第4話 地盤沈下
「こっちの方だったよね……?」
ナビィが声を頼りにたどり着いたのは、あまり人気のない寂れた通りだった。新市街でも旧市街に面した外れの方で、シャッター商店街が並んでいる。
走っている途中ははっきりした叫び声だったものが、現場に到着する頃には掠れた声に変わっていた。声の主は、アーケード商店街の歩道にあいた大穴の中にいるようだった。商店に沿って五メートルほどの崩落が起きている。ナビィは穴の中を覗き込み、そして声の主を発見した。
「大丈夫ですか?」
「あ……あなた! 助けに来てくれたの?」
「はい!」
穴に落ちていたのは恰幅の良い老婦人と、その夫と思わしき男性。男性の方は地面に倒れていて、気を失っているようだ。
「ご主人、大丈夫ですか?」
「息はしているの。だけど意識がなくて」
女性は狼狽していた。声は震え、その場に座り込んでいる。
崩落の範囲は大きかったが、見る限り巻き込まれたのはこの老夫婦だけのようだ。
穴の深さは二メートルほど。気を失った男性もいることを考えると、ナビィひとりでは引き上げられそうもない。
「私ひとりじゃ難しそうなので、人を呼んできます。ちょっと待ってくださいね」
「ありがとう……あなたが来てくれて、本当に良かった。私たち、電話も家に置いてきてしまって……誰も通りかからないし、どうしようかと思っていたの」
ナビィは周辺を見まわした。商店街を通り過ぎる人はあれど、助けようとする人はいない。チラリと穴の方は見れど、皆一様に通り過ぎていく。声をかけても、聞こえていないふりをして通り過ぎていく人間ばかりだ。
その様子にナビィは憤慨しつつも。ふたたびこちらに向かって歩いてくる男を視線の先に見つけた。腕には刺青が入っていて、スキンヘッドで強面な感じだが、筋肉隆々で力もありそうだ。
「あの! すみません。こちらに人が落ちてしまっていて。一緒に引っ張りあげていただけませんか?」
男に駆け寄ったナビィは、ヒデヨシにするのと同じように、懇願するような眼差しで彼を見上げる。勢いだけで話しかけてしまったが、あまりに威圧感のある男の風貌にドギマギし、どんどん不安が増していく。
すると彼は人の良さそうな笑顔を浮かべ、任せろ、とばかりに自分の胸を叩く。
「そこの穴だな。よし、手伝ってやろう」
「ありがとうございます!」
力強い味方を得たナビィは、一気に表情を明るくさせ、意気揚々と女性のいる穴に戻り、しゃがみ込んで声をかけた。
「もう大丈夫ですよー! 応援を呼んできました!」
「……あなた! うしろ!」
焦る女性の表情に、異変を察知し振り返ろうとするも。ナビィの口もとと腰回りには、男の太い腕が絡み付いていた。
「お嬢ちゃん、俺みてえな男に背中を向けるなんぞ、世間知らずもいいとこだぜ?」
「こら、あんた! その子を離しなさい!」
「ババアは穴の中で大人しくしてな!」
老婦人は穴の底にある土やアスファルトの破片を男に投げつけようと奮闘するが、怪我もあってかうまく当たらない。男は嘲笑うように穴の中に唾を吐いて、ナビィを肩に担ぎ直した。
「離してええ!」
足をバタバタさせてみたが、男はびくともしない。背中をつねってみたり叩いてみたりしたが、それも効果がなかった。
幼稚な抵抗を嘲笑い、歩き始めた男だったが。たった三歩進んだところで、その場に崩れ落ちた。
「キャッ」
膝をついて地面にお辞儀する形で倒れ込んだ男の手から、ナビィは転がり出る。
一回転し、尻餅をついた格好になって視線を上げれば、肩を上下させながら、コンクリートの大きな破片を両手で持ったヒデヨシの姿が目に入った。彼が大男を背後から殴って昏倒させたらしい。
「こんの馬鹿野郎、ひとりで突っ走るからだ!」
「ごめん、ヒデヨシ……」
とても怖かった。自分の浅はかな行動のせいで、二度とヒデヨシとも会えなくなるかと思った。俯き、両手を握りしめれば、大きな手のひらでわしゃわしゃと頭を撫でられる。
「……無事ならいい。でも、二度とひとりでどっか行くなよ!」
彼の声には心配の色が滲んでいた。
「うん、わかった。ごめんなさい」
大きなため息をつくと、ヒデヨシは穴の中の女性に声をかけた。
「おばさん、ちょっと端っこに避けといて」
「えっ」
何をするかと思えば、ヒデヨシは気を失って転がったゴロツキの男を、思いきり蹴り飛ばした。ゴロゴロと勢いよく地面を転がった男は、そのまま老夫妻のいる竪穴の中へ落ちていく。意味がわからず唖然とその様子を見ていた老婦人に向け、ヒデヨシは穴に落とした男を指差して言った。
「ちょうどいい踏み台だろ。そいつに乗っかって手を伸ばしな。そしたら俺が引っ張ってやるから。旦那の方は、あんたが登ってから俺が担ぎ上げる」
「ちょっとヒデヨシ……」
それはさすがに、と止めようとするナビィに向かって、ヒデヨシはなにをあたりまえのことを、と言わんばかりの表情で言い放つ。
「その場にあるものを最大限利用して生き残る。サバイバルの基本だろうが」
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