第23話 襲撃

 道なき道を走り始めて二十分。自宅のある方向に、煙が上がっているのが見えた。


「くっそ、どうなってんだ」


 距離が近づくにつれ、誰の襲撃を受けているのか、一目でわかった。

 黒い装束に、時代錯誤な武器の数々。


「ヤトミ教の信者……? なんで奴らが」


 彼らは一心不乱に金属の囲いに向かって斧を振り下ろしていた。その脇では次々と門内に火炎瓶を投げ込む信者の姿がある。門が簡単に破れないことを察した奴らは、破壊活動を継続しながら、籠城するナビィを炙り出すことにしたようだ。


 ざっと見たかぎり、信者の数は十人ほど。斧や火炎瓶の扱いを見るに、戦い慣れている感じはしない。


 ヒデヨシはポケットから拳銃を取り出し、照準を合わせる。建物の背後から自宅の囲い伝いにスクーターを走らせ、すれ違いざまに数発打った。弾は二人の信者の足の自由を奪うも、まだ八人いる。Uターンして次の狙撃を狙おうとすれば、ヒデヨシの顔面に向かって、斧が投げられた。


「あっぶね! 殺す気かよ!」


 間一髪頭をさげ、首は無事だった。一度距離を取るが、火炎瓶と斧を構えた黒ずくめの男達に、ヒデヨシは舌打ちをする。


「まずはナビィの身の安全が最優先だな……」


 ヒデヨシは十分な助走を取ると、フルスロットルで加速する。最高速度で突っ込めば、愛車は無事ではすまないかもしれないが、そうも言ってはいられない。速度メーターがぐんぐんと右にふれていく。もう後戻りはできない。ヒデヨシは覚悟を決めた。


「いっけぇえええええ!」


 門まであと二メートルというところ。ヒデヨシは上半身に体重移動し、逆立ちをするような体勢でスクーターの座面に飛び乗った。そこから全身のバネを使って、高跳びをするが如く門を飛び越える。空を飛んだヒデヨシが着地したのは屋根の上。自家発電システムの点検口がここにはあった。これで炎に翻弄されることなく、中に入れる。


 ヤトミの人間達は、まさかヒデヨシが正面から突っ込んでくるとは思わなかったらしい。驚いた様子でその場に佇んでいた。


「ナビィ! 無事か?」


「ヒデヨシ! どうやって入ってきたの? 大丈夫?」


「まあなんとかな」


 天井の点検口から突如現れた二本の足に、ナビィは一瞬慄いたようだったが。それがヒデヨシだとわかり、不安そうな顔に少しの余裕が戻ってきたように見えた。


「室内まで火は回ってないな。でもこのままだと蒸し焼きにされる。門もあれだけ根気よく斧で傷つけられりゃ、壊れるのも時間の問題だ。なんとかここから逃げる方法を考えねえと……」


「何で、どうしてこんなことになっちゃったの?」


 ナビィの疑問はもっともだ。教団がこれまでやってきたことといえば、今日見たようなアンドロイド研究所前のデモ活動や、研究の中止を求める署名活動、最近では研究者に対する傷害事件も起こしているとはルカから聞いたが。自分やナビィが襲われる理由は思い当たらない。


 ポケットに入れておいたスマートフォンが振動する。着信はルカからだった。


「ヒデヨシ! よかった無事だったんだね。何度も電話してるのに、全然出ないから心配したよ」


「なんだ、どうしたんだよ」


「ヤトミの奴らが暴徒化してる。君が帰ってすぐ、アンドロイド研究所に爆発物が投げ込まれたんだ。原則に則ってご丁寧に手作りの爆弾を作ったみたい。研究者の自宅へも信者が押し寄せてる。君も今日研究所に来ていたし、もしかしたら巻き込まれる可能性があるかもと思って。それで心配になって電話したんだ」


「おいおい、大丈夫かよ。って、まあこっちも大丈夫じゃねえけど」


「何かあったのかい?」


「自宅がヤトミの奴らに襲撃を受けた。現在進行形でガンガン火炎瓶投げられてるよ。ついでに斧も」


「……ナビィちゃんが狙いか」


「は? なんでそうなるんだよ」


「奴らはハヤカワ博士を目の敵にしているだろう? 彼女が博士の娘だっていう噂が、どっかから流れたんじゃないの?」


「まさか」


 そう言ったあと。ヒデヨシはハッとして押し黙った。


 ないとも言い切れない。エリザベードに口止めはしていない。まさかこんなことになるとは思わなかったからだ。外部に漏らさないにしても、エリザベードが社内で喋ったとしたら? そして社内に、ヤトミの関係者と繋がりがある人間がいたとしたら?


「……その可能性は捨てきれないな」


「そうでしょう? あ、ごめんヒデヨシ、僕もう行かないと。そうそう、緊急事態ってことで、ルーダー社のボディガード早速仕事をしてもらっているんだけど。ヒデヨシと連絡がつかなかったから、念の為、君の自宅にも行ってもらうよう手配したよ」


 直後、建物の外で銃撃音が聞こえた。


「お前は本当に仕事が早いな。今日はマジで助かった。この礼は後日に。そっちも気をつけろよ」


「どういたしまして。そっちに手配した人員分の料金については、追って請求書を送るから。じゃ!」


 こんな非常事態でも爽やかでいられるのが、心底羨ましい。ヒデヨシはため息をつくと、スマートフォンをポケットにしまった。


 監視カメラは壊されてしまったため、ヒデヨシは再び点検口に登り、顔半分だけ外に出して外の様子を確認した。ジープが二台自宅前にとまっていて、この短い時間の間に黒ずくめの人間達は見事に制圧されていた。迷彩服を着たガタイのいい女性が、ヒデヨシの視線に気づく。片手をあげてこちらに来るように合図している彼女に向けて、ヒデヨシは了解の合図を送った。


「ナビィ、外へ出る。もう大丈夫だ」


「……ごめん。危険な目に遭わせて。さっきの電話、聞こえちゃった。私のせいなんだよね、これ……」


 しおしおと身を縮めるナビィを見て、ヒデヨシは安心させるように抱き寄せる。


「謝んな。お前のせいじゃねえ。悪いのは何もかも他人のせいにして、憂さ晴らししているあいつらの方だ」


 ただ毎日を一生懸命に生きている彼女の笑顔を、理不尽な理由で奪われるのは許せない。だから今は生き残って、この厄介な問題をとり退かなければならない。


 ただ死ぬのを待っていた自分が嘘みたいな変わりようだと、ヒデヨシは苦笑しつつ、玄関のロックを解除した。

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