寿院は肝心なことを思い出した。大事な用事を忘れてしまうくらい子供の存在は特別なものになっていた。ほんの短い時だったというのに。
大事な用事とは、近頃よく耳にする呪い屋という
「はて、それにしてもわたしに大事な用事があると何故わかった。
寿院は、振り返り
呪い屋が拠点としている民家は、すぐには見つからなかった。被害を受けた者からの訴えを元におおよその見当をつけて探してみたのだが、やはり気が進まなかった。片手間でやるような仕事ではなかったようだ。そもそも呪い屋などと言うものが本当に存在するのかさえ怪しいと思っていたのだが、
寿院は、都のあらゆる面白い話しを聞くために、幾人かの行商人を
寿院は、
「旦那、面白い話しを仕入れましたよ。最近よく呪い屋と言う話しを耳にしませんか?」
「ああ、聞くよ。実際、被害にあった者から相談を受けているのだが、どうも呪い屋などと言う眉唾ものは相手にしたくないと思っているところだよ」
「へぇ、呪術師なのだからこれは旦那のお気に召すお話しかと思っておりましたが、意外ですなぁ」
「そういった
「これは予想だにしなかった。と言うことはこの話しは買ってもらえないんですかね」
「いや、話しの内容によっては買うよ」
「よしきた。実は貴族の
「おぅ、実は
「やったぜ。だったら旦那、宮廷御用達の酒などいけますか?」
「まぁ、内容によるな」
「宜しくお願いしますよ。まぁ、噂が発端だったんですが、若様には悪い噂がありまして、町の若い連中と連んで
「ふうーん、そんな話しだったら、皆が噂している程度だな。わたしもいろいろな所から聞いているよ。知らぬは奥方くらいだ」
「まぁ、そうですね。酒は無理か?でも、秦家はその後、破産寸前になるまで呪い屋から巻き上げられたそうで、結局復讐したところで皆不幸になってしまうのですな。旦那の言う通り汚いです。それから秦家の下働きの女子から聞いたんですが、一度呪い屋を見たことがあると。何でも刀に印が付いていたのを覚えていて、陰陽師の五芒星の真ん中に剣みたいなものが付いていたそうですぜ」
「へぇ、五芒星の真ん中に剣?安倍家と関わりのある者か?刀に焼き付けをしていることが何処の者か手掛かりになるやも?」
「そうですね。後二つあるんですが、
「おぅ、
「いやいや、寿院様手を下すなんて、それでは呪い屋ではなくただの復讐を代行する者ではありませんか?手を下さず、苦しんで必ず死ぬ。それが呪いですよ。寿院様は面白いことを仰る。皆呪いを怖がっているんですぜ。呪いではなく手を下したなど道理が通りませんよ。直接、秦の若様を問いただしてみてはいかがでしょうか?」
「いや、もう秦家から話しは聞けないだろう。お前さんは幸運だったんだよ。おそらくお前さんが
寿院は、私腹を肥やしている呪い屋のことを思った。これはもう放っておくことは出来ない。
翌日、秦家を訪ねてみると、予想通り屋敷には誰もいなかった。まだ生活感が残っているのに、人だけが忽然といなくなっていた。寿院は、秦家は皆殺しにされたと考えていた。その方法はわからないが、一夜のうちに短い時間であっという間に。秦家には家族以外にも秦家に仕える者たちが少なくなかっただろうに。何が穴二つだ。こんな輩には虫唾が走る。
寿院は、暫く秦家のことを調べると同時に
寿院は、やはり
寿院は嬉しさのあまり成果が上がらない呪い屋のことなどすぐに忘れた。
「やぁ。
「あっ、寿院様」
あれっ。今日は先日のように冷たくないな。と、物乞いの
「いつもふらふらふらついているのですね」
「だな。わたしはいつもふらふらふらついているんだよ。」
「何か探し物をしているんでしょう?だけど一向に見つからない。って感じですか?」
「うーむ。それも通りかかった人が話していたのかな?お前は全てお見通しだな」
「寿院様に、もしかして素敵なものを見せられるかもしれませんよ。良ければあすこの民家の陰に隠れて、観ていて下さい。ただ、条件があります」
「条件?」
「はい。我に何が起ころうと、絶対助けようとしないで下さい。あの民家の陰から絶対出ないで下さいね」
