第28話 罪の子の処刑
「こちらサラ、目的地に到着。状況は」
「Nを確認。しかし民間人が多く、下手に動けません」
サラは深くため息をつき、周囲を確認する。場所は噴水広場入り口。住宅の密集地に位置する公園の中は、普段は見ないような人でごった返している。休日の静かな住宅街は、物々しい雰囲気に包まれていた。
無線で指示を飛ばそうとして、ポケットが振動しているのに気づく。イヤホンで通話をとれば、緊迫した仲間の言葉に眉間の皺を寄せる。
「やってくれますね……」
サラは他の部隊に連絡をとりつつ、今後の段取りについて、頭を巡らせた。
◇◇◇
ヒデヨシの運転するスクーターは、全速力で旧市街に向かっていた。突き上げるような焦燥感を抑え込みながら、悪路を突っ切っていく。
動画を見ていても立ってもいられず、トイレに立ったと見せかけて、マテオが積み上げた部品の山に隠れ、彼が生前愛用していたスクーターの鍵を探した。
エンジンをかけ、部品の山を発射台のようにしてスクーターで飛び出し、ルーダー社のボディーガードを蹴散らして逃げてきた。
––––動画の背景は旧市街の噴水広場だった。あの感じだと、その場にいる野次馬の誰かが投稿したんだろうな。
しかし気がかりなことがある。
「ハヤカワ博士の愚行の産物」という表現だ。
––––人間に対して「産物」なんて表現使うか?
博士の娘であると考えてのナビィの捕縛、そして処刑ということなのだろうが。ハヤカワ博士本人ではなく、研究者でもない単なる血族のナビィを縛り上げて殺すことになんの意味があるのだろう。
不協和音が頭に響く。しっくりこない。言いようのない気持ち悪さがある。
––––しかしあいつらはとち狂った人間の集まりだからな。常人には到底理解できない思考回路をしているのかもしれない。とにかく、ナビィの身元については、ハヤカワ博士の屋敷を調べるほかない。
あらゆる可能性に考えを巡らそうとしてみるが、うまくまとまらない。
しかし信じたくない可能性が、ヒデヨシの中でひとつ、浮き上がってきている。
それを振り払うように、ヒデヨシは頭を振った。
––––今やるべきは、ナビィを取り戻すことだ。
ヒデヨシはスクーターのハンドルを握る手に力を込めた。
◇◇◇
「こちらサム、研究所に教団の再襲撃あり。警備隊とも連携をとっていますが、あちらも混乱している模様。広場と研究所の人員の割り振りに手間取っている様です」
無線の音声が交錯する。ナビィの近くまで到達できている社員は、まだいなかった。
––––同時襲撃か。警備隊の人数を分散させて力を削ぎ、ナビィの処刑の邪魔をさせないつもりね。
こめかみを揉みながら、今度は「雇い主」にサラは電話をかける。
「ヒデヨシが軟禁場所から逃走しました。計画外の状況ですが、ナビィ保護後のシナリオは、予定通りで進められるよう努めます」
手短に要点だけを確認し、通話を切った。
––––あまり勝手がすぎると、消されますよヒデヨシ。
利用価値がなくなるか、デメリットがメリットを上回れば、「雇い主」は容赦無く人を切り捨てる。そういう人物だと、契約前にこちらも調べて知っている。
◇◇◇
「ちょっと、おろして、離してってば! 私がなにをしたっていうの、もうっ」
ナビィの言葉に、黒ずくめの集団は答えない。まるで汚いものを見るような侮蔑の表情で、磔にされたナビィを見上げていた。彼らの目には怨嗟の炎が渦巻いている。
船着場にいたのは、ハヤカワ博士の屋敷付近で経典を渡そうとしていたヤトミ教の老婆だった。彼女と共に現れた教団員たちの手で教団施設に運ばれ、二十人近くの信者の前に投げ出されたナビィは、木の棒で夜通し打たれ、今は旧市街の中心地で見世物のように縛り上げられている。
痛みはなかった。打たれている間も、十字架に縛られたあとも。木片が肌に残っていたりするが、凹んだり打撲の跡が残っていたりもしていない。それが、信じたくない自分の真実を、より強固なものにしていた。
「あなたさえ生まれなければ。あなたの生みの親さえいなければ。私の家族は、ウイルスで死ななくて済んだのに!」
「ハヤカワ博士がいなければ、神が人に怒ることなどなかったんだ!」
「死ね! お前が死ねば、神は人間にふたたび祝福を与えるはずだ!」
罵声が、怒号が浴びせられる。身動きが取れない状態で、四方から石を投げられた。
体は痛みを感じなくても、やるせない気持ちが胸を支配していた。
彼らはナビィが何者なのかを知っている。
施設に連れて行かれたときの彼らの会話から、ナビィはそれに気づいた。
その上で、すべての元凶はハヤカワ博士とナビィだと言っているのだ。
どうして彼らは、前を向いて生きられないのだろう。辛い気持ちは理解できる。でも自らの不幸を誰かのせいにしたって、なにも解決しないのに。
––––私がいなくなって。アンドロイド研究者も殺し尽くして。その先に本当に幸せが待っていると思うの?
戸惑っているうちに、足元に薪がくべられ、ガソリンがかけられた。火炙りにするつもりらしい。
あの老婆が、ナビィが架けられている十字架の近くに設置されたやぐらに上がる。黒い装束のフードをとれば、年輪の刻まれた肌が日の元にさらされた。よく見れば、聡明な雰囲気を持つ人だった。他の信者とは違い、錦糸の刺繍が施された袈裟を肩からかけている。
その場に集まった人々に向かって手をあげ、視線を漂わせると、信者たちから歓声が上がる。
「教主様!」
––––あの人が、ヤトミ教の教主様だったの?
彼女は大声で叫んだ。
「聖なる火がすべてを浄化し、天に帰す。人間の蛮行により生まれた罪の子が無きものとなれば、神は我々人間に対する慈悲の心を取り戻すだろう」
広場に集まった野次馬たちは、皆一様にスマートフォンを構えた。
教主の演説を映し、磔にされたナビィを映し、人々はナビィを憐れんだ様子を見せながらも、これから起こる悲劇への好奇心を隠しきれずにいる。
助けようとする者はいない。みな、ただ傍観しているだけ。
報われない現実に対する腹いせを、彼らは自分に向けている。これはある種の、娯楽なのだ。
この状況を楽しめるほどに人々の心は病んでいる。苦しみ、打ちひしがれて、引き裂かれている。そう考えたら、苛立ちも起きなくなった。
––––壊される前に、もう一度だけ、ヒデヨシに会いたかったなあ。
おそらく炎の熱さも、痛みも感じはしない。ただ、業火に包まれながら、自分の存在がかき消えていくだけ。
これでいいのだ。そもそも自分は、生まれるべきではなかったのだ。
「ヒデヨシ……」
そう呟いて、涙が溢れた。頬を伝った一粒の雫が、地面に落ちる。
––––迷惑をかけないように、自分から離れたのに。でも心の中で想うくらいはいいよね。
叩かれても、罵声を浴びせられても、石を投げられても、決して泣かなかったのに。
彼の顔を思い出したら、我慢できなかった。
気づけば教主は燃え盛る松明を持ち、ナビィを見据えていた。狂気を孕んだ笑いが、口元に宿る。
「さあ、神へ許しを乞いなさい」
唇を噛み、ぎゅっと目を瞑ったそのとき。
「ナビィ!」
低く、ハスキーな男の叫び声が耳に届く。
その場にいるはずのない彼の声に反応し、ナビィは顔を上げた。
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