第24話 避難
建物の外に出る頃には、すでに火は消し止められていた。ルカが手配してくれたルーダー社の人間が消火剤を撒いてくれたらしい。
ナビィを背後に庇いながらボロボロになった門の前までやって来れば、ヤトミの信者達はジープの中に押し込められ、連行されていくところだった。
先ほどの女性がヒデヨシの前に立つ。ドレッドヘアーをぴっちりと引っ詰めていて、屈強を絵に描いたような浅黒い肌の女性だった。
「サラです。アンドロイド研究所のルーカス氏から依頼を受けてまいりました。あなたがヒデヨシですね?」
「急な依頼にも関わらず、助けに来てくれて助かった。ありがとう」
サラは、真っ白な歯を見せながら、豪快な笑顔を見せ、握手を求めてくる。
ヒデヨシが握手に応えると、ひょっこりと現れたナビィも彼女に向けて手を差し出した。
「ナビィだよ。よろしく、サラ」
「あなたがナビィ。こちらこそ。まあ可愛らしい。お姫様って感じですね」
「そ、そうかな」
照れ隠しなのか、ナビィはもじもじとしている。
「リーダーらしき男に詰問しましたところ、彼らの狙いはナビィとのことです。彼女は口にするのも悍ましい、ハヤカワ博士の罪の産物、『罪の子』なのだと話していました」
「罪の、産物……?」
「心当たりは?」
「ナビィがハヤカワ博士の親類である可能性は極めて高いが、『罪の子』という呼び名に心当たりはない」
不可解な言葉の羅列に、ヒデヨシは表情を険しくする。
「そうですか。かなり抵抗されたので、こちらも痛めつけすぎてしまい。それ以上聞く前に相手が気絶してしまいまして」
サラは返り血の付いた拳をハンカチで拭っている。ナビィは少々怯えた様子で、彼女の手をまじまじと見た。
「目を覚ましたら、『罪の子』については詳しく聞くつもりです。今後の警備計画にも必要な情報になるでしょうから。わかっていることは、彼らは教団として、彼女を狙っているということです。居場所が特定された今、ここにとどまることは危険です」
「つまり、移動が必要ってことか」
ヒデヨシの言葉に、サラは頷く。
「新市街にある、弊社のシェルターに移動していただきます」
「……わかった。荷物を詰めてくる。少しだけ待てるか」
「五分以内にお願いします」
「了解」
不安げな瞳でヒデヨシを見上げるナビィの頭を、くしゃくしゃと撫でる。
「大丈夫だ。きっとなんとかなる」
「……うん」
萎れた花のようなナビィの表情に、胸が痛む。うしろ髪を引かれながらも、ヒデヨシは家の中へと荷物を取りに行った。
ヒデヨシたちの警護を担当するルーダー社のボディーガードは四名。チームリーダーがサラだ。事態が収束するまでの間、警護を受け持ってくれるという。
「四名か。心強いな」
「ルカの指示で精鋭を集めています。ご安心ください」
二名は信者たちの輸送のため、先行車で新市街に向かっている。ヒデヨシたちはサラのジープの後部座席に乗り、サラは運転席、助手席にもうひとりのボディーガードが乗り込んだ。
エンジン音が唸り、砂埃をあげて街へ向かい車が動き始める。ナビィは口を固く結び、俯いていた。ヒデヨシの手を握りつつも、何か考えているようで。いつものような陽気なおしゃべりはなりを潜めている。
「らしくねえな。いつもの能天気さはどうしたんだよ」
「能天気じゃ、ないもん……」
言葉を重ねようとして、やめた。ヒデヨシは握られた手を引き寄せ、華奢な体を抱きしめる。
気を紛らわすためにネットニュースのアプリを開く。すでにヤトミ教信者による研究所の襲撃は記事になっていて、居合わせた一般人がソーシャルメディアにアップした動画が掲載されていた。
「アンドロイド研究をやめさせたら、本当に世界は救われると思ってるのかね」
ヒデヨシは深いため息をつく。
「……そうは思わないけど。でも、アンドロイドに感情を持たせる研究は反対だな」
「どうしてだ?」
たいして興味もなさそうだったのに、なぜ急にナビィがそんなことを言い始めたのか、ヒデヨシはわからなかった。顔を覗き込めば、珍しく神妙な面持ちをしている。
「どうした、不細工な顔して」
「レディに失礼でしょ」
「俺に礼儀を求められてもな」
ナビィは少しだけ、唇に笑みを宿した。しかし彼女の憂いは晴れないようだ。
「だって、かわいそうだよ」
「かわいそう……か?」
「人間のために作られて、働かされて、ひたすら奉仕させられて。『怒ること』は許されず、理不尽に耐えて、それでも愛情や真心を返すことを求められる。そんなの、奴隷と同じでしょ」
「お前はずいぶんアンドロイドの肩を持つんだな」
「ただ、そう思っただけだよ」
見たことのない表情だ。自分の留守の間になにかあったのかだろうかと、ヒデヨシは首をひねる。彼女は俯いたまま泣きそうな顔をして、ヒデヨシの体にしがみついた。
「あと十分くらいで到着します」
サラがそう言ったのに反応し、ヒデヨシは窓の外を見る。新市街の入り口を示す、青いゲートが遠くに見えていた。
「……なんだ? なんで先行車両はここで停車したんだ?」
遠い昔に崩れ落ちたらしき集落の近くで、もう一台のジープが突然止まった。サラも不審に思ったのか、無線機で車両に呼びかけるが、応答がない。
直後、車両から、発煙筒が上がった。
「なになに? どうしたの?」
慌てふためくナビィの頭を片手で下げさせ、様子を伺う。
車内から黒い装束の男たちが降りて、こちらへ向かってくる。手にはナイフが光っていた。
「気絶したふりでもしてやがってたのか。サラ、どうすんだ」
建物の影からも、黒い集団がわらわらと湧いて出てきた。ざっと目視した限りでも、十人はいる。
「ひとまず逃げます。発煙筒でさらに仲間を呼んでいる可能性が高い。彼らは電子機器を使いませんから、こうして遠方の仲間に居場所を教え合うんです」
サラはジープを急発進させ、信者たちを翻弄するようにエル字に曲がって加速をする。
「『罪の子討伐』とやらが彼らにとっての重要事項なら。リトルトーキョーの信者を総動員している可能性があります。昨今の信者の急増を見るに、今市街に入るのは得策ではありません」
「砂漠を突っ切って、どっかで避難場所を確保しないといけないってわけか」
「そういうことです」
「だったらいい場所がある。俺が誘導する」
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