「おい、危ないことするなよ。お前が危ない目に
「それではダメなんです。辛抱して下さい。それに我は子供だけどそんなに弱くないよ。寿院様、早く隠れて」
寿院は促され、民家の方へ向かった。振り返ると、物乞いの
「
「寿院だ」先に子供が寿院に気づいた。「寿院、そんな所で何しているの?隠れん坊か?」
「おぅ、手鞠か?隠れん坊ではない。わたしも何をしているのかわからん」
「寿院殿ですか?」琵琶法師の
「丁度良かった。寿院殿、手鞠と一緒にいてくれませんか?」
「それは別にいいが?何をするつもりだ」
「何をする訳ではありませんが、先刻から手鞠が退屈しておりまして、丁度話し相手を欲しがっていたところでございまして、寿院殿にお会いしたのは幸いでございます。手鞠、わかっているな?寿院殿から離れてはなりませんぞ」
「うん、わかっている。寿院から離れない。父様も気をつけてな」
「大丈夫だ。心配するな」
寿院は琵琶法師がこれから何をするのかぼんやりとしていたが、予測はついた。予測はついたが、それは寿院の思考の領域を超えたものだったので具体化が出来ず、ぼんやりしていたのだ。
寿院の予測通り
「あれってお化け屋敷なんだよ」手鞠の声で琵琶法師が何を歌ったのか聞き取れなかった。だから寿院は手鞠の言葉を聞かずに琵琶法師の歌に集中した。だが手鞠は容赦なかった。
「父様、即興で歌っているように見えるでしょう。でも違うんだよ。あの歌は隣でつぅちゃんが呟いている言葉を速攻で歌っているんだ。父様とつぅちゃんはいつも息ぴったりなんだ」
「へぇ、物乞いの子はつぅちゃんって言うのか?いつもああやって歌っているのかい?」
「いつもじゃないけど、時々ね。聞き惚れるでしょう」
「そうだね。何て歌っているんだろう?」
「呪いの歌みたいだね。うーん、呪いたい者と呪われる者、共に死ぬ定め、定めは誰が決める。呪いの王が決める?呪いの王は愚かだからそれは決められぬ。決められると思い違いをして、人の運命を決める。呪いの王は我は神なりと信じる愚かな
「さすが手鞠。よく聞き取れたね」
「寿院が馬鹿すぎるんだよ」
「そうだな。手鞠、これって今巷を賑わしている呪い屋の歌なのか?」
「そうだね」
「なんで?今、この場所なのだ?」
「つぅちゃんも父様も無駄なことはしないよ。多分何か意味があるんだよ。手鞠もわからないけど、観てたらわかるよ。多分。あのお化け屋敷、皆人が住んでいないと思っているんだけど、つぅちゃんはそう思っていないのかも。だってつぅちゃんあのお化け屋敷に向かって呟いているもの」
手鞠が言うお化け屋敷の様子は民家の陰から死角になって見えなかった。
「手鞠、そのお化け屋敷が見える位置に移動したいのだけどここに一人でいられるか?」
「手鞠も行く。向かいの家の塀の中に入れば、塀の隙間からお化け屋敷が見えるよ。でもそうすると父様たちが見えなくなる」
「手鞠はここに来たことがあるのか?」
「うん。あるよ。つぅちゃん、呪い屋のこと追っていたから。呪い屋は家を転々としていているから誰も正体がわからないんだよ。でもつぅちゃんを誤魔化すことはできない。つぅちゃんに町のことでわからないことなんかないんだよ」
「物乞いの
「つぅちゃんだね」
「つぅちゃんね。あの子は本当に物乞いなのか?」
「それは手鞠もわからない。でも物乞いなんかではないよ。父様が言うにはつぅちゃんは不思議なんだって。父様は目が見えないのにつぅちゃんの周囲は他の誰よりも光っているように見えるんだって。町のいろんな所から光の塊がつぅちゃんに集まってくるんだ。そしてその光はつぅちゃんの身体に入っていく。それをつぅちゃんに話してみると、町のいろんな会話や独り言。気が遠くなるくらいの無数の言葉が見えるって言っていた。人より何倍も耳がいいんだろうけど、聞こえるとはちょっと違うんだって笑っていたけど、父様はそうではないと言っていた。言葉は霊魂、あるいは精霊によって運ばれているに違いない言霊だ。と。そうでなかったら、あんなにも輝いていない。手鞠にはわからないけど、でもつぅちゃんは不思議だってわかる。だってつぅちゃんといるとすごく幸福を感じる。他の誰にも感じたことないんだよ」
手鞠と話していると、いつのまにか、物乞いの
「手鞠、なんか話している。聞こえない。聞こえる所に移動できないかな?」
「今、動いたら見つかっちゃうよ。お前何している?って言ってるみたいだよ。つぅちゃんはそれを無視して、いつものように呟いているし、父様も歌っている」
「相手が子供だからって危なくないだろうか?」
「でも、今出て行ったら、きっと父様たちに迷惑がかかる」
物乞いの
「貴様に呪いの本当の怖さを教えてやるよ」と、少年が凄む。
しかし、
「貴様、何をした!」少年は叫んだ。
「人を呪う者は、呪いによって破滅の因を積む。
「貴様何を言う!」
その時、別の少年が
「なんだお前?邪魔ばかりして。馬鹿にして、蔑んでいるのだな、お前の命は貰うぞ」と、少年は刀を振り上げた。
「おい、手鞠大丈夫なのか?」と、寿院はその場を離れようとしたが、手鞠に着物を捕まれた。寿院の勢いに手鞠の身体はふわっと浮いて、民家の壁に衝突した。寿院が手鞠を気遣っているうちに刀を振り上げた少年が横倒しになり、刃先が地面に突き刺さっていた。
「てめぇ、物乞い、大概にしろ!」と、再び地面から刀を抜き、物乞いの童に向かって振り上げた途端、少年の身体が硬直し、やがて地面に倒れた。
寿院は何が起こっているのか理解できなかった。寿院の着物に捕まった手鞠が微笑んで「ほらね。大丈夫でしょう。」と言うより早く寿院は民家の陰から飛び出していた。あたりの様子も窺わずに夢中で
「おい、大丈夫なのか?」
「寿院様駄目です。出てきては」
「いやっ、殺されていたかもしれないのだぞ」
「大丈夫です。今日はもう引き揚げます。どうやらこんな子供を引き留める大人もいないのでしょうから」
寿院はほっとした表情を浮かべると、
「もう、こんな危ないことをしないでくれよ。子供とはいえ、一人はお前さんより歳が上の男の子だろう。刀なんか振り回す危ない奴ではないか」
「この子は
寿院は、驚いて、そこに倒れている子供を見た。「これの何処が
刀を持ってきた子供はすっかり気を失っていたが、最初に出てきた少年は、瞳をかっと開き、唇をわなわな震わせていた。正気を失っているようだった。
物乞いの
「さて、長居は無用です」と、
「待って。あのお化け屋敷に呪い屋がいるのなら、正体をつきとめるよ。わたしは呪い屋の被害者から頼まれたのだ」と、寿院は、引き留めた。
「寿院様、歩きながら話しましょう」と
「呪い屋は用心深い。普段だったら、どんなに挑発したところで門を開けて出てくるはずがないのです。ところが今日は子供が二人出てきました。用心深い者たちが不在だったと言うことでしょう。子供を止める者がいなかったのでしょうから。つまり呪い屋は、今日は仕事に出ていると言うことです」
「なるほど」と、寿院が言う。「それはわかった。ところで
「寿院。それを聞いては駄目だ。つぅちゃんは守られているんだよ。従者に」と、手鞠が言う。その時、
「従者?いったい何者なのだ。物乞いでないのは間違いないな」と寿院は呟いた。
寿院は、暫く黙り込んだ。頭の中を整理する為だ。しかし何から整理していいのか正直分からなかった。整理する項目が大きく二つあるのだが、勿論寿院にとってこの物乞いの
辺りの光景を見ながら、さてこの先どうしたものか。と寿院は考えた。このまま
寿院は、吸い込まれるように
「寿院様、少しの間でしたら隣に座っても大丈夫ですよ」と、
「座ってもいいのか?」
「我に尋ねたいことがお有りなのでしょう」
「うーむ。確かに尋ねたいことはある。しかし何から尋ねていいのか分からないなぁ」と、寿院は
「もしかして、前に会った時、わたしが呪い屋のことを調べていると知っていた?」と、何も思いつかない寿院は、唐突に聞いた。
「知っていました。寿院様って、あまりご自身のこと分かっていらっしゃらないでしょう?
「確信?」
「別に呪い屋を追いかけていたのではないのです。我は寿院様が追いかけている呪い屋を追いかけたのです。寿院様が追っていなければ、我も追わない」
「うーむ。何か、こう呪い屋を追いかけることに違いがあるのか?」
「寿院様は、そこいらへんを歩いている人とは違うのですよ。いえ、違いすぎて、我はいつも知らず知らずのうちに探していたのです。そしたら寿院様が見つけてくれた」
「えぇ、嘘でしょう。あんなに冷たかったのに?」
「
「何を言っている?お前が教えてくれなきゃわたしは何も分からなかったぞ」
「我は
「うーむ、わたしにはお前が言っている事がわからないなぁ」
「でしたらひとつ、
「うん?わたしの言葉から教えてもらった?言葉から…?言ってる意味がそもそも分からないなぁ」
「だから驚異なのですよ。秦家の若君は、九堂家の若君を恨んでいた。それは好きな
寿院は、黙り込んだ。言葉?それは寿院がたくさんふらふらふらついて聞き込んだ言葉。それを何故、
「噂とは故意に流されるから急激に流布されるのだ。と、理解したよ。今回は秦の若様の謀略にすぎない。九堂家の若様の姿がまったく見えなかった。悪い連中と連んでいなかったし、ましてや
「わたしの言葉?」
「そして
「それは想像なのか?」
「想像といっても、
「恐れ入ったよ。お前のその能力は何なのだ。わたしは仕事柄、不可思議な能力を誇示してくる多くの者を見てきた。預言者、呪術師、祓い屋、霊能者、妖力、イタコ。どれもこれも全部、
「寿院様の、その能力の方が驚異です。でも寿院様、これからは寿院様に会っても声はかけませんので、寿院様もそうして下さい。我は義父に言葉を集めても干渉するなと言われています。これを知られると、義父から罰せられますので」
「あぁ、義父がいたのか?そして従者か。そうだな。寂しいがもう簡単には声はかけられないな。たった二回しか会っていないのになぁ」
「そうですね。
それから暫くして呪い屋は、貴族のある屋敷で大勢の平家の密偵に囲まれて、一族皆殺しになった。清盛公が呪いを恐れ、呪いを行う全てのものを一掃したという話しだったが、あの呪い屋に関しては密告者がいたという噂があった。また、噂を流され、平家を誘導する者がいたとか、様々な噂が飛び交った。
しかし寿院には、そんな世間の話題より、呪い屋襲撃の夜、突然童が訪ねて来たことに驚いた。
「どうした?
「寿院」
「おぅ、呼び捨てかよ。」
「手鞠が。手鞠が呪い屋の騒動に巻き込まれて、亡くなった」
「手鞠が?何があったんだ?」
「夜一殿が言うには、ぐすん…呪い屋の子供が斬られるのを助けようとして、斬られた。と。」
「平家の密偵がやったのか?」
「そうとも言うが、そうでないとも言える。
「あぁ、お前を切ろうとしたあの
「あの
「わかったから。わかったから、もう泣くなよ。その
「生きている。あの
「そうか。だったらわたしの仇でもあるな。共に仇を討ちましょうぞ。しぃちゃん」
「我はしぃちゃんではない…」
「それからわたしたちはその
「あっ聞いてますよ。それで何でしたっけ。都が埃だらけで…なんでしたっけ?」
「いや、何でもない。お前にこんな長い話しを聞かせたわたしが馬鹿だったよ」
義父に連れて行かれた
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